2-D100-12 愛の神9 汀
ヘルザーツ王国へ向かうリヴェンジ号から先行して出発した『愛の神』マリヴェラと人魚姉妹。
彼らの目的は「人魚族を酷い目にあわせている奴らをぶっ潰す」だ。
マリヴェラは、姉妹は危険だからと二人を沖に置き、単独でヘルザーツに乗り込んだのだった。
俺と人魚姉妹は、ダニエル船団に先行してヘルザーツ王国へと向かった。
多分、天候が悪化しなければ(それにはベタ凪も含まれる)ガレオンは明日には到着するだろう。
現地の海域については、沙織たちが熟知しているので問題は無い。
透明度の高い海の中を、俺と沙織は飛ぶように進んだ。
ただ、香織はまだ本調子にはなっていないらしく、俺が背負って泳いだのだった。
えーと、所で諸兄はご記憶かと思うが、俺の服は服に見えて服ではない。
香織たち人魚族は普段が裸族である。
つまり、コレは裸の付き合い?
いーだろざまあw
柔らかくてぷよぷよだ♪
俺の興奮ともやもやなどお構いなしに、香織は背中にぎゅっとしがみついたまま、ヘルザーツ王国沖に到着した。
夕方に差し掛かった頃、3人は海面から顔を出した。
周囲に漁船などは見えない。
延々と、赤茶けた乾燥した大地がうねうねと横たわっている。
目前には奥まった湾が有り、湾に沿って建造物の群れが確認できた。
「あそこがヘルザーツ。でも、湾に入ると感知魔法の結界があるのよね」
「ナンだお前。良く知ってるな。引っかかった事があるのか?」
「しょうがないじゃない。人魚族に魔導師はいないんだから。水系魔法は使えるんだけど」
「お前と同じ脳筋ばっかなんだろ?」
「うっさいわね!」
「ま、兎に角、お前らはもう少し離れた場所で待ってろ」
「でも……」
「バカ。俺はお前らにこれ以上きつい目に合わせたくないんだよ」
「分かったわよ」
「マリ様、お心遣い感謝します」
「うんうん、香織ちゃんはいい子だねー」
「マジムカつく」
と、沙織は頬を膨らませた。
だからフグって言われるんだよ。
と言う訳で、俺は王都から何キロメートルも離れた場所へ上陸した。
何も無い所だ。
背の低い灌木と、荒れ地。
丘の上に立つと、紐のように見える街道と、小さな村が見える。
TRPGの定石、情報収集から行ってみようか。
その村は、街道沿いにはあるが、別に宿場でもない。
王都の近くに自然発生しただけだと思う。
城壁なんて立派な物も当然ないが、木製の柵と石を積み上げた塀で周りを囲っている。
俺は……冒険者風の服を着たユキの姿をとる事にした。
こうやって直ぐユキの姿になれるのは、前に俺が彼女に「憑依」した事があるからだ。
他には、ユウカにもなった事がある。
それで、ユキの恰好はパッと見は人間に見えるが、そうでは無い。
背中一面の体毛と、ふさふさの黒い尻尾が特徴だ。
彼女は人獣族の上位種、神獣人の血を引いているからなのだった。
ここ西の大陸ナルコーでなら、神獣人が冒険者と名乗ってうろついていても不思議はないはず。
少なくとも、仄かに赤く光る髪を持つ超絶美女なんて胡散臭い姿よりは、西の大陸の住民っぽくなるだろう。
村に入った俺は、酒場を探した。
これも定石。
かなり古びた酒場があった。
旅人用と言うより、村人用と見える。
酒場に入ると、それらしい服を着たマスターと、早めの晩酌としゃれこんでいる3組の客がいる。
客もマスターも、種類は違うがいずれも獣人である。
獣人とは、普段は人間の姿をしている人獣族とは違い、普段から半分人、半分獣の見た目をしている。身体能力も、人間よりは上であるものの、人獣族を下回る。
西の大陸の多くに見られる身分制においては、人間よりは上の一般民相当と言える。
俺はカウンターに腰かけて、犬系の獣人であるマスターに、お勧めのお酒を頼んだ。
