11 魔法の訓練
転生してから10年目。
ガキの気分でいたら、もう10歳になっていた。
この世界では成人は15歳からとなっているが、早ければ12歳で親元から独立することもある。
日本でも成人年齢は20歳だが、大学や就職で18歳になれば親元を離れて生活し始めることが多いので、それと似たようなものだろう。
あと2年すれば、俺もお子様気分でいられなくなるかもしれない。
それは残念だ。
心残りがないよう、今のうちに子供でなければ、できないことをしておかなければ。
なんて考えていると、一陣の爽やかな風が駆け抜けていった。
風はとても爽やかで、リーシャとミリアのスカートの中に隠れている、男の理想郷をチラリと見せてくれる。
「な、なんだと、お子様と思ってリーシャとミリアのパンツが、赤になっているだと!」
信じられない。
あいつらどういう心境の変化で、あんな派手な色にしたんだ。
女は男より精神的な成長が早いというが、もう色づき始めたんじゃないだろうな?
いやいや、それでも9歳だぞ。
いくらなんでも早すぎる。
「だが待て。最近ミリアの奴、やたら俺とクリスのことを、熱っぽい目で見てくることがある。気のせいだと思っていたが……」
もう男の子に恋をする季節になってしまったのか。
思春期が来るの、早すぎだろ。
俺が日本で9歳だった頃なんて、うんこの絵を描いたり、鼻水垂らしながら木登りしていた程度だぞ。
あとは近所の年下の女の子相手に、虫とか投げつけて嫌がらせをしたり……
昭和生まれの俺のガキ時代なんて、その程度の脳みそしかなかったぞ。
しかしリーシャは分からんが、ミリアは俺かクリスに惚れているのか。
「フッ、俺って罪な男だな。イケメンに生まれ変わったおかげで、幼気な少女を既に落としていたとは」
俺は既にママンより背が高くなっていて、村の大人たちと変わらない身長になっている。
長身痩躯で、整った顔立ち。
完璧だな。
……デブになる前のアホ邪神大帝の姿にうり二つなのが気に食わないが、奴も子供の頃からモテモテだった。
イケメン補正ってスゲェ。
日本で、男の価値の9割は外見で決まるなんて広告を見かけてひがんだことがあるが、今の俺ならその言葉を素直に受け入れられる。
諸君、男とは見た目が全てだ!
そんなことを考えていると、俺に気づいたリーシャが、スカートを手で押さえながら睨んできた。
「アーヴィン様、今魔法使いましたよね。風の魔法だったでしょう」
ヤバい、覗きがバレた。
「……お前、最近勘がよくないか?」
「やっぱり魔法だったんだ」
誤魔化しても仕方がないので、魔法を使ったことを認めた。
これからは爽やかな風戦法は使えない。
雨を降らしてスケスケ戦法に切り替えよう。
さて、ささやかな出来事があったが、俺の村での生活にたいした変化はない。
毎日していることと言えば、魔法と剣の訓練で、しかも俺は教えられる側でなく、教える側だった。
魔法の訓練は、マーフィン爺さんが完全に俺の弟子状態で、その流れでクリスとミリア、リーシャの魔法も見ている。
クリスはステータスの中に素質というスキルを持っているので、俺の教えることをやたら早く吸収していく。
単なるショタの弟としか思ってなかったが、このまま俺のもとで成長していくと、将来とんでもない化け物になるかもしれない。
妹の件があるまでは積極性に欠けていたが、今では俺の教えることを貪欲に吸収していっている。
マーフィン爺さんに関しては、
「炎魔法・火球!」
魔法を放ち、ドカーンという音を立てて、的にしていた木を丸ごと破壊していた。
念願の俺式火球をついに習得したわけだ。
「フハ、フハハハハハッ」
一撃で木を消滅させて、にやけた顔の爺さん。
たかが魔法一つなのに、爺さんにとっては嬉しいことらしい。
「師よ、どうか次なる魔法のご教示を!」
ただ、火球を習得した途端、次の魔法を教えてくれとせがんでくる。
面倒臭い。
魔法キチの相手はしたくないでゴザル。
「爺さんは高火力の魔法も、範囲魔法も使えるんだから、俺が教えなくてもいいだろう」
