12 ワラビテが頬に当たる
青嵐が部屋を吹き抜けていく。
ルナはお茶の稽古の事を思いを出しながら、五月最後の集中瞑想の中に居た。
「・・・・ン、其処まで。」
とヴィリーが声を掛ける。ルナはゆっくりっと戻る。ヴィリーが問いかける。
「瞑想したことをお聞かせください。」
「はい。五月を振り返ってみた時、まずは大太刀を持っての五業剣の事が思い浮かびました。」
「・・・」
「それからやはり、お茶のお稽古の事が思い出されます。」
「・・・」
「お茶会には、湯、茶葉、道具、場、何よりも客と主人が必要と悟りました。」
「・・・」
「熱湯を得るためには、炭、灰、炉、水、釜が要り用でした。」
「・・・」
「そして・・、それらは例えば、水。汲み置き水、濾し水、若水、山水、井戸水など、水ひとつとってもいろいろある事を教えて頂きました。」
「・・・」
「茶葉も緑、青、紅、黒、白、黄茶など産地や製法、調合などにより、限りない種類がある事を教えて頂きました。」
「・・・」
「それから、デイジーが披露してくれ白打掌無影脚やビスタの棒の手蕨手刀を見て想いました。」
「・・・」
「わたくしは何も知らない。世界には斯くも様々なものがある・・・でも、わたくしはヴィリー師匠が教えてくださったものを信じて精進すると決心しました。」
「・・・」
「ヴィリー師匠に改めて帰依いたします。」
「ではルナ様に朝の紅茶を淹れて頂きましょう。」
・・・・・・・・・・・・・・
6月1日木の曜日の学級活動の時間、担任のホーラン先生が
「・・・それから、今週末水の曜日の中食後の未の初刻から翌聖曜日の午の初刻まで一泊体験学習を行う。本来ならば1年生の行事なのだがこの組は編入者が多いのでもう一度行うことにした。元からいる者には皆の手本となってもらいたい。貴様達の父兄の了解は得ているので全員が参加するのは確定である。詳細は告知板に貼りだすので各自確認の事。それでは次に移る・・・」
中食の時間は一泊体験授業の話題で持ちきりとなる。好奇心を押さえきれない準男爵家の三人娘が元から貴族の筆頭 ウィステリアに盛んに問いかける。
「ウィステリアさま、一泊授業って去年はどんなことをしたんですか?」と、ぺアールが聞く。
「ウィステリアさまは、一泊授業のお茶会は何か特別なのですか?」アガテェが問う。
「ウィステリアさまは、お好きなお菓子って何ですか?」イヴォールが畳みかける。
「そんなに一度に質問されてもリアが困ってしまだろう、」と、アイゾア男爵家令嬢のランプランサスが割って入る。
「ランサス、有難う。そうね、ゆっくりと一つ一つお答えするわ。よろしくて?」
「「「はい。」」」
「そうね。去年は何をしたかしら、レイア。あなた何か覚えている?」と、元から貴族のプロディア男爵家令嬢トリテレイアに話を振る。
「まあ~、スケジュール通り、お茶をして、夕食を食べて、眠って、起きる。起きたら顔を洗って朝食を頂いて、10時のお茶をしたら解散だったわね。」
「それじゃ食べてばかりじゃない。」
「あら!そうね。・・でも、家族からもお付きのメイドからも離れて3人だけで心置きなく過ごせたわ。」
「あれは楽しかったわ。」
「そう、誰の目を気にすることない自由な時間。とても素敵だったわ。」
と、元から貴族の3人が視線を交わし合いながら思い出に耽る。
「あの~、お茶してご飯を頂いて寝て起きたら、またご飯を食べてお茶をするだけがそんなに楽しいのでしょうか。」
「そうよ。あなたも貴族の令嬢なら良く判るでしょ。」とランサスが答える。
「何か楽しい出来事とかはなかったのですか、男子生徒とのお茶会とか?」
「そんな事よりも、お付きもいない時間は貴重なのよ。」レイアが言い放つ。
「お付きやメイドなんかは元からいないも同然じゃないですか。何か美味しお菓子や綺麗なドレスでもあったのですか?」
「そんなことより、私たち2年生女子に与えられた部屋は3部屋だけね。これってどういうこと?」リアが問いかける。
「お三方はどう思います?」とランサスが3人の成り貴族令嬢に問いかける。
「それはその・・、先生がお決めになる事ではないでしょうか?」
「成る程そうですね。先生にお任せするというのもありますが、レイアはどう思います?」
「女子12人に部屋が3つ。順当に考えれば3つのグループに分けられるという事でしょうか?」
「どのように分けられるのでしょうか?」と再び成り貴族に顔を向ける。