お金なら有る。
ダニエルに少し借りて来たのだ。
多少情報収集する程度なら十分足りる額だ。
マスターがすっと差し出した小さなグラスには、テキーラが注がれていた。
ああ、元の世界で言えば、ここら辺はメキシコからカリフォルニアにかけてに当たるもんなあ。
と思いながら、キュッと飲み干した。
ぺろりと唇を舌で舐めると、マスターは俺がまだ何も言わないうちに、お代わりを差し出した。
キュッ。
うん、美味しいなコレ。
「美味しいですね。マスター、もう一つください」
「へえ、いい飲みっぷりだねえ姉さん」
と、背後から声がかかった。
狸の獣人の二人だ。
よく似ているので、兄弟なのかもしれない。
「わっはっは! 姉さん、気を付けなよ? このマスター、見ない顔にはキッツい酒を勧めるんだ」
「そうそう、しかしまあ、何でこんな村のむさい酒場に来なすったのか。旅行者かい? もう直ぐ王都に着くっていうのに。城門もしまっちまうぞ?」
マスターがシッシッと手を振った。
「お前ら五月蠅いぞ。お陰で売り上げが上がるってもんだ。確かにウチのテキーラは度数が高いが、モノはいいからな?」
「まあ、違いない」
「それで、姉さんは何でこんな所へ?」
俺は軽く肩をすくめた。
「人を探してるんです。友人ですわ。人魚族なんですけどね」
すると、会話に加わっていない客らもぴたりと動きを止めた。
それを感じ、俺は酒場の中を見回した。
「……皆さん、どうしました?」
マスターが口を開いた。
「姉さん、ここに寄ったのは運が良かったのかもしれませんね。もし人魚族を探す目的で王都に入れば、悪ければ命を落とすところでした」
「命を?」
狸獣人の二人も頷いた。
「ああ、ここ数年、人魚に関するビジネスに手を染めてからは、この国もすっかりおかしくなっちまった……。大きな声じゃ言えないがな」
「金になるとは言え、元々人魚族は外海沿岸部の海の秩序を担っていたからなあ」
「何が……起こっているのです?」
マスターがカウンターから身を乗り出し、俺に耳打ちした。
「ご存知ないですか? 人魚族を捕まえて、内海へ輸出しているんですよ」
「輸出……ですか?」
俺は如何にも衝撃を受けたように驚いて見せた。
そして俺も声を潜める。
「実は、人魚族が狩られているというのは、私も噂で……」
狸獣人の一人が両手を広げていった。
「だろう? だから、さ。もしかしたら一つの国を相手にしなきゃならねえってわけさ。びっくりだろ? 悪い事は言わねえから、あきらめた方が良いよ」
「そうですか。……はあ」
と、俺は大仰にため息を吐いた。
「ご忠告有難うございます。でも、せっかくここまで来たのですから、王都には行ってみようと思います」
「そうか、そりゃ気を付けてな」
「有難う、皆さん。私は行きますが、マスター。これで皆さんに好きな物を」
と、俺はカウンターに銀貨を一枚置いた。
「おや、悪いなあ」
「ゴチになります」
「気を付けてな。城門は日没までだぜ」
俺は善良なる彼らの憩いの場を後にした。
もう直ぐ日が暮れそうだ。
澄み切った空には既に星々が浮かんでいる。
灼熱の時間は過ぎ去り、もう直ぐに砂漠特有の冷え込みがやってくるだろう。
城門へは、日没ギリギリで間に合った。
いかにもダルそうな門番兵が、俺の前に並んでいた商人のチェックを終わらせた。
「はい、次。うん? 旅行者か?」
俺は作り笑いを絶やさないで答える。
「はい。大陸一周をしております」
「はあ、大陸を、ね。お嬢ちゃん1人でかい?」
「ええ。これでも、冒険者なんですよ」
と、内海で作った冒険者証を彼に見せた。
勿論、そんな物は持っていない。
ただ、「冒険者証を持っているように身体の一部を変化させた」だけだ。
