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2/21

 1 白い椿亭

 帝国歴の週の始まりは木の曜日であり、火、土、金、水の曜日と続き、6日目が聖曜日で、一週間が終わる。


 そんな週末、聖曜日の昼過ぎの喫茶「白い椿亭」は、美味しい中食(ランチ)目当ての客で満席であった。


 一台の小振りの豪華な馬車(キャリッジ)が、白い椿亭の道路からの進入路(アプローチ)を通ってゆっくりと馬車寄せ(ポーチ)に止まる。その美しさで男を寄せ付けないと評判の店長が素早く外套(マント)を羽織ると、出迎えにと外へと出た。一人の少女がメイドを一人だけ連れて降りてきた。店長は客がいないテラスの向こう庭を二人を案内して歩いて行く。従僕フットマンが一人、鞄を一つだけ持ちそれに続いた。


 テラスの床にはうっすらと、雪が積もっていた。足跡一つなく。


・・・・・・・・・・・・・・・


 店の中では一組の夫婦が食事を終わろうとしていた。カトラリーを皿の上に纏め置き、セラヴィーズに「お茶を」と目で合図を送る。夫人が、


「ここに子供たちを連れてこれるのは・・まだ暫くね。」


「そうだな。少なくともテーブルマナーをこなせるようになるには、もう1・・2年かな、」


「さっきテラスの向こうを歩いて行った女の子ぐらいになったらかしら、」


「店長が慌てて飛び出して行ったので、どうかしたのかと思ったら、女の子を母屋に案内して行ったな。」


「あなた見て無いようでよく見ているわね。」


「アハハ!しょうがないだろ。店中のみんなが見てたじゃないか。」


「そうね。でも、どうしたのかしら?店を放り出して、」


「たぶんあれが、噂の少女だろ、」


「噂?」


「ここの常連の囁きを総合すると、あれはここの女主人(オーナー)の処の訳アリの少女だな、」


「訳アリって?」


「ホントかどうか知らないが、やり手の女主人のドラ息子が急死した後、突然出てきた隠し子で、よくよく調べると本当に血のつながりがあった。そうは言っても正妻が収まらない。屋敷に置いておくのもいろいろ問題がある。それでも血のつながりか溺愛したドラ息子に似ていたのか女主人(オーナー)が不憫に思って、ここに住まわせる事にしたという事だ。」


「随分詳しいのね。」


「ここの常連から聞いた話さ。」


「あなた常連なの!」


「おいおい、仕事でここに連れてこられることが多いし、何しろ美味しい。だからこうして、偶にだけれど君を連れてきているんじゃないか、」


「う~ん、店長さん?綺麗よね。」


「評判だな。」


「やっぱり。」


お茶が運ばれて来た。担当のセルヴィーズがちょっと微笑んで下がって行った。絶妙なタイミングが冷静さを取り戻(クールダウン)してくれる、


「店長が美人なのは俺の所為じゃ無いだろ。それに、誰も恐ろしくて声も掛けれない。」


「恐ろしいって?」


「なんでも去年の秋、二人連れの男が足繫く通って、隙あらば店長に声を掛けていたらしいが、ある日、帝丘から“厳重注意”が来たらしい。」


「帝丘って、お城から?」


「どうも、近衛かなんか軍服がやって来て店の外に連れ出されて“厳重注意”されたらしい。たまたま通りかかったという人が話していた。」


「それでその二人はどうなったの?」


「まあ、おとなしく普通のお客になったが冬になったら現れなくなったそうだ。」


「そう、店長はお城に誰か知り合いがいるの?」


「それが、皇后さまのお気に入りのメイドだったらしい。」


「お城のメイドが何で帝都のお店をやっているの?」


「お城のメイドは23、4歳になったらお城を出る決まりらしいんだ。」


「あなたよく知っているわね。」


「何、事情通と言うどこぞの伯爵夫人というのが、ひそひそと大きな声で話していた。」


「店長さんは24、5歳か、おお年増ね。」


「あれだけ美しければ、問題にならんだろ。」


「  」


「そう睨むなって、俺には君がいるから、こうして他人事として話せているんじゃないか。」


「     」


「まあ、メイドギルドに入ってどこぞの貴族のメイド長になるのもよし、降ってくる縁談に乗るもよしだが、丁度、この建物を買ったやり手の女主人(オーナー)が、皇后さまを拝み倒して此処の店長に据えたらしい。」


