表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/21

 10 薫風は花の香りか・・、

 天井の高い貴族の館の三階の窓からは遠くまでよく見渡せた。部屋は一人用の部屋としては確かに広かった。東の窓際には天蓋帷に囲われた寝台がひとつ。寝具が縦長に折り畳まれて向こうに寄せられている。薄い帷も開き止められ、長椅子がわりに座れるようになっていた。北の窓には一人で使うには大きすぎる食机(テーブル)と椅子が壁に押しやられていた。厚手の敷物(ラグ)がその前に敷かれている。それだけであった。テーブルの上には燭台がひとつ、あるにはあったが、文箱のひとつとして無かった。少女の部屋にしてはと言うよりは、人が住む部屋にしてはかなり殺風景であった。


「確かに、広いお部屋だけど、何もないわね。お嬢さまの部屋ですよね、」


「そうね。確かに、何もないわね。」


「教科書や学院で使うものなんかもないわ。」


「あ~それは・・・本当の事を言うと、ここは私のお部屋じゃないの、」


「 ? 」


「ほら、私はメイド兼お嬢様でしょ。ここはお嬢様の練習をする為のお部屋で、寝るのは屋根裏部屋なの。」


「 ? 」


「ここは元は執事長(バトラーの居室兼執務室だったのだけど、今はヴィリーの部屋なっているの、だけどここでは私が・・お嬢様の練習をしたりもするの、だから余計なものは何もないの、」


「つまり、お部屋を二つ持っているという事なのね。」


「二つ持っているというよりは、使っていると言った方が正しいかな・・」


「流石、貴族のご令嬢ですね。」


「そうなるかしら、」


丁度その時、ヴィリーがお茶の道具を載せたワゴンを押して部屋に入ってきた。


「ルナ様、お茶の用意を致しました。今日はルナ様手ずからお茶をお淹れしたいという事なので、わたくしはこれにて下がらせて頂きます。ケーキは焼き菓子とコック長の新作で、メロンを使ったクリームケーキです。」


「ありがとうヴィリー。ウヅキコック長には後でお礼を言いに行きます。さあ、セヨン。こちらのテーブルに座って、今お茶を淹れますから、」


ルナはセヨンに椅子を勧め、パイルー店長に教えられた作法通りに紅茶を淹れ、ケーキを供した。

二人は一刻ほどおしゃべりに夢中になり、ケーキを綺麗に片付け、何杯目かのお茶を飲み干したところでセヨンが、


「そろそろ帰らなくちゃ、もうお日様もだいぶ西の空に掛かってしまったわ。」


「そうね。学生寮には門限があるのよね。」


「そう。18時の夕食の時間までには帰らなくちゃいけないの。」


「馬車で送るわ、」


「大丈夫、ここからなら走っていけるし、寮に馬車で乗り付けるのもね。」


「そっか、それじゃ門の所迄送るわ、」


「うんありがとう。お茶もケーキも本当に美味しかった、」


ルナは、西日を受けたセヨンの姿が見えなくなるまで見送った。


・・・・・・・・・・・・・


 夕食の後、セルヴィーズ三人娘がいる大部屋にルナもいる。


「今日はルナの処にお客様があったんだって?」と、アンジェリカ。


「貴族学院なのに庶民の生徒がいるの?」と、テテ。


「新作のケーキって美味しかった?」と、ユージーニア。


「初めて、同級生とたくさんお話ししたの。」と、ルナ。


「へえ~、それでお友達はどんな()なの?」


「そうね。セヨン・シュタインと言う名前で綺麗な()よ。」


「シュタインと言う姓があるという事は良家のご令嬢かしら?」


「ウウン、お家は農家っていうよりは小作人だけど、いずれ貴族学院に入るのだからという事で侯爵様から姓を賜ったんですって、」


「何か謂れがある姓なの?」


「出身の村がシュタイン村だから、それをそのままですって、」


「何か特徴とか特産物とかがある村なの?」


「祖先が石ころの多い荒れ地を苦労して開墾して何とか村と呼べるくらいになったので男爵様を頂いてシュタイン村として侯爵領と認められるようになったのが100年ぐらい前なんですって。」