ホンのちょっとだけなら手放しても大丈夫らしい。
話は変わるが、コレ、もしかしたらキツネやタヌキがやる葉っぱでドロンの一形態なのかもしれんね。
今度、稲荷神のお夏相手にやってみよう。
前にコレでやられたもんな。
「へえ、Aランクか。やるねえ。ナカムラさん、ね。ではどうぞ。面倒ゴトは無しにしてな」
「勿論です。有難うございます」
と、城門はクリアだ。
城門からは、広めの大通りが向こうまで続いており、その脇に煉瓦と石で作られた建物が並んでいる。
人通りももう殆ど無く、直前に城門を抜けた人たちも、足早に何処かへと急いでいった。
さあて、どうしたもんか。
別に夜間の外出が禁じられているわけではないらしい。
ただ、夜の帳が下りるとともに、街も闇に沈んでゆくのだ。
内海と違い、各家庭に魔法道具がいきわたってないのだろう。街灯だってそうだ。
完全に暗くなる前に、俺は早足で港へと向かった。
港の近くなら、夜もやっている酒場や宿が有るはずだからだ。
港に出ると、
「おお」
と思わず声を上げてしまった。
黄昏時の港では、紺碧色のクラデーションを背景に、幾つかの帆船が舫っていた。
軍用なのだろう。リヴェンジ号程の大きさではないが、ガレオンもいる。
乗組員はもう退勤済みと思われた。船上には一人の姿も見えず、見張りすらいない。
岸壁ではまだ幾らかの作業員が働いていた。
その内の何人かは目立つ大きな首輪をされている。
彼らは人間であり、奴隷なのだ。
どうも俺はそう言うのを見るのに慣れていない。
つい口元をゆがめて顔を反らし、港から立ち去って何処か近くの酒場で聞き込みをしようと一歩踏み出した。
だがそれ以上動けなかった。
いつの間にか、俺のすぐ横に女が立っていたのだ。
単色の、深い紺色のワンピースを着たイイ女。
腰まである長い黒髪を、後ろで一か所縛っただけのシンプルな髪型で、履物も単なるサンダルだが、着ている物ががシンプルなだけに、成熟した女らしさが際立っていた。
嘘など許されないような視線が俺を捕えている。
そして、その紫に光る瞳。
コイツ、三十歳位の女に見えるが、人間じゃない。
気配も無かったもんな。
しかしいい乳してんな~。
沙織みたいな問答無用なのではなく、品のある張りと大きさだよね~。
女が喋った。
「お主、誰だ?」
殺気は感じない。
「ナカムラと言う冒険者です」
「到着したばかりであろう。何処から来た?」
「私があなたにお答えする必要が何故あるのでしょうか? そう問うてくる貴女こそどなた様でしょう?」
女がふっと視線を外した。瞳も光を失った。
「そうか、そうだな。失礼した。私は汀。お主が知り合いによく似ておったので、声をかけてしまったのだ。許されよ」
「汀さん……ですか」
「ああ。済まなかった。それで、何処から来たのだ? 神獣人が大陸の南部に来る事など珍しいのだがな」
あちゃ~。
この格好はこれはこれで目立つんか。
今更変えるわけにはいかんぞ。城門でも記録取ってるしなあ。
「いえ、ちょっと人探しでここまで……」
「ふむ。そうか。私が手伝おうか? その道に詳しい者達を知っているのでな」
……コレは怪しい雲行きだよな?
この汀って人、ここの守護神とかじゃないだろうなあ?
確かめてみるか。
「あの、汀さんはここの方なんですか?」
「ん? 違う。私は内海から来た。ここへは……まあ、仕事だな」
「そうなんですかあ」
「まあ良い。もう宿は取ったのか?」
「いえ、まだですが……」
「ならば、私らが借りている家がある。泊って行け」
汀はそう言うと、俺の手を取った。
「遠慮はいらんぞ」
ああもう、強引だなあ。
結局俺は彼女についてゆく事にしたのだった。