「それで、訳アリのお嬢様をここで預かることになったという訳ね。」


「そうい事だろう。・・美味しかったね・・」


と言いながら、担当のセルヴィーズを目で探すが、見当たらない。清算してもらおうと思ったが・・


「お茶を飲み終えたら、帰りましょ。」


「ああ、」


「どうしたの?」


「担当がみえない・・ああ、」


こちらへ、急ぎ足でやってくる担当セルヴィーズをみる。顔が上気しているのが良く判る。


「フイズー様!」


「どうしたんだい、美味しかったよ、」


「ありがとうございます。それでですが、もう少しお腹に余裕がございませんか?」


「十分頂いたよ。」


「あの、あっ店長がやってきました。ちょっと素敵な提案なんですが、お聞きください。」


・・・ 


「美味しい!ね、アンジェリカさん、イチゴって早くて4月よね。何故、今食べれるの?」


「はい。奥様。南の地方で特別に早く作っているのを馬車でこれも特別に当店の為に特急便で運ばれてきたものが今朝、届いたのです。」


「それで、お店にお祝い事があったので、今、丁度居合わせたこの店のお客全員に、幸せのお裾分けという事なのね。」


「とても幸運でした。氷菓は夏に時々出しているんですが、それは氷菓作りの職人がお店に来た時だけです。それに、乳菓子作りの職人が偶々今日お店に来ていたので、コック長が何か作ってと拝み倒したところにイチゴがあって、お祝い事と偶然が偶然に重なった結果がこのイチゴのアイスクリンです。」


「店長が案内していたあの子のお陰かな?」


アンジェリカはニッコリと微笑んで、


「旦那様にはカフィをお持ちしましたが、お好みのお味でしたか?」


「エドガルドのカフィはいつ飲んでも美味しよ。特にこのアイスクリンにはよく合う苦さだ。」


「そう伝えておきます。お引止めしてすいませんでした。」


「いや、もう少しでこの幸運を逃すところだった。ありがとう。」


「では、心行くまでご堪能下さい。」


・・・


 フィズー夫妻が振る舞いのイチゴアイスクリンを堪能し、幸せな気分で帰ろうと会計台(レジカウンター)に向かう先には初老の男が立っていた。彼は上着の内ポケットに財布をおとすと、チョッキの右下のポケットから時計を取り出し時間を確認し、反対のポケットからは数枚の小銭を取り出して、


「幸せを運んできてくれたお嬢さんにお花を一輪。」


と、言ってレジ台においた。懐中時計を仕舞い終えた右手を待ちかねたように両手で掬い上げ包みながら、パイルー店長が


「ありがとうございます。」


と、目を潤ませている。


フィズー氏は清算を澄ますと上着のチェンジポケットから小さなコインを一枚、摘まみだし、


「幸運のお嬢さんと厨房のみんなにありがとうと伝えてくれ」


と、店長の手の平にコインを置いた。


「ありがとうございます。」


店長は丁寧なお辞儀を返してくれた。


・・・


 辻馬車を待つ間、フィズー夫人が夫君の二の腕を抓り上げていた。


「あなた、いくら何でも小粒銀貨はご祝儀としては多すぎです。」


「いや、ポケットから取り出しら、たまたまあれだったんだ。引っ込めるのも変だろ、」


「前の紳士を真似てカッコつけるからよ。」


「今度から、チェンジポケットには銅貨しか入れないようにするから。」


「もしかして、美人の店長に手を握ってもらおうと思ったんじゃないでしょうね!」


「そんなことは無いさ、美味しかったろ、料理もアイスクリンも。純粋に感謝の印さ、」


「ふん!どうだか。」


「ほら、馬車が来たよ。子供たちが待っている、早く帰ろう。」


と、夫人を馬車に押し込むように乗せると先を急がせた。いろいろ夫人に言われたがフィジー氏はコインを渡すときに微かに触れた店長の手の平の感触を思い出していた・・・いつまでも。


・・・・・・・・・


 聖曜日はいつも17時に店を閉める。片付けが終わると明かりを落とし、無人となる店舗に今日は明かりがともったままであった。店長は主な責任者とホール、厨房のスタッフを店に呼び出し、


「皆さんに紹介します。」


と、ひとりの少女とそのメイドを対面させた。


「ルナお嬢様です。オーナーの処のお嬢様です。4月からこの12区の貴族学院に通われます。お屋敷からは少し遠いという事で、この白い椿亭からお通いになります。皆さんと同じ屋根の下にお住まいになる事になりました。しかしオーナーの、そしてご本人のたっての希望によりセルヴィーズ見習いという事で、ここでは過ごされます。その事をよく踏まえ、皆さんには先輩として白い椿亭のセルヴィーズとしてお付き合いをお願いします。ではお嬢様ご挨拶を、」


お付きのメイドがお嬢様に何か耳打ちした。


「ルナと申します。皆さんよろしくお願いします。これは私のお付きのメイドですが、私と同じくここではセルヴィーズ見習いと言うことでお願いします。・・それからパイルー・・いえ、パイルー店長。私をお嬢様と言うのは止めて下さいお願いします。」


