ルナの夏休み4
4人は旅籠の厨房の外に出た。日差しが眩しい。女将は屋外の料理竈の前に3人を連れて行くと、
「先ずはそこの庭の隅に積まれている小石の小山からこの桶一杯分綺麗に洗いな。あたしゃちょっと用意するものがあるからね、」
そう言い残すと何処かに消えて行った。残された3人は一旦桶に入れた小石を手桶に小分けして井戸端に行き丁寧に洗い始める。その間に女将は何やら重そうなものを竈の前に運び出して来た。
「洗い終わったかい、そしたら竈の上にグリル用の金網を置いて小石を並べて火を起こしな。」
「小石を焼くんですか?」
「そうさ、もたもたしてないでさっさと火を起こしな。小石が焼ける間にこいつの使い方を教えるから、」
そう言うと女将は3人の前に大きな体拭き布程の四角い石で出来た物を置いて話始めた。
「こいつは石板挽き臼さ。今じゃすっかりお目にかからないがね。今からやって見せるからちゃんと覚えな。」
そう言うと地面に置かれた石板を前に蹲うと、穀物庫から持って来たフスマ小麦一升分ほどを開け拡げ、これもずんぐりとした石棒を両手で持つと小麦を押し捏ね潰すように石板と石棒で小麦挽きを始めた。何度か粉をまとめては挽き潰しを繰り返すと、
「こんなもんかね」
と言って木鉢に粉をまとめる。
「さあ、順番にやってみな。」
と3人に粉挽をやらせる。
「こいつは篩にかけていないので、フスマも混ざって粉のざらつきも均一でないけど、これが第一歩さ。これを捏ねて小石でナーンを焼くよ」
「はぃ??」
「一人づつ見てあげるから捏ね方も一回で覚えな。」
「はい。」
「なんたってすぐに焼けるからね、粉を捏ねて伸ばして火に掛けて焼き上がるまで1刻と掛からない。ナーン焼き唄ってのを歌い終わるまでに焼き上げられたら一人前さ。さあ見てな。」
女将はまず自分でやって見せた。水の分量、水の加え方、捏ね方、捏ね具合、生地を手巾の様に成形するのを喋りながらやって見せる。金網の半分の小石の上に生地を起き、もう半分の小石を素早く火箸と火掬いでその上に載せて行った。
「石の焼き加減が良かったね、焼き石の温度が高すぎると薄いパン生地だからあっという間に焦げてしまうからね。」
「本当にあっという間でしたね。1刻もかからなかったと思います。」
「そうだろ、さあ、次はルナあんたからやって見な。」
そうして、3人は次々と小石ナーンを焼き上げて行った。
「これが、基本さ。昔は熾火で直接石を焼いたらしいが、灰や炭が付くからね。もういい時間だ。お前たちの夕食の時間だからみんなでお食べ、話はこの次だ。さっさと片付けな」
「はい。」
そう言うと3人は内庭の調理場を片付け、自分で焼いた何枚もの小石ナーンを持って食堂へと駆け出していった。
・・・・・・
夏休みの間の上等兵訓練は寅の正刻4時からの巳の正刻10時の朝食までをクリス女騎士爵が毎日担当し、その後はサング退役准尉の監督の下ローズマリー軍曹の指揮により戌の正刻20時の就寝迄上等兵訓練が行わた。食事は巳の正刻と申の正刻16時の二食だが、訓練内容により適宜、お茶(とお菓子)の時間が設けられている。ロック城衛士の少年組は聖曜日は朝の教練の後は休養日と言う事になっているが、特にやる事もないので兵士たちの後を付いて回ったりしている。男女で兵舎は分かれているが独りっきりで過ごすという事はない。男の子も女の子も基本同じように過ごしてきたが、ルナの様子を見てかジクァンとリアーナの二人りの少女が他の男の子たちとは違う事に興味を持ち出した。村役場代わりの大隊司令部後の建屋や旅館食堂には女衆は居ても若い女性は居なかった。若いと言えば領主代理のクリスだが、いつも男装の騎士姿だし親しく接する事があまりない。面倒を見てくれるサング退役准尉は叩き上げの軍人である。そこに上等兵として若い女性士官がやって来たがしょせん兵士である。