2-D100-17 船の神5 祥州連邦
オークの盗賊団を一蹴した『船の神』マリヴェラ。
祥州の都についた彼らは、ユキの祖父に当たるムーア王に意外な事を聞かされた。
祥州への道は、特に何事も無かった。
手間がかかるので関所は超えなかったが、人口密度も低いこの地域の事だ。
とがめられることも無い。
祥州は、冷涼とした湿地と岩場の入り混じった、まるでロンドール内陸部のような気候である。
畑は少なく、あって放牧地。
しかも、獣だけではなく魔獣も出るので、どちらも石を積んだ壁でぐるりと囲っている。
「いやあ、ここも見事なまでに何にもない土地で、親近感沸くよね」
「別に……」
畑や放牧地があると言う事は、人はいるのだ。
人間では無く、主に獣人たちの村が点在している。
それにしても、国力って点ではぶっちゃけ大したことないよな……。
かなり北に位置するので、冬季は氷と雪に閉ざされるんだし、おまけに海に面している訳でもない。
狐の神獣人を中心とした、獣人やその上位種族の連合国家って言っても、天使族のマグヘイレンのような裕福な国家に対抗できるとは……。
「マリさん。あれ……」
クーコが前方を指さした。
今歩いている道の先。
砂塵だ。
いや、分かってる。アレは騎馬隊だ。
「俺たちを迎えに来てくれたんじゃね?」
「ならいいけど。でも誰がアタシたちが来るのを知ってるの?」
「さあな?」
別に恐れる理由が無いのでそのまま歩く。
騎馬隊が近づいた。
数えて20騎。
従者も連れていないが、貴族か騎士階級なんだろう。
纏っている軽騎兵用の鎧は中々良いモノが揃っている。
全員、獣人……いや、神獣人か?
雰囲気がユキに似ている。
例によって「知る」は抵抗された。
いや、毎回コレだけれど、お約束と言うよりは基本中の基本なんで……。
俺たちは取り囲まれた。
クーコが声を張り上げた。
「何か御用ですか? こちらにいらっしゃるのはかの魔王様とロンドールの太守、マリヴェラです」
それを聞くと、全員が下馬して片膝をついた。
隊長格らしいのが簡略な兜をとって頭を下げた。
ちょっとクールな顔立ちの女性だった。
「我々は祥州連邦の者です。私は近衛連隊長のアルバ。王の命により、皆様をお迎えに上がりました」
魔王が答えた。
「大儀である」
「恐悦にございます。馬をお持ちしました」
言われてみると、空馬が3頭いる。
小声でクーコに訊く。
「ねえクーコ、馬、乗れる?」
「アタシ、乗った事ないよ……」
流石の彼女も不安を隠せない。
アルバが言った。
「もし乗り慣れておられぬなら、私らと同乗されるとよいですぞ。幸い、半数が女性隊員です」
俺たちの代わりに魔王が答えた。
「無用。行くぞ」
魔王は空馬に近づくと、鞍に取りつき、ひらりと乗った。
……力では無く「風化」とかをさりげなく使って登ったんだろうけど。
和装だってのに大股広げてハシタナイ……。
あ、レギンスみたいなの履いてやがるのか。用意良いな……。
しょうがない。
クーコ1人では危険かもしれない。
「じゃ、俺が手綱をとるから、クーコは懐か後ろに乗りな」
「うーん。じゃあ渋々」
あからさまに嫌がられたけれどここは割り切ろう。
さあ、出発だ!
――――
道中、アルバから事情を聴かされた。
俺たちの動きは、逐一祥州上層部へと知らされていたらしい。
へえ。
尾行なんかは感じなかったけれどな。
正体が知れれば、目的もおのずと決まっている。
王は即座に迎えを出した。
それがアルバ達だったのだ。
まあ、普通に考えて魔王と神族と化け猫なんだから、万が一が有っても平気ではあるのだが、彼らはそう考えていないらしい。
「ええ? 盗賊だろうが魔物だろうが大丈夫ですよ。嫌だな~アルバ隊長」
「しかし、お言葉ではありますが、監視からの報告では、盗賊のオーク如きにあろう事か船を持ち出して振り回したとか」
「ああ……。はい。仰る通りです。ぶん回しました」
アルバは一瞬絶句した。
「まさか、本当だとは。船を振り回したなど、一体どういう……」
そして、向こうの方へと数秒間、顔を逸らした。
……絶対今笑ってるよな?
