4 勉強と訓練
異世界転生して6年目。
6歳になった俺と弟のクリス。
日本だと小学1年生の時期だな。
それとともに始まったのが、ノーウェン騎士爵領の大人による勉強会。
騎士爵領に住んでるマーフィン爺さんがにやってきて、家で講義や勉強をするようになった。
この国の言語である国語に、算数は四則演算。
この世界の歴史に関しても、俺たちが住んでいるローハイド王国を中心に、時に周辺国家の内容まで及ぶこともあった。
この爺さん話好きで、特に歴史の話題になると、話が脱線しまくって余計な豆知識ばかり語り始める。
もっとも、この世界の歴史において最重要視されているのは、人間と魔族との戦いだった。
戦乱続きの殺伐とした世界のせいか、兵法や戦術の話が案外に多かった。
「戦場においては、いかにして敵の主力を無力化するかが戦いのカギを握っておる。歴代の戦略家、軍師たちはいかにして敵を密集させ、そこに大魔法を打ち込むことで敵を殲滅させるかを考えており……」
なんて具合に、マーフィン爺さんの話が続いていく。
いくら戦いの多い世界だからって、小学1年生向きの教育内容じゃないぞ。
辺境のノーウェン騎士爵領でするには、マーフィン爺さん教育は濃くて、範囲もかなり広い。
ノーウェン騎士爵領なんていうから聞こえがいいが、実際は人口30人にも満たない超人口過疎村だ。
しかも子供は俺とクリス以外には、女の子が2人住んでるだけ。
それ以外は、中年か高齢の爺さん婆さんしかいない。
子供を除けば、俺とクリスの母であるアリエッタママンが一番若かった。
美人のママン、どうかいつまでも若い姿のままでいてくれ。
たまに「ママン」と言って抱き着くと、すごくいい香りがするんだよ。
おこちゃまになっても、俺は男。
美人のママンに抱き着いても、周囲の人間から変な目で見られたり、変態スケベ親父と指をさされ、警察に通報されることがないから素晴らしい。
子供って最強だな。
と、ママンのことはいい。
マーフィン爺さんが、俺たち兄弟にやたら幅広い教育を行っているのが、不思議という件だったな。
俺とクリスは、貴族の中では最下級扱いされている騎士爵家の息子だが、それでも貴族であることに違いない。
だが俺が知っている異世界ファンタジー世界だと、ド田舎の貴族は、勉強をほとんどしていないか、まったくしていないのが普通だ。
貴族であれば領民を取りまとめるために、それに必要な統治や、税務のための四則演算などができなければならない、と思われるかもしれない。
だが、貴族という人間は、統治に関わる面倒な雑務は、すべて下の人間に放り投げ、自分1人だけ椅子の上に座って、偉そうにふんぞり返っているのが普通だ。
人間楽ができるなら、とことん楽に生きたがるからな。
面倒ごとなんて、他人になすりつけてしまえばいい。
下手すりゃ山賊の頭目みたいに素行が悪く、脳みそが空っぽ。なのに威張り散らすことだけは、一人前。
そのくせ山賊は税金をとらないが、領主は領民から税まで搾り取る。
そんな低レベルなのが、ド田舎の貴族というものだ。
なのにマーフィン爺さんは、俺たち兄弟にド田舎貴族と思えない勉強を施している。
「兄上、この掛け算が分かりません」
「クリス、ここはこうやって解いてけばいいぞ」
「凄い、そうやって解くと分かりやすくなるんですね。ありがとうございます、兄上」
マーフィン爺さんが2桁の掛け算なんて教えてくるから、弟のクリスはかなり頭を悩ませる始末だ。
日本の小学1年生でするような計算じゃないぞ。
しかも爺さんの教える解き方が、現代日本の算数とは比べ物にならないほど煩雑で、無駄が多い。
この世界は数学以前に、算数のレベルが低いな。
前世経験持ちの俺が教えてやらないと、クリスがマーフィン爺さんの授業についていけなくなってしまう。
「ムムッ、そのような効率的な解き方があったとは、新発見だ!」
クリスに解き方を教えてたら、それを聞いてたマーフィン爺さんが、目から鱗って顔で驚いた。
そして気が付けば、教えている側のマーフィン爺さんが、俺に掛け算の解き方を習う側になっていた。
教える側と教わる側が、逆転してるぞ。
どうしてこうなった?
ま、まあ、それはともかく。
現在俺は騎士爵領の跡取りとされている。
将来何事もなければ、第二王子ということを完全に記録から抹消され、この領地の当主として、地位を継ぐことになるだろう。
だが、もし俺が表舞台に出ることがあれば、その時は俺に王族に見合うだけの教育を施しておかなければならないのだろう。
だから、ここまでの教育を子供の段階でされている。
俺は過去に海賊王をしていたのはともかく、天空王なんてのをしていたことがある。
なので、この国の王や上層部の考えていることが、なんとなく理解できた。
この世界では魔族との戦争が繰り広げられている。
もしも現在の王族が戦争によって全滅するようなことがあれば、その時は存在を隠している俺に、王家の跡を継がせるなんて考えているのだろう。
自分の子供を捨てておきながら、もしもの場合は表舞台に引っ張り出す。
俺の本当の父親は、情より政治を優先しているということかな?