そんなところに見たこともない綺麗なドレスを着たルナがやって来た。お館様の親戚のお嬢様だという、と言う事は貴族様か、それが私達と同じ兵舎で寝泊まりしている。朝の教練も瞬く間に自分達と同じように六尺棒を使えるようになった。兵士訓練はしないが村娘の格好でおかみさんにしごかれている。歳を聞けば14歳だという。自分達と一つ違いだ。なのに全然違う。何が違うか分からないが違う。男の子達は「けッ」とかいっているくせにお菓子をもらう時だけニコニコしているけど。ロック城の衛士に選ばれただけに二人は少女ながら気働きができ優秀だ。そんな目でルナと自分を見比べる。良く分からない。ついついルナの姿を追ってしまう。何かが違う。微笑む時、お茶を淹れる所作、シャツの袖を通す仕草、髪を梳く姿、話し声、話し方、とに角、何かが違う。気が付けば真似ていた。
・・・
男衆たちの料理の下拵えに芋の皮を剥きながら女将さんがルナに話しかける。
「どうだい、新しい包丁は?もう慣れたかい?」
「はい。とてもよく切れて怖いくらいです。」
「そうだろう、鍛冶屋のオヤジに特別に打ってもらまらったんだよ。」
「ありがとうございます。」
「菜切り包丁って言ってね、真っ直ぐの刃で両刃っていうのかい、薄く切れる。野菜なんかを大量に切ったり、丁寧に皮を剥いたりするのにはやっぱりこれだね。」
「そうなんですか。」
「野菜の下ごしらえができれば、お屋敷のキッチンメイド?っていうのにもすぐ雇ってもらえるさね。」
「はい。」
「まあ、肉や魚を捌くには別の包丁を使った方がいいが、取り敢えずは菜っ切り包丁を使えるようになりな。ここに居る間に男衆の食事用に、たくさんの野菜を切る要領と丁寧に野菜や芋の皮むきを練習しな。特に包丁の切れ味に怖いと感じている間に教えたとおりに包丁を使うんだよ。」
「はい。」
「慣れるとずぼらして大変なことになるからね。」
「大変な事ですか?」
「ほらこれを見て見な」
そう言うと袖をまくりがら女将は自分の右手の親指の付け根を見せた。
「キズ痕ですね。」
「あ~、ざっくりとやってしまった。調子に乗って包丁を使った結果さ、」
「右手のしかも親指の付け根ですけど?」
「そうさ。普通なら左手だろ、」
「はい。そう思います。私もちょっと切ったりしました。」
「そうさ。左手なら分かるけどね。でも調子に乗って使っているとこんなことも起きるんだ。やっちまった自分自身もどうしてこんなふうにざっくりと包丁を持つ右手親指を切ったのか未だに解らいが調子に乗るってことはそう言うもんさ。」
「はい。気を付けます。」
「ここに居る間はゆっくりでいいから、教えた通りに包丁を使うんだよ。」
「ありがとうございます。」
「其れもそうなんだが、」
「はい?」
「あれだ。」
「はい。なんでしょう。」
「そのあれなんだが、」
「はい。」
「その、あれだ、」
「なんでしょう?」
「ジ、ジクァンとリアーナの事だけど・・・、」
「衛士隊のジクァンとリアーナですか?」
「そうさ・・、」
「二人がどうかしましたか?」
「どうも変ナンダ。」
「変ですか?」
「ああ、何だか色気づいたんじゃないかと疑ったが・・どうも違うようだ、」
「それは何ですか?イロケヅクって?」
「いや、それはいいんだ。でも、どうも様子が違うんで気になって見ていたんだが、何だかあんたの真似をしてるみたいに思えてね。」
「わたくしの真似ですか?」
「そうそうれだよ、あんたは時々あたしと言う時、わたくしと言う事があるだろ?」
「・・・そうですか?」
「いや、お貴族様のお嬢さまだからそれでいいんだろうが、・・そのジクァンとリアーナがあんたの真似をしているように見えるんだ。」
「はあ、」
「いや、それを悪いと言っているんじゃないんだ。寧ろいい事かもしれないさ。ここは見た通り田舎さ。在郷さね。良かったらその簡単でいいんだが女の礼儀作法と言うのを一つ、教えてやってくれないかね。」
