11 おともだち
貴族学院ではルナとセヨンが言葉を交わす時間はほとんどない。木の曜日の午後の1、2,3年合同の諸芸の時間の絵画教室で机を並べる時が唯一と言ってもよかった。午前の授業ではもちろん、10時のお茶の時間や中食の時間は貴族と庶民が同じテーブルに付くことは無かったからである。
それでも手紙が回って来た。何かの折、廊下での擦れ違いの時、そして側仕えのヴィリーを通して小さな紙片が何度か行き来した。
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「やっと会えましたね。今日はようこそいらっしゃいました。」ルナは白い椿亭の三階のヴィリーの部屋に招き入れた3人の同級生に対して、そう挨拶をした。
「今日は私の願いを叶えて頂き本当にありがとうございます。ルナ様」と、セヨンが返礼する。
「さあ、こちらにお座りになって、」とルナが席を勧めた。
「その前に改めて、紹介します。こちらがディジー・コレサワです。」と、軽く束ねた赤髪の少女を紹介する。
「そして、こちらがピスタ・ハンです。」と、二人目を紹介。軽やかなペールフレッシュグリーンの腰辺りまで伸びた髪が、お辞儀の所作に揺蕩う。
「今日は私のささやかなお茶会によくご足労頂きました。」とルナ。
「ごめんなさいルナ様。二人が、どうしてもルナ様にお会いしたいとせがむので、ご無理を言いました。」
「いいのよセヨン。気にしないで、私も早く皆さんとお友達になりたくて機会を待っていたのですもの。よく連絡をくれました。」
「すいません。セヨンがあんまりケーキが美味しかったと自慢するものだから、」
「あら、ディジー。それじゃまるでケーキが目当てみたいじゃない。」
「アッ!そっか、」
「本当にルナさまにお会いしたかったんです。入学式の日にセヨンを庇って下さってありがとうございました。改めてお礼を申し上げます。」
「ピスタさ‥ん、いいえ今日からお友達ですからピスタと呼ばせてください。」
「はい。」
「ピスタがお礼を言うなんて3人は本当に仲がよろしいんですね。」
「ええ、生まれて初めて村を出ることになり、連れてこられたのが帝都の寮です。心細くてしょうがなかったんですけどセヨンがそしてディジーが励ましてくれて何とか今日まで来ました。」
「それは・・羨ましいわ。私が突然ここに来た時は一人でした。お館の皆さんは親切にして下さいますが、やはり心細かったです。どうか今日から私もお友達の中に入れてください。」
「もちろん!」「はい。」「こちらこそ。」
「では、早速お茶にしましょう。今日のケーキはですね・・・・」
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楽しく話を弾ませる娘たち。朗らかにそして煌めく様に微笑むルナにヴィリーがそっと近づき、囁く。
「あ~もうそんな時間なのね。楽しい時間はあっという間ね。」
「今日はどうもありがとうございました。」
「サクサクでシュワッと溶けてしまうお菓子、美味しかったです。」
「今日はヴィリーが用意してくれたけど、いつか私の手作りお菓子でお持て成ししたいわ。」
「ニンジンがケーキになるなんて思ってもみなかったです。」
「私もよ。ヴィリーはお菓子作りがとても上手なの。気に入って頂いてうれしいわ。」
そんな別れの挨拶を交わしながら門から寮に帰る3人を見送る。
「それじゃ気を付けて帰ってね。」
「はい。ルナ様。」
「みんなの希望が叶えられるように店長に掛け合っておくわ。」
三人の背中に手を振り見送るルナの影がいつの間にか長く伸びていた。
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「今日もお友達が来たんだって?」と寝支度をしながらアンジェリカが聞いてくる。
「お貴族様の令嬢ってどんなお話をするの?」と髪を梳かしながらテテが問いかける。
「今日はどんなケーキが出たの?」と枕を抱えてユージーニアが天井を見上げる。
「残念だけど、庶民の娘が3人。自分の村の話をしてくれたわ。」
「え?。貴族学院のお友達よね、」
「そうだけど、今年から大侯爵様ゆかりの領民の子供10人が、貴族学院に学友として入学することになったの。」
「そうなんだ。」
「そのうちの女の子三人が貴族のお嬢様になりたての私とお友達になってくれたの」
「同類あい何とかかんとか、というやつかしら。」
「類は友を呼ぶ。ということにしてよ。」