「失礼いたしました……王もそれで心配が募りまして、我々を遣わした次第です」
「ホント、バカで済みませんね」
「いえいえ。それに、皆様の動向は、敵にも伝わっている筈ですので」
「ふうん。敵ねえ。マグヘイレンかな?」
「詳しい事情は、王から直接説明させていただきます」
「分かりました」
――――
「アレが王都か。ナンか、あそこだけ大都市って感じだねえ」
そこは、見渡す限りの荒野の中に聳える摩天楼。
超高層ビルは無いけれど、ホーブロですら見た事の無い10階建て以上あるビルが幾つも並んでいる。
モノの本によると、祥州に限らず西の大陸では、転生者の知識がより活かされているらしい。
ちょっとしたビルなんかは(資金がありさえすれば)よく見られるのだとか。
奇麗な石垣で出来た城壁が延々と続き、それらを十分に守っている。
マグヘイレンの主力は天使による空軍と、数で圧倒する魔法生物部隊なのだそうだが、後者の勢いを止められるだけでも、お金をかける価値が有るのだとか。
ってか、魔法生物の軍隊ってナニ?
もしかして餌だけやっておけば給料払わなくて済むやつ?
欲しいんだけど。
立派な城門をくぐり、大通りを行く。
人通りはそこそこ。
無論、ド田舎のイルトゥリルより大都会だが、懐かしのソレイェレには及ばないだろう。
ただし、人間の姿は見られず、全員獣人か人狼・人猫のライカンスロープ系か、それとも神獣人か、だ。
神獣人なんて、下手すれば神族に近い能力を有するわけで、そんな彼らが集まっているのだから、人口が少なくても何とかやれている訳だ。
ただ……どうかな。
集まっているというより、集まらざるを得なかった、のかもしれないけれど。
王が住む内城の門についた。
連隊の連中は手を振って去り、アルバだけが残る。
全員下馬し、中へと進む。
そして応接間。
そこには、背は高いモノの華奢な体躯をした男がいた。
髪も色はきれいな銀色で、ふさふさな尻尾も同じく銀色だ。
俺たちを見ると笑顔で出迎えた。
「やあ、これはこれは魔王様。100年ぶりでございますな。事前にお知らせいただければ、コバルトまで迎えに上がりましたものを」
「よい。苦しゅうない。此度は余の個人的な用事である」
「左様でしたか。自分の家とも思い、どうぞご存分に」
「うむ」
と、下へも置かぬ歓待ぶりだ。
もちろん俺は後回し。
まあ、俺なんぞ陪臣だしな。
何だかんだ言って、魔王と俺の序列は格段に違う訳で。
祥州連邦の王……名はムーア。150年以上生きているらしい。
ユキの母親のフロールは彼の娘。
つまり、このおっさんはユキの祖父なのだ。
おじい様!
ナンて呼んでしまいたくなるが、そこは我慢。
結局ユキとはキスまでしか済ませてないからな……。
いや、純愛路線もアリだし、今のうちに外堀を埋めとくってのもアリかな??
「マリヴェラ殿」
「おほう!」
妄想に浸っていたら、いつの間にかムーア王の怜悧そうな眼差しが俺の目の前にあった。
「いや失礼……。あなたがマリヴェラ殿で間違いないですか?」
ん?
変な事を訊く。
「ええ。間違いないですかって、他にマリヴェラなんて変な名前の人なんていませんよね?」
「それなら良いのですが。確かに、魔王様のお供をされているのなら、間違いないのでしょうが」
「まあ、見た目も能力も2年前からは全然違いますからね。キンキラの可愛い子からお淑やかな子になってるし……」
ムーアが苦笑した。
「いえ、勿論、神族の方々が容姿を変えるのは
良くある事と聞き及んでおりますので。
しかし、今回はそうでは無いのです。
むしろ、魔王様とマリヴェラ殿がお越しなのは、
我が孫の事よりもあの件でいらしたのだと思っていたのですが」
「あの件?」
「ええ。現在、西の大陸の南西部、マグヘイレンより南の地域で、
『ナカムラ』と名乗る炎の鬼神が猛威を振るっているのです。
噂では『マリヴェラ』とも名乗っているとか」
「は……はあぁ?」
な……なんだってー?!




