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EP2『救ったもの救われたもの』

◆主要人物

○彼方星菜

 明るい性格の女の子。悠木とは同級生であり、ヒーローになることを夢見ている。

○浦淵慎也

 悲劇的にも悠木の唯一の親友である。思ったことをすぐ口にしてしまうため、周囲からは煙たがられている。しかし時たま、本質を見抜いたような鋭い発言もする。

「私ヒーローになりたいの!!!」


「ひ、ヒーロー?」


 彼方星菜(かなたせな)は瞳を輝かせて僕にそう打ち明けたのであった。


「ヒーローになって、困ってる人たちを救ってあげたいの!......どうかな?」


「どうかなと言われても......。つまり、慈善活動的なことかい?」


「そうかも!」


「そうかもって......」


「......やっぱり難しいかな」


 彼方ちゃんは結び目の緩んだ風船のように、みるみる萎んでゆく。


「まあガンバレ!きっと大丈夫!」


 僕は取ってつけた笑顔をもって、半ばやっつけ仕事のように言ってみせた。


「そうだよね!頑張らないと始まらないよね!悠木くんありがとう!」


 彼方ちゃんはすぐさま張りを取り戻し、弾みながら教室を出て行った。

 僕はおもむろに後ろの席へと身体を回す。


「なあ浦淵(うらぶち)?さすがに高3にもなって進路がヒーローってのはやばくないか?」


 浦淵はまるでマネキンのごとくに、目を開いているのにも関わらず、どこも見ていないような、そんな虚な眼差しを僕に向けている。


「おい、聞いているのか浦淵」


「いや、全く聞いてない。なんの話?」


「お前は本当に生きているのか?」


 僕は呆れてため息を吐くと、もう一度問い直した。


「高3にもなって進路がヒーローってのは、おかしいよなってことだよ!」


「ああ、おかしいな」


「それにしても、彼方ちゃんは一体、誰に感化されてそんな目標を抱くようになったのだろうか......罪深いぞ......」


「お前バカだな」


 浦淵は肘をつくと、何やら哀れみを含んだ表情を見せつけた。


「なんだとぉ!?これは重大なことだろう!ヒーローまがいの何者かのせいで、彼方ちゃんの人生が狂ってしまうかもしれないんだぞ!!!」


「いや、そうじゃなくてさ......まあいいか」


 すると浦淵は匙を投げたようにそっぽを向いてしまった。


 このままでは僕の人生まで狂わされてしまうやもしれないと、危機感を覚えた僕は、今後の彼方ちゃんへの関わり方について、考えて行かねばならぬと、心に誓ったのであった。


 僕は誰かを助けたいという気持ちそれ自体は、とても素晴らしいことだと思っている。ヒーローになるというのは、少年の夢でもあるのだ。しかしその夢というのは、年齢を重ね、大人になって行くに連れ、次第に形を変え、社会的な意味を伴いつつ、自己実現へと向かって行くのである。

 だが彼方ちゃんは、そんな工程をすっ飛ばし、天然素材をそのまま丸ごと進路にぶつけてきたのだ。このままでは本当に、彼方ちゃんの将来が危ぶまれる。


 さて、ここで気になるのは、彼方ちゃんの指すヒーローとは、どのような存在なのかである。アメコミに登場するようなヒーローなのか、なにか他の具体的な職業を暗喩してのヒーローなのか、はたまた全く新しい未知なる概念なのか。個人的には2番目であって欲しいが、その真相はやはり、彼方ちゃん本人からしか得られないであろう。


 こうして僕は、彼方ちゃんから覆面ヒーローの正体を暴くべく、いくつかのアプローチを仕掛けることを考えた。


 まず一つ目は、周りくどいことはせず、直接本人に聞くということだ。しかし先ほどの会話から察するに、彼方ちゃん自身も、ヒーローという存在に対し、具体的なイメージが浮かんでないのではないかと思われる。


 とすると二つ目は、何かヒーロー像を探るための抽象的な課題を提示し、その際の解決方法などから、彼方ちゃんの思い描くヒーロー像を抽出するということである。具体的な価値観や方向性を持ったヒーロー像がみえてくれば、自ずとそれに近い性質を持った職業なども、見つかってくるかもしれない。僕はまずこのアプローチ方法を検証することにした。


