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中編



「それで公爵はなんと?」

「援助をして欲しいと父上に懇願しておられた」


 ノッテンガー公爵は現王である陛下の従兄弟にあたる。

 故に、今までそれなりの便宜を図っていたのだが、それもいよいよ限界になってきたと言うことだ。


「恐らく近々君のバーミンガム侯爵家にも話が行くと思う」

「公爵の失敗した事業の買い取りでしょうか?」

「ああ。本当に君の家には迷惑を掛ける…」

「殿下が謝られる事ではございませんわ。幸い、以前買い取らせて頂いた二つの事業も安定しておりますし……」


 二つとも食事には欠かせないものになっているお陰で、売り上げは好調。もう硬いパンには戻れないと評判だし、塩に関しては他国への輸出も始めている。


「だが、今回は今までとは少し事情が違う」

「事情ですか?」

「ああ。何故かノッテンガー公爵は塩事業と交換しろと言ってきた」

「は?」


 思わず出てしまった声を、私は慌てて扇でふさいだ。

 うっかり淑女らしからぬ声を出してしまった。


「君の家の事業が成功したのは公爵家のお陰だから返せというのがノッテンガー公の言い分だ」

「なんですか、それは……」


 途中で投げ出したのは他ならぬノッテンガー公爵家ではないか。

 公爵家が中途半端に放り出したばかりに、現地で働く人々は本当に大変な思いをしてきたのだ。


「公爵が言うには、元々はアリシア嬢の物だったのだから元に戻すだけだと言うんだ。しかし、さすがにそれは余りにもバーミンガム侯爵をバカにしている」

「そうですわね。恩を売る気はありませんが、赤字だった事業を二つも買い取ったのに、感謝どころかこの様な事を言われるとは……」

「公爵からすればそれも気に入らないのだろう。バーミンガムに事業を奪われたと言い回っているようだ」

「しかしこちらも二つの事業を軌道に乗せるまでそれなりの苦労をしてきています。早々に諦めて投げ出した方にそのように言われるのは不愉快ですわ」

「もちろん、公爵のそんな話を信じている人間などいないよ。君やエリュシオンが足繁く現地の人間と交流していたのはみなの知るところだ」

「それで、陛下はなんと?」

「さすがに失礼が過ぎると怒っていらっしゃった。しかし、このままでは公爵家が立ち行かなくなるのも事実。そこで、今回失敗した事業をまたバーミンガム侯爵で買い取って欲しいそうだ。君のところは何と言っても成功した実例があるからね」

「新しく始めた事業は確か馬車の部品事業でしたわね…」


 スプリングは馬車だけでなく寝具にも活用出来るので悪い事業ではない。

 しかし、仕組みを幾ら分かっていても、あの形状を作るのにはそれなりの技術が物を言う。知っているだけではどうしようもないのだ。


「その件に関しては父や兄にお任せしますわ」

「断ってくれても構わないと侯爵に伝えておいてくれ」

「畏まりました。………しかし、ノッテンガー公爵家はそこまで貧窮しておいでなのですか?」

「生活に困るほど困窮してる訳ではないようだが、これ以上の新規事業の立ち上げは困難だろうね」

「むしろよく今までお金が続いたものですわ」

「全くだ。しかしそのせいか、ノッテンガー公が無茶な事を言い始めて困っている」

「まだあるのですか?」

「王家へ迷惑を掛けたお詫びに、アリシア嬢を私の婚約者として差し出すと言ってきた」

「そ、それはどういう……?」

「要するに、君との婚約を白紙にしろという事だ」


 今度こそ開いた口が塞がらなかった。

 そんな私の態度に何も言わず、ギルバート殿下は疲れたように息を吐く。


「確かに、君との婚約が決まるまでは彼女が候補の筆頭だったのは確かだし、ほぼ内定していたと言ってもいい」


 だが、それを蹴ったのは彼女自身だ。

 ここからは想像でしかないが、乙女ゲームの中で悪役令嬢ポジションである彼女には、何か生死に係わるバッドエンドが存在したのではないだろうか。

 そして彼女は、殿下と婚約しない事でそのバッドエンドを回避した可能性が高い。

 それなのに、何故今頃になってそんな事を言い出すのか。


「もしかして……」

「何か思い当たることが?」

「いえ…、その……、もしかしてノエル様の退学が関係しているのではないかと思っただけです」

「確かに、君の言う通り打診があったのは退学の後だが……」


 ノエル様が去ったことでアリシア様は身の安全を確保出来るようになったのではないだろうか?

