14 一夜明けた後の出来事
アーヴィン・ド・ノーウェン。
ノーヴェン騎士爵領領主の跡取り息子にして、本来ならばこの国の第二王子アーヴィン・エストリア・ローハイドを名乗るはずだった男。
転生してから12年目を迎えたこの日、俺が眠るベッドにミリアの姿もあった。
朝日が眩しいな。
俺は、大人の階段を昇ったぞ。
……
昨日、誰もが寝静まった夜中、大森林に焼肉に行こうと準備してたら、ミリアが突然やってきて、2人で大人への階段を一直線に駆け上った。
スケスケネグリジェを着たミリアが、ベッドの中で熱い吐息を何度も出して、大人の女性に大変身だ。
ミリアのことを今まで11歳のガキンチョだと侮っていた俺に、顔面パンチをお見舞いしてやりたいほど、それはもう凄い勢いだった。
俺が場の勢いに、流されたというのもある。
でも、俺はそんなミリアの相手をしながら……メチャクチャブルーな気分になっていた。
息子さん、なんとか元気になってくれないか?
ああ、やっぱり駄目だよな。
以前プレーしていたゲームの主人公にさせられて、別の異世界で天空王なんてのをしたことがある。
あの時も王の大事な役割はお世継ぎを生むことと言われ、それはもうハーレム系主人公として、俺は頑張らせてもらった。
というか、臣下の連中に無理やり頑張らさせられた。
結果、夜寝るたびに、毎日入れ代わり立ち代わりする女性たち。
だが朝になると同時に、彼女たちは俺のことを男扱いしなくなった。
酷い場合には、当日の夜に男として認識してくれなくなった。
……
あの世界だけでなく、この世界でも俺は男になれないのか。
大人の階段を勇んで上がろうとしたはいいが、思い切りズッコケて階段下まで転がり落ちた気分だ。
ベッドの中でミリアの相手をした状態で、逃げ出せるわけにはいかなかった。
夜中のミリアは凄かったが、俺は素面で相手するしかなかった。
ひどい生殺しだ
いっそ俺を殺してくれ。
いや、俺が今死んでも日本に戻るだけなので、死んでも意味がない。
どんな世界でも、俺が正常な男になれる日が来そうにない。
うううっ、シクシクシク。
精神がかなりまいったらしい。
ブルーな気分の上に、さらに悲しくなって、俺は枕に顔を押し付けて泣いた。
「普段はやりたい放題なのに、アーヴィン様ったら、こんな時だけ気弱なのね」
「……」
そんな俺の前で、ミリアが怪しく笑った。
誰だこいつ。俺が知っているミリアは、もっとガキだったはずだ。
たった1日で、どうしてこんな女になる。
お前、自分が大人の女になったつもりでも、本当の女になり切れてないからな!
原因はミリアでなく、俺のせいだけど。
シクシクシク。
「もあ、アーヴィン様ってば笑ってください」
心の中だけで泣いているつもりだったけど、俺の顔があまりにひどかったのか、ミリアに抱きしめられてしまった。
その後ベッドを出ると、俺はミリアに服やら髪型を整えられて、されるがままになった。
ミリアも衣服を整えて、2人して部屋を出て廊下へ。
「兄上、おはよう……えっ、ミリア?」
廊下に出ると、クリスがいた。
昨日何があったのか知らないお子ちゃまのクリスは、俺と一緒にミリアがいることに驚いている。
ミリアはかすかに頬を染めて、俺の後ろにそっと隠れる。
「よう、クリス。いい朝だな」
片手をあげて、白い歯を見せて笑顔を浮かべる俺。
だけど、見た目の爽やかさとは一転、心の中は曇天だ。
曇天どころか、大泣きの雷雨かもしれない。
がんばれ俺、ここは虚勢を張ってでも、弟に下に見られてはならない。
兄の威厳を守るために、頑張るのだ。
決してできない男だと、知られてはならない。
「も、もしか、して……」
そして、こいつも12歳。
俺たちの様子を見て、何があったのか気づいたようだ。
日本では早くても、この世界では青春真っ盛りと言っていい年だもんな。
「おめでとうございます」
「あ、ありが、とう」
クリスに普通に祝われてしまった。
俺、思い切りどもった。舌を噛んだぞ。
虚勢が崩れてしまいそうだ。
そんな俺の後ろで、ミリアがかすかに頭を下げながらも、口に笑みを浮かべていた。
何も言わずに、恥ずかしがらなくてもいいから。
俺の中で、いろんなものがガラガラと音を立てて崩れていく。
ミリアに対して、申し訳なさすぎるのもある。
ああ、俺のガラスのメンタルにヒビが入っていく。
つい昨日まで、俺は童心丸出しのガキンチョモードでいられたのに、たった1日にして大人モードに突入だ。
「おはよう、アーヴィン」
そんなところに、さらにパパンも登場。
いつもは厳つい顔したおっさんなのに、今日のパパンの表情は妙にご機嫌だ。
こ、これは、仕組まれたことだったのだ!
