プロローグ2
会社をクビにされた俺は、真っ青な海を前にして黄昏ていた。
「はあ、なんでこんなところにいるんだ?」
そんなところとはソマリアの海岸線地帯だ。
日本でなくどうしてこんなところにいるのかだが、少し過去にさか上って説明しよう。
仕事をクビにされた直後、俺はせっかくの機会だからと海外旅行でインドに行くことにした。
単にインドに行ったことがないから、行ってみたいというだけの理由だ。
だがすぐにインド旅行に飽きたので、現地で出会った石油タンカーに乗っけてもらい、あてもなくインド洋横断の船旅をすることにした。
石油タンカーでの船旅になったことに、特に理由はない。
言ってみれば、ただの思い付きと気まぐれ。そしてその場のノリだ。
別れたアベックが、傷心旅行で分けのわからない場所へ旅に行くのと似たようなものかもしれん。
俺の場合は、会社を理不尽にクビにされた傷心旅行だが。
しかしどうしたものか、タンカーがホルムズ海峡にたどり着くと、そこでソマリア海賊の襲撃を受けてしまった。
ロシアには山賊がいたが、今度はホルムズ海峡の海賊に遭遇だ。
日本では既にいなくなって久しい海賊も、世界を探せばいまだに存在しているんだな。
そんな海賊どもだが、あろうことに俺の乗っているタンカーに向かって、いきなりロケットランチャーをぶっ放してきやがった。
「あいつらバカだろ!タンカーにロケランぶち込むとか、何考えてるんだ!」
どうしてこんなことになるんだか。
幸いタンカーには石油が積まれる前だったので、燃料に引火からの大爆発を免れたものの、ロケランを受けたせいで船体に大穴が開いてしまい、そのまま沈没。
「クソガー、海賊なんてろくな商売じゃねぇー!」
俺は悪態をつきつつも、沈没する船に巻き込まれないよう海賊船まで軽く助走をつけて跳躍した。
距離は3、400ルート離れていたが、飛び移るにはなんの問題もない。
海の上をきれいに弧を描いて飛んでいき、海賊船に危なげなく着地だ。
この光景を見た周囲の人間が、俺の身体能力を少々おかしいと思うかもしれないが、どうせこのことを覚えていられる者は、俺以外すぐにいなくなる。
タンカーの船員は沈没に巻き込まれてしまった。
そして海賊船の方だが、俺がジャンプして飛び乗ったとたん、「に、忍者だ!」、「忍者マンだ!」とかなんとか言って叫び声をあげつつ、海賊たちが俺に向かって銃火器を向けてきた。
だけど銃火器程度、俺にとって大した脅威でない。
適当にばらまかれる銃弾を目で見て回避しつつ、体を回転させながら回し蹴り。
海賊の股間を蹴り上げたり、指を使って目つぶしを仕掛けたりして、30人ばかり乗っていた海賊船を占拠した。
「それじゃああばよ。2度と生きて帰ってくるなー」
「「「ノオオオー!」」」
海賊船を占拠した後は、船にあった木箱に海賊どもを押し込め、そのまま海に流してやった。
運が良ければどこかの海岸に流れ着くかもしれないが、その前に箱が浸水して沈んでしまうだろう。
奴らは全員海の藻屑。
俺の驚異的な身体能力が他に漏れることはない。
まっ、これも海賊の流儀だと思って、おとなしく死んでくれ。
んで、このあとは乗っ取った海賊船を操って近くの海岸にたどり付けば、そこはソマリアの海岸だった。
「はあ、なんでこんなところにいるんだ?」
ということで、ここで冒頭へと戻ってくる。
何が悲しくて海賊とドンパチした挙句、ソマリアなんてわけのわからない場所にいるんだ?
いっそこのままサハラ砂漠を横断して、アフリカまで行くか。
本当にアフリカの奥地で、独立国を建ててしまうか?
国連や大国からの国家承認など知ったこっちゃない。
とりあえず国民は俺一人の、ボッチ王国を建設してしまうか?
なんて現実逃避気味に考えていたら、俺のズボンに突っ込んでいたスマホが着信音をたてて鳴り出した。
ここ、圏外のはずだが?
そう思いつつも、俺は通話ボタンを押してスマホを耳にする。
「もしもし、僕だよ僕。学生時代の同級生だった昴だよ。肥田木昴だよー」
スマホからしてきた声は、妙に間延びのした声だった。
だが、終わった。
俺の平和だった人生が、たった今この瞬間終わった!
