2-D100-06 愛の神6 沙織
海中から現れてダニエル船団の僚船カウンター号を襲ったのは、甲種だった。
他の世界からやってくる「話の通じない化け物」。
巨大なシャチに似た甲種を倒すため、マリヴェラはかつての相棒『オレサマ』の名を呼ぶのだが。
再びふわりと宙に舞った『ありんす』は、不意に海中へ身を投じた。
推進力が風属性から水属性に瞬時に切り替わる。
器用なモノだ。
そして、リヴェンジ号の手前で空へと戻った。
特に意味なく潜水したのではない。
他に甲種がいないかを確認したのである。
流石に、あんなのが群れを成していたら大変な事だ。
少なくとも、感知できうる限りではもう何もいない。
リヴェンジ号でも大騒ぎであった。
こちらは戦闘準備をし終えていたから、殆ど総出で銃を撃ちまくっている。
「撃て!」
副官の号令で響く、乾いた爆発音の塊。
下層甲板から次の号令が聞こえた。
「撃てぇ!」
ドォン!
鉄の弾が、閉じたままの砲門を突き破って、甲種のどてっ腹に命中した。
おおう。
思い切ったことするな!
確かに、甲種があんなところに居ちゃあ、砲門なんて開けらんないもんな。
でもあんな事をすれば、中は結構大変な事になってるぞ?
破砕された破片が中に飛び散っただろうし、煙も充満しているはず。
その代わり、命中率100%だ。
対魔獣用の特殊加工をしてあるだろうから、甲種相手にもちっとは効いているようだ。
致命傷ではないみたいだけれど。
事実、シャチの化け物が身をよじって苦悶している。
腹のあたりが血に染まり、リヴェンジ号の舷側外壁を見る間に汚した。
しかし次に起こったのは、下層甲板からの悲鳴だった。
(おい、ありんす。出番だ)
「あい」
甲種の腹から新たな腕が何本も生じ、風穴の開いたリヴェンジ号の中へと突っ込まれたのだ。
そして腕が引き出された。
(ん? 誰だアレ?)
甲種の腕がつかんでいるのは、乗組員では無かった。
若い女だ。
エメラルドブルーの髪の、裸の女性。
抵抗して超暴れている。
俺の頭の中を疑問が渦巻いた。
女の子? ナンで?? ナンで裸???
あ、もしかして最下層甲板の謎の部屋に居たのはこの子か?
いやでも、幾ら甲種の腕でもそこまで届かないだろ?
(まあいい。ありんす。助けろ、今すぐ!)
「心得んした」
ありんすが左手を前に突き出し振るうと、その薬指から自在に伸びる白い糸が舞った。
この糸は、炎属性による炎で出来ている。
それを固属性と流属性をも使い、操っているのだ。
ありんすが上手く調整しているので、触らない限りは近づいても熱さは感じないだろう。
でもコレ、ヤバくね?
超高温だよね?
何度出てるんだ?
と、こういう時にしか役に立たない「知る」を使う。
……12万度。
あ、一億度とかそう言うのじゃないんだ。
でも、この温度だと、確か炎と言うよりプラズマなんだよな?
白い糸は見る間に伸びて、化け物シャチの身体に蛇のようにグルグルと絡みついた。
キュッと『ありんす』が左手をひねった。
ああ。
瞬殺だろうな、と思ったらやっぱり瞬殺でした。本当にありがとうございました。
甲種はあっけなくバラバラに刻まれてしまった。
これがチートで無双ってやつ?
火属性30ってのはこれ程のモノなのか。
冥属性ってのは目に見える効果が殆ど無かったからなあ。
やってた事はとんでもない事だったはずなんだけれど、実感ってのが無かったんだよな。
「ぬしさま」
おっと。
悦に浸っていたら、不意に身体の支配権が俺に戻って来た。
いかんいかん。
さっきの子が海に落ちたんだっけ。
と、海に潜った。
――――
甲種の腐敗しかかった肉片が大量に漂う中、女の子を探した。
すると、居た。
身体を掴んでいた腕を、振りほどいた所だった。
淡い青い光が彼女を包み込んだ。
あっという間に、その足は魚のヒレに変化を果たした。
ああ、人魚族だったか。
女の子はきれいな髪を水中に広げながら、俺を見つけると笑顔で手を振った。
諸兄の懸念を払しょくしておくと、裸のままで、だ。
俺も手を振り返して大きく頷いた。
いや、中々いいおっぱいだ。
今の俺も良い線行っているが、これはすごい。
匹敵するといったら、クローリスの金魚のフン、沙織くらいで……。
ん~?
ていうか、沙織に似てないか?
いや、沙織だ(確信)
「お前、もしかして沙織か?」
「え? 誰?」
「やっぱりそうだろ! 久しぶりだな! 俺だよ俺!! オレオレ!!!」
「はあ、助けていただいたのは感謝していますが、あなたに見覚えがないのですけど……」
「やっぱそうか! あ、そうそう。俺、フルモデルチェンジして昨日こっちに戻って来たんだって!」
「何言ってるのか全っ然わからない……」
「俺だってば! このフグ女! ばーかフグフグ!」
不審に曇っていた沙織の顔が、ぱあっと笑顔に華やいだ。
沙織は近づくと、俺にハグをした。
「ようやく分かったか。俺が誰だか……」
「ええ……とても」
沙織は俺の身体を両腕でガッチリ固定すると、上半身をぐいっと後ろに反らせた。
「マグロめぇ! 死ねぇぇぇ!!!」
「ちょ! まままままt」
さおりのこうげき。
デス頭突き!
