2-D100-05 愛の神5 『ありんす』
東に進むリヴェンジ号。
マリヴェラはガレオン探検に忙しい。
この後ある島で同じ船団の船たちと待ち合わせをするらしい。
マリヴェラはマストの一番上で、船団の僚船が近づいてくるのを眺めていたのだが。
「おい、カウンター号を見ろ! あれは何だ?」
甲板で叫び声が上がった。
見ると、舷側から副長が望遠鏡をのぞきながら指をさしている。
カウンター号と呼ばれた僚船の方だ。
見ると、リヴェンジ号と同型のガレオンの舷側に何かいる。
同じく甲板に姿を現したダニエルが、望遠鏡を構えた。
そして副長と同じことを言った。
「おいおい、ありゃあなんだ?」
TRPGお馴染みのクラーケンなどではない。
それは、シャチだ。
普通の3倍はある巨大なシャチが、カウンター号の舷側に取りついている。
どうやって?
見間違いでなければ、そのシャチにはヒレの他に大きな手や足が生えている。
それでよじ登っているんだ。
どういう構造???
お陰で、カウンター号は傾いてしまい、帆がバタついている。
乗組員も、カウンター号にもいる怪魚人たちも、シャチの化け物から距離を取らざるをえない。
船足はきっと止まってしまう。
ダニエルが大声で命令を下す。
「右舷へ2ポイント落とせ! 全速! 戦闘準備!」
号笛が鳴ったが、命令を聞き落とす者はいなかった。
見張り台の男が、俺を見上げた。
彼も望遠鏡を持っており、カウンター号の様子を逐一観察しているのだ。
言いたい事が何だか、解る。
あのシャチの化け物は、余りに巨体が故に甲板までは登り切れていないモノの、舷側に取りついたまま
「食事をしている」のだ。
舌がカエルのように伸び、回避行動の苦手な怪魚人らを捕食している。
漸くカウンター号の乗組員らも、マスケット銃を持ち出して反撃を始めた。
しかし、全く効いていない。
傷すらついてないんじゃないか?
あーあ。
乗組員らはそれに気が付き、甲板の下へ逃げてしまった。
リヴェンジ号が到着するまで持つかな?
「おーい!」
ん?
甲板から、ダニエルが俺を呼んでいた。
やれやれ。
結局俺かい。
面倒事は避けたかったんだけれどな~。
――――
「我々が到着するまでまだ時間がかかる。あれは魔獣ではない。きっと甲種だ。それまでカウンター号が持つかどうか……」
ダニエルの顔が青ざめている。
「あの船には、息子が乗っているのだ」
なるほど。
そう言えばこの船には同郷人が多いって聞いたもんな。
ならば親類も多いだろうし、それは僚船も同様だろう。
「アンタ、聖者じゃないのか? 何とかならんか? 頼む!」
ダニエルが乗組員の前で頭を下げた。
副長はそれを見て苦い顔をし、注意をカウンター号の方へと戻した。
聖者とは、転生者に稀にいる、この世界の法則をよく知っている者の事。
実は法則とは、元の世界に有った「アンガーワールド」というTRPGの事なんだけれど。
俺は確かにそうだし、聖者の中でも「一度この世界で神族プレイ経験済み」なのはきっと俺だけだ。
うむ。
良いだろう。
俺も鬼じゃない。
漫画の主人公である暗殺者のように、重々しく頷いた。
「分かりました。やってみましょう」
「おおっ! ナカムラさん。お願いします」
「成功した暁には……」
「ええ、勿論、この船に有る一番いい物を一つ、差し上げます」
「良いモノ……何でもいいのですか?」
「はい。ワシの自由になるものであれば、ですが」
「ナンでも、ですか……」
俺はダニエルにウインクし、ひらりと舷側の手すりの上に立った。
やってみるか。
しかし、この身体の能力は、まだ全く未検証だ。
甲種かもしれない相手に通用するのか?
俺は念じた。
(おい、居るのか? 『オレサマ』!)
――――
懐かしいあの感覚が俺を襲った。
「車の後部座席に押し込まれか」のような、まるで自分が傍観者と化するあの感覚。
もう既に俺は俺の身体の支配権を失っている。
しかし、帰ってきた答えは、オレサマのヤンキー口調……良くて江戸っ子口調では無かった。
「『オレサマ』というお方はここにはおりいせん」
(おりいせんって……。あのう。お前さんは一体どなたですか?)
「わっちは主さまを導くものでありんす」
はぁ。ありんすときたもんだ。
マジか?
