13 |午後の紅茶(アフタヌーンティー)
6月のお茶の稽古の後の茶話会は一泊体験授業の報告で姦しかった。
「ルナ様は法服貴族のご令嬢と御一緒でしたよね。」とセヨン。
「どんな方がたでしたか?」とデイジー。
「何か不都合はございませんでしか?」とピスタ。
「そうですね。わたくしのグループは法服貴族の娘のエレナとマエル、わたくしルナと男爵令嬢のトルテレイア様の四人でした。」
「私たちは庶民三人娘と、なんと伯爵令嬢のウイステリア様でした。」
「そうなるともう一組は、なかよし準男爵三人娘とランプランサス男爵令嬢のグループと言う事ですね。」
「身分別に分かれて去年の経験者が1人づつ加わったグループ分けですね。」
「まあ、予想通りと言えばいえるけど、ウイステリア様が庶民組に入られるというのはちょっと意外でしたね。」
「そうですか?」
「2年生の中で一番高位のお家柄なので法服貴族組の方に入られるのではと思っていました。」
「そうですか。でも、ルナ様も伯爵さまですよね。だから私たちには同じですけど、」
「そうですか?だいぶ違うんですけど、何か粗相とかありませんでしたか?」
「う~ん、どう違うか分かりませんが、とてもお優しい方でしたよ。」
「あちらは爵位継承権2位の実質的には1位の嫡子令嬢ですが、私は爵位継承権など無いに等しい庶子ですから、」
「継承権と言うのはそれ程重要なのですか?」
「そうですよ。次期当主それも伯爵家です。」
「伯爵さまとは、それ程お偉いのですか?」
「昔風に言うなら城主様です。戦の時は大隊長を務められます。」
「あの、2年男子に子爵様のご令息がいらっしゃいますがそれよりお偉いのですか。」
「もちろんです。子爵家は昔風なら戦の折は中隊長を務めます。今風ならば町長です。」
「とすると男爵は村長で小隊長ですね。」
「ならば侯爵さまは?」
「一国国衙の主です。昔なら王を名乗れましたし、戦では連隊長を務めます。」
「私たちの大侯爵さまは2国以上の領主さまと言う事ですか?」
「そうです。今の帝国では随分改変改革されましたが、そうは言っても貴族の義務と責任は引きつがれています。」
「どうしましょう、ルナ様。私たち大変な事をしてしまったかもしれません。」
「何があったのです?」
「あの・・・、夕食の食材のお肉を男子が全部持って行ってしまったんです。」
「そうなの?ちゃんとあったと思うけど、」
「はい。でも、男子が今夜は焼肉祭りだと騒いで全部持ってい行ってしまって、とても悲しかったんです。」
「そうです。祭りの時ぐらいしか食べれないお肉が、目の前にこんなにあったのに全部持ってかれたんです。」
「そう、それは残念ね。で、どうしたの。」
「それでウイステリアさまに泣きついたんです。男子が全部持って行った~って、」
「そしたら?」
「ウィステリアさまが男子の子爵様に文句を言って下さって、」
「なんて文句を言われたのかしら?」
「子爵様を捕まえて、ロラ!ちゃんと下の者の行動に目を配りなさいって、」
「そして、子爵様の胸を人差し指でつんと押しながら、肉は目方で売れるけど男は目方じゃ売れないのよって、」
「そう。」
「はい。」
「それで、肉を取り戻して下さったので、ピスタがサッサって感じで肉の塊を捌いて、ウイステリア様の許しを得ながら仕分けしました。」
「ピスタは肉を仕分けできるの?」
「仕分けと言っても、血抜きされた枝肉だったので、部位ごとに切り分けるだけです。それにウイステリア様がリブ肉は男子が喜ぶから男子に分けて上げてもいいかしら、代わりに私たちはこの辺とこの辺をもらいましょうと指示して下さるので簡単でした。」
「テール肉もウイステリア様の指示?」
「アッあれは私です。」
「セヨンはテール肉が好きなの?」
「好きではあるのですけど、もう6月で生肉は足が速いので、すぐさまグリルにするか、でも明日の朝の分もとなるとローストしておく事も考えると、テールスープをひと晩火に掛けるのもいいかなと思って、」
「セヨンは料理に詳しいのね?」
「いえ、家で手伝っていた程度です。お料理は法服のお嬢様の方がいろいろご存じの様でした。私たちは煮るか焼くかだけです。」
「でも、美味しそうです。それでは15時のお茶の話から時間を追って話してくださいな。」
・・・・・・・・・・・・・・
「それで、夜は寝台を四つ並べて横になりながらお話ししたんです。」
「カーテンを開けて星を見ながらお話ししたんです。」
「いろんな事お話ししたんです。」
「でも、お腹もいっぱいでいつの間にか眠ってしまいました。」
「私たちが白い椿亭のルナ様の処でお茶のお稽古をしていると言ったらとてもうらやましがられて、」
「そうです。今度お茶に誘って下さいなって言われました。」