「籤引きとか・・」
「席順通りとか・・」
「アッ、成績順でしょうか?」
「成る程、そう言った方法もありますね。ところで、ピンニ嬢はどう思われます?」
と、リアはルナに話を振って来た。
「ルナと申します。どうぞお見知りおきを」と、立ちあがりスカートの裾を摘まみ、軽く屈膝礼をする。
「ウィステリアです。こちらこそどうぞよろしく。で、どうですか?」
「はい、ウィステリア様。ホーラン先生や学校側の考えは分かりかねます。」
「いえ、学生同士の昼の食後のちょっとした話題です。どうかお付き合いくださいな。」
「そう言う事でしたら、姫様の問いにあえて愚管を申し上げれば、領主ご令嬢のお三方以外を何らかの形で三つのグループに分けるのではないかと思います。」
「どのような理由で3つに分けるのですか?」
「それは、分りかねます。籤でも成績でも公平を期すなり、何か基準を設けるなりして、先生方の意図するようなグループ分けになるのではないでしょうか。」
「成る程、して、私たちは3人はどうなるの?全員参加と決定しています。去年経験済みだからという事で参加しないという事は無いのですよ。」
「お三方には各グループの指導役として三つのグループにそれぞれ入って頂くのが順当ではないかと存じます。」
「成る程、経験を生かして指導せよいう事ですね。」
「いえ、わたくしの愚見です。先生方のお考えが何処にあるかは分かりかねます。」
「成る程。なかなか面白い意見でした。もう時間がきたようです。午後の諸芸の教室に参りましょう。」
そう、ウィステリアは宣言し、部屋を後にしていった。
・・・・・
「・・てどう思う?」と白い椿館でのお茶の稽古のあと、焼き菓子を齧りながらデイジーが聞いてきた。
「どう思うって?何が?」とピスタ。
「週末の一泊体験に決まってるでしょ。」
「まあね。それにしても1年生も同じ日に行うのよね。セヨンどう思う?」
「寮の1年生の話だと、例年より人数が多いのと2年生の為ということで日程を変えて1、2年合同で行うことになったらしいのだけど、」
「去年なら8人か、」
「今年は30人の2クラスで60人。準備に手間取ったと言えばそれまでだけど、ルナ様はどう思いますか?」
「そうね。いろいろ憶測すれば考えられないでもないけど、」
「例えばどんな事ですか?」
「たとえば、来年の1年生は30人の2クラスになるとか。」
「来年はそんなに貴族のお坊ちゃんがいらっしゃるのですか?」
「それは無いわね。せいぜい10人もいればいい方でしょう。」
「だったらなんで?」
「それは・・この帝都12区の区長は去年、大侯爵になられたばかりの新領主様。新しい領地経営に向けての施策のひとつが貴族学院の改革と言うことかも、」
「ルナ様、それはいったいどういう事でしょうか?」
「大侯爵として帝国の一翼を担う重責を果たすためにも、まずは自身の領地の経営を強化、盤石にする事が取り敢えずの課題でしょう。」
「そうなのですか?」
「よくわからないのですが?」
「今までの村の暮らしではだめなのですか?」
「そうね。大侯爵様の御胸の内は分からないけど、一度は消滅した小王国と実家の侯爵領を足して大侯爵となられたのはいいとして、領地の広さの割には経済力も武力もそして政治力も他の大侯爵家に比べると見劣りがするというのが現状だから、」
「 ? 」
「それで貴族学院の大幅増員ですか?」
「私たちが卒業するのは再来年ですけど、」
「もちろん貴族学院の卒業生がすぐさま役に立つとは御思いで無いでしょうけど、20年後30年後に向けて今から手を打つべき問題の1つではあるはずよ。」
「成る程。」
「他には?」
「他に~は、分かんないわ。こう見えて私はスカラリーメイドよ。寮生の方がいろいろと情報があるんじゃないかしら?」
「寮生と言ってもこの間まで田舎で畑を耕し牛や豚の世話の手伝いをしていたものばかりですよ。」
「そうです。帝都に出てきたと言っても寮と学院を行ったり来たりするだけで、帝丘どころか12区と言うところがどういう所かも分からないんですから、」
「そうそう、こんな素敵な館に住んでいるお姫様とは雲泥の差です。」
「そうかしら、わたくしはこの館の厨房でひたすら皿洗いをしているだけですけど、」
「そうか~。」
「伯爵令嬢で皿洗いが得意なんて変わったお姫様ですこと、」
「「プッ!」」
「あー笑ったわね、」
「これは失礼しました。」
