2 君が「おいしね。」と言ったから、
ギャルソン達のおしゃべりが聞こえる。
追加の料理もいつしか消え行き、食後のお茶が出された。年若いセルヴィーズが固まって座っている。
「ハーブティよね。これ、」アンジェリカが香りを嗅いだ。
「新しい混成ね?」とテテ。
「う~ん・・・・ペパーミントブレンド。美味しい!」ユージーニアが答える。
「たくさんたべたから?」
「もっと、イチゴアイスクリン食べたかったな。」
「食べたじゃない。」
「ホンの三口よ。」
「私なんか1スプーンだけよ。」とアンジェリカ。
「しょうがないでしょ。お客様優先なんだから。」
「でも、あなた凄いご祝儀頂いたじゃない。」
「アイスクリンのお陰だけどね、」
「あの子たちに何か買って上げれるわね。」
「うん。今度お出かけの時、買い物に付き合って、」
「もちろんよ。」
「今回のご祝儀は御髭のおじ様のお陰よね。」
「アンジェリカもそう思う?」
「だって、私ぜーんぶ見てたもの。」
「何を見たの?」
「ユージーニアは厨房にいたからね。」
「アイスクリンの前にいたのよね。」
「いじわる言わないで教えてよ。髭のおじ様って、店長・・のでしょ。」
「そう。」
「それで何があったの?」
「それはね、アイスクリンをお召し上がりになって最初に席を立たれたのが、髭のおじ様なの。」
「いつもお一人だものね、サッと食べて長居はなさらない。」
「お茶にいらした時も、キッチリ30分、お茶を楽しまれて席を立たれるわね。」
「そう、わたし達は時間が分かって助かるけど、店長や副店長達はいつも緊張しているわよね。」
「店長が緊張してる・・って?」
「そうよ。いつにもまして姿勢がびしっとしてるでしょ。」
「えっ!知らなかった。」
「ユージーニアはこれだから、それで今日も店長が一層美しい姿勢でお金を受け取った後、おじ様はいつものように時計を見て、」
「あの銀の懐中時計素敵よね。あんなのを持っているお客様見たことないわ。」
「あら、オーナー代理がもっているわ。」
「えっ!」
「これだからユージーニアは、店長とオーナー代理がお話しなさると時、お茶をお出しするとよく時計を見ていらっしゃるわ。」
「そうなの?」
「ちゃんとお客様の挙動については注意を払う様、教えられているわよね。」
「そうだけど、店長はお客様じゃないでしょ、」
「う~ん、そう言われればそうね。」
「テテ、ユージーニアの話に乗っちゃだめよ、」
「そうだった。オーナー代理の懐中時計も銀時計なの?」
「そうだと思う。随分使い込んであるみたいだけど、」
「で、でさ、髭のおじ様はどうなったの?」
「そうだった。えっと、時計を見てチョキの右ポケットに仕舞いながら左のポケットから小銭を取り出してお会計デスクに置いたの。」
「小銭っていつもビタ銭1枚でしょ。」
「それが3枚!」
「えっ、それは凄い。」
「もう、ユージーニア。鉄銭3枚じゃ何も買えないわよ。」
「そうだけど、いつもの3倍よ。」
「しかも、幸運のお嬢さんに花束をって言いながら、」
「ビタ銭3枚じゃ売れ残りの花一本が良い処よ。」
「テテは相変わらず現金ね。それでも、店長には凄い事で、おじ様の右手をこう・・両手で包み込んで、頬刷りせんばかりにして、ありがとうございますって、!」
「そこはやっぱり、あの歯ブラシ髭でスリスリして欲しいわね、店長には。」
「そう言う事はいいの。それで、それを見ていたフィジー様が上着の小銭ポケットから小さいのを一つ摘まみだして店長の手の平に置いたのよ。」
「ビタ銭を置いたつもりが小粒銀貨だったから奥様の目がつり上がっちゃて、」
「テテも見てたの?」
「そりゃ、すごい形相だったもの、」
「素直に間違えたと言えば良かったのに、」
「奥様にか店長にか分からないけど、いい格好したかったのかな?」
「男の人って変よね。」
「もっと素直にすればいいのに、」
「それって、誰かさんの事?」
「もう、・・変ていえば髭のおじ様の上着もチョと変わっているわよね、」
「そう?どこが?」
「ほら、たいていのお客様の上着、フロックコートって?いうのお召しだけど、」
「髭のおじ様もフロックでしょ。」
