2-D100-04 愛の神4 不安
リヴェンジ号のキャビンで、船長のダニエルとラム酒片手に会話を交わしたマリヴェラ。
どうやらこの船はマリヴェラの国、ロンドールとは仮想敵にあたるフォルカーサ帝国と関係が深いらしい。
それでも初めて見るガレオンに興奮するマリヴェラであった。
東に進むこと1日。
リヴェンジ号の帆は、存分に風をはらんでいた。
俺は適当な場所で船を降りる事にした。
既にダニエルには伝えてある。
だから、彼らは自身の都合で行動していることになる。
不機嫌そうな航海士に訊くと、普段彼らは、この辺りに散らばるように存在するいくつかの諸島を、獲物がいないかどうか巡って探しているのだそうだ。
また、彼らは1隻ではなく、合計3隻でこの海域に散らばって行動しているのだとか。
この船団『ウイング オブ ヒュブリス』のリーダーはダニエルである。
どうもシケた見た目よりも偉いヒトらしい。
リヴェンジ号は今から、向かう先に有る島の沖合で船団僚船と待ち合わせ、その後一旦「西の大陸」の港へ補給をしに行くのだという。
ま、そんな事はどうでもいい。
俺はガレオン探検で大興奮中である。
「船内をウロチョロするな(意訳)」
と、目つきの悪い副長のお兄さんには言われていたが、ウロチョロせざるを得ない。
なんせガレオンだ。
内海でさえ一度もお目にかかった事が無い。
「この婆さん、40年前に建造されたと聞きます」
呆れた副長が俺に付けた案内役、ジャルブートっていうあんちゃんが教えてくれた。
「40年?! それ、凄くないですか」
「よぼよぼ婆さんですよ。でも、まだまだ働けます」
「へえええ。40年……」
元の世界では、数十年運航された例もあるが、こんな荒海を乗り切らなきゃいけない木造の帆船なんて、魔法などと言う便利な物があると加味しても、精々20年も持てばいい。
一体どんな木材と技術、メンテナンスをすれば、そんなことができるのだろう。
しかも「知る」で見た限り、戦闘でついたらしい外板の傷以外は全く問題なかったのだ。
構造と言ったら、そうそう。
船の一番下の最下層甲板に……。
「ねえ~、ジャルさ~ん。一番下の方、行っちゃ駄目ですかぁ?」
ジャルブートは俺の媚びを含む眼差しから目を逸らした。
「すみません、最下層甲板への案内は船長に禁じられています。
下層甲板の僕らの居住区までならいいんですけど」
「そうなんだー。残念ね」
ま、後で勝手に入るけどな。
この船の一番下。
最下層甲板には、小さな部屋いくつか並ぶ小区画が有る。
牢屋だろうか?
捕虜や言う事を聞かない乗組員を閉じ込める部屋だろうか?
「知る」ですら中の様子はうかがえない特殊構造とは尋常ではない。
唯の倉庫とは思えない。
第一、その一室のドアの前に、見張りがいる。
非常に気になるよね?w
ま、詳しく聞きたいならダニエルからだ。
ジャルブートに聞いても彼に迷惑がかかる。
そのジャルブートが天を指さした。
「でも、メインの見張り台ならいいそうですよ」
「マジですか! 行く! 行きます!」
メインとはこの船の三本あるマストの内、真ん中のマストの事。
そして見張り台はマストの上方に設置されている足場の事である。
スクーナーのスパロー号にも見張り台は有ったが、アレはかなり狭かった。
このガレオンと言う船の見張り台は、それとは比べ物にならない程に広いのだ。
兵士数人は居られるほどに。
もし船同士の接舷戦が発生したならば、ここに陣取った兵士が弓矢や魔法を使って相手を攻撃する。
元の世界であれば、鉄砲だな。
そう言う場所でもある。
ひょいひょいと、俺とジャルブートは蜘蛛の巣に似た横静索を猿のように登った。
見張り台には、一人の見張り役がいた。
結構大事な仕事なので、怪魚人ではなく、人間だ。
「なんだ、ジャル。お客人連れて来たのかよ」
「ああ、船長の許可は得ているよ」
「ふん、ここにゃ別に何も無いけどよ。あんたさんも、女のくせに物好きだな」
俺はそれを聞いて肩をすくめた。
「ああ、俺の中の人は男だし、帆船好きなんだからしょうがないだろ」
横では、ジャルブートが「え?」という顔をしている。
ついさっき、体をくねらせながら最下層甲板探検をおねだりしたばかりだもんな。
そんな彼の肩をバンバンと叩いた。
「まあ、気にすんなって! そういう事も有るさ!」
――――
見張り台の上で胡坐をかきながら、3人で雑談をした。
「へえ、カカーニ出身の人が多いんですか」
「ああ、オレは違うんだが、乗組員の半分はそうだし、この船も元の所属はカカーニだな」
カカーニとは、フォルカーサ帝国にある余り大きく無い街だ。
俺も聞いた事がある。
丁度、ロンドールから真南に行って突き当たった所に有る。
帝国の首都から離れている上、乾燥地帯であり、産業も発達していない。
そんな海沿いに位置する場所に住む人々ができる事と言ったら、漁業、貿易、そして海賊業だ。
