2-D100-18 船の神6 略奪
『船の神』マリヴェラは、『炎の鬼神』ナカムラの存在を知った。
更にムーアは自分の孫でもあるユキについても語ったが、それはマリヴェラにとって意外な内容であった。
炎の鬼神が『ナカムラ』とか『マリヴェラ』って名乗ってるだと?
なんだそりゃ? 確かに俺の本名は中村だけど。
ピンとひらめいた。
それはもしかして……。
不意にお茶をすすっている魔王にパッと振り向いた。
すると、魔王は体ごと僅かにあちらの方へ向け、俺と視線を合わそうとしない。
……この人、結構分かりやすいんだよな。
つまり、幾つも存在するこの世界によく似た世界に居るはずの「俺」が、システムエラーでこの世界に来ちゃったんだろう。
魔王自身、平行宇宙を数えきれないほど創造してたって言ってたもんな。
そして、たまに平行宇宙間でエラーが生じると。
どーりで一緒に来たがる訳だ。知ってたんだ。
魔王の事だから、自分で手を下すことはせずに、先ずは俺にやらせるんだろうな。
しかし……。
「炎、ですか。しかも鬼神化?」
ムーアが頷いた。
「つい1週間ほど前に出現し、ヘルザーツの王都を王族諸共屠ったとか。その後、船に乗って沿岸沿いを北上し、時々港を襲っているそうです」
「うわ、ヤバい奴ですね。討伐隊なんて……出てます?」
「マグヘイレンの特殊部隊が襲撃し、一旦撤退したと聞いております。未確認ですが。しかしそうなると、簡単には倒せない事になります」
「エライ時に来ちゃったな」
俺は頭を抱えた。
「大船に乗ったつもりで任せて頂戴」って俺も言いたい所だけれども、残念ながら、炎属性は人間並みの能力しか持ち合わせていない。
近寄っただけで終了だ。
それに、『鬼神化』って言ったら、要するに神族がブチ切れて狂暴化している状態だって事だ。
触りたくねえ……。
ムーアが少し身を乗り出した。
「どうされますか? マリヴェラ殿」
「どうって言っても……」
前回は運命神だったので「厄介ごとが次から次へと来る設定」だったからしょうがないけれど、今回はただのいたいけな「船の女神様」だぜ?
まさか、魂がそのまま受け継がれているって事は、そういう厄介な設定をも受け継いでいる……なんてことは無いよね??
普通、その設定ってのは、特定の神族が持つ設定だよね?
だよね??
あーあ。
それにしても、何時になったら笑顔でのんびりできるのかしら。
俺は笑った。
もうやけくそじゃん?
やるしかないんだから。
放っておいたら、俺の名を名乗る奴が西の大陸を燃やして廻り続けるんだぜ?
ロンドール的にもまずいし、そもそもロンドールに来ちゃったらどうすんの。
「偽物は何とかしますよ。そしてユキも見つけ出します」
「おお。流石ロンドールの太守。しかし……」
「しかし?」
ムーアは急に態度を変え、驚くことを言った。
「ユキの件は、手出し無用と申し上げておく」
「は? 何ですって?」
ムーアの方が目上だというのに、つい聞き返してしまった。
何言ってんの?
おかしいだろう。
どうかこのままって。
「我らにも事情があるのだ。マリヴェラ殿には悪いが、これは我らの国の問題であり、家庭の問題でもある。手出し無用と申し上げておく」
つまり。
誰に、なぜ誘拐されて、今どこにいるのか。
分かってるって事か。
俺はムーアの顔を見つめた。
別にふざけて言っているのではない事は分かる。
何らかの事情がある、それもそうなのだろう。
俺は立ち上がった。
「お断りです」
ムーアが驚いたような顔で俺を見上げた。
「ムーア王にお考えがあっての事なのかもしれませんが、一つ間違っております。
ユキはそもそもワクワクの民であり、今はロンドールの者です。
俺はウチのもんを連れ戻しに来た。単純な話です」
「……しかし、ここはロンドールではない。その様な我儘が通るとでも思っているのか?」
「さあ。ウチの国民も殺されてるんですよ。
場合によっちゃ、もう一人の俺にこの大陸丸ごと
燃やしてまっ平らにしてもらってもいいかもしれませんね」
「なっ」
「クーコ」
「はい」
「行こう」
「はい」
「魔王様はいかがなさいますか?」
「うむ? 貴様が行くと申すなら、ついていってやる」
「有難うございます。では参りましょう」
慌てるムーア王をそのままに、俺たちは城を後にしたのであった。
――――
「で。マリさん」
「何でしょうクーコさん」
「あんな啖呵切っておきながら、どうしてまだ祥州に居るのかしら? それに聞き込みも終わったでしょ?」
「え? うん。でも、せっかくなんだから一泊ぐらいするでしょ? ずっと野宿だったんだし」