「そうだけど、たいていは裾の真ん中に切れ目が入っているでしょ、」
「あ~、アンジェリカはもう少しお勉強した方がいいよ。」
「ユージーニアがいう?」
「あれはね、切り羽織りの乗馬割りよ。」
「ほら、ユージーニアの知ったかぶりっこが出た。」
「なによテテ、わたしぶりっこじゃないないから。」
「アンジェリカ、おじ様の上着はチョット変わっているわ。襟も詰まってボタンも二列の7つボタンよ。切り羽織りだけど、割は両側に入ってる剣割りなの、きっとお貴族様がお忍びでいらっしゃっているのよ。」
「えっ、そうしたら、店長は・・」
「しょうが無いわよ。身分違いはどうしようもないでしょ。それに年齢もだいぶ離れているし、」
「そう、まあ、店長なら弁えていらっしゃるわよね。」
「そうそう。人の事より明日は定休日。だけど、わたし達はやる事がいっぱいあるんだからさっさと片付けて、やすみしましょ。」
「早く屋根裏部屋のベットに潜りこみたいね、」
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歓迎会を終えると、パイルー店長はルナを三階へと案内する。
「二階はお泊りのお客様の為のお部屋として作られておりましたが、今は茶葉保管室やオーナー代理室などに改装されております。当館の三階は召使いとお客様のお付きの方の為の個室となっておりました。ルナ様には私の部屋の向かいの上級使用人用の個室をご用意しました。寝室としては十分な広さだと思います。」
そう説明しながら、ルナの為に急遽誂えた部屋へと入っていった。部屋を一頻りみてルナは、
「ヴィリーの部屋は何処?」と問う。
「屋根裏部屋になります。」
「見せて、」
「はい」とパイルーは燭台を持ち、先導する。階段を上ると
「この扉のむこうは大部屋になっておりまして、見習い達の部屋です。ヴィリーさんはこちらの一番東の個室を使ってもらいます。」
そう言うと大部屋の扉を背に始まる棟下の廊下を歩き行く。廊下の向こうの突き当りの壁の上の十字格子に丸い明り取りの窓からは冬の星空の青い光が差し込んでいた。突き当りの右側の扉を開ける。
「ベットと箪笥と小テーブルだけで窓は無いのね。」
「明り取りに小さな窓と屋根と床の間に小さな引き戸があります。」
「意外と寒いわね。」
「屋根裏部屋ですので。寝具は温かい物を使っております。多分古参のメイドの為に作られた部屋だと思います。仕事は仕事部屋がありますので支障は無いと思います。ヴィリーさん如何がですか?」
「はい。十分です。」
「この部屋の下には上級使用人の部屋は無いの?」とルナ。
「この下は多分執事長の為の居室兼執務室として作られた部屋がございます。」
「そこを見せて、ところでパイルーは店長なのに執事長室を使わないの?」
「こちらへ、1番階段から降りますので。私は僭越ながら家政婦長用のお部屋をオーナー代理より頂いております。」
「執事長の部屋と家政婦長の部屋は違いがあるの?例えば広さとか?」
「いえ、広さはほぼ同じだと思いいます。残されてていた家具などを見ますと男性用の家具と女性好みの家具の違いでしょうか。」
「そう。」
「実はオーナー代理が私の為に好みの家具を入れると仰せになりました。私はお城の家具しか見たことがありませんでしたの恐れ多くて何も言えませんでした。」
「それでどうしたの?」
「それで、オーナー代理が、何にもないのなら任せてくれると仰ったので、お任せしますとお返事しました。」
「そう。」
「こちらが、執事長室です。三つの窓から門を始め三方向を見る事が出来ます。」
「パイルー。この部屋をヴィリーの部屋にします。」
「畏まりました。」
「ヴィリー、それでいいわね。」
「はい。」
「それで、ヴィリーの屋根裏部屋を私の部屋にします。」
「はあ?、いえ、それは、」
「パイルー。そなたはオーナーの信任厚く、オーナー代理にも重用されているようです。オーナーを当館の当主、オーナー代理を家令とするならば、店長は家政婦長です。序列第3位の職責です。」
「恐れ多いお言葉です。」
