1 忌子
「あ、やばい。若返りすぎて精子と卵子まで分離しちゃった」
「ここをこうして、こうして。ん、んんんー、こうしておけば何とかなるかな?」
「あっれー、おかしいなー。ちょっと失敗してる?あ、火サスがいいところになったから、そっちを見ないと」
「まさかあの人が犯人だったなんて。それで僕は、何の作業してたんだっけ?面倒臭いから、このままでいいやー」
「……おっと、エイリアンチップはちゃんと体の中に戻しておかないと」
昴の家に強制連行され、その後意識を失ってしまった俺の脳内に、邪神大帝の声が聞こえた気がする。
……
あいつ、マジで俺の体に何してんだよ?
てか、意識はあるのに、奴の声だけ聞こえるって怖すぎ。
もしかして宇宙人式人体改造に続いて、邪神大帝式人体改造までしてないだろうな?
なんて恐怖体験をしたものの、気が付くと俺は暗い水の中を漂っていた。
おふっ、息ができねぇ。
でも苦しくないぞ。
もしかして、ここって腹の中か?
異世界転移させられたのは確実。
だけど生まれる前の胎内にいる状態で、意識があるんじゃね?
う、うわー、生まれる前の体験とか、今まで異世界に何度も放り込まれてきたけど、初めての体験だ。
……
だけど腹の中でできることなんて何もない。
目を開けることができず、動き回ろうにも手足はろくに動かない。
動かせたとしても、すぐに壁みたいなものにぶつかってしまう。
仕方がないので、俺は生まるまでの時間を、のんびり母の胎内で待つことにした。
そうして、どれくらいの時が過ぎ去ったか、
「オンギャー、オンギャー、オンギャー」
俺、誕生!
今回は異世界転移というより、転生の気分だ。
生まれた俺は、さっそく新たな異世界の様子を見たかったけど、目を開けようとしても、まったく開けることができなかった。
それに出す声も、ただの赤ん坊の泣き声にしかならない。
ク、クウッ、赤ん坊の体だから、何もできねぇ。
「へ、陛下……2人目です。双子の子供が王家に生まれてしまいました」
「……なんという凶兆」
そんな生まれたばかりの俺の耳に、何やら不穏な声が聞こえてきた。
俺が生まれたばかりなのに、なぜか歓迎というより苦悩を感じさせる重苦しい空気が漂ってるんだけど。
とりあえず、分かることから整理しよう。
陛下ってことは、国で一番偉い王様のことだよな。
んで、王家に生まれたってことは、陛下が俺のパパンだ。
そして双子ってことは、俺には同い年の兄貴だか姉貴がいることが確定。
だけど、凶兆ってどういうことだ?
そういや江戸時代くらいまでの日本では双子は禍事とされ、鬼や悪霊が乗り移った忌子として扱われていたなんて話を聞いたことがある。
そして後から出てきた子は、地下牢に閉じ込められて一生そこで生活させられたり、ひどい場合は川に流されて捨てられたりなんてこともあったとか。
お腹の中に卵があって、一卵性や二卵性双生児なんてことは、昔はまったく分からなかったからな。
それでも生まれたばかりの子供に、なんてひどいことをしてるんだろう。
「よいか、この子のことは決して王妃に漏らしてはならぬ。この子は生まれなかったものとし、我が王家から存在そのものを隠すのだ」
「ハハッ、陛下」
なんて俺が考えてる間に、パパンがとんでもないことを決めてしまった。
う、生まれた瞬間にいないことにされたぞ!
えっ、ちょっと待って、もしかして俺このまま殺されるか、地下牢で幽閉生活させられるの?
イ、イヤじゃー。
死んだらまた日本に戻れるけど、だからっていきなり死ぬとか嫌すぎる!
監禁生活だってお断りじゃー!
