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2-D100-03 愛の神3 外海

怪魚人に囲まれてガレオンへ乗り込んだマリヴェラ。

ガレオンの名はリヴェンジ号。

魔獣などを狩っているのだそうだ。

マリヴェラはそのままリヴェンジ号に揺られて行くことにするのだが。


 リヴェンジ号のキャビンは広々としていた。

 狭いスパロー号のそれとは全く比較にならない。

 真ん中には大きな長机が置いてあり、幾つもの椅子も並んでいる。

 ちょっとしたパーティーだって開けそうだ。


 壁には様々な魔獣の首のはく製が飾ってあった。

 キメラや海竜。

 眼孔には目玉を模したガラス玉がはめ込まれ、周囲を睨め回している。

 余り良い趣味ではない。


 ただ、汚れてはいない。

 とても清潔だ。床はきちんと磨いてあるし、埃一つ落ちていない。


 俺が促されて椅子に座ると、キャビンの隅にあるカウンターから、中学生くらいの男の子が、お盆にマグカップを乗せてきた。


「失礼いたします」


「有難うございます」


 目の前の机に置かれたマグカップからは、ラム酒の臭いが漂った。

 その子はスパロー号に乗っていた士官候補生などの身分ではなく、単なるボーイ、若しくは雑務係なのだろう。

 未だ素っ裸の俺の胸を横目で見ながら、顔を赤らめている。

 ダニエルはそんな様子をニヤニヤしながら眺めていた。


「すまねえが、ここにはアンタに合う服が無くてなあ。

 おい、ジム。どっからか、シーツを持ってこい!」


 ジムと呼ばれた子は気をつけをし「はい! 船長!」と叫んだ。


 しかし俺は押しとどめた。


「ああ、大丈夫です。お気遣いなく」


 ダニエルもジムも初めは怪訝な表情をしたが、やがてダニエルは険しく、ジムは驚きの表情を見せた。

 俺がいつの間にか衣服を纏っていたからだ。


 いや、纏っていると言うのは正確ではない。

 「服を纏っているように見える体に変化した」のだ。

 これも神族の変身能力の一端だ。


 わっはっは。


 現世で暇な時に考え出した新技の一つなんだよね。

 すげーだろ。

 これでも実はすっぽんぽんなんだから、ちょっとだけ恥ずかしいのは内緒だ。


 なぜ無人島でこれをせずに裸のままで居たのかと言うと、彼らに警戒されたくなかったからだ。

 だって、警戒されると、ガレオンに乗れないじゃないか。

 無理やり言う事を聞かすってのは性に合わないのだよ。


 今日のお召し物は、白のTシャツに膝上までの茶色のカーゴパンツ。

 ごく地味ってやつだ。

 あまり目立ちたくないし。

 それに、変身能力は想像力と記憶力次第なので、現状凝った意匠や構造の服は無理なんだよな。


 ダニエルは肩をすくめてラム酒を喉に流し込んだ。

 ジムがぼおっとしているのを見て、


「サッサと持ち場に戻らんか!」


 と命じた。



――――――



 その後ダニエルは、現在位置と、自分たちの仕事の内容を教えてくれた。

 ここはやはり外海だった。


 彼らはそんな場所で、数隻の仲間と共に「魔獣」狩りを生業としているのだそうな。

 クライアントに依頼されて特定の魔獣を狩ることもあるし、たまたま狩った魔獣を売り込みに行くこともある。


「へえ。結構儲かるんじゃないですか?」


 ダニエルが軽く首を振った。


「いや、この船の維持にも金がかかるからな……。

 船ってのは、女と同じで、どうにも金を食っちまう」


「ああ、そうですね。分かります」


 帆船を女性に例える、有名な八か条のジョークが存在する。

 その一条に「男性を破滅させるのは、入手の費用ではなく、維持費である」などと言う一文が有る。


 俺も自分のロンドール海軍の維持費には頭を痛めたモノだった。

 自分自身で製材から船大工の作業までしてやりくりしたのを思い出す。

 それだと職人が育たないので、余り良い事では無かったけれど……無い物は無いのだ。


「でも、船は好きなのではないですか?」


「ん? ああ、そうだな」


 と、ダニエルがパイプのタバコの葉を詰め替え、火をつけた。


「好き、と言えばそうだが、ここはワシの家だからな」


 と、煙を吸い込み、旨そうに「ふう」と吐いた。


 ガクッと船が揺れた。

 何処からか、錨を上げる為にキャプスタン(巻き上げ機)を動かしている音、それを御する為の太鼓の音が聞こえている。

 錨が上がる。

 もうすぐ帆が揚がり、環礁を抜け出し、外洋へと奔り出すのだ。


 ただ、この環礁から抜け出る為の水道は、細くて危険なはずである。

 ダニエル自ら指揮を執っても良いようなモノなのだが、彼はパイプ片手に全く動じてもいない。

 部下の腕を信頼しているのだろう。

 その部下たちの怒鳴り声と、それに応える怪魚人たちの「ぎょ!」という声がした。


「ダニエルさん」


「何だね?」


「あのキミワルイ怪魚人はナンですか?」


「はっはっは。あれかね? あんたは何だと思うね?」


「さあ。何処かのアホが作った魔法生物ですか?」


 途端にダニエルの顔から笑みが消えた。

 首を傾げ、俺の顔を覗き込んだ。


「あんた、ナカムラと言ったか? 本当か? 一体何者だ?」

 

 俺はニンマリと笑みを返した。

 どうするか。

 黙ったままでもいいし、正直に答えてもいい。

 どっちの方が面白そうか?