このリヴェンジ号だって、魔獣狩りの合間に何をしているか分かった物ではない。
ま、内海ならともかく、こんな外海では俺も彼らに強く干渉するつもりは無いけどな。
甲板で時鐘が鳴った。
それに気づいたジャルブートが、下を見ながら言った。
「あ、ナカムラさん、すみません。僕もう行かなきゃ」
俺はにっこりと笑顔を作って答えた。
「ジャルさん有難う。俺はもう少し上にいるから」
「分かりました。ではまた」
と、これまた登って来た時のように、スルスルと降りていった。
俺は見張りの男に言った。
「じゃ、俺は上に居ますから」
「へ? 上?」
見張りの男は思わず上を見上げる。
その上には、ヤードとマスト、その天辺ではためいているペナントしかない。
「やめときなって。素人じゃ危なすぎる」
「ああ、素人じゃないから大丈夫」
俺はそう言ってふわりふわりとマストを登り切り、その先端に立った。
スパロー号やミュリエル号では良くやってたが、久しぶりだ。
こうすると、格段に眺めがよくなる。
勿論、人間にはできない技だ。
本当なら風属性が18有るので登らなくても飛べる筈なのだが、未検証なのでそれは後で。
下を見ると、見張りの男と目が合ったが、彼は首を振って自分の仕事に戻っていった。
空間と同化できる「冥化」が使えないので、風と同化できる「風化」を使いつつ、バランスを取り続ける。
きっとこのまま、風を捉え、風を御しながら飛べる。
ただ単に風属性が18あると言うだけではない。
背中に生えている羽根も「飛べる設定」の象徴と思われるからだ。
何故「愛の神」に羽があるのか?
俺もそこまで知っているわけではないが、キューピッドを原型にしている可能性はある。
何処へでも飛んで行って誰であっても愛の虜にし、またいつの間にかどこかへ飛んで消えてしまう。
愛って言うのはそういうモノでしょ?
俺は手びさしで遠くを眺めた。
進行方向の水平線に、うっすらと煙がかったような場所が有る。
多分、陸地。そこそこ大きな島だと思う。
もう一つ、右舷、つまり南の方から同じ方角へと向かう船が居た。
まだマスト上部しか見えないが、このリヴェンジ号の僚船かもしれない。
マストの天辺から漸く見える程度なので、見張り台からはまだ見えない。
見張り連中の仕事を奪ってもナンなので、黙っている事にする。
――――
やがて、見張りによる陸地初認と、右舷の船を発見したという報告がなされた。
しかし、甲板からそれらがはっきりと確認できるようになるまでは、まだ暫くの時間を要した。
俺はその間も、マストの上に居た。
こうやって上から甲板を眺めていると、仕事をしている人たちの動きがよく見える。
あの怪魚人たちは良く働いている。
人間の水夫・水兵よりは柔軟さに欠けるが、やはり訓練が行き届いているのか、それとも初めからプログラムされているのか、操船に関しては、ほぼ問題が無いと見える。
もしあんなのが兵隊やっていたら、相手はきついだろうな。
しかし一体どうやって作っているんだか。
陸地で活動する魔法生物は、あの首の上に動物が乗っかっているんじゃないだろうな?
小さいカバとかワニとか乗っていたら、それはそれでウケるんだけれど。
副官が航海士の助手に何かを命じ、助手が船尾へと走った。
スルスル、と信号旗が上がる。
南の僚船へ向けての信号だ。
元の世界にもこういう信号がある。
それぞれ一枚で意味のある旗であったり、一枚で一字を表したりもできる。
この世界にもそれに近い……どうも、元の世界の船乗りがこっちの世界に伝えたモノらしいが、それがある。
海洋ギルドが影響を及ぼしている海域では――――つまり、内海と内海に連なる船に関しては、基本的に共通の旗を使う。
それは、俺にも読める。
全部記憶するように、ロジャースに叩き込まれたのはいい思い出だ。
更に各国海軍の使用するそれぞれの旗もあるのだが、それに関してはここでは触れない。
ダニエルが上げた旗は、
「予定通りにせよ」
とある。
つまり、このまま進んで前方の島で会おう、と言う意味だ。
向こうの船も、信号旗を上げた。
「了解」
である。
島まで2キロメートル程の位置まで進んだ。
その島の全容は、どこか富士山にも似たなだらかな円錐状で、もしかしたら古い火山島なのかもしれなかった。
周囲は浸食されていて切り立った崖になっているが、その他は鬱蒼とした低木の茂みに覆われ、誰かが住んでいるようには見えない。
暗礁や浅瀬のありかを、俺が監視した方が良いかな?
という考えが頭をよぎるが、余計な事だと思い直した。
ここで待ち合わせる以上、ダニエルらはここの海域を熟知してるんだ。
……にしちゃあ、島の上で飛んでいる鳥、デカくね?
いや、そもそも鳥なのか?
外海だけに、なんか変なのが住んでいるのかな。
大丈夫か?
不安は、しかし全く別な形で的中した。
「飛べるという設定」だから飛べる。⊂二二二( ^ω^)二⊃ ブーン




