3 記念日ばかりが増えていく。
一月のある日
中食には些か遅い時間に、白い椿亭の門を潜った一団があった。5人の従僕と1人の護衛でひとテーブル、主人と家令、通司、護衛でひとテーブルに付くと、通司がギャルソンに声を掛ける。訛りの強い帝国語で
「一番高い物を人数分、頼む。」と、
「恐れ入りますが、この時間ステーキのお食事は3名様しか、ご用意できません。麺ならば汁物、焼き物などからお選びいただけますが、」
主人と通司が何か相談する、
「仕方が無い。では、お主の進める物を人数分頼む。それから、赤いベリーのアイスなんとかとカフィとかいうものを食事の後に頼む。」
「イチゴのアイスクリンの事かと存じますが生憎、本日はご用意できません。他の甘味をご用意しましょう。」
「なんじゃと、赤いアイスクリンなるものが食べたくて、はるばる帝都の反対側の旅籠からやって来たのに、何故じゃ。」
「どうか、お静まり下さい。今はイチゴの季節ではございませんので帝都のどの市場にても手に入りません。また、アイスクリンは特別な職人にしか作れません。しかし、本日はその職人が居りません。恐れ入りますが、どうかご理解ください。」
「む、む、む・・」と唸ると、通司は主人に説明をした。
「すまぬが皆の者にうまいものを食わせてやってくれ・・金には糸目は付けん、何とかならんかとご主人が仰せじゃ、何とかならんか・・・」とギャルソンと押し問答をしていると、
パイルー店長がやって来て話を引き取る。
「失礼ながらお話しを漏れ聞きまして、僭越ながらよろしければ今できる最高の料理をお出ししようかと思いますが如何でしょうか?」
「お、お、お前は此処のお女中か、」
「申し遅れました。わたくしこの白い椿亭の店長で、パイルーと申します。」
「て、て、店長?おなごの分際でか?」
「左様でございます。」
主人と通司がひそひそと話し合う。
「わかった。パイルーとやらが店長と申すならよかろう、そちに任せよう。」
「ありがとうございます。それでは10名様の中食をご用意いたしますが、コース料理になさいますか?それとも大皿でお持ちして皆さま各自がお取りになるスタイルになさいますか?」
「コースとはなんじゃ?」
「銘々に一皿づつお出しするやり方でございます。」
通司が主人に説明すると、
「大皿でドンともってきてくれ、主従の別なく同じものを食べるのが我が家の流儀じゃ。」
「畏まりました。では、コックと相談してまいります。」
そう言うっと店長はギャルソンを引き連れ厨房へと消えた。
・・・・
支払いの為に通史と主人が会計デスクの前でたそがれてにいる。パイルー店長が、
「困りました。・・ではお二人は一旦二階の方へお越しください。」
「俺らは決して分かれ分かれになりとうはない。みんな一緒に行けぬか?」
「仕方ありません。そういう事でしたらご一同様、二階席の方へ、アンジェリカご案内して。スオウ君、お八つの時間を任せるからよろしく。テテ!このメモをグリーン商会の支店長に至急。」
そう言い残すと自らも二階へと歩き出した。
・・
従者たちとは少し離れた席に一行の主人と通司と店長が座っている。テーブルの上には硬貨が山積みされていた。沢山の金貨が散乱していたがそれらはみな、帝国以外の金貨であった。
「困りましたね。」
「うむ、困った。」
「わたくし共は両替商ではございませんので、帝国通貨以外でのお支払いはご遠慮申し上げております。」
「うむ、分っている。・・わしらも、帝国金貨をそこそこ用意してまいったのじゃが、昨日の旅籠の支払いで使い切ってしまった・・おっ、ここに帝国金貨が・・、」
「それは250デニー白銅貨です。12万5千350デニーにはかなり足りないと思いますが、」
「このトラバース金貨5枚ではどうかな?」
「生憎トラバース金貨がどれほどの価値かは存じませんので、何ともお答えしかねます。」
「そうじゃの・・・」
そこに幼いセルヴィーズがお茶を運んできた。
「いや、お茶は頼んでおらんのだが、」
「ご心配なく、商談の席でございます。粗茶ですがお召し上がり下さい。ルナ、お供の方にもお茶を」
ルナと呼ばれた少女が店長の耳に顔を寄せて何か囁いた。
「ユージーニア、ルナの代わりにお供の方にお茶と何かお茶請けをお出しして下い。で、ルナもう一度お客様に今の話をお聞かせなさい。」