「なんだか安直なネーミングだけど、どこもそんなものかな。」


「セヨンと一緒に貴族学院に来た庶民出身の男の子にはカロッテってつけられた子もいるそうよ。」


「なんで?」


「村の特産品が人参だからですって、」


「う~ん、それもなんだかだわね。」


「お茶はお出ししたのよね、」


「ええ、準備はヴィリーがしてくれたけど、お客様の前できちんと作法通り紅茶を淹れて差し上げたのは私よ。」


「ルナはちゃんとお茶をいれれるようになったの?」


「何度かパイルー店長に見ていただいたわ。」


「それでお許しがでたの?」


「お友達だからいいでしょうって、」


「それって、お店のお客様にはまだまだって事よね。」


「でも、セヨンはこんな美味しいお茶は初めてだって喜んでくれたわ。」


「まあ、この館で使っている茶葉は賄い茶でも高級品よ。庶民が飲むお茶とは比べちゃいけないわ。」


「そうなの?」


「そうよ。作法どうりに淹れればそれなりにおいしいわよ。」


「確かに自分でもそう思ったわ。パイルー店長やヴィリーが淹れてくれるお茶に比べたらまだまだだなって、自分で淹れたお茶を飲みながら思ったけど。」


「そうでしょ。ところでお菓子はどうしたの?」


「ヴィリーが焼き菓子(クッキー)とウヅキコック長の新作季節のフルーツケーキを出してくれたの。」


「新作?どんなの?」


「メロンを使ったクリームと果実が乗っているの。」


「まだ、私達も見たことが無い!」


「今日、初めて試作したって言ってたから、今週中には試食会が開かれるかも、」


「それは楽しみ!」


「早く食べてみたいわ。」


「どんな味?」


「それはメロン味としか言えないわね。でも、ふわっとして、それでいて、爽やかな初夏の風みたいな風味よ。」


「季節のケーキか~、マロンケーキを試食した時もすごかったけど、メロンケーキか~、」


「早く試食会ひらかれないかな~、」


「ランドリーにいた時は試食会に参加できなかったけど、やっと試食会に参加出来るわ。」


「あら、それはどうかしら。」


「どうして?」


「料理だったら聖曜日の夜に夕食を兼ねて、試食会が開かれる事があるけど、ケーキはね~、」


「ケーキは違うの?」


「そうよ。大抵10時か15時のおやつの時間に出されて、各自が感想をレポートとして、提出するの。」


「そうよね。味や問題点などを的確に表現しなきゃいけないから大変。」


「試されているのはケーキだけじゃなくてセルヴィーズやキッチンメイドのような気がするもの。」


「どうして?」


「だって、お客様に説明する時その表現でこの素晴らしいケーキの魅力をお伝え出来ますかって添削されてレポートが返されるから、」


「そうんなんだ。セルヴィーズってただお運びすればいいってもんじゃないのね。」


「そうよ。メイドならお運びだけかもしれないけど、セルヴィーズは御客様の知的好奇心とか美意識とかいろいろなんだっけ?」


「だから、お客様にあらゆる意味でご満足頂けるようにするのがセルヴィーズの仕事だから、」


「そうか、大変なのね。」


「そうよ、どんな仕事も一流になるには研鑽が必要なのよ。」


「研鑽か、修行みたいなものね。」


「そうとも言えるわね。」


「それじゃみんな、明日の修業の為に良くお休みください。」


「ルナもね。おやすみ。」


「おすみなさい。」


・・・・・・・・・・・・・・


 貴族学院では、貴族の生徒はお付きの者に持たせた料理を中食室(ラウンジ)で取っている。これは去年までは本当の貴族の子弟しか貴族学院に居なかったので当然の習慣であった。法服貴族の子弟はお付きの者がいないので自分で持参した昼食を教室で取るようになった。庶民出の生徒は寮に帰って中食を取る。中食を自分で用意する事ができない事と寮が近いという事で、これも自然というか当然の結果であった。

 ルナはヴィリーが持ってきた中食を他の生徒達から離れた席で食するようになっていた。朝食はしっかりと取る習慣と10時のお茶の時間が貴族学院にもあったので左程、空腹を覚えることが無かった。中食の内容は質素なものである。代々の貴族家というものは日々の食事は質素なのもであったので、ルナはパンと果物程度の内容で良いと思っていた。しかし、一部の成り貴族は豪華な中食の内容を誇示するかのようにお付きの者に何段もの岡持ち(バスケット)を持たせていた。


 元からのつまり、去年1年間は3人の令嬢と5人の令息の貴族の子女だけのクラスだった。今年は新しい大侯爵が誕生し、その肝煎りで法服貴族の子女と名字帯刀を許されて準男爵の称号を与えられた豪農や大商人の子女が無理やり編入させられる形で貴族学院に入学してきた。それは新1年生も同じである。いくら帝国に貴族家が沢山あると言っても、いち大侯爵家の寄り親子関係、姻戚関係の貴族の中に同じ年の子供がそうはいない。3人しか入学しなかった年もあった。多くても10数人である。30人学級を作るために無理をして掻き集めた感は否めない。


 ルナにとって、そして庶民生徒にとって厄介なのは成り貴族と呼ばれる準男爵家の3人の令嬢であった。

 元から貴族の令嬢3人と令息5人は今の処様子見なのか、これと言って目立った言動はない。本物の貴族と言う自負なのか鷹揚に構えているように見えた。庶民生徒は教えられた通り控えめに過ごしている。男子の成り貴族子息は6人とも官僚の子弟で社会制度や実家の事情をわきまえた慎重な行動をとっている。親によく言い含められているのだろう。