「わしの目は誤魔化せませんぞ。師は、まだまだわしの知らない魔法の数々をご存じのはず。わしの目は、節穴ではないですぞ」
「……」
あー、うん。そだね。
俺はマーフィン爺さんの知らない魔法を知っているけど、教えないほうがいいと思う。
この世界では、魔法は基本的の地水風火の四属性に、光と闇を加えた、6つの属性から成り立っていると考えられている。
そこから派生する氷や聖、魔、回復などが存在するが、それはあくまでも主たる六属性のおまけとして考えられている程度だ。
派生に関しては、例えば氷属性は水属性からの派生であり、回復は水属性と光属性からの派生、または融合した魔法と認識されている。
で、爺さんが知らないで俺が知っている魔法に、次元属性の魔法がある。
ストレージや短距離空間転移、果ては別次元へ移動するための超魔法・世界跳躍など。
この世界の魔法の概念の外にある魔法だ。
そんなのを爺さんに教えたら、大変なことになりそうだ。
今でも俺のことを師と呼んでいるのに、次元魔法なんて存在を教えた日には、俺のことを魔法の神とか、魔導王とか呼んで、崇拝しかねない。
魔法キチの爺さんに崇拝されるなど、どういう拷問だ。
俺は爺さんに崇め奉られて、悦を感じる精神構造はしてないぞ。
魔法キチでも、妙齢の怪しい感じの美人女魔法使いなら、心動かされるものがあるが……
ゴホンゴホン。
とにかく、こんなジジイのことなど知らん。
「あとは爺さんが勝手に応用をきかせていってくれ」
「なんと、師はわしの実力を認めて、独自に道を切り開けと言われるのですな!」
「ソダネー」
勝手に都合のいいように解釈してくれたので、良しとしよう。
こんなのでも正体は宮廷魔術師だから、自分で何とかするだろう。
一から手取り足取り教えないといけない子供じゃないからな。
「炎魔法・火球」
ドカーンッ。
ところでもう1人、火球を撃ち込んで、どや顔で俺を見てくる奴がいた。
「リーシャ、随分立派になったな」
「ふふん、そうでしょう」
俺の前でない胸突き出して、自信満々のリーシャ。
9歳だから、まだなくても仕方ないか。
「本当に、立派だ。さすが一昨日、布団のシーツに世界地図を描いた画伯だけあるな」
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと、そのことは、関係ないでしょう!」
呂律が回らなくなって、言葉がつっかえまくるリーシャ。
世界地図とはアレだ、おねしょのことだ。
リーシャの奴、9歳になるのにおねしょをしでかして、家の外にシーツが干してあった。
「あの壮大な世界地図は、俺の記憶から一生消えないぞ」
「コラー、すました顔でしてなんてこと言うの。とっとと忘れなさい!」
「おっと」
拳を突き出して殴ってきたリーシャだが、もちろん回避だ。
からかうのが楽しいなー。
これからしばらくは、おねしょネタでリーシャをおもちゃにしてやろう。
「兄上、性格が悪いですよ」
「クリス、俺の性格は生まれる前からこうだぞ。いまさらまっとうな性格になるわけがない」
「はあっ」
からかい過ぎてクリスに呆れられたけど、これが俺だからいいのだよ。
ところでおねしょのリーシャだが、ついこの前まで生活魔法すら使えず、魔法の才能がゼロだった。
この世界では5、6歳の子供でも、生活魔法を使えるのが当たり前なので、リーシャが気に病むのも仕方がないだろう。
当人があまりにも気にしていたので、俺が体全体の魔力の流れがよくなるマッサージを施してやった。
もっともかなり過激なマッサージで、プロレス技みたいなことを、いくつかしている。
「ホンゲー、フンゲェー、ギョエエーッ」
なんて感じで、マッサージ改めプロレス技を加えている間、リーシャは女の子にあるまじき声を挙げまくった。
スマホがあれば、動画でとっておきたかった光景だ。
「……も、もれちゃった」
そしてプロレス技が終了した後、リーシャが変なことを呟いて気絶した。
あれはどういう意味だ?
