表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/21

ルナの夏休み3

 7月最後の聖曜日の午後、羊の初刻に出す訓練生の為のお茶の準備をするルナの処にフォン=オオイワ騎士爵の代理として大岩村の領地経営を任されているクリス女騎士爵が一人やって来た。


「ルナ様、お茶を頂けませんか、」


「はい。」


と答え、ルナはティーポットに茶葉を入れると、ゆっくりと薬缶(ケトル)からお湯を注ぐ。菓子鉢から二つばかり揚げ菓子(ドーナッツを取り分けるとクリスのテーブルに置く。ポットの香りを聞き、一呼吸おいてから白磁器のカップに注ぎ、音を立てないようにクリスの前に供した。クリスはそっとカップアンドソーサーを持ちあげると香りを聞いてから一口含む。そして、ゆっくりと喫茶した。


「…わるくない。」


「    」


「クレマ様に教えを受けれれば良かったのですが、あれでなかなかお忙しいので、」


「はい。」


「ところで此の一週間、ここで暮らしてみてどうですか?」


「まだ慣れないことが多いです。」


「そうですか、そのお召し物、似合っていいますよ。何処から見ても村の娘と言った感じです。」


「これは、おかみさんがご自分の娘時代のをお貸しくださったものです。」


「そうですか?仕立て直ししたのでしょうか、ぴったりと体に合っていて、お下がりには見えませんね。」


「おかみさんが裾だしをしたり、いろいろ詰めたりしてくださったのです。」


「そうですか。女将に気に入られたみたいですね。」


「ありがとうございます。女衆(オナゴシ)の皆さんにも良くして頂いています。」


「それは良かったです。ところで調練はどうですか。」


「師匠の・・ヴィリーの教えがあったので何とかついていけているとは思うのですが、六尺棒は難しいです。」


「そうですか。六尺棒は体を一杯に使うので武器術の基本となります。良く研究してください。そうはいってもこの一週間で基本の型、初伝の型はお伝えしました。来週からは衛士たちに交じって練習できますね。」


「大丈夫でしょうか?」


「あの子たちも、この春から棒術を練習し始めたのです。ルナ様もこの春から武術を、ヴィリーの元で大太刀をお習いですね。私とヴィリーは同じ師の元で稽古しましたので基本は同じです。ですから一週間で基本の型を習得できたのでしょう。と言う事で来週からは初伝の応用を稽古しましょう。集団稽古です。あの子達にもいい励みになります。」


「あの・・」


「はい。」


「あまり、忙しくて皆さんといろいろとお話が出来ずにいるのですが・・、衛士とはどんな事をするのでしょうか。」


「あ~スイマセン。今はクレマ様の上等兵訓練と一緒になっているので、ルナ様とお話が出来る時間はほとんどないですね。」


「はい。朝の調練の後は私はここに手伝いに参りますし、夜、宿舎に戻ってもいろいろ大変そうで私も疲れて寝るだけの日々でしたので、」


「台風とか吹き荒れているでしょ。」


「台風?ですか、」


「彼らは、この夏は上等兵訓練に入れてもらって、ほとんど兵士と同じ生活をしているんですよ。」


「はい、」


「まあ、朝の修業は私が指導しますが、それ以外はサングさんの計画に沿ってローズマリー軍曹の指導を受けています。」


「はあ、」


「衛士と言う仕事は将来的にはロック城の警備を担当する衛兵を目指しています。ロック城は帝国領ではないのですが、帝国の庇護を受けているので帝国軍の訓練を基本としようと思い、クレマ様に相談したところ、優秀な兵士を育てる事で有名なサング特務兵曹長を紹介して頂きました。今は退役准尉となられたのを機に、この地にお招きして指導を受けているのです。」


「そうですか。」


「とても子供たちを可愛がってくださり、いろいろ面倒を見てもらっています。調度、クレマ様の上等兵訓練を大岩村で行う事になったので、懲役の年齢には少しばかり早いのですが、一緒に兵士の訓練中と言う事です。」


「あの、宿舎に帰るとベッドのシーツが引きはがされたり衣装棚(ロッカー)の中身も放り出されているのは兵士の訓練と何か関係があるのですか、」


「アハハ!そうみたいですね。私も初めて見た時はビックリしました。あれは台風と言うらしいです。」


「台風ですか、そう言えば突風が吹き抜けた後みいたいで・・・」


その時、一団が喫茶室に入って来た。


「これより、午後のお茶休憩に入る。各自礼儀正しく頂け。」


「イエッサー」


と一斉に答えた。


「クリス様、お邪魔致します。」


「ちょうど良かった、ローズマリー軍曹ちょっと私の執務室でお茶をいかがですか?」


「はッ、光栄であります。」


「いえ、教えて頂きたいことがあったもので、それではルナさん、ご馳走様でした。後はよろしく。」


と言うとローズマリー軍曹と部屋を出て行った。


後には訓練中の上等兵訓練生とお菓子狙いの5人の少年衛士が残った。ルナが薄めのお茶を供し、


「お茶のお代わりや、お菓子のお代わりもどうぞ、」


と菓子鉢の蓋を開けた。


・・・・・・・

 

