9 アーヴィン様の魔法 後編(ミリア視点)
9 アーヴィン様の魔法 後編(ミリア視点)
私とリーシャちゃんが7歳。
アーヴィン様とクリス様が、8歳になった時の事だ。
「僕、頑張って弟か妹を守れる、立派な兄になりたいです」
それまではアーヴィン様にべったりって感じだったクリス様だけど、アリエッタ様が妊娠されてから、様子が少し変わった。
「そういや、こいつも兄になるのか。少しは責任感が出てきたのかねぇ」
そんなクリス様を見て、アーヴィン様は感慨深そうにしていた。
もちろん、私やリーシャちゃんも、アリエッタ様が妊娠されたお子様に興味があった。
この村では、私とリーシャちゃんより年下の子がいない。
新しく生まれてくる赤ちゃんも、貴族に連なるので、私やリーシャちゃんとは身分が違う方になる。
それでも小さな子供が生まれてくれば、私たちもお姉さんぶれるのではないかと、かすかに期待していた。
でも、アリエッタ様のお子様が、まさかあんな結果になってしまうとは、この時誰一人として予想していなかった。
これはアリエッタ様がまだ妊娠していた頃の事。
その後の悲劇を知ることがない時の事だ。
この村で一番頭がいいのは、マーフィン先生。
村でマーフィン先生の魔法の授業があり、そこでアーヴィン様とクリス様、リーシャちゃんと私の4人が揃って、授業にでた。
今回の授業は、攻撃魔法の基礎について。
「よいか、これが炎系の攻撃魔法の基本となる”火球”じゃ」
マーフィン先生は手の平の上に、炎の球を作り出して見せた。
それを魔法の的にしている木に向かって放つと、火の玉が命中し、木が燃え出した。
「火球は攻撃力が低いとはいえ、攻撃したものを燃え上がらせる効果がある。間違っても、森の中で使ってはならんぞ。大火事になってしまうからのう」
マーフィン先生は、アーヴィン様から目を離さず注意していた。
日頃の行いが行いだから、アーヴィン様って先生からも信用されてないんだよね。
仕方のないことだけど。
その後も、先生の講義が続き、
「ではみな、順番に試してみなさい」
話が終わるととも、実技になって、私たちが実際に火球を撃つことになった。
と言っても、説明されただけで、簡単に魔法が使えるわけじゃない。
「火球!」
最初に試したリーシャちゃん。
でも、何も起こらなかった。
「ふむ、まったく魔力の流れがない。リーシャには魔法の才能がないのう」
「ううっ、私まだ生活魔法も使えないのに……」
「攻撃魔法以前の問題であったか。そこまで才能がない人間も、珍しいのう」
先生、リーシャちゃんに対して手加減がない。
リーシャちゃんが涙目になっちゃってるよ。
そんなリーシャちゃんの次は、私の番。
「スーハースーハー、大丈夫。攻撃魔法だって使えるはず」
私は深呼吸してから、火球を撃つために、目を閉じて集中する。
おばあちゃん曰く、私は回復や補助系の魔法に長けているけれど、それ以外の魔法の才能は、あまりないと言われていた。
でも、私にだって初歩的な攻撃魔法くらい使えるはず。
「火球!」
覚悟して魔法を使うと、手の平から黒い煙がモクモクと出た。
し、失敗しちゃった。
「リーシャは攻撃魔法の才能がないのが分かっていたから、こんなもんじゃな。努力次第では火球を使えるようになるかもしれんが、お主はその年ですでに大回復を使えるようになっておる。短所を補うより、長所を伸ばすとよいの」
「……はい、先生」
やっぱり私には、攻撃魔法の才能がないからダメなのかな?