 とある放課後の部活動でのことである。

 僕と彼方ちゃんは、幸運にも映画鑑賞研究部という部活動に所属する仲間でもあったため、検証の機会は早くも訪れた。

 どのようにアプローチするかといえば、それは至ってシンプルである。


 「ねえねえ彼方ちゃん?彼方ちゃんの好きな映画いくつか教えてよ」


 そう、好きな映画からヒーロー像をボトムアップ的に探り当てようということである。この時大切なのは、"いくつか"の作品からという点だ。ひとつの作品では偏りが生まれてしまい、多面的にヒーロー像を捉えることが難しいと考えたからだ。


「うーん?好きな映画ー?そうだなあ......」


 さあどうだ。

 この部活は元々映画研究部という名の元に活動が始まったものの、機材の確保が難しく、自主制作映画を撮れるような環境が整わず、ひとまず台本だけでも作ってみようぜ!と試みるも長続きはせず、結局レンタルしてきた映画を観て感想を言い合うだけの"放課後の溜まり場"と化しているのだ。彼方ちゃんもこれまで相当数の映画を観てきたはず......。その中のお気に入りとくれば、ヒーロー像に関する何らかの手がかりが得られるのは確実だ。


「えっとねー?『エクソシスト』とか『ゴーストバスターズ』とか......、あと『SAW』シリーズも好きかな」


 ......なるほど、とどのつまり彼方ちゃんのヒーロー像とは、悪魔憑きの少女を救うのが仕事の幽霊駆除隊のおじさんたちが、サイコパスによって仕組まれた苦痛を伴う密室脱出ゲームをクリアする......というところにあるわけだ。


「んなことあるか!!!!!!!!!」


「ええ!?ど、どうしたの悠木くん!?」


(これはまずい。非常にまずい。あまりにも浮世離れしたヒーロー像に吐き気を催してきた。こんな悲劇的な未来が彼方ちゃんに待ち受けていてはならない!断じてならない!)


「ほんとに好きなんだけどな......」


 僕は策を見直すことにした。

 

 部活動以外で、彼方ちゃんにアプローチを仕掛けることができる場といえば、そう、帰路である。下校中を狙って彼方ちゃんに課題を投げかけよう。

 その方法は、至ってシンプルである。


「はぁぁ......どうしたものか......」


「いやぁ......非常に困ったなぁ......」


 そう、おじいさんに変装した僕が彼方ちゃんの前に現れ、あからさまに何かを探している姿を見せつける。そしてそれに対して彼方ちゃんがどのような対応を取るかによって、彼方ちゃんの言うところの"困っている人を助ける"という行いの根幹を成す、道徳観や倫理観を探り当てようということである。


 さあどうだ。

 祖父の服を拝借し、メガネとマスクを着用することにより得た、完全なる擬態。おまけに部活動を通して身につけた演技力を持ってすれば、情に訴えかけることなど容易いことである。心が揺さぶられた時、咄嗟に起こした行動こそが、彼方ちゃんのヒーロー像そのものであることは明白だ。


「......?......?」


「んなバカなぁ!!!!!!!!!」


「びやぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!」


 なんということだ。冷静に考えてみればメガネとマスクで顔を隠した見知らぬ爺さんが路上に這いつくばってぶつぶつと独り言を呟いている状態なんて軽くホラーじゃないか。それに部活動では映画を観るだけで演技なんて1ミリもしたことはないだろう。これではヒーローに助けられるというより、ヒーローに倒される側の存在になりかねない。彼方ちゃんが異形の怪物を見たかのように恐れ慄き、逃げ去って行くのは、至極当然の結果であった。


 作戦は尽く失敗するのではないか。僕の中にはそんな後ろ向きな感情が湧いてきた。

 そもそもヒーローとは、受動的ではなく、能動的であるべきだ。こちらから何かをアプローチをするのでは、彼方ちゃんの、純粋な思想へたどり着くのは不可能なのではないか。


 そんなことで僕は新たなアプローチ方法を考えた。題して"待つ"である。

 結局のところ、彼方ちゃんから自然とヒーロー像が現れるのを待つのが、一番安全で、一番安定するのだ。今までに僕は、なにか非常に多くのものを失ってきたような気がするが、もはやそんなことどうでもよかった。僕はただ、彼方ちゃんのことが知りたい。その一心で突き動かされていた。