 一方、官僚の娘を始め、たとえ貴族の令嬢であっても女子は女学園に進学する傾向があるので、もともと貴族学院に進学する女子は少ない。ルナが貴族学院に進学する事が決まってから無理をして集めた感があるのがルナを含めた成り貴族令嬢6人である。

 2人の法服貴族の令嬢はよく事情を呑み込んでいるのか男子と同じく慎ましやかに過ごしている。

入学当初から目立つのは3人の成り貴族令嬢である。実家が金持ちで法服貴族のように質素とか質実な生活というものには縁が無い。ましてや、請われて来た感があるのでどうしても慎ましやかと言ったことに関しても気が回らないようである。あるいは貴族の威厳と言うものを傲慢な態度と勘違いしてしまっているのかもしれない。


 それでも四月は元から貴族令嬢達への遠慮というものがったが、彼ら彼女らがこれと言って咎めたりしないのを貴族として同等に扱っているのだ、自分達を貴族と認めているのだと解釈したか、何かとしゃしゃり出る事があり、いろいろ口を挟むことが多くなってきた。


「あら、またあの子、隅の方でパンとリンゴだけの食事をとっているわ。」


「そうね。なんでも庶子なものだから、嫡母にいじわるされてるってうわさよ。」


「確かにあんなみすぼらしい中食ならこの貴族専用のお部屋で取らなくても、教室で小役人の子供たちと一緒に頂けばいいのに、」


と、悪しざまに話題にするようになっていた。


 ルナは四月は観察の期間だと決めていた。何しろ、学校というものが初めてであった。


 帝国が建国される以前から10歳までは子供は神様からの預かりモノという慣習があり、自由に育てられていた。帝国が学制を導入した時も6歳から10歳までを村の責任において小学校又はそれに準ずる方法で学ばせる事となった。11歳からは少年として半人前扱いで働きだすが、少年の過酷な使役労働が問題となり、11歳12歳児を高等小学校へ通わせる事が親の義務となったのは帝国歴50年からの事である。13歳から15歳の3年間が少年として大人になるための準備期間と認識されるようになったのは漸くの事である。


 帝国民のほとんどは農民であるので親の元で農家になるべく自分の家の仕事を手伝うのが普通の事であった。農家を継げそうにない三男四男などは働き口を求めて商家や工房に弟子入りして手に職を身に付けるべく町に出て行く。

 

 13歳から労働を開始するのが帝国の習慣となったが、一部のものはその限りではない。農家でも余裕がある家は兄弟のうち出来のいいものを上の学校に学ばせて官吏や学者、商人への道を歩ませる。跡取りでない者は自分の道を探さざる負えないが、自分が何になれるのかを見つける為に早く大人になる必要があった。

成りたいものに成れる者は限られたものだけで、大半は運命に身を任せながらも何かなれそうなものになるしかなかった。


 しかし、この貴族学院に通う者はどうであろうか。庶民生徒の10人は運命に弄ばれるようにここにやって来た。将来は士官学校かそれに比する学校に進むことが責務となっている。法服貴族の子女は親が法服貴族であっても自分たちがそれを世襲できる訳ではなく、ましてや血筋だけが自慢の没落貴族にもなれないという事は重々承知している。ここは成りたい者になる為の貴重なステップ、チャンスなのだとよく理解していた。幸い親は裕福とは言えなくても余裕はある。上の学校に進み自分も官吏や官僚となって法服貴族になるか、学問の世界で身を立てたいと密かに又は公然と目標を立てていた。


 もとから貴族つまり領主貴族の子女はどうか。爵位継承権のあるものは悠々自適を装っている。余裕の態度を優雅さで装いながら必死で努力していた。領主は領地経営の才が求められる。伯爵家ぐらいになると代々の忠臣がいるがそれだけにいやそれだから一層、求心力が求められる。何によって忠義のよりどころとなるものを体現できるのか?臣下が我が主はと誇れるものは何か?武勇か、美貌か、姻戚関係による政治力か、それとも在るのか無いのか分からない才能か!不安に苛まれていた。


 爵位継承権も3位以下になるとほぼ爵位は自分の処には来ない。どうする?。厄介叔父となり一生を終えるか。どこかの爵位持ちに婿入りするか。いっそ自分の腕と運を信じて放浪者(アウトロー)になるか。まだ見ぬ世界に旅するのもいいではないか!野垂れ死にする覚悟があればそれも一興。


 そんな級友たちの身上や心情をルナは観察していた。ルナ自身はと言えば去年突然貴族となったがしょせんは庶子。爵位継承には関係なく何処かの爵位持ちに片付けば運がいいと言える程度の立場。ひっそりと本家に遠慮して生きていくしかない学校へも行けなかった境遇。今も灰を被りながら洗濯などをしながらなんとか貴族のお館に住まわせてもらっているとかいないとか、そんな「噂の女」になっていた。 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