ガッカリして、肩を落としてしまう。
「スゲェ、ミリアの屁は黒色だ」
「兄上、違いますよ!あれは魔法の失敗ですから!」
よ、弱り目に祟り目。
私の魔法の失敗を見て、アーヴィン様にとんでもないことを言われた。
デリカシーがなさ過ぎるよ。
リーシャちゃんが涙目になったように、私も涙目になってしまった。
もっとも、理由はアーヴィン様のせいだけど。
肩を落としてしまう私。
そんな私の次に、クリス様の番になる。
クリス様は手の平を木に向ける。
「いきます、火球!」
掛け声とともに、掌に火の塊が現れ、木に見事命中した。
先生の時と同じで、木が炎に包まれて燃えていく。
失敗した私たち2人と違って、クリス様は1回で成功させていた。
「よかった。どうですか兄上、僕にもできましたよ」
魔法の成功に安心すると、すぐさまアーヴィン様のもとへ駆けていくクリス様。
やだ、子犬みたいで可愛い。
なぜかクリス様の頭に耳が生えて、幻の尻尾がすごい勢いで振られている姿が、私には見えてしまった。
クリス様って、領主様の奥様のアリエッタ様に似ている。
女の子の私たちより可愛くて、女っぽい顔をしている。
どうしたら、あんなに可愛くなれるのか、とっても不思議なんだよね。
「おー、凄いぞ、スゴイー」
そんなクリス様の頭を、アーヴィン様が雑に撫でまわしていた。
や、やっぱりクリス様が、犬扱いだ。
アーヴィン様も、じゃれついてくる子犬みたいな扱いをしている。
同い年のはずなのに、大人と変わらないくらい背が高いのがアーヴィン様。
背が高くて、スラリとしていて、顔がとてもきれい。
そんなアーヴィン様がクリス様を撫でている姿を見ていると、なぜか私の胸が熱くなって、ドキドキした。
な、なんでだろう?
私はドキドキする音が周りに聞こえないように、慌てて胸を抑える。
「ほう、魔力の流れが精密にコントロールされておった。魔法の道を究めてゆけば、ゆくゆくは宮廷魔術師になれる器かもしれんのう」
そんな私に気づくことなく、先生はクリス様の魔法の出来を褒めた。
私には魔力な精密なコントロールというのがよく分からないけど、先生から見たら、クリス様の魔法は、普通の魔法より凄いってことなのかな?
そういえば、以前アーヴィン様が自分の顔にできた傷を、指一本で治していた、魔法の使い方がすごかった。
あの時アーヴィン様は、指先にだけ回復魔法を集中させて、発動させていた。
あれが、魔力をコントロールするってことなのかも。
もしかして、アーヴィン様が使う魔法はクリス様より、もっと凄いのかもしれない。
そう考えていると、いよいよ最後の順番である、アーヴィン様の番になった。
「火球」
アーヴィン様は特に気負うことなく、魔法の名を口にした。
指先をピンと弾いてみせる。
だけど、何も起こらない。
もしかして失敗?
私がそう考えた直後、「チュドーン」という音がした。
えっ、何が起きたの?
突然の事態に、頭が回らなかった。
気が付いたら私は地面に倒れていて、耳がジンジンして、周囲の音が聞こえなくなっていた。
そんな中、何が起きたのかと視線を周りに向けと、私と同じようにリーシャちゃんも地面に倒れているのを見つけた。
私もリーシャちゃんも、突然の事態に、驚いた顔で見つめあうだけ。
それからしばらくして、耳の痛みが引いて、周囲の音が聞こえるようになってきた。
「あー、ヤベッ。加減を間違えた」
まず入ってきたのは、アーヴィン様のものすごく面倒臭そうにしている声。
加減を間違えたって、どういうこと?