俺はスマホの向こうから聞こえてくる声を聴いて、これまでの超平和モードだった人生が、終焉を迎えたことを悟った。
肥田木昴。
奴の存在を前にすれば、スマホが圏外とかそんなものは関係ない。
それどころか、これからの俺の人生が大ピンチだ。
「ねえねえ、久しぶりに会おうよ。日本のマンションにいるんだけど、次の日曜日に会おうよー」
スマホの向こうから、奴の呑気な声が聞こえてくる。
だが、それに反して俺は体中から冷や汗が沸いていた。
額から垂れた汗が、つっと顔を流れていく。
冗談じゃない、奴にかかわってしまえば、俺の人生またしても終わってしまう。
一体奴のせいで、俺は何度殺される目に遭ったことか。
あいつと俺は幼稚園から大学まで一緒だった腐れ縁の同級生だが、奴は人間の姿をしたマジ物の邪神大帝だ。
人間でなく、本物の神なのだ。
だって俺、奴のせいで異世界に飛ばされたことがあるんだ。
それも何度も。
最初異世界に飛ばされたのは、確か中学生1年の頃。
ある日気が付いたら、突然中世ファンタジー風の街並みの中にいた。
突然の出来事だったが、当時ガキでたいして深く考えなかった俺は、「ヒャッハー、異世界転生だ!冒険者だ!チーレムだー!」なんて超喜びながら、異世界で冒険者になってチーレムしようとしていた。
厨二病を患ったばかりの頃だったからな。仕方がない。
中世ファンタジー風の街で武器と防具を手に入れ、冒険者登録をしていざ街の外へ。
今の俺と違って、当時の俺はごくごく平凡な身体能力しかもっていない、"ザ・一般人"だったが、それでも何とかゴブリン3体を倒し、「これから異世界人生頑張っていくぞ」と浮かれていた。
だが超絶不運なことに、メスのオークの集団に遭遇してしまい、俺は、俺はそこで……ヴッ、ヴヴヴヴッ、ウアアアアアッ!
花を散らされてしまい、童貞卒業を強制的にさせられてしまった。
オスのオークは女騎士を狙い定める性悪な生物だが、メスの場合は……
それ以来俺は、悲しいことにどんな美人を見ても、息子が元気になることがなくなった。
しかもあのメスオークども、童貞なんて関係なく、入れ代わり立ち代わりで次々に……
哀れな俺はそのまま文字通りの意味で精力尽き果ててしまい、まさかのバットエンド死を迎えてしまった。
まるでエロゲの死に方だ。
笑えないにもほどがある死に方だったが、異世界で死んだと思ったら、なぜか召喚前の日本に戻っていた。
異世界に召喚された時と全く同じで、日本に突然戻っていたんだ。
「あれは、悪い夢だったのか?」
日本にいることに気づいて、その時の俺は全身汗まみれになりながらも、あれはリアルな夢だったと思いたかった。
なのに、なのにさ……
「あ、きれいなお花が散ってるー」
なんて言って、昴の奴が道に咲いてる花を見ていた。
その花が俺がメスオークに犯された時に視界に入った花と、まったく同じ花なんだけど!
俺の初めてだったので、その時の光景が記憶に生々と焼き付いているんだけど!
しかもきれいとか言ってるくせに、花弁がすべて散ってやがるんだけど!
こん畜生め!
アレ、夢じゃなかったんだ!
その時の俺は、まだ”昴の奴が原因”で異世界転移して、とんでもない目に遭ったなんて思ってなかった。
だが、2度目に異世界転移されたとき、昴がすべての元凶だと悟った。
2度目の異世界転移……正確には転移ではないのだが、とにかく話を進めよう。
あの事件の始まりは、中学の修学旅行で北海道に行った時のことだった。
修学旅行中に俺と昴の2人だけで迷子になってしまい、何もない北海道の原野をさ迷い歩くという、とんでもない事態に陥っていた。
北海道は広いとはいえ、見渡す限り未開の原野とか、どこの世界だよ。
おまけに学校の妙な方針で、修学旅行でスマホを持っていいのは班長だけというわけのわからない理由のせいで、俺も昴もスマホを持っていなかった。
おかげで先生にも同級生にも、連絡をとることができない。
そんなこんなでさ迷い歩きつつ、気が付けば夜になっていた。
夏場とはいえ、北海道の夜はかなり寒い。
「凍死はないだろうが、このままだと俺たち皆の所に戻れないぞ」
「困ったね、しょうがないから助けを呼ぼうか」
「助け?」
昴が能天気に懐中電灯を取り出し、それを空に向けながらカチカチと電気をつけたり消したりし始める。
「なんの信号を宇宙に向けて送ってるんだよ。お前はUFOでも呼ぶつもりか?」
昴の奇行に呆れた俺だけど、
「あ、来てくれた」
「……」
昴の馬鹿が懐中電灯で宇宙に信号を送った結果、空に銀色の円盤状の物体が飛んできた。
それもあろうことに、俺たちの近くにいた牛に向かって、謎のビームを照射。
ビームに包まれた牛が空中に浮かび上がって、UFOの内部に入っていった。
「おっきい牛だねぇー」
「……」
昴の奴が能天気すぎるが、驚きすぎて俺は何も言い返せなかった。
それからほどなくして、UFOの下部から再び怪光線が出されたかと思うと、胴体部分だけスッパリ切り取られた牛の死体が出来上がっていた。
そのまま地面に横たえられる牛の死骸。
キャ、キャトルミューティレーションだ!
