プロローグ3
「超魔法、世界跳躍」
別の銀河系にすら一瞬で転移できる超魔法を発動した。
下手をすれば異世界の魔王を一撃で倒せる尋常でない魔力を消費して、別銀河の星へ俺は飛んだ。
……はずだった。
「肥田木昴改め、自称邪神大帝シリウス・アークトゥルスであーる!」
別銀河のチタマ星に飛べなかった。
代わりに俺の目の前で長身のデブが、ちゃぶ台に乗って何やら偉そうなポーズをとっている。
俺と同い年なので、すでに40目前の男が、黒のロングコートに黒シャツ、黒ズボンと、中二病をもろに拗らせた格好をしていた。
本人が名乗ったように、肥田木昴という名のデブだ。
「……おい、俺は超魔法を使ったのに、なんでお前の家にいるんだよ!」
「だって、僕から逃げようとしたから。テヘッ」
そこで、舌をぺろりと出して可愛い子ぶるデブ。
だが暑苦しいうえに、とてつもなく見苦しい。
こいつ、昔はこんなデブではなかった。
幼稚園時代から白皙の肌に、長身、ハーフを思わせる整った顔立ちのイケメンで、学生時代なんて、女子どもからキャーキャー言われるアイドル的な見た目をしていた。
もっとも黙っていればの話で、しゃべると残念以外の何者でもないアホぶりを発揮していたが……
そんな往年のイケメン男も、今ではただの巨大な豚でしかない。
時の流れとはかくも残酷だ。
舌を出したポーズなんかされても、女からはキャーキャーでなく、ギャーギャーって怖がられるだろう。
ざまぁ見ろ。
「おい昴。お前、俺が使った超魔法をあっさり書き換えただろう。
マジで、邪神だ。邪神大帝!」
「フハハハハッ、我は正真正銘の自称邪神大帝なのだ。ハッハッハッー」
そんなこと言って、俺の目の前ででっぷりとした腹を揺らしまくる昴。
こいつを調子づかせてもダメだ。
「……で、俺に突然会いたいとか、またどこか変な世界に拉致ろうって考えてるんだろ」
「エエーッ、そんなことないよ。ちょっと暇だったから、世間話でもしようかと思って呼んだだけ」
「どうだか」
俺は警戒しつつ、いまだにちゃぶ台に乗っかったままの昴を見る。
「まあまあ、そんなに警戒しないで。とりあえず飲み物用意するけど、お茶とジュースどっちがいい。僕はもちろんハチミツ角砂糖入りジュースだけど」
「そのまま糖尿病で死んじまえ!」
「エヘヘー、僕の体は糖分でできてるから糖分では死なないのです。で、どっちがいい?」
俺が悪態をつくものの、なぜか胸を張る昴。
「……お茶」
「分かったー」
睨み合っていても仕方ないと思い、俺は注文することにした。
そもそも、こいつ相手に警戒しても意味がない。
本人はアホアホでも、マジ物の邪神大帝だからな。
俺ごときが逆立ちしても、どうにかできる相手ではない。
一度宇宙式人体改造された肉体と、身体強化魔法を併用して本気でひっぱたいたことがあるが、昴の頭の髪がはねただけで、まったくダメージを受けていなかった。
海を真っ二つにできてもおかしくない一撃なのに、なんで髪の毛が一本はねるだけなんだよ!?
「はい、紅茶。お砂糖はここから入れてねぇー」
「お前がジュースに角砂糖放り込んでるの見てると、砂糖なんて欲しくなくなるわ」
目の前でジュースに角砂糖とハチミツを、次々に放り込んでいく昴。
それをスプーンでぐるぐると回して溶かすものの、あまりの糖度に砂糖が溶けず、おまけにハチミツの入れ過ぎで、ドロドロの液体と化していた。
触っただけで、ハチミツがベタベタと引っ付きそうだ。
こんなものをこいつは子供の頃から飲んでいるので、糖尿病からの死亡は確定だ。
「ゴクゴク、うーん、まだ砂糖が足りないや」
「うへぇー」
絶対、味覚がおかしい。
いや、存在自体おかしいから、もはや砂糖程度のことで何も言うまい。
ゴクゴク。
そんな昴の姿にあきれ果てつつも、俺も出された紅茶を口にした。
超魔法なんて使おうとしたせいで、俺の魔力は枯渇寸前にまで減っている。
昴が紅茶と言ってだした代物だが、なぜか飲むと魔力が急激に回復する効果があるようで、俺の魔力は瞬く間に回復していった。
それに香りもよくて、かなりおいしい。
原料が気になるところだが、かなり高級な茶葉を使っているようだ。
俺の宇宙式改造を施された味覚が告げているので間違いない。
「ところでさ、和樹に聞いてほしいんだけど、僕離婚しちゃった」
「離婚って、またか」
「うん、これで3回目」
「……」
俺、過去のトラウマが原因で、結婚できない体質なんだけど。
なんの嫌がらせだ。
とはいえ今では昔の面影が一欠けらも残っていない、元イケメンリア充だった昴が離婚するのは、クツクツと内心で暗く笑えるネタだ。
「そうかそうか、それは残念だな。でも、よく3回も結婚出来たもんだな」
「うーん、昔は僕って女の子からキャーキャー言われてたからね。2人目までは引っ掛けるの簡単だったし」
「ヘイヘイ、すごいなー」
思わず棒読みだ。
モテ自慢なんて聞きたかねぇー。
こいつ2人目の奥さんと結婚するまでは、見た目だけは良かったからな。もっとも2人目との結婚後、すぐにブクブクと膨れだして、ただのデブ男と化したが。
「3人目の妻なんて、僕の金目当てでの結婚と離婚だったんだよ!ウッ、グスッ。どうしてみんな、離婚するたびに僕の顔面を叩いてから別れるんだろう。何かが間違っているー!」
「そりゃ気の毒だなー」
俺の人生何度も遊びで異世界に放り込みまくっている男なので、内心では全く同情できない。
それでも空気を読んで、適当に調子を合わせておくが。
ところで話していて、ひとつ気になることがある。
「なあ、昴」
「なーにー?」
「お前、ここにきてからさらにデブになってないか?」
「ホヘッ!?」
何言ってるの?