と言って小さく屈膝礼をした。慌てた店長が思わず深く屈膝礼をし、こうべを垂れて


「hⅰ‥お嬢様。畏まりました。只今を持ちまして・・ルナ、とお呼びさせていただきます。」


「ルナとヴィリーです。」


「っは!。ルナとヴィリーを歓迎してコック長のウヅキさんに腕を振るってもらいました。今はお料理を楽しみましょう。明日からは見習いのルナとヴィリーとお呼びします。」


店のギャルソンもセルヴィーズも厨房の者たちも、慌てふためき言葉遣いがおかしなことになっている店長を興味深く見守っていた。唯一、二人を見知るウヅキが、


「さあ、冷めないうちに食べて、今日は新しい見習いの歓迎会よ。無礼講だから遠慮なんかしないでね。明日からは新人のセルヴィーズとしてお願いね。」


と、歓迎会を仕切った。


・・・・・


 大皿から各自が取り分けて、思い思いの処に座るが、新人の少女は店長とコック長に挟まれ話し込んでいるので他の者は近づけないでいた。メイドのヴィリーだけが、料理を取り分け店長たちのテーブルへお皿を運んでいたがその姿は、この店には些か不釣り合いなメイド服であった。ウヅキが、


「ヴィリーもう十分だから、ここに座りさないな。あなたも、ルナちゃんと同じ見習いセルヴィーズなんだから・・それにしても相変わらず小さいわね。全然身長が伸びていないじゃない。ルナちゃんは随分大きくなったわね。貴族学院と言うから13歳?」


「14歳です。」


「そっか、転入かな?まあ詳しくは聞かないけど、改めてよろしくね!」


「ウヅキさんはルナ様とお知り合いなのですか?」と店長。


「そうよ。久しぶりだけど。去年じゃなくて、77年のお茶会の時、手伝いにきてたわね。その後何度かオルレアと一緒にいるのを見たかな。そう言えばあの時はヴィリーとほとんど同じ位の背丈だったけど・・ほんとヴィリーは変わらねいわね。」


「ヴィリーさんはお幾つなんです?」と、店長。


「16歳です。」


「えっ、て、大人じゃない。」と、ウヅキ。


「失礼しました。ヴィリーちゃんなどとお呼びして、」と、店長。


「いえ、構いません。見た目がこの通りなので。」


「としても、ヴィリーを見習いとして扱うのはちょっと悪いわね。良かったら厨房で働かない?私もいろいろ教えてもらいたいし。」とウヅキ。


「コック長が教えてもらいたいとはどういうことです?」と、副コック長のテヨプが聞く。


「こう見えてヴィリーはテヒの一番弟子だから。」


「あのテヒ様のお弟子さんなんですか?」


「その上、あのテヒのお菓子の師匠なの。」


「えっと、テヒ様の師匠?なのですか?良く判らないのですが、」


「う~ん悔しいけど、テヒがお菓子作りを教えてと頼んで、代わりにテヒが料理の手解きをしたことがあるのよ。それで合っているわよねヴィリー。」


「はい。概ね正確ですが、テヒ様は私のお弟子ではありません。」


「いいのよ、テヒ自身がそう言ってるから。ところで此処の料理はどう?私はお菓子が専門で料理の方はテヨプに任せているから、本当はテヨプにはシェフをやらせたいのだけど、暫くは立場上私がコック長で行かなきゃならないの。で、ヴィリーの感想は?率直な意見を聞きたいわ。」


「はい。率直と言われますと困りますが、シェフを務められるには多分冒険心の様なものがが足らないのではと思います。コックとしては十分でしょう。」


「そっか、店長も何かが足らいのではと言っていたけど、店長どう?」


「ウヅキさんに改めて聞かれると困ってしまいますが、あのお方のの反応が気になっています。」


「白髪の紳士?」


「はい。今までご祝儀を頂いた時の事を考えますと今日は別として、今まで4回ほどでしょうか。」


「テヨプの料理の出来が良かった日が4回しかないという・・」


「それよりも、3回はテヒ様がいらしていた日で、もう1回は初めて食パンのトーストをお出した日です。」


「つまり、テヒが指導した日と新作の食パンがお気に召したということか。」


「ウヅキ様それは仕方のない事です。」と、ヴィリー。


「そうね。テヨプの所為じゃないわね。」


「はい。そうです。」


「どういう事でしょうか。」と店長。


「まあ、説明のしようがないんけど、ヴィリーちょっとテヨプを見てもらえない?」


「はい。それはよろしいのですが、時間がある時と言う事でお許し下さい。」


「そうね。ヴィリーはルナちゃんのお付きが仕事だから、でも学校が始まるまでは割と暇でしょ。店長、悪いけどルナちゃんのセルヴィーズの制服と同じのをヴィリーにも作って頂だい。ついでに厨房服(コック)も2、3着多めに作って頂だい。それから・・」


店長たちの話が続いた。


  

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