「お稽古なのでお茶会じゃないんですよって、お答えしたんですけど、それでよろしかったですか?」
「そうねですね。まずは伯爵令嬢に失礼に当たらないようにお答えできたと思います。」
「良かった。とてもうらやましがられてるご様子だったので、失礼な事をしたかなと思ってたんです。」
「そうです。庶民の娘のお茶の稽古に貴族様をお呼びできないですってお答えしたんです。」
「それはそうと、みんなは毛布を持参したのですか?」
「はい。寝台があれば毛布一枚で十分です。もう夏ですし。」
「そうです。私たちは下が乾いていれば土の上でも寝れますから、」
「ウイステリア様は?」
「同じです。毛布一枚で上着だけ脱いで、・・あっ、でも女子の嗜みですと肌着は着替えられて手洗いされていました。」
「そうです。私たちと同じです。部屋にロープを張って四人のを並べて干しました。」
「ルナ様はどうだったんですか?」
「同じよ。一泊だし、お風呂もないし、汗を掻くような作業もないし、嗜みとしての着替えだけでトリテレイア様の指揮でロープを張って部屋干ししました。ロープを持って行くのは忘れてましたね。」
「そうですか。外に出る時、特に外泊する時は細引きとナイフは必需品ですよ。」
「そうなんですね。」
「はい。それから火種と油紙はある方がいいですね。」
「火種は分かるけど、今回も要り用でしたね。油紙は?」
「先ずは雨具にもなりますし冬は防寒にとても便利です。何か貴重なものを採取した時は包んで帰ってきます。」
「そうですか。」
「畳めば小さくなりますし拡げれば体を包めます。」
「そうね。あとは?」
「あまり荷物を多くしたくない時は必要最低限の日持ちのする食べ物、大抵干し肉と固焼きパンですけど、今回は屋根があるし、食材があるのが分かっていたのでとても荷物は少なくて済みました。」
「私たちは村を出る時に持って来たもの以外は何もないので悩む必要もないのですけどね。」
「ナイフと細引きがあれば後は手作りできますし、」
「みんなすごいですね。」
「村の生活では当たりまえです。ナイフ以外は殆ど自分で作ります。」
「そうですか。」
「鉄鍋は作れないけど石を焼けば料理できるし、あー、針も作れないな。」
「骨で作れるでしょ。」
「そうだけど、それを言ったら、斧だってナイフだって石から作れるけど、鉄のナイフを使ったちゃうとね、」
「それは分かる。機織りで織った布に鉄の針で縫った服の方が断然いいものね。」
「お母さんがちょっと名前とか刺繍してくれると嬉しかった。私のって感じがして、」
「みんな村が恋しくないの?」
「それは恋しいけど、私がいない分、弟たちがたくさん食べれるし、私は新しいお友達と衣食住を心配することなくお勉強できてうれしいです。」
「私もおんなじ」
「私も」
「ウィステリア様はどんなお話をなさったのかしら?」
「うううん、ウイステリアさまは村の話が聞きたいって、私たちの話を面白がって聞いて下さったわ。」
「ビスタとデイジーの村は旧小王国にあるのよね。」
「そうです、デイジーの村は山の麓の村で牛や豚や畑がありますが、私の村はひっそりと山の中にある山里なのでいろんなことが少しづつ違って面白かったです。」
「セヨンの村は?」
「私の村は領主様の実家?の侯爵領にある海辺の村です。」
「海があるの?」
「山と青い海に囲まれた小さな村です。」
「それは素敵ね。どの村も是非行ってみたいわ。」
「ウイステリアさまも私たちの村に行ってみたいって、」
「そうですか。あ~、もうこんな時間ね。ヴィリーが心配しているわ。また来週もお話を聞かせてね。」
・・・・・・・・・・・・・・
6月の第4木の曜日のお茶のお稽古を始めようとした時、それは起きた。留守当番のユージーニアが3階まで駆け上がり、息を切らしながら部屋に飛び込ん出来たのだ。
「ルナ、大変。馬車がやって来たの」
「どうしたのユージーニア、そんなに慌てて。」
「これ、これを持って行けって副店長が、」と名刺を差し出す。
「?・・名刺ね。」そこには《ウイステリア・フロバンダ・デ=ノダ》と飾り文字でしたためられ、ひと房下りの藤花の御印が描かれていた。若い娘らしい図案だ。名刺には丸に内鏃の透かしがある。ノダ伯爵家の家紋である。
「先触れの方がいらしたの?」
「というより、たぶんご本人が馬車でいらしているようです。」
「副店長は?」
「門をお開けするから、至急お嬢様にお知らせしろと、」
「分かったわ。みんなはここに居て。ヴィリー、お出迎えをします。」
と、部屋を出て行った。(お茶のお稽古用に制服のままでいて良かった。スカラリーメイドの服だったら着替えるのにお待たせするところだったわ)と自分を落ち着かせながら階段を駆け下り東玄関から外に出て馬車寄せに向かった。
・・・・・・・・・・・・・・