そう問答を繰り返したその間に、俺の姿が変わってゆく。
オレサマの時には髪は奇麗な金髪になったが、今度は燃えるような赤。
背中の小さな羽は差し渡し3メートルにも伸び、赤い文様が浮かび上がった。
白のシャツとカーゴパンツだったものは、意匠の凝った小袖と打掛に。
それだって「そう見えるように変身しているだけ」なのだが、とても上手くやっているので、めちゃくちゃ高価そうな着物を本当に纏っているように見える。
着物の地は吸い込まれそうな黒。
そこに踊る骸骨と炎をあしらっているのだが、デザインとしてはかなり禍々しい部類だろう。
帯はもちろん前結びで、ただし、浮世絵で見たような分厚い帯ではない。
「ありんす」ってのは郭言葉なんだが、これはひょっとしなくても「花魁?」
浮世絵の衣装よりもかなりこざっぱりしている気もするが、まあそうなんだろう。
(てことは、名前は無いの?)
「わっちに名などありんせん。主さまも知っておりいしょう」
(じゃあ、『ありんす』って呼んでいいかい?)
「どうともしなんし」
と言うや、ありんすは羽ばたいた。
それは想像通り、羽根で飛んでいるのではなくて、風属性と「飛べる能力」で飛んでいた。
あのセイレーンのミキと飛んだ時にも、こんな感じがしたんだっけな。
風を切り、一息でカウンター号の甲板に辿り着いた。
乗組員は殆どが甲板下に逃げ込んでいるので、そこにいるのは数人の士官だけだった。
彼らは勇敢にも、艦尾甲板の手すりを盾に、マスケット銃と魔法で応戦しているのであった。
「リ、リヴェンジ号から来たのか?!」
ありんすは彼らに微笑んだ。
その内の一人に、ダニエルとよく似た目つきをした男がいる。彼がダニエルの息子なんだろう。
「よう頑張りんしたなあ」
聞いた事の無い言葉づかいに微妙な顔をした士官らを置いて、ありんすはふわりとシャチの化け物の面前に降り立った。
「おい! 戻れ!」
「何考えてるんだ!」
士官らは唾を飛ばした。
しかしありんすは涼しい顔をしている。
化け物シャチは間近で見ると非常にグロい。
人間の腕を大きくしたような腕。
同じく足。
更に、小さな腕や足が体毛のようにあちこちに無造作に生えているのだ。
それだけではない。
シャチの頭部には、人面創が如く、人間の顔が幾つも浮かび上がって、何事か呟いている。
……いや、オレに向かって呪詛の言葉を吐いている。
幾つもの腕が俺に向けて伸ばされる。
甲種。
まごう事なき甲種。
魔獣ってのは、大体決まった形をして、決まった形で生まれて来る。
いきなり変化したりすることは無い。
しかし甲種の場合、そうで無い事もあるのだろう。
コイツ、食った生き物を取り込んで自らの姿を変えているのではないか?
この腕や顔は、食われた者達のモノなのだ。
ありんすが呟いた。
「しになんし」
すうっと深呼吸をした。
カッとまばゆい光が視界を覆った。
次の瞬間には、甲板にのしかかっていた甲種の上半分が消し飛んでいた。
え?
はあぁぁぁ??
甲種を瞬殺しやがった?!
てか、今、口から怪光線出たぞ!!!
キタ――(゜∀゜)――!! すげえ!
あの念願の『焼き払え!』が現実のものに!!
甲種は力を失い、あっという間に腐敗し、殆どが海に没していった。
反動でカウンター号は大きくローリングし、切れていた索具がブラブラと揺れた。
俺は殆ど感動していた。
火属性。
しかも、高火属性の攻撃力の高さに。
それに、それを生かしてかつ俺が使えるようにやって見せてくれる『ありんす』の能力に。
(いやあ、ありんす先生、凄いっすね)
ありんすは冷めた口調で、
「そのような……わっちのちからではありんせん」
おや。
オレサマはおだてると調子に乗るタイプだったんだけれどな。
神族付属のチュートリアルにも性格が有るってのは面白いよな。
「おい、リヴェンジ号を見ろ!」
ダニエルの息子が叫んだ。
目を疑った。
さっきと同じような光景だった。
デカいシャチがリヴェンジ号の舷側に取りついていた。
ナンだよ。
甲種は一匹じゃねえのかよ!
「オヤジを助けてくれ!」
ダニエルの息子がありんすに叫んだ。
必死な形相である。やっぱり親父によく似ているな、と思う。
ありんすが艶然と笑い、答えた。
「そのねがい、わっちがしかと聞き申しんした」
なんちゃってありんす語ですが、本格的なのだと分かりにくくなるので、どの程度「ありんす」な感じにするか迷いました。もちろんそう言う私は自由に操れるレベルでは全くありません。難しいですよね。
※参考図書「郭言葉の研究」湯沢幸吉郎著 他