「はい。店長。トラバース金貨は何度も改鋳され、額面が金の含有量を必ずしも反映いたしません。それよりもマーク金貨1枚とエンジェル金貨6枚とクロード銀貨22枚、端数と両替手数料を勘案して5と1/4フォーシング銀貨を頂ければお店としては十分だと思われます。」
通司が己の主人にボソボソと通訳をしていく。
「そのように金貨を頂ければルナの計算ではこのお店に損害を与えないと言うのですでね。」
「はい、去年の年末の両替相場で、という事ですが、年が明けて大きく相場が動いていないと思いますので大丈夫かと思います。」
丁度そこへ、グリーン商会のマリー支店長が緑の帽子と鳶色の帽子を被った部下を一名づつ従えてやって来た。パイルー店長はマリー支店長に経緯を説明すると鳶色帽子の部下が天秤ばかりを取り出し、金貨を量り始めた。一通り計量が済むとマリー支店長に耳打ちする。
「今日の両替相場では、先ほどの組み合わせが一番請求額に近いという事です。最もパイルー店長の貴重なお時間を含めなければという事ですが、」
「ありがとうございます。マリー支店長、もうしばらくお待ちください。ところでご主人、それでよろしいでしょうか?」
通訳を聞いて、一行の主人は頷きながら卓上の硬貨の山に手を伸ばた。懐の短刀を取り出し、一枚のフォーシング銀貨に何か傷をつけてから四つに割ると、支払いの金貨の山に4分の1を入れ、4分の1を店長にもう一枚をルナに手渡し、残りを自分の巾着に入れ懐にしまった。更にエンジェル金貨を一枚取り出すと支払いの硬貨の中に付け加えた。通司が、
「とても、美味しかった。公正な対応をして頂き感謝している。と、主人が言っております。」
「これは大変うれしいお言葉を頂きました。こちらこそありがとうございます。それで、何かお困りなことがあればお話しだけでもお伺いしますが、」とパイルー店長が水をむけた。
その通訳を聞くと、主人は目をつぶり深く息を吐く。再び、一息吸うと従者に向かって何か言葉をかけた。家令が背負子を持ってくる。中から両手を合わせたほどの巾着を取り出して主人の前に置いた。通司が、
「実はこれを引き受けてくれるところを紹介して欲しいのじゃ」と言うと、主人が巾着の口を開けて見せる。
「砂金ですね。」
「そうじゃ。」
「これをどのようにお使いになりなりたいのですか?」
「買い物をしたい。」
「何をお買いになりたいのですか。」
「それは・・穀物などだ。」
「お名前などをお伺いしてもよろしいですか?」
「・・テュルクのシャド様だ。」
パイルー店長は一行の主人シャドの目を見つめる。一つ頷くとマリー支店長をふり返り、
「町内会の誼でパルーム商会の12区支店長を紹介しようと思うのだけど、どうかしら?」
「しょうかんモトイじぶんモトイわたくしもそう思います。」
「無理なさらなくてもよろしいのですよ。よろしければ立ち会って頂ければ嬉しいのですけれど、」
「もちろんです。」
「では、アンジェリカ。」
「はい。」
「ちょっと待ってね。‥…これを持ってお使いをお願いするわ、よろしくて。」
「はい。直ちに。」
アンジェリカは店長の手紙を丁寧に紙挟みにしまうと一礼して下がって行った。
「テテ、コック長に今の状況をお伝えして、アフタヌーンティーを店長裁量で行いますと、」
・・・
白い椿亭の二階席には、ティルクのシャドの一行10人、。グリーン商会の3名、バルーム商会支店長アラスター他2名。白い椿亭のパイルー店長とウヅキコック長が席に着いていた。各テーブルをセルヴィーズ見習い3人娘のアンジェリカ、テテ、ユージーニアと新人のルナそしてコック服を着た小さな少女が給仕をしていた。アラスター支店長が
「白椿の店長からの呼び出しなので、何はさておきと駆け付けましたが、お話しの内容は重大でそれはそれで私が責任を持って本店に上げますが・・それよりもこのアイスクリンなかなか美味で、店長の白いお肌を写したような滑らかな舌触りと薫り高い甘味。至福です。」
「アラスター支店長。ちょっと誉め言葉としては不適切ですよ。心情はお察ししますが。」とウヅキが立ち上がり、
「今日はアイスクリンの試作を行っておりました。イチゴは旬でないのでイチゴアイスクリンをメニュー表に載せる事はできません。しかし、基本のアイスクリンだけでも何とかお出しできないかと研究をかさねておりました。」
「これは、甘いだけとは思えない香りと味だが、」
「ありがとうございます。白い椿亭の甘味ですので、やはりひと工夫をと思っておりました。この度やっと皆様にご納得いただけるものができたのではないかと思います。パイルー店長の英断で先ずは皆様にご賞味頂きました。忌憚ないご意見を受け賜りたいと思います。」