ミリアが勝手に俺の部屋に忍び込んだのではなく、パパンも共犯だったのだな!
そのことに気づいた俺は、思わず顔面が引きつってしまう。
これでは、俺が完全にダメな男だということが、知られてしまう。
グハッ、心が折れそう。
でも、パパンなんて序の口だった。
このあと朝食の時間になったが、そこでママンが凄くニコニコしていた。
イヤな予感しかしない。
ママンまで、共犯だったのか。
「ミリア、昨日はどうだったかしら?」
「ブフォラバーッ」
ママンは、ドストレート過ぎる質問をしてきた。
俺は思わず吹き出して、ゲホゲホとむせ返ってしまう。
「兄上、大丈夫ですか」
「アーヴィン様、これをどうぞ」
手拭き用の布を、ミリアが手渡してくれた。
ありがたいけど、できる妻アピールとかしなくていいから。
この後、クリスだけ席を外して、俺はパパンとママンから、昨日の出来事の説明された。
曰く、
『貴族たるもの早めに初めての女を知っておくべきであり、そのためにミリアを用意した』
と。
貴族という生き物は、地位、名誉、金の3つを備えた存在であり、自分が何もしなくても、勝手に女が寄ってくる便利な生き物だったりする。
これは何もこの世界の貴族特有の話ではない。
現代日本でも、金持ちや企業経営している社長が、奥さんに隠れて複数の愛人を囲っていたりするのがいい例だ。
地位、名誉、金があるからこそ、それを目的とした女が寄ってくる。
だからこそ、愛人を囲うことができるというわけだ。
むろんそこに男の軽薄さや、女の打算と言った人間性に関わる問題があるが、すべての人間が清廉潔白で純情無垢ではないから、こういう世界が確かに存在している。
男と女の関係に、世界の違いは関係ない。
そして貴族は女にすり寄られやすい身分であるため、色仕掛けにうつつを抜かし過ぎてダメ人間にならないよう、早いうちに女性関係を知っておかなければならないとされる。
特に、身分が高い者であればあるほど、早めに知らなければならない。
パパンとママンは、将来俺が女関係でうつつを抜かしたり、ほだされたりしないように、ミリアを用意したのだという。
それが、昨日の一件というわけだ。
しかしこの場には当人のミリアもいるのに、パパンとママンは、彼女をまるで道具扱いしているかのような言い方だ。
この言い方には、さすがに俺の心にくるものがある。
だって、この世界で初めて一緒に寝たんだぞ。
肝心なところで俺に問題があったとはいえ、そんな言い方はヒドイ。
だけど、そんな俺の心を見通したかのように、ママンが口を開いた。
「あなたがミリアに対して、罪悪感を持つ必要はありません。あくまでも貴族の嗜みとして、必要なことをしたのです。ミリアもそのことは重々承知しているので、彼女のことを特別扱いする必要はありません」
ママン、あんた鬼だよ。
「これは責任ある身分の者にとって、大人になるための通過儀礼なのです」
なんて、ママンは俺を諭すように言った。
これがこの世界のルールで、貴族として正しいことなのだろう。
俺の場合、既に別世界で天空王という名のハーレム王をやらかしている前科があるので、今更だったりする。
俺、基本的にダメ人間だしな。
とはいえ、ここで流されてしまっては、さすがにダメだ。
俺はそっとミリアの顔を見た。
「アーヴィン様、私のことはいいのです。私はただの平民ですから。でも、アーヴィン様の初めてだったのが、光栄です」
そう言って、ミリアは笑った。
な、流されてもいいかなー。
なお、俺にはこんな出来事があったのに、クリスには何もなかった。
「クリスはいいのです。跡取りではありませんから」
バッサリとママンは切り捨てていた。
あ、はい、そうですか。
一応、俺はこの領の跡取り息子ってことになっているからな。
本来の身分を考えれば、こんなド田舎村の領主どころじゃない身分だしなー。