 だったら、前向きに婚約者探しを始めても問題はない。

 けれど、それが何故既に婚約者の決まっている王太子殿下だったのかは疑問だ。


「ノエル嬢と関係しているかどうかはともかく、ノッテンガー公爵としては娘の才能をどうにかして王家で活かして欲しいという思いが強いようだ。彼は心底娘の才能に惚れ込んでいるようだからね」

「ですからどんなに失敗しても新規事業を興してこられたのですね」

「けれど残念ながら彼女を含め、周りにはそれを活かせるだけの人材がいないという事にようやく気付いたらしい」

「つまり、王家で金銭面と人材面をフォローして欲しいという事ですわね?」

「ノッテンガー公爵はそう主張しているね……」


 なるほど、だから殿下との婚約を望んでいるのか。

 だが、それは確かにいい案かもしれない。

 正直に言えば、私は彼女がそんなに嫌いではない。

 この世界がどういう乙女ゲームだったかは知らないが、誰だって自分が悪役令嬢になんて転生したら、それはもう必死になるだろう。しかも自分が断罪されるとなると、下手をすれば生死にかかわる。

 だから、彼女が王太子の婚約者を辞退したのはしょうがないと思っているし、前世の知識を活かして事業を興すのも凄く頑張っていると思う。

 猪突猛進なのが少々残念なところではあるが、事業を継続するだけの忍耐力を身に付ければ成功は間違いないだろう。

 そう考えれば、王家で彼女の才能を保護するのも良い考えに思えた。


「殿下、慰謝料をご用意頂けるなら、わたくしはいつでも婚約撤回に応じますわよ」


 王太子の婚約者という重圧から逃れられるなら、本当は慰謝料などいらない。

 だが、一応世間体もあるので小額でも貰っておかなければいけない。

 そんな事を軽く言った私だったが、不意に感じた冷ややかな鋭い視線に思わず固まった。

 殿下が非常に剣呑な眼差しで私を見ていたのだ。


「あ、あの殿下……?」

「慰謝料ね…」

「いえ、あの…、今のは冗談で……」

「ふ~ん…」


 先ほどまでの和やかな空気が一気に霧散し、部屋の空気が凍ったように感じた。

 非常に機嫌の悪そうな殿下の顔に、思わず視線が下がる。

 困ったような顔はよく見ているけれど、怒っているところは一度も見た事がなかったので油断していた。

 彼は王族なのだ。


「すみません…、冗談が過ぎました…」


 震えそうになる手を必死で握り締め、私は小さく頭を下げる。

 怖くて、顔が見られない。


「そういう冗談は嫌いなんだ」

「以後、気をつけます」

「そうしてくれると嬉しいよ、エミー」


 私の愛称を呼びながら立ち上がった殿下は、そのまま執務があるからと部屋を出て行った。

 その日、私は家に帰るまで生きた心地がしなかった。

 仲良くなったと調子に乗っていた私の失態だ。

 直ぐにお父様とお兄様には報告したが、二人は苦笑を浮かべるだけで問題ないとしか言わなかった。

 だが、やはり私は怖くて仕方ない。


「……どうしよう…」


 殿下を怒らせたのは本当に失敗だった。

 まさかあんな事で怒るとは思わなかったのだ。

 この婚約に未練などないが、王家を怒らせれば我がバーミンガム家にどんな咎があるか分かったものではない。

 今度会った時に正式に謝罪するのは当然としても、手紙くらいは急いで送った方がいいかもしれない。

 そう思い立ち、私は急いで文机に向かった。

 その瞬間、扉を叩く音と共に兄が入ってくる。


「エミー、君に手紙だよ」

「お兄様?」

「侍女が忙しそうだったから私が持ってきたんだ」

「ありがとうございます」


 そう言って兄は手紙と共に綺麗なバラの花束を差し出した。

 ピンク色の綺麗なバラの花束を贈ってくる知り合いに心当たりはない。

 誰だろうと差出人を確認し、その瞬間、私は危うく持っていた花束を落としそうになった。


「……殿下」

「君が酷く憔悴して帰ったと聞いたらしくて、慌てて送ってきたようだよ」


 中を見れば、先ほどの件での謝罪が書かれていた。

 殿下曰く、怒っていたわけではなく悲しかったという事だ。


「君からあっさりと婚約破棄してもいいと言われて、かなりショックだったみたいだよ」

「そうだったんですね……」

「まぁ、そういう訳だから、今度殿下に会ったらちゃんと仲直りしなさい」

「はい。今から手紙を書きますわ」

「それがいいね」


 書きかけの手紙を急いで仕上げ、直ぐに王宮へと送って貰う。

 そうして、何とか殿下と仲直りすることに成功した私は、ホッと胸を撫で下ろした。


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