「つまり、お貴族様の中で浮いている・・?」
「それは・・慎重に、いいえ、慎ましやかにしている、だと思うわ。」
「ふ~ん、それでどういう娘たちなの?」
「そうね。一人はこの前来たセヨン。」
「シュタイン村のセヨンね。」
「焼き土色の髪で態度は慎重だけど芯の強さを感じさせるそんな娘かな。」
「ルナにしては大胆な物言いね。」
「このひと月よく観察したから。」
「そうね。どんな子とどんな関係を結ぶかはよくよく考えないとね。」
「そうよ。小学校みたいに幼馴染が集まっている訳じゃ無いから。」
「お貴族様の世界は庶民の世界とは違うんだからね。もう子供じゃないから身分の違いは弁えないと。」
「ありがとう。みんな私の事を心配してくれているのが嬉しい。」
「まあね。それで、」
「それで?」
「後の二人よ。」
「ああ、それでもう一人はディジー・コレサワって言って、赤髪の無邪気な娘よ。」
「赤髪っていっても赤い金髪かな?」
「うううん。紅の八塩って言うんですって、とっても深い赫かな。」
「ふ~ん。」
「で、もう二つ名を持っているのよ。」
「二つ名?」
「え~っと、口髭のおじ様・みたいな。」
「ああ、」
「分かる、」
「それで、どんな名前?」
「白打のディジー。」
「何それ?」
「ディジーは分かるけど、本人のなまえでしょ。それでハクダは何?」
「素手で闘う方法ですって。」
「貴族のお嬢さまがどうして戦うの?」
「それも素手で!普通は剣とかじゃないの?」
「良く判らないけど、ディジーの村に伝わる武術でディジーは男の子より強かったんですって、」
「ケンカが強いと女の子でも貴族学院にはいれるっていうこと?」
「もちろんお勉強も出来るわ・・きっと。」
「・・そう・・それで、」
「それでって、そうね。3人目は淡い緑黄色の髪のビスタ・ハンという娘よ。」
「それはあまり聞かない髪の色ね。」
「ハンの村では珍しくなかったそうだけど、帝都に出て来ていろんな髪の色があるんだって驚いたそうよ。」
「その子も喧嘩が強いの?」
「それはどうかな?・・一応村に伝わる剣術は習っていたらしいけど、他人と戦ったことが無いから分からないって、」
「ヒトと戦ったことが無いって、おけいこ事かしら。」
「う~ん、今度聞いておくね。」
「お菓子は何が出たの?」
「お菓子はね、サクッ、シュワ~なメレンゲクッキーとウヅキコック長が研究中のケーキの試食だったの。」
「えええ~。」
「何それ~。」
「どんなケーキ~」
「落ち着いて三人とも。ちゃんと説明するから、」
「「「うん、うん、」」」
「スポンジケーキは知っているわよね。」
「うん。」
「シンプルならロールケーキだし、いろんなケーキの土台になったりして基本の基本でしょ。」
「そうよ。で、」
「ウヅキコック長は日持ちのするパウンドケーキを作って中に入れるものをいろいろ工夫して新しい味を追求してるでしょ。」
「うん。」
「そんな時、ヴィリーがぽろっとシフォンケーキの軽くて濃厚な味わいがこのお茶に合うかなと茶葉のブレンド研究の時にもらしたらしいの。」
「え~、お漏らししちゃったの!」
「もう、そうじゃなくて、呟いたの。」
「うん。」
「それからコック長は、シフォンケーキなるものの研究にお休みを費やしているという訳。」
「それで、其のお陰で試作品の試食を頼まれたのね?」
「う~ん!羨ましい。」
「私たちは初めて食べるケーキだったからちょっと怖かったけど、・・美味しかったわ。」
「え~!」
「フワッとしていて、シットリとしていて、でもしっかりと濃厚な味わい。お茶の新しい印象を引き出すその魅力の虜になっちゃいました。」
「ハ~、」
「ね、試食会はいつ?」
「う~ん、でもヴィリーがまだまだ工夫が必要だって、」
「えええ~!」
「メレンゲクッキーはその影響ね。それから明日はプリンというのが出るかも。」
「本当!」
「ヴィリーが今、コック長と“後始末”に掛かっているから乞うご期待ね。」
「そうなんだ。明日が待ち遠しいわ。」
「さあ、私たちはもう寝ましょ。そして明日も頑張りましょ。」
「そうね。」
「「おやすみなさい。」」
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ルナは規則正しい生活を送っていた。夜の戌の正刻20時にはベットに入り、寅の正刻4時の鐘の音と共にシン・アーサナを始める。30分ほど呼吸法の基礎を行う。卯の初刻5時にヴィリーの元で大太刀を持って五業剣の型稽古を開始した。卯の正刻6時から瞑想を30分ほど行いその後15分は聴聞の時間となる。