 俺は心の中のサイコロを転がした。


「俺の名はナカムラで間違いないですよ? で、どうなのです。魔法生物なのですか?」


 ダニエルが舌打ちをして俺を睨む。


「左様な。マグヘイレン共和国の魔道軍が作り出したのだがね」


「マグヘイレンかあ。確か天使族の国ですね?」


「良く知っているな……。ああ、あそこはもう、ナルコー大陸では敵無しだね」


「そうなんですか」


 確かに、マグヘイレンは3年ほど前に隣国のガルナタを滅ぼした。

 ガルナタは夢魔の国だ。

 同時に、マグヘイレンの南にあるシルヴェスと言う国が、クローリスの実家であるクローリスクインタルを滅亡させている。


 天使族もヴァンパイア族も、人口が少ない。

 それぞれ個体は強力な力を持つものの、勢力は均衡していた。

 所が、暫く前からマグヘイレンは、様々な魔法生物を作り出し、周囲の国々を圧倒し始めたのだ。

 俺はクローリスにそう聞いていた。

 だから驚きは無いのだが。


 その時はさらっと聞き流していたんだけれど、魔法生物って、死なないのかしら?

 初期投資さえすれば、餌を与えるだけで給料が要らないって、すげえコスパ良いよな?


 欲しいなあ!

 怪魚人は勘弁だけど!

 ちょっとばかし生臭いし……。


 少しリヴェンジ号の揺れが大きくなった。

 環礁を脱して外海に出たのであろう。

 外海には大陸が無い。

 遮るものは無く、一面海ばかりで吹き曝しである。

 その為に、内海よりも遥かに風が強く、波もうねりも比べ物にならない。

 環礁の内側は、外海に於いて数少ない波が穏やかな場所なのだ。


 どすん!


 舳先が大波を切り裂いた。

 キャビンの後方に並んでいるガラス窓に、飛沫が飛びかかった。


 揺れる揺れる。


 ただ、このガレオンは大きい。

 だから、揺れはスパロー号ほどではない。

 例によって「知る」でガレオンの構造を調べさせてもらったのだが、キールも深く、何より20基近い大砲をバランスよく積んでいたのだ。


 だから安定している。

 

 大砲や、武器庫に積んでいる小銃の類については、後でダニエルなり誰かに「丁重に」質問してみないといけない。

 何故なら、この世界には、鉄や火薬がとても高価で、大砲はおろか火器一般は出回っていないという設定が有るからだ。

 オマケに魔法の方がお手軽で強力と来ている。

 勿論利点は有るのだ。

 強力な魔法や優れた魔法道具を使うなら、熟練の魔導師の存在が必要だ。

 しかし大砲なら、訓練さえすれば一般人でも扱える。


 少なくとも2年前は、大砲や小銃を作る技術や財力、資源力のすべてを持っていたのはフォルカーサ帝国だけであった。


 即ち、ロンドール侯爵領ひいては宗主国であるホーブロ王国の潜在的な敵国、である。


 帝国の旗も紋章のついている物も「知る」では船内に一つも見つからなかったが、ダニエルらはその後ろ盾を得ているのではないか?

 彼の言う「人間の居る場所」が帝国である可能性は、非常に高いのであった。

 

 ま、拾ってもらった恩は有るといえば有るので、手荒な事はしたくないけれどね。


 ダニエルがラム酒をキュッと飲み干した。


「さて、ワシは仕事が有るからね。あんたはどうするね?」


 俺は肩をすくめた。


「まだ暫くご一緒させてもらいますよ。食事の用意は不要ですからお気遣いなく」


 実際に、高位神族である俺は基本的に食事が不要だ。

 生きるだけであれば、火か水か金属が有ればそれだけでもう足りる。

 食費がかからないし、とってもエコなのだ。

 だからと言って宇宙空間に放り出されたら困るのではあるが。


 ダニエルも肩をすくめた。


「そりゃあ助かりますな」


「歓迎会もいりません」


「重ね重ね有難いですな」


 ダニエルが立ち上がった。

 もうこれ以上は余り会話したくない感じだ。


「しかしあんた、別にこの船に乗らなくても良かったのではないかね?」


「まあ、そうです」


 俺は笑った。


「でも船が好きなんですよ。このガレオン、すっごいかっこいいじゃないですか」


「ああ、そうですか。かっこいいですか。それはいいですな」


 皺を寄せていた眉間を開き、ダニエルも笑った。



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