つうこんのいちげき!
マリヴェラに30のダメージ。
「ぐふぅ」
やらかした。
とっさに「冥化」しなきゃとか考えちまった。
ていうか、ナンで神族に頭突きが効くんだよ……。
お前の頭、一体どういう構造してるんだっての。
あ、一応精霊の一種ナンだっけ?
――――
「2年ぶりだな~。超久しぶり」
沙織は眉をひそめている。
「本当にマリさん?」
「うん」
……そうで無かったら、さっきの頭突きで死んでるだろ?
「本当に? 何でこんな所に?」
「さっき言ったろ。昨日、こっちの世界に戻って来たんだって。
で、出現したのが西の無人島。
あのリヴェンジ号はそこで知り合ったの」
「そう……全然恰好が違うから気づかなかったけど、
今日マストの上にずっと居たもんね……。高いところ好きだもんね……。
ねえ、あのガレオン、私達人魚族狩りの船だって知ってる?」
あー。
やっぱそう言う稼業か。
「最下層に、特殊な部屋があるんだけれど、もしかして?」
「うん、多分妹の香織が閉じ込められている筈」
「マジか。すまん、知っていたら何とかしていた」
「知らないならいいの。さっきも助けてくれたし」
「そうだ、ナンでお前、船の中から出て来たんだ?」
沙織はキュッと口の端をひきつらせた。
「最近そこの島周辺を荒らしていたあの二頭の甲種をおびき寄せて、
あの船にけしかけたの。それで、混乱している隙に助け出そうとして……」
「お前、良くそんな事出来たな。水中だとあの甲種、危険なんじゃないか?」
実際、ありんすが瞬殺できたのは、二頭ともに餌を目の前にして我を忘れていたからだ。
海中で正面から戦っていたら相当苦戦を強いられていただろう。
「追いかけっこだけなら、アタシたちにかなう者は海には居ないわ」
と、沙織は寂しそうに笑って言った。
――――
沙織を海中に残し、俺は甲板に戻った。
すると、ダニエルは笑顔で握手を求めて来るわ、人間の乗組員は歓声を上げるわで、すっかり待遇が変わっていた。
「ナカムラさん」
と、ジャルブートが片手を差し出した。
渡されたのは、紫色の思念石。
そういやそんなのもあったっけ。
カウンター号の方の甲種は、主要部分を吹っ飛ばしてしまったからなあ。
俺はそれを受け取ると、襟元に押し込んだ。
今の恰好は、引き続き和装の『ありんす』モードのままだ。
俺自身の工夫では、こんなに高級感のある素材感は当分出せなかっただろう。
この変身に慣れることができれば、着物代が大幅に節約できるのだ。
いつか収入が増えたら、本物の着物を手に入れるんだ……!
ダニエルにキャビンに連れて行かれた。
そこでラム酒入りのカップをジムに貰う。
ご褒美だ。
「ああ、えへん」
とダニエルが咳払いをした。
「お陰で、二隻とも難を免れたようだ。ここに改めて礼を述べようと思う」
『ありんす』の見立てでは、甲種はもうこの海域には存在しないと思われた。
船は予定通りに目的地の島の錨泊地へと向かっている。
錨を下してから、船の修復をするのだ。
それが終われば、補給の為にナルコーの西岸の港へ向かう。
ダニエルの表情は、先ほど甲板で見せた程の喜色は無い。
「いえ、偶々ですよ」
「ふむ。では、そうしておくか。では、報酬の件だが……」
さて、ダニエルには悪いが、ちょっとばかり欲を張るとしよう。
「報酬、二つですよね」
「二つだと? 何でも一つと……」
「吹っ掛けスキル」ナンてものは持っていないが、ここは強気でしょう。
何故なら……。
「だって、願いをかなえましたもん。二つ。リヴェンジ号と、カウンター号とで」
「う、む……」
「良いじゃないですか。甲種二匹に遭遇してほぼ無傷で終わったんだから」
「それはそうだが……」
少々怒りを見せるダニエルが、パイプを取り出して煙草の葉を詰めた。
「いや、船の損傷と魚人数匹で終わっていれば良いのだが……恐らくそうでは無い」
「へえ。と言うと?」
「あの忌々しい甲種、頭部周辺に人間の頭がくっついていなかったか? まるで仮面のように」
俺は人面創のような顔の数々を思い出した。
多分、喰った餌の手や顔を取り込んでたんだと思う。
ある種のウミウシなんか、喰ったクラゲの刺胞を取り込んで自分の武器にするけれど、似たようなもんかもしれない。
「ああ、有りましたね。気味の悪い」
「見た顔がいくつかあった。ウチの船団のもう一つの船、レジスタンス号の乗組員の顔だ」
「……マジすか」
「ああ、大マジだ。ワシらはこの島へは予定よりも少し遅れての到着なんだ。お前さんを拾ったからな」
「レジスタンス号は既にここに居て、やられた後だったと?」
「そうだ。あの甲種は、食った奴を取り込む能力を持っていたのだろう。……だから正直、お前さんの要望にかなう報酬は、出せないかもしれないな」
この悪い予測は、的中してしまった。
程なく、到着した錨地周辺と海岸に散乱している大量の木片が見つかったのだ。
甲種から逃れて喜び一転、ダニエル船団は悲しみに包まれた。
もっとも、それを遠くから眺める沙織にとってみれば「いい気味よ」だったのだが。
今からでも遅くありません!
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