「あ、兄上?」
クリス様の声もした。
声の方を見ると、両手で耳を塞いで、地面にしゃがみこんでいるクリス様の姿があった。
倒れてしまった私たちと違って、クリス様は自分でしゃがんだようだけど、目が少し涙目になっている。
こんな時に考えることじゃないけど、その顔を見た私は、可愛いなという、場違いな感想を抱いてしまった。
でも、そんな私の考えも一瞬で吹き飛ばされる。
「素晴らしい、素晴らしい魔法だ。なんだ、あの魔法は。あれは一体、どのような大魔法なのですかな、アーヴィン様!」
狂った声がした。
それが誰の声か分からず、私は怖くなって思わず身を震わせた。
それから声のした方を恐る恐る見ると、顔に恐ろしい笑みを浮かべた、先生がいた。
笑っているのに、すごく怖い。
先生のあんな顔、今までに一度も見たことがない。
先生は、アーヴィン様の肩を両手で掴んでいた。
それも肩に食い込むほど力が入っていて、目が見開かれて、赤く充血している。
こ、怖すぎる。
あんなの先生じゃない。
「ぜひ、魔法の正体を教えてくだされ、アーヴィン様」
あんな先生はいなくなってほしい。
なのに、先生はいまだに狂った声で、アーヴィン様に問いかけていた。
「落ち着け、爺さん。いい歳なんだから、興奮すると血圧が上がるぞ」
「血圧とは何ですかな?」
「体に悪いってことだよ」
先生の様子がおかしくなっているのに、アーヴィン様はものすごく冷静だった。
というか、先生に対して「面倒臭いなー、このジジイ」って心の声が、露骨に表情に出ている。
あんな状態の先生を前に、よくそんな態度をとっていられるよ。
私、怖くて震えが止まらないのに。
「わしの体など、どうでもよいです。それより、あの魔法の正体を教えてほしいですのう。あのような魔法、わしが50年以上宮廷魔術師として……ムッ、これは言ってはならん事じゃ……」
「……」
「ゴホンゴホン。あの魔法の正体を、ぜひ教えてくだされ」
先生が変なことを言ってなかった?
でも、今の先生はアーヴィン様しか見えてないようで、私の事なんて、完全に眼中から消えている。
それからアーヴィン様は、しばらく頭の後ろをかいてから、ため息交じりに答えた。
「火球」
と。
「はい?」
「えっ?」
「兄上、何言っているんですか?」
私とリーシャちゃん、クリス様は、アーヴィン様が口にした言葉の意味が、理解できなかった。
「火球ですと!?」
ただ先生だけは、アーヴィン様に顔をグッと近づける。
血走った目がアーヴィン様の目を凝視していて、人間でなく、魔物じゃないかってくらい怖い。
「あ、うっ。いや、出ちゃった……」
先生のモンスター化してしまった顔。
私の傍で倒れているリーシャちゃんの目から、涙まで出ているよ。
リーシャちゃん、私も怖くて泣いているから、泣くのを我慢しなくてもいいんだよ。
「火球だよ、火球。さっきのは、ただの火球だ」
そんな中、先生に凝視され続けているアーヴィン様が、同じ魔法の名前を連呼した。
「火球ですと?さっきのが?」
「そうだよ、今度は分かるように使ってやるから。……ついでに、お前らにも見せてやる」
まるで意味が分からない。
でも、さっき使った魔法を、アーヴィン様が見せてくれると言う。
もしかしてまたとんでもない音がして、私たち地面に倒れちゃうの!?