「でも、やっぱり変だ~、」
「そうね。わたくしもそう思うわ。」
「「「アハハハハハ、」」」
・・・・・・・・・・・・・・
火の曜日、土の曜日と瞬く間に過ぎ行き、明日はいよいよ一泊体験授業の週末水の曜日という金の曜日の夕方、ルナは白い椿亭の厨房奥の洗い場で、午後のお茶の時間に出たカップやケーキ皿などを洗っていた。
「おーい、皿洗いのお嬢様~」
「あ、リンリンさんなんでしょう。」
「店長が呼んでるよ。」
「パイルー店長が?」
「そう。なんでも夕食を一緒にするから、着替えて来いってさ。」
「すぐにでしょうか?」
「店長に呼ばれてんだから直ぐにさ、決まっているだろ。」
「はい。でも、もう少しだけ洗い物が残っているんですが、」
「いいさ、あたしがやっておくから、店長に呼ばれたら大至急だよ。とっとと行きな。」
「はい、では後をよろしくお願いします。」
ルナは洗い場用の重いエプロンを脱ぐと袖まくりを下ろし、頭のカチーフを外すとそれで手を拭きながら階段を駆け上がって行った。
「なんでキッチンメイドのあたしが今更皿洗いなんかやんなかいけないのさ~」
そんな声を背中に聞きながら、
・・・・・・・・・・・・・・
パイル-店長の居室兼執務室でルナは店長と二人、夕食を取る。薔薇の蕾の壁紙が蝋燭の灯を受けて淡いピンクに部屋を染めていた。
「それで、グループ分けは当日発表なのですね。」
「はい、店長。」
「ルナ様、これまでの状況をもう一度整理してみて下さい。」
「はい。分かりました。まず週明け、木の曜日に一泊体験授業が週末に行われると担任のホーラン先生から発表されました。」
「それが第一報ね。」
「はい。その後、10時の大休憩の時間には、今週水の曜日の未の初刻から翌、聖曜日の巳の刻一杯、午の初刻に解散という日程表が告知板に張り出されていました。」
「日程の詳細は?」
「いつも通りの昼食後、午後の諸芸の時間の始まりの時刻に2年男女、1年男女別に点呼。各部屋に荷物を置いた後、各班に分かれて、午後のお茶会。それから酉の正刻を目安に各班で夕食。各班で就寝。翌朝、卯の正刻に点呼、辰の初刻を目処に各班で朝食。その後、巳の正刻に朝のお茶会を各班で行い片付けをして、午の初刻までに集合、点呼、報告、解散。と言う予定です。」
「つまり、明日水の曜日13時集合点呼、各班別に15時のお茶、18時の食事、就寝は各班の判断で翌6時に集合点呼、7時に朝食、10時にお茶をして11時に散会という予定ですね。」
「はい。」
「何か注意事項や詳細説明はありましたか。」
「初日に掲示されたものは時間割と使用する部屋だけでその他の事については何も書かれていませんでした。」
「初日と言うからには次の日に何かありましたか、」
「はい。去年の経験者つまり3年生2年生に一泊体験授業についていろいろ聞くことを禁ずる。と追記されていました。」
「何か説明は?」
「理由は、一泊体験授業を新鮮な体験にしてもらいたいからとのホーラン先生から口頭で説明がありました。」
「成る程、他には本日金の曜日の朝ですが、食材、燃料、鍋釜什器類、寝台については貴族学院で用意するのでその他のものは各自の判断で持ち込んで良いとの追記がありました。」
「具体的にはどういうことです。」
「ホーラン先生にお尋ねしたところ、書いてある通りだ各自に判断は任されているとの、ご返事でした。」
「成る程、ルナ様はどうお考えです。」
「食材と言う表記が気になります。」
「同感です。どういうことかと思いますか?」
「料理と書かれていれば、食べるものが用意されるのだという事だと思いますが、食材そしてその後に鍋釜什器とありますので自分達で調理をと、言う事でしょうか、」
「そうですね。」
「鍋釜と具体的に述べながら他の調理器具に言及せず什器と続くのも不自然です。」
「成る程。」
「そして、寝台。寝台とは何をどこまで指し示す言葉なのでしょうか?」
「つまり?」
「寝台はあるが寝具は無いのでしょうか?」
「そう言う事ですか。しかし、貴族学院とはそれほど、いけずなのですか?」
「いけず?いいえむしろ、はっきりと指示を出して下さるので親切なのではないのでしょうか?」
「素直に言葉通りに受け取ればと言う事ですね。」
「はい。」
「では、ルナ様。何を持参すべきなのかを検討しましょう。」
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