「ヴィリーは私の小間使いメイドのように思われていますが、実は全能全権メイドです。太皇太后様から直接遣わされたメイドです。格式としては家政婦長と同じ。ですから、同じ格式の執事長の部屋を使わせます。」
「畏まりました。しかし、ルナ様が屋根裏部屋をお使いになるのは、」
「私は明日かから、伯爵家の庶子としてここで暮らしていきます。対外的には屋根裏部屋に住む少女。内所的には勉強などその他の事はヴィリーの部屋で過ごすという事にします。よろしいですね。」
「畏まりました。」
「今日はこの辺りにしましょう。多少疲れました。ヴィリーお願い。もう寝ます。」
「はい。」
「ルナ様お休みなさいませ。」
「あっ、店長。明日、私とヴィリーを店長の居室に呼びつけて下さい。」
「どうしてでしょうか。御用がおありならお伺いします。」
「もう!、私は明日から新しい身分と名前に生まれ変わるのよ。見習いセルヴィーズに諸注意を与えるのも店長の仕事でしょ。」
「畏まりました。」
「店長の素敵なお部屋、楽しみです。」
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店長がヴィリーの新しい部屋の燭台に灯を移し去って行った。自分たちで後はするからと店長を追い出すように帰した後、「取り敢えず、ベットだけ整えて後は明日ね。」と天蓋から垂れる帷を開けベットの様子を見る。布団の様子を見て、「これでいいわね。ヴィリー」と整えていく。
後は寝るだけとなった時、ルナが床に跪いた。
「師匠、数々の無礼をお許しください。」
「ルナ様、どうかお気になさらず。ちゃんとお役目をはたされました。とてもよろしかったと思います。」
「明日から改めてよろしくお願いします。」
「クリス姫様からもオルレア様からもお口添えがありました。身に余る役目ですが、引き受けたからには誠心誠意ご指導いたしますのどうか心安んじて下さい。」
「師匠。二人きりの時はそのような気づかい言葉遣いは無用です。どうか、弟子として接してください。」
「言葉遣いは、なかなか変えられませんので、どうかお許しください。それよりも早くお休みください。明日は五時、卯の初刻から修行を始めますので、お一人でお着換えできますか?」
「ハイ師匠。着替えぐらいは独りで出来るようにと練習してきました。」
「そうですか。でも、今夜は部屋までお送りしますのでちゃんとできるか見させてください。」
「はい師匠。」
ヴィリーが手燭を持ってルナを屋根裏部屋に送って行く。
「着替えが終わったら、ベッドに入る用意をして、部屋の蝋燭を自分で吹き消して、ベットに潜って、‥そうです。暫くここに座って・・手を握っていますから、おやすみなさい。」
なかなか寝付けない様子であったが、ルナの寝息が落ち付いたの確認してヴィリーは自室へと帰って行った。
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灯かりが無くとも夜目が利くヴィリーには問題はなく、かえってテーブルや長椅子などに掛けられたままの、埃除けの敷布の白さが痛いぐらいだった。素早く服を脱ぐとベッドに入り込みこの数日の事を反省した。
冬祭りの後、太皇太后様の意向を受け、クリス姫にルナ様の師匠になるようにと懇願された。私の任ではないと一度はお断りしたが、オルレア様がお付きのメイドの態で師家となるのは甚だ不本意だろうけれど、私の代わりにルナ様を導いて欲しいと説かれ、クリス姫様が当分はオオイワ村にいるので大丈夫だから、ルナの師家となって導いて欲しいと再度言われると、二度断る事は出来ず、初めて弟子を持つ事になった。クリス姫様がルイ様の先達騎士として師匠となられたのとは随分事情が異なる。これからどのようにすればよいのかと、神々に問う。まずは本人の希望・意向を聞きながらその時、その時を大切にしていく事にした。明日からはルナさまと一緒にセルヴィーズ見習いとしての日々が始まる。セルヴィーズの仕事を教えてくれる人はたくさんいる。余計な口出しをせず見守る事にしょう。そう決心してヴィリーは眠りに着いた。
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