 ルナの隣にクレマが来て、二杯目のお茶を手づから入れる。


「これ、飲んてみて。」


と、声を掛けられる。


「一杯目はあれでいいわ。喉が渇いていたし、子供たちにも調度だったわね。」


「はい。」


「でも、大人にはこれくらいがいいかな。陶器のカップと白磁のカップとではちょっと違うけど。」


と陶器のカップのお茶をルナに手渡す。ルナは両手で包み込むようにカップを持つと香りを聞き一口啜る。これが大人の味かと飲み干し自分がクリスに淹れたお茶と比較してみる。


「白磁と陶器のカップでは淹れ方が違うから・・比べてもあまり参考にはならないけどね。」



素直にルナは頷く。


「玉杯や石杯を使う時も、もちろん違いはあるけど、瑠璃や金銀の器はお茶には向かないと思う。熱いお茶には陶器か白磁せいぜいガラスかな。田舎だから木製の器を使う事も多いけど、まずは白い陶器、それから白磁で練習する事ね。アッ兵隊は急須や土瓶から直接飲むのをかっこいいと思っている奴がいるから見つけたら叱りつけてよ。分かった!」


「はい。」


「子供たちがお菓子が美味しいって、ヴィリーの教えかしら?」


「ここのおかみさんに教えてもらいました。」


「それで素朴な味なのね。」


「・・・ウヅキコック長の真似を少し、してみました。」


「そう、ヴィリーはお菓子作りの天才よ。」


「はい、ウヅキコック長もそう、おっしゃっていました。」


「ウヅキはうまくやっている様ね。機会があったら教えてもらいなさい。」


「はい。でも、お屋敷ではなかなか時間が無くて、」


そこへ、上等兵訓練を一緒に受けている女性兵士が声を掛けてきた。


「クレマ、そろそろ行かないと軍曹にどやされるわよ。」


「そうね、セアンヌ。ありがとう。ここで油を売ってた所為で、また全体責任とやらで走らされたら、たまんないわ。」


そう言うと残りのお茶を飲み干し、舟形帽(ギャリソン)を腰ベルトから引きぬくと小粋に被りながら


「それじゃルナ。今日は聖曜日だから子供たちはここまでだから、後宜しくね。」


そう言い残すと、夏の日差しの中へと去って行った。


・・・・・・・・


「ねぇ、ルナ」


と、衛士の一人が声を掛けてきた。


「なに?ジクァン」


「あのさ、このお菓子の作り方を教えてよ。」


「あっ、あたしも」


「そう、ジクァンとリアーナはこの後お菓子を作りたいのね。男の子たちはどーする?」


と、ルナは残りの揚げ菓子を取り合っている3人に聞いた。


「食うのは好きだけど、作るのはいいや、」


「外で遊びたいし、」


「鳥の巣を見つけたい、」


「そう、それじゃ気を付けてね。夕飯までには返って来てよ。また、女将さんに叱られないようにね。」


「わかった。」


と言って飛び出す少年の背に向けて


「石切り場や作業場へは行っちゃだめよ。」


と声を掛けると、ルナは二人の少女に向き直って、


「先ずは髪を整えましょう。料理に髪が落ちないようにするのは基本中の基本だから。」


そう言って、少女の後ろに回ると手で髪を梳きながら結っていく。


「ゆっくりできるのは、聖曜日の午後ぐらいだけね。」


「兵隊さんが来るまではそうでもなかったよ。」と後ろを振り返るジクァンに、


「もうちょっとだから前を向いてて、」


「うん。」


「兵隊さんと一緒に訓練するのは大変?」


「もうなれた。最初はちょっとびっくりしたけど、」


「そう。どんなとこが大変なのかしら・・はい、出来た。次はリアーナね。」


「春にここに来て、朝の調練が終わったら午後はサングさんと一緒に過ごしてたから、」


「そう、サングさんとは何をしたの?」


「晴れた日は森に入って大岩の周りを見て回ったり、雨の日はお話しを聞いたり。」


「森に入ったっていうのは山査子の生垣の向こうに行ったの?」


「そうよ。あたしたちは衛士になって森や森の小径や山査子の生垣の門番をするんですって、だからどんな所か見て回った。」


「それに、いつかは大岩に住むようになるんですって、」


「大岩に住むの?」


「そう、だから男衆が集められて、大岩から石の板を切り出してる、」


「大岩から石の板を切り出すの?」


「そうよ、だから男衆は石工になるんですって、今はその練習中。」


「私たちと同じしょしんしゃ、しんじんなの、」


「そうなんだ。じゃあ、男衆はロック城の人なの?」