って感じで、アホ面になる昴。
だが俺の目の前にいる昴は、先ほどから体が横に大きくなっていっていて、ますます膨れていってる気がする。
いや横だけでなく、縦にもでかくなっていってる!?
「っ!」
なんて思ってたら、俺は手に持っていたティーカップを落としてしまった。
「ああ、お茶をこぼすなんてひどい」
「すまない、ちゃんと拭く……」
そこで俺は、さらなる違和感を持った。
おかしい、床に落としたティーカップに手を伸ばすのに、なぜか手が届かない。
もしかして縮んでないか、俺の手?
「おい、昴!」
明らかに俺の手が縮んでいる。
というか服がダボダボになってきて、俺の体まで縮んでいる。
これは昴がでかくなったのでなく、俺の方が縮んでいるのだ。
「……ヤバッ、やっちゃった」
そんな俺の前で、昴が目をそらしながら小声でつぶやいた。
「やっちゃったって、どういうことだ!?」
「あ、あははー、さっきの紅茶に、若返りの薬を入れてたの忘れてたやー。アハハー」
後頭部をかきながら、ヘラヘラ笑いだす昴。
「若返りって!このまま縮んでいったら、小学生にまで戻るなんてことないだろうな!」
さっきから俺の体の縮む速度が全く落ちない。
すでに40近いので、若返りの薬で若くなれたらラッキーと思えなくもないが、それでも小学生とかまで若返ってしまっては困る。
異世界経験が多すぎるせいで、俺の感覚は大概狂っているが、いまさら小学生まで若返って、学校から人生やり直しなんて御免だぞ。
そんな俺の前で、昴の奴はニコニコ笑っていた。
「大丈夫だよ。薄めて使わないといけない薬を間違えて原液で出しちゃったから、小学生や赤ちゃんどころか、受精卵にまで戻れるよ。やったねー、人生完全にゼロからリスタートだよ」
「う、うおおおい、そのどこが大丈夫なんだ!お前が用意した薬だろう。今すぐ何とかしろ!」
やっぱりこいつは邪神大帝だ。
ヘラヘラ笑いながら、受精卵にまで戻る若返りの薬を飲ませるとか、性悪すぎる。
「何とかって言われても。あ、そうだ。せっかくだから新しいお母さんのお腹の中から、人生やり直そうか」
「はいいっ!」
「とりあえず適当に女の人を選んで。んー、この辺のお腹に入れちゃえばいいかなー」
目の前で、どこか遠いところを見て考え始める昴。
絶対に目の前を見ていない。
どこか別の遠い世界。本当の意味で、こことは違う別の世界を見ている眼になっている。
「ば、ばきゃ、やめりょー」
バカ、止めろ!
そう言いたかったのに、若返りの薬のせいで小学生どころか幼児にまでなってしまった俺。
口から出た言葉は舌っ足らずで、このままでは赤ん坊になってしまうのも時間の問題だ。
「オ、オギャアアーッ」
なんて思っている間に、マジで赤ん坊のように泣き声しか出せなくなってしまった。
「とりあえず、この子のお腹の中に突っ込んじゃえばいいかなー?」
そんな俺の前で、昴の奴はとんでもないことを口走る。
お前、まったく関係ない女にの人の中に俺を突っ込むとか、マジで何考えてるんだよ。
「ウフフー、3人目の妻に財産の半分持ってかれて悲しかったけど、和樹の新しい人生をハチミツかけたキャラメルポップコーンを食べながら、のんびり見て、楽しませてもらおっと」
「オギャーーーッ!」
こいつ、映画でも見るような感覚で、とんでもないこと言いやがる。
この悪魔、魔王……
いや、どっちも異世界で倒したことがあるから、昴相手にこの程度の罵りなど意味がない。
この邪神大帝!
性悪、デブ、豚野郎、禿ちまえ!
俺は昴の奴を罵りまくったが、肝心の昴は「エヘヘーッ」と気味の悪い笑顔を浮かべ、赤ん坊から、さらにそれ以前の状態へ若返っていく俺に手を伸ばしてきた。
昴の奴は正真正銘の邪神大帝。
異世界で魔王倒した経験がある俺でも、全く逆らうことができない。
逃げることもできない。
邪神大帝って、本当に嫌な奴だ。
そんな性格だから、女房に3度も振られちまうんだよ!
「あ、僕のハートに、グサッと何かが刺さった、かも?」
貴様、テレパシーでも使って俺の考え読んでるだろう。
頭の中で考えたことだが、昴にちゃんと聞こえたようだ。
さすがに3度離婚したことまでは、昴とて無視できないらしい。
「でも、いいや、あんな女どものことなんて。これからは街のリア充どもを爆破する宗教を作ってやるー」
そんなこと言いながらも、昴の目から滝のような涙が流れていた。
あんな女とか言ってるが、やっぱり3度も離婚したことが相当響いているらしい。
でも泣くくらいなら、俺を異世界に放り込むなよ!
なんて考えてるうちに、俺の意識は徐々に闇の中へ落ちていった。