「ごめんなさい。先触れもなく突然押しかけて」と小振りの箱型馬車からすでにポーチに降り立った制服姿のウイステリアは建物を見上げていた首を体ごとルナに向け直し優雅に屈膝礼を取った。ルナはひと息吐き、優雅さを意識しながら返礼する。
「今日はどのような・・」
「いくら待ってもお茶に呼んでもらえないので、失礼を承知で押しかけてしまいました。」とニッコリ微笑む。
「あの、それで・・」
「いえ、それが少々面倒な事になりそうなので、お詫びを兼ねておたずねしたのです。できればお茶を頂きながらお話したいのですが、」
「・・・これは、気が利きませんで失礼しました。では、こちらへどうぞ。」
一行は東の玄関から中に入る。
「出来れば供の者を下がらせて、学友だけで話をしたいのですが、」
「畏まりました。では、お供の方はこちらの脇部屋でお待ちください。ユージーニア、皆さまにお茶をお出しして、お世話をお願いします。」
「はいお嬢様。」
「それから、お詫びの印に当家のコックに作らせた菓子を持参しました。」
「これは痛み入り入ります。ヴィリーお願い。」
ウイステリアの小間使いからヴィリーが菓子折を受け取るとのを見届けて、
「では、3階のお茶の稽古部屋にご案内いたします。ご足労ですがお運び頂けますか。」
「もちろん!私もお茶を習いたいのです。」
控えの間に小間使いと侍女と馬丁と馭者を残し、二人の従者を引き連れたウイステリアを先頭にルナとヴィリーが階段を上がって行った。定休日の白い椿亭はひっそりとしている。途中2階で留守番役の副店長が低頭して迎えただけである。幽かに何処からか甘い匂いが漂ってくるのは美味しケーキが評判の喫茶店だからだろうか。3階の部屋に入り中の様子を確認した護衛役の従者を下がらせるとドアを閉める。
「あ~、やっとこれた、セヨン、デイジー、ピスタ!久しぶり!」
と叫ぶと、ウイステリアは三人に走り寄り抱きついた。
・・・・・・・・・・・・・・
ウイステリアを主客にルナを主人に見立てて3人が交代でお茶を入れ供する。
「同じ茶葉、お湯、同じ茶器を使っているのにお茶の味が違うわ。」
「はい。ウイステリア様。どうしても個性がというものが出てしまいます。」
「もう。リアでいいって言ったじゃない。」
「そう言う訳にはいきません。お稽古は本番以上に丁寧にが心得です。」
「すみません。とても美味しいお茶でした。」
「セヨンのお茶は先生の教えに忠実なお点前でした。」
「そう。」
「デイジーのお茶はお茶の葉の魅力を引き出そうとしたお点前でした。」
「ちょっと華やかさがあったのはその為ね。」
「ピスタのはお持たせで頂いた坑道焼きに合わせたお点前でした。」
「どうりでお爺様好みの味がしました。」
「ありがとうございます。」
「それで?」
「?」
「ルナ様はどのようなお茶を飲ませて下さるのかしら?」
「あの、もう3杯もお召し上がりですが、」
「大丈夫。結構お茶は鍛えられてるから、それにこんな機会は逃せないわ。」
「左様ですか。では少々お待ちください。」とルナは席を立つとヴィリーに耳打ちをする。直ぐ様ヴィリーは下がり部屋を出て行った。
「多少、準備に時間がかかりますので、大変なことになったというお話をお伺いしたいのですが、」
「そうでした。貴族として手順を踏んでこちらに伺おうと母に、私の母に相談したと思ってください。」
「はい。」
「そう致しましたら、母がピンニ伯爵家に打診のお手紙を出してしまいました。」
「はあ、」
「そのお答えが母の気に障ったらしく、母は大侯爵家様のお妃様に愚痴を言ってしまったらしいのです。そしたら、それが火種で大侯爵様とお妃様の間にちょとした揉め事が起こってしまい、仲裁の為に王后様が乗り出されたらしいのです。」
「それは、それは、」
「王后様がリンポチエ家の娘の事は傅役たるパイルーに一任するゆえ、以後慎め。よってパイルーには師傳の役職と位階を授ける。と言う事で納められました。」
「聞いていませんが、」
「でしょ。私も今朝、聞いたばかりです。」
「それでどうなるのでしょうか。」
「それは・・・分んないわ。あら、見たことが無い・・ケーキかしら?」
「はい。シフォンケーキというものですが、お店に出すにはちょっと見た目が地味かなと、それで・・このように切り分け、ホイップクリームなるものをこのように添えて出してみようかと思うのですが、」
「あら、綺麗。・・天使の羽を思い出させるわね。」
「それは素敵なお言葉を頂きました。エンジェルケーキと命名してお店で出したら人気がでるでしょうか?」
「しっとりと、絹のようで、でもしっかりとした主張があります。ちょっと華やかにしたら絶対に人気がでます。」
「ありがとうございます。では、早速ギャルソン達と検討してみましょう。では、このケーキに負けないように淹れましたわたくしのお茶を召しあがれ、」