 "待つ"ということにおいて最も重要なのは、徹底的な観察である。彼方ちゃんの中に潜むヒーローが、いつ姿を表すかは、おそらく彼方ちゃん自身も知らないだろう。だとすれば、僕にできるのは、その瞬間を見逃さないために、ひたすら見守ることだけだ。頑張るんだ彼方ちゃん。頑張れ。僕をヒーローという概念の根源に導いてくれ。


 そうして学校生活の全てを、熱い視線をもって彼方ちゃんを見守り続けることに集中させている僕を、浦淵は何故だか冷ややかな目で見つめるのだった。


 すると突然、彼方ちゃんが席を立ち、僕の方へとなんだか力なく寄ってきた。


「悠木くん......」


「ど、どうしたんだい彼方ちゃん」


「ヒーローになるって、大変なんだね......」


 その言葉の真相はわからなかったが、彼方ちゃんがどうにも思い悩んでいることは事実だ。僕は彼方ちゃんの中に渦巻く葛藤が、やがてヒーロー像を強固なものへと作り替えて行くと考え、彼方ちゃんを放っておくことにした。


 それから何日か経つと、彼方ちゃんはすっかり元気を失い、たまに路上に捨てられている靴下のごとく、机に張り付いてしまった。


「はぁ......お前いつまでそれ続けるんだ?」


 浦淵が例の冷ややかな目をしながら、僕に尋ねてきた。


「彼方ちゃんのためなんだ。僕が彼女の追い求めるヒーローの正体を暴いてやらねば」


「お前だよ」


「は?」


 浦淵はそれだけ言って、教室を出て行ってしまった。あいつの言うことはいつも意味深である。しかし僕はその瞬間、何か大きな間違いを犯しているのではないか。そういう気持ちが湧き上がってきた。

 僕は今まで、彼方ちゃんの描くヒーローの在り方を、一度でも信じようと思ったことはあっただろうか。存在を肯定しようとしただろうか。否だ。僕はずっと、彼方ちゃんの未来を救おうとしてきた。未来を良くしよう。彼方ちゃんを幸せにしようと。

 しかしむしろ、悲惨な現実に立ち向かって行くことこそが、ヒーローの存在意義なのではないだろうか。きっと、誰もが幸福である世界には、ヒーローなんてもの存在しないのだ。僕はとても胸が苦しくなった。僕の行ってきたことは、彼方ちゃんの夢を打ち砕く行為に他ならなかった。


「彼方ちゃん」


 僕はいてもたってもいられなくなって、彼方ちゃんに声をかけた。


「悠木くん?どうしたの?」


「彼方ちゃん。彼方ちゃんは彼方ちゃんのままでいい。他の誰にもならなくていい。僕はありのままの彼方ちゃんを応援するよ。失敗も成功も、全部だ」


「悠木くん......」


「僕は今まで勘違いしていたみたいだ。正直に言うと、彼方ちゃんがヒーローになりたいと知って不安だった。恐ろしかった。でもきっと、彼方ちゃんはそんな不安や恐怖に立ち向かうために、ヒーローになることを志したんだろう?だから今まで、本当に済まなかったよ」


「ううん!なんかすごく元気が出てきたよ!!!なんかここのところ、誰かに試されているような、よくわからないけど、威圧的な雰囲気を感じてたの。気のせいだと思うんだけど、実際に試練みたいな出来事があったり......」


「それに、なんだか悠木くんも思い詰めたような表情をしてることが多くて、辛いことがあったのかなって思って。大変そうだなって」


「僕が辛いのと、彼方ちゃんのヒーローを目指すことに何の関係性があるんだい?」


「それはその......とにかく、なんか悠木くんも元気が出たみたいでよかったよ!困難に立ち向かってこそヒーローだよね!!!わたしこれからも頑張る!」


「まあ、なんか元気を取り戻してくれたようでよかったよ」


 こうして僕のヒーロー像への探究の道は閉ざされたのであった。しかしわかったこともある。一つはヒーローを必要としない世界こそが、理想郷であるということ。そしてもう一つは、そんな世界など存在しないということである。

 そういう意味でヒーローとは、未来的に最も安定した職業だと言えるのかもしれない。

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