あまり深く追求しないほうがいいのか?
「リーシャちゃん、しっかり。キャー、白目を剥いてるー!」
「あ、兄上、ダメです。このままじゃ、リーシャが死んじゃいます」
お子様にプロレス技は過激すぎたようで、クリスとミリアから、俺がリーシャを殺したんじゃないかと騒がれたのは、さすがに参った。
俺だって、女の子にひどいことをすると、良心が痛むんだぞ。
ほんの少しだけ。針の先くらいは。
だからプロレス技の後は、ちゃんと” 回復魔法・特異回復”をかけておいた。
古傷に、手足の欠損すら回復できる魔法なので、リーシャにもしものことがあっても、完全に回復できる魔法だ。
もっとも、クリスたちは俺がかけたのが特異回復だと気づかなかったので、リーシャが意識を取り戻すまで、俺は責められ続けたけどな。
特異回復は回復魔法であっても、気絶を治す効果まではないから仕方ない。
そんな経緯を経た後、リーシャは普通に魔法を使えるようになった。
ただ、プロレス技が効きすぎてしまったのは否めない。
「イ、イヤアアー、枯れ草に火が燃え移った。火に囲まれて燃えちゃうー!」
生活魔法の種火を使っただけで、指先から1メートル近い火柱が飛び出し、平原の草を焼き払った。
「ギャアアアー、家の中が水浸しで、お母さんに怒られちゃうー!」
水を出せば、壊れて止まらなくなった蛇口のように、際限なく水を溢れさせた。
おかげでリーシャは、1週間もの間、晩飯抜きの刑に処されたそうだ。
そんなこんなで、リーシャはポンコツ魔法使いから、大魔法使い(笑)に昇格した。
生活魔法ではトンデモ事態を引き起こしているが、それまで魔法が使えなかった体質から一転、魔法の習熟速度が恐ろしく早くなり、炎魔法・火球をあっと
いう間に使えるようになってしまった。
「しかしリーシャの奴、最近何かやる度に絶叫上げているな」
あいつはコメディアンにでもなりたいのか?
「師よ、なにとぞわしにも魔力強化のマッサージを」
あと、プロレス技の効果が出過ぎたせいで、魔法キチのマーフィン爺さんも、して欲しいそうだ。
「爺さんにやったら死ぬから、止めとけ。さすがに歳を考えろ」
「じゃが、魔法の深淵のために……」
「魔法の深淵にたどり着く前に、死の淵にたどり着くから、マジでやめとけ!」
プロレス技は、老人の体にしていいレベルを超えているからな。
それに何が悲しくて、爺さんの体に密着して、プロレス技をかけねばならん。
リーシャはいろいろ残念だが、それでも女の子だからな。
しかし、爺さんとリーシャの2人は何なんだ?
クリスが優等生過ぎるのに対して、この2人はとにかく扱い辛くて困るな。
そして最後に、俺が教えているミリアに関しても話しておこう。
「光魔法・光十字!」
ミリアが魔法の名を口にすると、的にしている木を十字の光が貫く。
「聖魔法・聖十字」
続いて放つ魔法も、光り輝く十字を生み出して、木へと激突。
ただしこちらは対アンデッド用の攻撃魔法のため、物理的な破壊力は持っていない。
木に命中しても、表面的な変化は何もなかった。
「ふうっ、私でも攻撃魔法が使えるようになった」
ミリアは魔法を使うために集中していた緊張を解き、額の汗を拭った。
「どうだ、攻撃魔法が使えるようになった気分は?」
「アーヴィン様」
攻撃魔法が使えないと以前気にしていたので、ミリアでも使えそうな攻撃魔法を、伝授してやった。
俺が尋ねると、ミリアはニコッと笑ってから頭を下げる。
歳をとるほど残念度が上がっていくリーシャに対して、ミリアはここ最近成長が著しい。
なんというか、ミリアの仕草が大人っぽくなっている。
ついでに胸の周辺に関しても、成長ゼロのリーシャと違い、緩やかにだが膨らみを持ち始めている。
「うれしいです。聖十字はそこまで攻撃力が高くないですが、何かあったときに、ちゃんと身を守れる魔法ですから」
やはり魔族との戦争がある世界。
この村の近辺では、ゴブリンや一角兎など、魔物の中でも、最底辺のものしか出てこない。
それでも、自分の身を最低限守るための方法を会得しておくことは、ミリアにとっても必要なことだろう。
「でも贅沢を言えば、私もクリス様やリーシャちゃんみたいに、火球を使えたらいいなって思います。一発撃つだけで、どんな敵でも一瞬で倒せちゃいますから」
大人っぽくはなってきたが、口にすることは物騒だな。
俺が教えた火球なら、極端な強者が相手でなければ、一発で倒せる威力がある。
「ミリアの場合、回復と補助の魔法をいろいろ覚えているだろ。お前はそっちの才能があるんだから、欲張って攻撃魔法も覚えなくてもいいだろ」
「ムーッ」
なぜ、頬を丸くして、拗ねた表情になる?