「五業剣は全身を使っての剣の振りつまり五本の太刀筋が奥義そのものです。その基いは運足にあります。心してお稽古ください。日々の立ち振る舞いの中でも工夫をして下さい。」
「はい。」
「それから、昨日のご友人のお話しは、まずはパイルー店長にご相談ください。」
「はい。」
「ルナ様も店長も御忙しいですから、書面にてご報告願います。」
「はい。」
「では、今日はこれまでとします。」
「ありがとうございました。」
素早く身支度を済ませると、賄いテーブルで朝食を頂き、15分程掛けて馬車で貴族学院に登校する。早すぎず遅すぎずと言った時間に教室に入る事を心掛けていた。
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翌週、ルナ達4人にとっては待ち遠しい、木の曜日がやっと来た。
「皆さんにこの館の責任者、白い椿亭のパイルー店長を紹介します。」そうルナは3人の学友に向かって話しかけた。
「パイルー店長の許しを得て、この部屋で毎週お茶の稽古会を開く事ととなりました。皆さん心してお稽古しましょう。では、店長ひと言お願いします。」
「畏まりました。ルナ様、そしてご学友の皆様。皆さまがお茶会の作法や美味しいお茶の淹れ方をお勉強したいという希望をお持ちと伺いました。わたくしがお世話申しあげますルナ様にとっても、とても良い機会だと思います。仲良しのお三方と楽しくお茶をお稽古ください。暫くはヴィリーさんをお手本にお茶の稽古をして下さい。来月辺りにはわたくしが当家流のお茶会の指導を致したいと思います。わたくしは所用がございますのでご一緒できるのは今日は此処までですが、どうぞ皆さま楽しくそして有意義にお過ごしください。」
パイルーはそう挨拶すると優雅にお辞儀をして「ヴィリーさん後は頼みます」と退出して行った。
「それではヴィリー、稽古をはじめましょ。」とルナが声を掛け、ヴィリーの言葉を待った。
「では、お嬢さま方、これからお茶の稽古を始めます。私の元では基本の茶器の扱いや茶葉の見立て、炉や炭の手前、そして基本のお茶の淹れ方を習って頂きます。私はハウスメイドですのでハウスメイドのお茶の淹れ方になりますのでそれは心得ておいて下い。」
そう言って一息間を置いた。ルナが
「ハウスメイドのお茶の淹れ方とそれ以外の淹れ方とがあるのですか?」
「はい、ルナ様。基本の処は変わらないと思います。しかし、例えばパイルー店長は一流のパーラーメイドですので自ずと所作が違ってまいります。」
「ハスメイドとパーラーメイドと違うの?」
「はい。メイドは基本表には出ないものです。ご主人様を始め館の方はもちろんお客様の目に留まらぬように立ち振る舞います。」
「そうなの?」
「例外はフットマンとパーラーメイドです。」
「店長ね。」
「はい。貴族にとってお客様をお招きして宴会やお茶会を開くことは重要な行事でございます。美しく磨き上げられた館、豪華な家具、調度品を揃えお客様をお迎えします。」
「そうね。」
「その時、お客様の前に出て給仕やお世話をするのがフットマンやパーラーメイドという選ばれた者達です。」
「分かったわ。豪華な食器や調度品に引けを取らない美しい者たちという事ね。」
「左様です。」
「そうね。いくらヴィリーの淹れたお茶が美味しくても、ヴィリーがお茶会の場に出て行ったら子供に相手させるのかという事になりかねないわね。」
「左様です。」
「つまり、基本の美味しいお茶の淹れ方を習ったら、お茶会用の華やかな作法をならうという2段階の練習が待っているという事ね。」
「正しくは、基本の作法、その貴族家の考え方、流儀に依る作法。そして、もう一つあります。」
「その他にもあるの?」
「はい。」
「それは何?」
「女主人としての作法です。」
「女主人の作法?」
「はい。」
「それはどういったものですか?」
「お茶会にお招きした時、亭主自ら大抵は女主人自らがお茶を淹れてお持て成しをするのが最高の礼法です。」
「最高のお持て成し?」
「左様です。」
「それもヴィリーか店長が教えてくれるの?」
「いえ、それにつきましてはパイルー様にお考えがあるようです。」
「そう。」
「今すぐという事ではありません。いずれは、という事です。それではまずは基本の基本。水の取り扱いからお稽古しましょう。」
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