私は、ものすごく心配になってしまう。
またあの爆発が起きたら、ショックで気絶しちゃいそう。
今すぐ逃げたい。
「ううっ、家に帰りたい」
半べそかいて、リーシャちゃんも逃げ出そうとしている。
「……」
クリス様も、どうしていいのか分からないって顔しているし。
私たち3人は、この場から逃げ出したかった。
「ふむ、それでは皆、アーヴィン様の素晴らしい魔法を、みんなで見せていただこう」
だけど先生は、私たち3人の心の声を完全無視した。
ヤダ、逃げたい。
けれど、血走った眼の先生に睨みつけられた瞬間、私は怖くなって動けなくなってしまった。
今の先生には、逆らってはいけない。
私、リーシャちゃん、クリス様は逃げたくても逃げられず、アーヴィン様が見せてくれるという、とんでも魔法を見なければならなくなった。
そうして始まる、アーヴィン様による魔法の実演。
「原理は簡単でな。まずは普通に火球を作る」
そう言いながら手のひらの上に、火の塊を作るアーヴィン様。
「ふむ、ただの火球ですな。しかし、なんと魔力の流れが自然で、無駄がない。流れる清流のごとく清らかで、まるで至高の芸術を目の当たりにしたかのような……」
「爺さん、無駄口叩いていると、説明聞き逃すぞ」
「ムムッ!」
今日の先生はおかしい。
アーヴィン様が先生を止めなければ、変なことをしゃべり続けていたかも。
先生が静かになったので、アーヴィン様の説明が再開された。
「この火球に、内側へ向かう力を加えて小さくする」
「ムッ、ムムムムムッ!」
アーヴィン様の言葉とともに、手のひらの上に作られていた火の玉が、みるみる間に小さくなっていき、最終的に、指の上に小さく灯る火の球になってしまった。
「生活魔法で使う、種火みたい」
あまりにも小さな火の玉を見て、私はそう口にした。
でも、先生の意見は違ったみたい。
「違う。これは種火にしては、魔力量が大きすぎる。この小ささで、火球に匹敵する威力を感じるのう」
小さな火の玉を食い入るように見つめて、鼻息を荒くする先生。
ヴヴッ、怖い。
早く、お家に帰って今日のことを忘れたいよー。
そんな中、アーヴィン様の魔法の説明は続いていく。
「今度はゆっくり飛ばすから、ちゃんと見ておいてくれ」
アーヴィン様が、指先に灯した火の玉を放った。
放った火の玉は、私たちの目で追える速度で飛んで行く。
それでも、さっきクリス様が作った火球より、速く飛んでいく。
そうして火の玉が、的にしていた木に命中した。
かと思うと、火の玉が触れた箇所だけ穴が開いて、そのまま木を貫通して飛んで行ってしまった。
「ヌッ、ヌオオッ!」
先生の反応が、いちいち大げさすぎる。
誰か、助けて。
でも、今の魔法って木の幹を貫通したけれど、さっきみたいにならなかった。
今度は爆発しないのかな?
そう思って、油断した時だった。
ドゴーン。
またしても、あのとんでもない音がした。
最初の時よりも、音は小さかった。
なので私もリーシャちゃんも、地面に倒れずに済んだ。
ただ、的にしていた木のさらに向こう側にあった木が、球状の炎に飲み込まれていた。
そこから肌を焼くような熱と、爆発の風が音となって、吹きつけてくる。
「お、おっ、おおっ、素晴らしいー!」
先生だけ、両腕を天に突き上げて、歓喜の声を上げている。
でも、その炎を見ている私とリーシャちゃんは、唖然として何も言えない。
「えっ、ええーっ」
クリス様も、理解できない状況に、混乱しているみたい。
やがて木を呑み込んでいた炎が収まったとき、そこに存在していたはずの木が、欠片一つ残らず消え去っていた。
おかしいよ。
普通の火球だったら、木が燃えて、その後に黒く燃えた残りかすがあるはずなのに、何も残っていない。
それに地面の土まで、色が赤く変わっているんだけど……
「通常の火球を限界まで圧縮させることで熱エネルギーを集約させ、それを目標地点で開放することで、熱エネルギーを一気に周囲に放出させる。放出と言うが、この場合は巨大な熱量を内包した爆発になるんだけどな」
そんな中、今作った火球の説明を、アーヴィン様がした。
本人は分かりやすく説明しているつもりなのだろうけど、私にはまったく理解できない。
熱エネルギーって、何のこと?
「ヌオオオーッ、素晴らしい魔法ですなー」
そんな中、先生がもう語りたくもない、狂った喜びで叫ぶ。
「もっともこの魔法は、圧縮させるのに失敗すると、その場で大爆発を起こして、術者を道連れに死ぬけどな」
あと、アーヴィン様が、さらっととんでもないことを口走っていた。
モウイヤダ。
ワタシ、オウチカエル。