「それは違う。男衆は大岩村の人。あたしのお兄ちゃんも男衆になった。」


「あと、町から石工の先生が来てる。その人は村の人じゃないよ。」


「そうなんだ。」


「ねぇ、髪が終わったら早くお菓子作ろ、」


「そうね。」


「あたしは甘いのがいい。」


「あたしも!」


「それじゃ厨房に行って、おかみさんに許しをもらいましょ。」


・・・・・・・・


「駄目だね。」


女将のにべもない言葉に、スフレのように膨らんだ三人の心は打ちひしがれるしかなかった。


「砂糖は貴重さ。領主様やお客様にお出しするお菓子はもちろん、料理にも使うし、男衆も楽しみにしている。そんな貴重な砂糖を子供のお遊びに使う訳にはいかないね。」


「そうかもしれませんが、少しだけ使わせてほしいんです。」とルナが懇願する。


「何をしようと言うんだい。」


「おかみさんに教えて頂いた揚げ菓子(ドーナッツ)が美味しかったので、ジクァンとリアーナにも教えたいと思って、」


「二人は衛士だろ、手伝いの女衆じゃないのに菓子作り何か覚えてもしょうがないだろう。」


「でも女の子です。」


「まあね。ここの高等小学校に来た時から知っているさ。」


「だったら女の子の気持ちはわかってもらえると思います。」


「でも衛士様になるんだろ。棒振りの練習でもした方がいいんじゃないかい。」


「もちろん衛士の練習もしていますが、いずれは嫁に行くかもしれません。」


「衛士でもかい。」


「衛士でもです。」


「そんなもんかい、」


「いずれはロック城でクリス様の下で家庭を持つかもしれません。」


「そうなのかい。」


「はい。」


「衛士なのに結婚できるのかい。」


「もちろんです。年頃になれば・・・たぶん24,5になればお許しがでます。」


「25じゃ大年増じゃないか!」


「でも、お城勤めとはそういうものです。」


「そうなのかい。」


「職人の年季奉公もそういうものです。二人は13歳からクリス様の衛士になりましたから、もしかししたらもう少し早く年季が開けるかもしれません。」


「そうかい。」


「その時、料理のひとつも出来ない、なんてなったら・・・」


「     」


「だから、せめておかみさん直伝の揚げ菓子でも作れたらと思うのです。」


「     」


「どうでしょうか、おかみさん、」


「・・・・分った。そう言う事なら・・・、穀物庫においで」


・・・・・・・・


「ネズミや虫が入らないように服を払って内履きに履き替えてとっと入りな、」


と女将は穀物庫の中に三人を招き入れると素早く倉庫の扉を閉めた。天窓の明り取りを開けると蝋燭の灯を消した。


「麦と言っても大麦、小麦、ライ麦、燕麦といろいろあって、この辺じゃ小麦は取れないからリーパの街や帝都から送られてくるんだ。それからここには蕎麦や米もあるが、取り敢えずお菓子だったね。」


「はい。揚げ菓子でなくて、焼き菓子でもいいですから、お菓子作りをさせて下さい。」


「まあ、そうあわてないでおくれ。このあたしが教えたとなるとそう簡単にはいかないよ。」


「はい。」


「パンは大昔はナーンと言ってね、石窯(オーブン)や鉄板が無い時代から焼かれていたんだ。」


「はい。」


「どうやって焼くかそこからだね。」


「はい。」


「それじゃ、口が開いていいる麻袋のフスマ付き小麦を一握りづつここへ持ってきな。」


「はい。」と答えるとルナ達は10ほどの口が開いた麻袋から一握りづつ小麦を掴むと女将の前の盆の前に置いて行った。


「それぞれの小麦を指でつまんで、それぞれを比べてみな。」


言わるままに3人は指で摘まみ、軽く押しつぶしながら感触を比較して行った。


「どうだい?」


「どうどいわれましても・・・ただ、何となく硬さに違いがあるような気がします。」


「まあ、最初だからね。それで良いさ。それじゃ一番柔らかいのを選びな。」


3人はあれこれと試しながら一つの麦を選んでいった。


「それでいいかい?」


「はい・・これにします。」


「そしたら、一人に一升づつ小分けして袋に入れて、そしたら外へ出るよ。」


そう言うと女将自らその場を片付け、最後に倉庫の扉をしっかりと締めて出た。


・・・・・・・・・・・・・・・・


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