「わたくしがですか?」
「そうさね。他に誰がいるんだい。」
「はあ~、・・・ちょっと考えさせてください。」
「なに、そんな難しいやつでなくていいんだよ。ほら、あの子たちもいつか嫁に行くかもしれないって言ってたじゃないか。その時、こう~ちょっと花嫁衣裳を着た時様にさ、」
「・・・分りました。ちょっと考えます。・・・女将さんの心遣いに感じ入りました。」
「よしてくれよ。そんなんじゃないんだよ。」
「いえ、何とかします。」
「そうかい、ありがとうだね。」
・・・・・
その夜、就寝前にルナは兵舎の中でクレマに昼間の女将との会話について相談した・・・、
「そういう事なら、土の曜日9日しかないわね。」
クレマがそう言い放った。ルナはそれを聞いて、
「9日って・・明日、明後日じゃないですか。」
「そうね。10日はクリスと私はここを発たなきゃいけないから、」
「どいう言う事でしょうか?」
「私達は13日にオルレアの処で大切な用事があるの。私のマレンゴやクリスのシルバーの足なら3日あれば大丈夫だと言っても10日には出立しなきゃいけない。」
「はい。すると他の兵士の方も10日に出立なされのですか?」
「ローズマリー軍曹と分隊は天候にもよるけど20日か21日にここを引き払う予定よ。ルナ様もその時、分隊と一緒に帰る事になるはず。」
「はい。」
「まあ後の日程は追い追いと言う事で、9日の明後日の夜に作法教室を開くわ。」
「クレマ様がですか、」
「そうよ。勿論、ルナ様にも手伝って頂きます。」
「はい。それはよろしいのですが、いったい何をお手伝いすれば良いのですか?」
「先ずはドレスね。」
「ドレスですか?」
「ルナ様は着替え用のドレスをいくつお持ちになりましたか?」
「パイルー師傳が持たせてくれた、町娘用のドレスは2着ですが、」
「それは丁度いいわ。それをジクァンとリアーナなに与えなさい。明日と明後日で直しを入れます。」
「それから、クリスの衣類収納室を漁れば、それなりのドレスが出てくるはずだから、ちょっと詰めるのが大変だけど‥そうね帝国経理学校の実力を見せる所ね。軍曹とサング准尉に相談ね。ついでにクリスにもひとこと言わないとね。」
「クリス様はついで、ですか?」
「どうせここに居たんじゃ着る機会もないし、帝都に帰ったらパイルーに報告すれば後の事は何とかしてくれるでしょうし。」
「はあ~」
「ルナ様は何か楽器が出来るのかしら?」
「楽器ですか?」
「そうよ。」
「バイオリンなら少し心得がございますが、」
「バイオリンか~、ここにあるかしら。いいわ明日何か探しましょ。」
「ところで礼儀作法とバイオリンには何か関係があるのでしょうか?」
「礼儀作法と言えばダンスでしょ。」
「ダンスですか?」
「ルナ様もダンス、できるでしょ、」
「ええ~っ!私は見たことはありますが、まだ正式には習っておりません。」
「ええ~って?、パイルーは何をやっているの。貴族学院は必修でしょ。」
「それが来年でいいかなと・・、」
「しょうがないわね。いいわ、この際3人纏めて面倒見ましょ。調度、衛士3人、男の子がいる事だし、」
「えええ~、男の子もやるんですか!」
「当然でしょ。ああ、上等兵訓練だから誰も礼装士官服は持ってきてはないわね。来年の下士官訓練には必ず持ってくるように上申しなくてわ。主計士官と言えども士官には変わりないんだから礼装は必需品だわね。」
「あのー、クレマさま。」
「なに!」
「いったい何をお考えなのでしょうか?」
「決まっているでしょ。ダンスパーティよ。」
「ダンスパーティですか?」
「そうよ。礼儀作法と言えばダンスパーティよ。」
「えええ~!」
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