「大丈夫なの? 捕まったりしないかしら?」
俺は肩をすくめて薫製肉に取り掛かっている魔王を見た。
「そりゃ、魔王様がいるのにそんなことしないさ。お陰で今こうしておいしいご飯を食べていられるんじゃない」
「それはそうだけど」
今、俺たちはその薫製肉や豆を煮込んだもの、オーツ麦のお粥を賞味中だ。
クーコの言う通り、城は飛び出したんだけれど、街からは出ていない。
別にご飯を食べたくてこうしている訳じゃなくて……。
ああ、来たな。
「魔王様、クーコ、ちょっと中座します」
と言い、俺は風となった。
ちなみに、「風同化」で風となり、「風操作」で多少なら風として行動できるし、空も飛べる。
あのエルフのグリーンのように意のままに空を飛べるわけじゃないんだけれどね。
魔法の補助がないなら、自由に飛ぶにはやっぱり属性値18は欲しい。
なお、「風化」ではないので、本来は風になる時に服を着ていたら服がその場に残されてしまう。
今の俺は「服を着ているように見える変化」を常時使っているので、この点は問題ない。
はい。
と言う訳で、少し離れた場所に居た猫耳猫尻尾のお兄さんのそばに移動だ。
「こんにちは」
「ひえっ! な、急に現れて!」
「うん、驚くだろうと思って」
「か、勘弁してください、ダンナ。っと、ここじゃいけない。そっちの影へ行きましょう」
と、2人で建物の陰に隠れた。
「OK。誰も近くには居ないよ」
「どうも、参りましたね」
「お兄さん、どこの所属? 俺の事は言うまでも無いと思うけれど」
「ロンドール侯爵閣下。ですよね。僕はフロール様の手の者です。クエルとお呼びください」
ビンゴだ。
だってさ、ユキやミツチヒメに聞いていたフロールの性格って、如何にも独立独歩の冒険者そのものなんだもん。
娘が行方不明なら、自分で探すでしょ。
その留守の間、根拠地には信頼できる者を置いて情報収集させるでしょ。
俺達みたいなのが来たら、先ずは本物かどうか確かめて接触するでしょ。
「じゃ、クエルさん。どんな情報をくれるのです?」
――――
「では、マグヘイレンからご説明します。
マグヘイレンという国は、共和国とは名ばかりで、
実際には天使族の中でもごく少数が実権を握っています。
現在の大統領は『ムビ・アーク』と言う名で、
噂では100年以上前にこちらの世界に来た乙者なのだそうです」
「へえ。俺の大先輩か」
「はい。ムビ大統領は、今のマグヘイレンの強国化に貢献した功績で、今の地位になりました」
「ふむ」
「己の力を頼んでお互い争ってばかりいた天使族を纏め、
一つの国の力として利用したのです。
なお、コバルト公国はまだ国の中でお互い争ってばかりいる状態ですね」
「祥州にとっては目の上のたんこぶだね」
「その通りです」
「で、それとユキがどう関係するの?」
クエルが一瞬口ごもった。
「閣下は略奪婚と言う風習をご存知ですか?」
略奪婚?
知ってる。
よその部族から女を攫って嫁にするんだろ?
野蛮だよね。
「おいまさか」
「ムビ大統領のご子息の一人に『ムビ・マーサ』という男がいます。ユキ様はその男の下におられます」
「ちょっと行ってそいつぶっ殺してくるわ」
「お、お待ちください」
「ナンで待つの?」
「まだ、ご説明しなければいけない事がございます。どうか……」
と、クエルが頭を下げている。
「まあいいけど。どうぞ」
「は。我が王の立場について……」
「略奪婚であれ結果的に政略結婚になるからだよね。クソくらえだな。ハイ次」
「げ……。えーと、ユキ様の居場所についてですが」
「マグヘイレンの王宮? 大統領府? どうせそこらへんでしょ。
でも今重要なのはフロールさんの居場所。何処?」
「あ、いや……」
「奪還の機会を窺い続けてるんじゃないの?
フロールさんに会うには何処に行けばいい?
それとも何処か、あるいは何処か、なんならどこに行けば連絡つくの?」
「あう……」
結局、クエルから5か所、フロールと連絡がつく場所と方法を聞き出した。
フロールの活動だってマグヘイレンにはどうせバレてるからね。
よっぽどの事をしないと直ぐ捕まってしまうだろう。
捕まって祥州に送り返されるだけならともかく、闇に葬られたりしたら目も当てられない。
警備が厳しいのは分かる。
それだからこそ、恐らくベテランの冒険者であるフロールでさえ手が出せないのだ。
俺は1つクエルにお願いごとをして、彼と別れた。
「魔王様、クーコ、お待たせしましたって……えっ?! 全部食べちゃったの?!」
改めて注文して一人で食べましたとさ。( ;∀;)