マジ物の、キャトルミューティレーションに遭遇しちまった。
「おおーい、UFOさーん。僕たちを近くの街まで送っていってよー」
「こ、この大馬鹿!なんでそうなるんだ!急いで逃げるぞ!」
「ええ、逃げなくていいじゃん。UFOなんてタクシーみたいなもんだし」
「お前の頭はどうなってるんだ!」
「キャンッ!」
あまりにもバカな昴の頭に、チョップをお見舞いした。
こいつの脳みそは一体どうなってるんだ!?
しかしUFOから逃げ出そうとした俺だけど、突然足から地面の感覚が消えてなくなった。
見たくはないけど、それでも意を決して下を見れば、地面が遠くなっていき、俺の体が空中に浮かんでいた。
怪光線に包まれて、UFOに向かってどんどん近づいていく。
もう一度UFOから下へ視線を向けると、昴の奴は怪光線に捕まることなく、UFOに連れていかれてる俺を地上から見上げていた。
「ノオオオー、嫌だ。俺はまだ死にたくない。こんな死に方……メスオークどもに蹂躙されるのに比べたらましだけど……それでも死にたくない―!」
「ああ、和樹だけ乗るなんてずるいー」
「ずるいとかってレベルじゃねえだろがー!」
叫びながらも、結局俺は俺はUFOの内部に連れ去られてしまった。
そのあとは意識が飛び飛びで、記憶がかなり曖昧になっているが、それでも覚えていることがいくつかある。
ベットに寝かされて身動きが取れない状態で、頭がやたらでかいグレイ型宇宙人にジロジロ見られたり。
注射みたいな器具で、右目を針で突き刺されたり。
巨大な針が大量についた奇妙な装置を頭につけられて、しかも俺の頭に針が何十本と突き刺さっていたり。
そこで俺は、改造人間にされてしまった。
見た目は普通の人間のままだったが、体中をいじくりまわされてしまった。
おまけに……おまけにさ、UFOはそのあと地球を離れて宇宙に飛び出してしまったようで、いろいろとあったんだよ。
本当に、いろいろあったんだ。
結果だけ言えば、UFOは宇宙空間で大事故を起こしてしまい、未知の惑星に墜落してしまった。
墜落の衝撃でUFOは大破し、乗っていたグレイ型宇宙人は全滅。
改造手術を施された影響なのか俺だけ無事だったが、墜落した惑星はなぜか中世ファンタジー風の世界で、人間やモンスターがいた。
地球外の惑星にファンタジー世界があるとか、一体どうなってるんだよ。
『キャトルミューティレーションから始まるグレイ式改造人間の異世界放浪譚』
なんて感じで、俺は大変不本意ながらも、グレイに改造された肉体を使って、地球とは違うファンタジー惑星でモンスター相手に戦ったり、人間との戦争に駆り出されたりる羽目になってしまった。
生きていくために現地人とかかわっているうちに、いろんな騒動に巻き込まれてしまったんだ。
そして地球に帰りたくても、UFOは完全に壊れてて、どうにもならなかった。
ただ不幸中の幸いは、改造人間の体は超強かった。
バイオガンとかいう、腕に埋め込まれた謎技術の銃があって、それを使えば大抵の敵は、緑色の液体に溶けて消えてなくなってくれた。
「メスオークの次は宇宙人式改造人間になるとか、俺ってマジで何なの……」
前回の異世界がハードモードだったのに比べれば、この星はイージーモードだった。
その代わり、俺は人間として色々終わってしまった気がするけどな。
そんな俺だけど、戦場で功績を立てたことで、その世界の王女様に出会ってフラグが成立した。
でも可愛い顔したロリ王女だと思ってたのに、股間にあれが付いてやがった。
王女様との恋愛の中で、メスオークのせいで宇宙人の改造手術を受けても蘇らなかった俺の息子が生き返りかけてたのに、王女様との初夜でそのことに初めて気づき、俺の息子は再び機能停止状態に陥ってしまった。
もちろん初夜なんてやってられない。
改造人間の力をすべて出し切って、その場から脱走した。
「畜生が、どいつもこいつも俺に何の恨みがあるんだ!」
そんな悲劇がありつつも、俺は地球と違うファンタジー惑星で、老衰で死ぬまで過ごさせてもらった。
めでたしめでたしとは言い辛いが、とりあえずそれで俺の人生は終わった。
ところがどっこい。
死んだと思った次の瞬間、俺はなぜか修学旅行できていた北海道に戻っていた。
ファンタジー惑星で年を取ってかなり老化していた俺の体は、不思議なことにUFOに攫われる前の中学二年生の姿に戻っていた。
「お帰り和樹。あのUFOタクシー使えないね。僕なんてチタマ星なんて惑星に連れてかれて、そこでジャガイモ農家を30年もしたんだよ。これ、その時僕が品種改良して作った超甘々な汁が出るハニーポテトって品種だよ。とっても甘くておいしいよー」
突然の事態を呑み込めないでいる俺の前で、昴の奴がヘラヘラ笑っていた。
っていうか、あれは夢じゃなかったのか?