「意見と言われても、誉め言葉しか思い浮かびません。」とアラスター支店長。
「うん、うん、」と頷くだけのマリー支店長
「コック長、どれぐらいの頻度でお店にお出しできますか?」
「そうですね。週に一度‥但し、乳のの仕入れ量によって20杯から50杯が限度でしょう。」
「やはり、乳ですか。仕入れた全てをアイスクリンに使うと他の料理に影響しますしね。あら、内輪のお話しをしてしまいました。シャド様はお気に召されるましたか?」
通司が主人に通訳し、それを受けて従者たちの方を振り返りゆっくりと微笑んだ。
「大変満足じゃ。」と通司が代わりに答えた。
「それでは、日が落ちる前に出発なさった方がよいでしょう。マリー支店長、バルーム商会本店までシャド様たちをお送りして下さるかしら、」
「もちろんです。」とマリーが胸を張る。
「では、よろしくお願いします。シャド様、皆さま。よろしかったら今後とも当店を御贔屓に願います。」
と一礼して店長主催のアフタヌーンティーを終えた。
「マリー中尉。」と店長が呼び止める。
思わず足を止め振り返るマリーに、白椿の店長は支払いの外国金貨の中から一枚取り出し、
「今日はありがとうございました。」
とマリーの手の平に一枚のエンジェル金貨を載せた。
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就寝前のひと時、大部屋の見習いセルヴィーズの部屋には3人娘と空いているベットに腰かけたルナがいた。
「初めてよ。一度に、あんなにたくさんの金貨を見たの、」とテテが言うと、
「もう、テテは金貨が気になるのね。」とアンジェリカが答えた。
「私はアイスクリンかな、厨房に行ったらコック長とヴィリーがいろいろ捏ね捏ねしたり考え込んだり小さな粒を鞘から取り出して数えたりしているのをみたわ。」とユージーニア。
「小さな粒って?」
「なんとかビーンズとか言ってた。」
「ルナ知ってる?」
「ううん。でも、たぶん今日の白いアイスクリンの材料だと思う。」
「あ~、あの甘い香り。私も食べたかったな~、」
「しょうがないでしょ、セルヴィーズなんだからお客様の前で食べる訳にはいかないもの。」
「正式にメニューに決まったら、お店の者全員で試食会をするんですって、」
「先輩が言ってたわね。私達まだ一度も試食会、参加したことが無い。」
「イチゴアイスクリンは?」
「あれは突然だったもの、試食と言うより一口味を当たっただけよ。」
「ルナはどう?イチゴアイスクリン食べた?」
「ええ、厨房の・・まかない机?大きなテーブルで皆さんと一緒に一杯だけ、だけど、」
「いいな~、またイチゴ来ないかな~」
「あのイチゴはルナのおばあ様からのお祝いだったらしいけど、ルナって本当にお嬢様なの?」
「テテ、駄目よいろいろ聞いちゃ。」
「だって、」
「いいのよ。私も突然で良く判らないの。お母様が今日からあなたは伯爵家のお嬢様だからって突然大きなお屋敷に連れていかれて、気が付いたらここに居たの。あの日以来お母さんには会ってない。」
「ごめん。店長がオーナーのお嬢様だって紹介してたけど、オーナーという人に会ったことが無いし、」
「3人はいつからここに居るの?」
「秋からかな、田舎から帝都に来るのにひと月かかって、礼儀作法を3か月ほど大きなお屋敷で教えられたわね。そこでは20人程居たかな?みんな川向こうの田舎からそれぞれの領主さまの推薦で集められたって、聞いたけど。」
「そこで、3人知り合ったのよね。高等小学校の先生が良かったね。頑張るのよって送り出してくれたけど。」
「早くお給金が頂けるようになりたいね。」
「みんなはお給金を頂いていないの?」
「そうよ。見習いだもの。」
「四月になったら、新人セルヴィーズになれるの。」
「試験に受かったらでしょ。」
「試験があるの?」
「そうよ。店長や主任たちをお客様に見立ててサービスや給仕をするの」
「今はみてるだけ?」
「う~ん、アンジェリカはフィジー様がいつもご指名して下さるからお店に出てるけど、そして必ず心付けを下さるの。」
「そうなんだ。」
「さあ、もう寝ましょ。ルナお部屋に行ける?」
「もちろんよ。もう慣れたわ。それじゃお休み、また明日。」
「お休み。温かくしてね。」
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