俺は必死になって、この場を何とかしようとした。
俺には異世界生活を繰り返して積み上げまくったチート能力と、エイリアンテクノロジーによって改造された肉体がある。
でも、残念なことに生まれたばかり。
生まれたばかりだから、何もできない。
瞼を持ち上げることも、指一本ろくに動かすこともできない。
ク、クソウ。
こうなったら破れかぶれで、時空間魔法でこの場から飛んで逃げるか?
「オ、オギャギャギャー!」
魔法を使おうと必死になって叫んでみるものの、ダメだ。
まったく魔法が使えない。
ヒィー、生まれたばかりで人生詰んでるなんてひどすぎだろ。
モンスターハウス化している異世界無人島にいきなり放り込まれた時より、もっとひどいだろ!
「へ、陛下。突然お子の体が光を!」
「い、一体この子は?」
「まさか、女神の祝福を受けて生まれた子なのでは!?」
おや、時空間魔法を必死になって使おうとしてたら、なぜか周囲の反応が変化した。
魔法の使用に失敗したけど、もしかしてその余波で俺の体が光り出したのか?
目は相変わらず開かないけど、なんだか体がポカポカして暖かくなってきたし。
でもダメだ。
失敗とはいえ赤ん坊の状態で魔法を使おうとしたせいで、メチャクチャ疲れてきた。
魔力が枯渇したっぽい。
俺は意識を保てなくなって、寝るように気絶してしまった。
赤ん坊だから仕方いけど、俺の人生どうにかならないかねぇー。
それからどれだけ時間がたったか分からない。
何日か寝たり起きたりを繰り返しながら、周囲の状況をうかがってみたが、いかんせん赤ん坊なので意識を保っていたくても、すぐに眠たくなってしまう。
体も全く動かないので、何もできねぇー。
まともな情報を、ろくに集められねぇー。
「アーヴィン・エストリア・ローハイド様、本日より私があなたの父となり、これより生涯お仕えいたします」
「アーヴィン・エストリア・ローハイド様、本日より私があなたの母となり、これより生涯お仕えいたします」
そんな中、ある日赤ん坊である俺の前に跪いて、2人の男女がそんなことを言ってきた。
何とか目が開くようになったが、視力が全然なくて、ぼやけてしか見えないが。
とはいえ、パパン陛下との間で、何らかの話がまとまったらしい。
そのあと俺は、それまでいた城から連れ出され、馬車に乗せて移動させられた。
俺の父になるといった男の名前はクルセルク・ド・ノーウェン騎士爵と言い、もう1人の母となる人物はアリエッタ・ド・ノーヴェンと言うそうだ。
こりゃ、血がつながった-(俺の場合完全な異世界転生じゃないから、血がつながってると言っていいのか迷うが)実の父からは、本当にいないものとして扱われ、捨てられてしまったようだ。
かわりに、この2人が俺の父と母になるのだろう。
しかし生まれた途端にパパンに捨てられ、義理の父と母に育てられることになるなんて、今回の人生訳ありすぎだろ!
はあ、もういいや。
邪神大帝相手に何もできないのは分かってるし、今の状態の俺じゃあ、義理の父と母に完全におんぶにだっこでないと生きていけない。
もう、どうにでもなっちまえー。
やけになって、俺はこの後の展開を流されるまま過ごしていくことにした。
正確には、赤ん坊だから流される以外にできることがないだけだが。
それよりアリエッタママンに抱かれてるけど、オッパイが結構大きくてプニプニだ。
俺の頭にふくよかなお肉が当たって、うれしいねぇ。
こんなこと赤ん坊でなきゃ、合法でできないぜ。
これで俺の息子が元気だったらよかったのに。
それだけが、とてつもなく残念過ぎる。
あとがき
(2019/9/12)
「アーヴィン・クルセルク・ローハイド」を「アーヴィン・エストリア・ローハイド」に修正しました。
クルセルク・ド・ノーウェン騎士爵と、まさか名前が被っているという大ポカ。