UFOがどうのこうのって、お前まで連れ去られたのかよ!
だがUFOでの人体改造と、ファンタジー惑星での出来事は、実は超リアル過ぎた夢の可能性を捨てきれない。
俺は昴のお気楽な面を見つつも、あれが実は夢だったのではないかと確認することにした。
「……ウエポンセレクト・バイオガン」
そう言うと、俺の右腕がガキンと音を立てて変形し、人間の手から銀色の未知の金属でできた銃身へ変化した。
俺がいたファンタジー惑星で使っていた、頼れる武器バイオガン。
人体改造を受けて手に入れた、エイリアンの謎テクノロジーの産物だ。
あの惑星では頼りがいのある相棒だったが……
「夢じゃなかったのかよー!!!」
「アハハ、なんで叫んでるの、変な和樹?」
「笑うな、お前のせいでUFOに連れ去られて、それで俺は、俺はー!」
「アハハー」
俺は昴の胸倉をつかんで絶叫したのに、奴はとことん間抜け面をさらして笑ってやがった。
あの時確信した。
最初のメスオークファンタジー世界に異世界転移させられたのも、今回UFOから始まった一連の事件も、すべて元凶は昴だと。
その後も俺は、たびたび奴の気まぐれに巻き込まれて異世界転移させられた。
異世界の初期スポーン位置が、モンスターはびこる無人島という詰んでる状態から始まった挙句、無人島で数年間生活をした後、島にやってきた海賊どもを返り討ちにして海賊船を占拠したら、なぜかその後俺が海賊王になって、その世界の正規軍相手にドンパチしたり、海の果てにある宝を求めて旅をするなんて言う、かなり分けのわからないこともした。
ある時はプレーしていたゲームの舞台である天空城の王様になって、10万人を超える部下たちを率いて、異世界の王国と戦争なんてこともした。
そんな数々の異世界経験に比べたら、地球のベガスでマフィア相手にカーチェイスしたり、山賊にバズーカ撃ち込まれたり、アマゾンで3か月原始人生活したり、海賊にロケランぶち込まれる程度の出来事なんて、平和すぎる出来事でしかない。
少なくとも俺の基準では、平和で片付けられるレベルだ。
宇宙式改造手術を施された異世界転生経験者を舐めるなよ!
異世界に強制連行されるたびに、俺の身体能力はレベルアップし、今では地球人ではありえない身体能力を獲得している。
異世界の魔法の数々まで習得済みだ。
"次元魔法ストレージ"を使うことで、膨大な異世界の品物だって保有している。
さらには地球ではいまだに実現不可能な、エイリアンテクノロジーすら所持しているぞ。
「それじゃあ和樹、またね」
なんだけど、過去を振り返っていた俺の思考を現在に引き戻したのは、スマホからする昴の呑気だが、不吉極まりない声だった。
あいつ、絶対俺をどこかの異世界に連れ去ろうとしている。
逃げよう。
異世界生活を何度もしたおかげで、今の俺は時空間魔法すら操れる。
とはいえ、地球内を逃げる程度では、奴から逃げ切れないだろう。
未だに試したことはないが、ここは地球以外の場所に逃げるべきだ。
「超魔法、世界跳躍」
俺は一般地球人にはすることができない膨大な魔力を練り上げ、術式を構築。
地球人どころか異世界人ですら構築不可能な超魔法だが、人体改造された際に頭の中に埋め込まれたエイリアンチップの補助を受ければ、俺単独で構築可能な術式だ。
この超魔法を用いて、昴が以前UFOで行ったという、チタマ星に緊急避難することにした。
別銀河にあるとか昴がほざいていたが、俺の魔術とエイリアンテクノロジーをもってすれば、別の銀河に飛ぶことすら可能なはずだ。
今度こそ俺は、奴の魔の手から逃げ切って見せる。