こんなところは、子供のままだな。
大人っぽくなってきたとはいえ、まだ年齢一桁のロリっ子ということか。
「いいかミリア。あまり広範囲に手を出すと、将来器用貧乏で何もできなくなるぞ。俺の知り合いなんか……」
と、ここまで口にしかけて、慌てて口を閉じた。
俺の知り合いの器用貧乏魔法使い。
それは別の異世界で出会った魔法使いの話だ。
この世界での話ではない。
30人もいない村から出たことがない俺に、そんな知り合いがいたら、おかしなことになってしまう。
「知り合いの魔法使い……ですか?」
「俺が夢の中で会った魔法使いだがな、奴は『俺は全属性を極めた魔導王』とかほざきながら、実際は全属性の初歩魔法しか使えないなんて、ひどい奴だったんだ。ミリアはそんな器用貧乏になりたくないだろう」
「確かにそうですね。でも、アーヴィン様って変な夢を見られるんですね」
クスクス。
と、ミリアに笑われてしまった。
まあ、いいか。
笑われたのは俺でなく、器用貧乏魔法使いの方だ。
そういうことにしておこう。
「しかし、普通ですな。普通過ぎまする」
ところで魔法キチ爺さんが、またしても横から出現した。
「光十字に聖十字。どちらも回復・補助特化型の魔法使いでも使える、ごくありふれた魔法ですな。しかも、術式や威力に関しても、何ら目を見張るところがない」
「何が言いたいんだ、爺さん?」
「アーヴィン様が教える魔法にしては、あまりにも平凡過ぎるかと」
このジジイは、俺のことを何だと思っているんだ。
未知の魔法が飛び出す、ビックリ箱とでも思ってないか。
「一般的で平凡な魔法でいいんだよ。そもそも一般的でない魔法を、10歳の俺が知っているわけがないだろ」
ここは正論で押すとしよう。
誰にも反論できない正論を言えば、この爺さんもおとなしく引き下がるはず。
俺の中身が、この世界以外の知識を持ったおっさんであるなど、知らないはずだからな。
ジー。
だけど、爺さんは物凄く疑わしい目で、俺を見てくる。
「兄上が、正論を口にした!?」
「アーヴィン様、変なものでも食べた?」
「お体の具合が悪いのですか?」
爺さんだけでなく、その他3人まで、大変失礼なことを言ってきやがった。
お前ら全員、俺のことを何だと思っている!
「……そういえば、アーヴィン様はまだ10歳でしたな。うっかり失念しておりました」
そんな中、爺さんが独り言を口にして、ウンウンと一人勝手に納得し始めた。
誤魔化せたから、良しとしよう。
しかし、今の俺の背丈が大人と変わらないからって、ちゃんと10歳の子供として扱って欲しい。
でないと、俺が毎日やっている、ガキンチョいじめの遊びや覗き行為の数々が、子供のいたずらで済まされなくなってしまう。
せっかく童心に返って遊んでいるのに、中身がおっさんだとばれたら、警察に連れていかれそうだ。
この世界に警察はいないが、それでも村中から白い目で見られるのは、さすがに居心地が悪すぎてイヤだぞ。