まあ、それがすべてではないだろうが ……
やれやれ、政治は面倒臭ないな。
「あ、兄上ぇ―、待ってください」
マーフィン爺さんの勉強会が終わると、俺とクリスは場所を移し、屋敷の裏手にある庭に移動する。
移動するために俺が先を歩くのだが、そんな俺の服の裾を掴みながら、弟のクリスが女みたいな声を出してついてくる。
こいつは女か、どうして半ベソかいた顔して、俺の後をついてくる。
リスやハムスタみたいな、小動物染みた可愛さを振りまいてるぞ。
こいつの性別がショタで合っているのか、はなはだ疑問に思う毎日だ。
お前、絶対にロリの方がいいぞ。
美人のママンに瓜二つだから、今からでも性別女に戻した方がいいぞ。
まあ、今から性別変更すると股間にあるものを取らなきゃならんので、オカマになられると激しく困ってしまうが。
このクリスは、何をするにも俺が何をするにしても、俺の服を掴みながらついてくる。
3歳くらいの頃から、ずっとだ。
だが、成長して昔より身長差が広がっているので、2人で歩くとどうしても俺の方が歩幅が大きい分、早く進んでしまう。
小柄なクリスは、そのあとをトボトボ付いてくる。
置いていくわけにもいかないので、俺はクリスに合わせて、足を遅くしないといけなかった。
もし何も知らない人間が今の俺たちを見れば、俺の事を10歳くらいのお兄ちゃんと思い、一方のクリスを4歳くらいの”妹”と勘違いしかねないだろう。
おまけに俺の中身はおっさんなので、クリスとの精神年齢の差も大きかった。
クリスにとって、俺は頼れる年の離れたお兄ちゃんポジになっている気がする。
この世界では同じ年齢なのだが、なんだかそんな合うになっている。
俺、昔はお前のご飯横から奪ってばかりだったのに、よく懐いたな。
そんなクリスを後ろに連れ、俺たちは屋敷の裏庭に到着。
マーフィン爺さんと勉強で頭を使った後は、クルセルク父上と剣を使った訓練の時間になる。
と言っても、まだ6歳である俺たちに、まともな剣術は早すぎる。
なので木刀を持たされ、基本の型となる動きをなぞって、剣を振る訓練をさせられる。
兄弟で互いに向かい合って、木刀での打ち合いなんてのはまだ早い。
「いいか、基本の型を繰り返し体に覚えさせることで、いざというとき頭ではなく体が反応し、動くようになるのだ。戦場では、頭で考えながら動くことなどできぬからな」
筋骨隆々、髭むくじゃらの父上は、そう言って俺たちに剣の型を覚えさせる。
基本の素振りに、攻撃の剣の振り方、剣の受け方、防御の仕方。
「はい、父上」
子供って純粋だな。
青い目をキラキラさせて、クリスはパパンの訓練を真剣に受ける。
「へーい」
一方の俺は、中身がおっさんなので不純だ。
剣の素振りとか、適当じゃダメ?
「アーヴィン、たるんだ返事をするでない!」
なんてしていたら、パパンがいきなり木刀で俺を叩いてきやがった。
「おっと。父上、暴力反対!」
もっとも、俺も木刀を軽くふるって、叩かれる前にパパンの剣を受け止める。
木刀がぶつかり合い、カンと乾いた音がする。
パパンは力加減はちゃんとしていて、子供でも受けられる程度の力しか乗せてなかった。
それでもこんなのが頭に当たったら、小さなたんこぶができるぞ。
「ムッ!小癪な」
「父上、ムキになるなよ」
俺が木刀を受け止めたのが癇に障ったらしい。
パパンが、続けて木刀の2撃目を放ってきやがった。
もちろん、これも木刀で受け止めてやる。
「ムムムッ」
「ホイホイホイッ」
さらに3撃目、4撃目……俺がどんどん受け止めていくものだから、だんだんムキになってくるパパン。
木刀を振るう速度と威力が、徐々に上がっていっている。
ちょっと待てよ、あんた子供に向かって連続攻撃しちゃダメだろ。
剣撃を繰り返しているうちに、一撃もらったら、普通の子供だと腕の骨を折りかねない威力になってきているぞ。
俺の場合改造人間だからいいけど、クリスだったら大怪我ものだ。
そうして気が付けば、10合以上打ち合う羽目になっていた。
最初こそ子供相手の威力だったのに、木剣を振るい続けるうちに威力と速度が増していき、パパンは力加減を忘れてきている。
木刀を振ると、空気が鋭く切れる音がし始めた。
熟練の騎士なんだから、子供相手に本気になるなよ。
「クッ、なんて子供だ」
「このくらいでやめましょう、父上。俺、疲れてきました」
仕方がない、俺が妥協しよう。
俺は降参とばかりに、剣を振るうのをやめた。
けど、パパンはそれで止まらなかった。
木刀を俺の首筋にピタリと突き付け、そこでようやく剣を動かすのをやめてくれた。
「ア、アーヴィンよ。これで父の実力が分かったであろう。お前も剣の基礎を正しく身に着け、父のような騎士となるのだ」
……め、面倒くせぇ大人だ。
勝負が決したとでも言いたいのか?
子供の俺が折れてやったのに、どうしてそういうセリフを吐くんだか。
もしかして子供の前で、父親の威厳を守りたいのか?
ただ、俺とパパンが剣を素早く打ち合う姿を、クリスが横で見ていた。
「す、凄いです、父上、兄上。僕も2人みたいに強くなりたいです」
「ムッ、そうであろう。そうであろう。ワッハッハッ」
クリスのつぶらな瞳に見つめられ、パパンはものすごく機嫌よさそうに笑い出した。
「ただの親バカだな」
俺はパパンの姿を見て、聞かれないように小声で呟いた。
まったくいい年した大人のくせに、仕方のないパパンだ。
息子に甘々だな。俺には甘くないけど。
「さすがです、父上、兄上」
そんな俺たち2人に、クリスは頬を上気させ、相も変わらずキラキラとつぶらな瞳を向けてきた。
「さす兄」いただきました。
弟でなく、可愛いロリ妹に言ってもらいたいセリフだな。
今度パパンとママンにお願いして、「妹が欲しい」って頼んでみるか?




