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1-D100-07 マリヴェラ弁解中


 その後、一時間ほど眠ったあと、給仕のイエロに軽食とコーヒーを貰い、俺は引き続き客室で過ごした。


 同室となったのはクーコだ。

 彼女も、治療を受けた後は疲れて寝ていたが、起きる頃にはもう見た目は回復しているようだった。


 おまけに、猫耳も尻尾も消えて、パッと見普通の小柄な女の子になっていた。

 服は初めの俺と同じで水兵服をもらって着ている。

 白いショートヘアで、瞳だけは猫目のままだ。


「あの時のは、バトルモードだったのよ」


 だそうだ。


「ねえ、お化粧道具持ってる?全部置いてきちゃったのよね」


「いえ、私も朝方こっちに来たばかりですので……」


「嘘でしょ?あの時の『ヒール』とか、その『憑依』とか、何時覚えたの?」


「『ヒール』は夕方?『憑依』はなんとなく?」


「呆れた……。ま、いいわ。お陰で助かったもの」


 クーコは自分で給仕室に行き、俺と同じく軽食とコーヒーを貰ってきた。

 そして彼女はチェストに座り、俺は下の寝台に坐って、四方山(よもやま)話をした。


 出身はどちらも東京で、クーコは二年前にこちらの世界にやってきたのだそうな。

 転生直後に拉致されて売られたりした後、ユキの知人に助けられ、その縁でユキの住むミツチヒメの(やしろ)で働く事になったらしい。


 あっけらかんと言っているが、相当苦労してきたらしい。


 会話を始めて早々に、俺の中の人が男だと知れて、ちょっと変な空気になりかけたけど、そこは何とか乗り切れた。


 少し経ち、夜が明けつつある中、ユウカが眠りから覚めたとの事で、クーコは彼の状態を見にキャビンに向かった。


「マリさんは、ユキ様の治療に専念してください」


 と言う訳で、俺は魔法の教科書を読みつつ、大人しくしていた。

 波と波が船体に当たる音が騒々しい中、雨の音が時折バラバラと聞こえる。


 明るくなってきた窓の外をのぞこうかと、俺が寝台から出て立ち上がった時、異変が生じた。


 突然、後ろから突き飛ばされ、俺は顔から側壁に突っ込んだ。

 「冥化」なんて間に合わない。

 

 ゴン。

 

 痛い。


 特に鼻が痛い。


 鼻を押さえ後ろを振り返ると、ユキがいた。


 ユキは戦慄(わなな)きながらその場にへたり込んだ。


「……えーん、中年オヤジに裸にされて体中まさぐられて心臓まで弄ばれて、下の処理までされたなんて、もうお嫁にいけない……」


 ……言ってくれる。

 この娘が「言霊」「どくしん」の使い手だったのは憑依直後の時点で分かっていた。

 レベルも低くは無い。

 何故このような言霊を身につけたかも何となく把握している。

 万一彼女が覚醒したとしても抵抗できるように気をつけていたのだけれど……。


 下の処理とか、彼女はもちろん知らないはず。

 だから俺の心を読んだ以外に無い。


 何時心を読まれた?

 裸の観察……いや、診察をした時には確実に意識は無かったのだ。


 いや、まて、もしかして、ちょっと寝た隙に記憶を?

 油断した。

 というか、睡眠中はやはり色々駄目だ。

 

 くそ。

 思わず毒づいた。


「お嫁にいけないって、そりゃ『どくしん(独身)』なんて言霊……」


 ガン。


 殴られた。


 グーで。


 中々闊達(かったつ)なお嬢様ではある。


 命の恩人に何するんだと、小言を言ってやろうと屈んだ。

 するとユキががばっと俺に抱きついて、耳元でささやいた。


「お助けいただいて有難うございます。マリヴェラ様。このご恩は必ず」


 体を離すと、ユキはクスクス笑った。

 やれやれ。

 なんだよこのペースは。


 結局ユキは立ち上がれず、俺が抱えて寝台に座らせた。

 さっきは笑ったものの、顔色が真っ青だ。

 息も上がってきつそうだ。

 ユキが顔を伏せて身体を震わし始めた。


「大丈夫?」


 俺がユキの肩に手をやろうとすると、彼女は身を()じらせた。


「おえっ」


 ……ああ、船酔いか。


 初台詞から数分でゲロ吐く美少女も中々居ない。

 待て? ユキは今二十歳だ。

 となると、少女と言うには少々塔が立っているな。

 訂正。

 初台詞から数分でゲロ吐く美女も中々居ない。


 OK!


 ともあれ、俺は彼女の吐瀉物を冥化させて、艦の外へ捨てた。


 教科書に載っていた「スタビライズ」という魔法をかけてやると、船酔いは少し落ち着いたようだ。

 どうも八島がイタバシに掛けてもらったのはこの魔法と思われる。


「う、うええええん」


 ユキがぱたりと寝台に倒れ、今度は本当に泣き始めた。

 色々自分ではどうにもできない事が重なったからだろう。

 俺にも何もできない。唯そばに居てやるだけだ。

 故郷を攻撃されて追われて死にかけた上に、家族の安否が不明なのだ。

 無理もない。


 少し経ち、一(しき)り泣いて、落ち着いたらしい。

 ユキはむくりと起き上がって寝台の奥に座り、壁に背を持たれかけた。

 乱れた髪の毛が血の気の無い唇にかかっていたのを、彼女は手で払った。


「ねえマリさん」


「何ですか?」


「そこのコーヒー下さい」


「はいはい」


 と、飲みかけのコーヒーを渡した。

 飲みかけと言っても、彼女自身の身体が飲んでいたのだから問題は無い。

 しかし、いきなり人を使うとは流石お姫様。

 いいタマしている。


 ユキはマグカップを受け取り、一口飲んだ。

 そしてじっとコーヒーの表面を見つめた。


「ねえマリさん。ちょっと聞いていいかしら?」


「どうぞ?」


 ふと、ユキの瞳が俺の目を捉えた。どこか、嘘など許さない雰囲気だ。


「私のどこまで知ったの?」


「どこまで?」


「姫様に聞いた事が有るの。神族が依り代に憑依すると言う事は、依り代の全てを手に入れることだって。身体も、記憶も、魂も」


「ああ、それね」


 その問いはつまり、「どくしん」でも相手の心を全て読める訳では無いって事だ。

 俺はなんとなく、目を逸らした。


「手に入れる、ではなくて、手に入れることが出来るってやつですよ。

 今の俺……失礼、私は神族ではありますけど、先日まで人間ですからね。

 他人の全てを受け入れて、なお自分を保てるような大した存在ではないですから。実際、そういう……」


 危うく、「シナリオ」と言いかけてやめた。


「記憶や、果ては存在自体が混ざってしまったりした例があったと聞いていますから。

 今回は単にユキさんが死なないようにする為の緊急避難ですので」


「でも、言霊の事は知っていたでしょ」


「まあ……でもホント身の回りの事だけですよ。

 憑依直後に見えてしまっただけです。

 他人の記憶を覗いて喜ぶ趣味はありませんので」


 結局、どこか言い訳じみてしまった。


 ユキの表情がゆがんだ。


「御免なさいね。私、他人の心を読むのが癖になってて……」


 ……あ、しまった。


 ユキが畳みかけるように言った。

 その目にみるみる涙が溜まる。


「子供の頃から一族にもケモノとか悪魔の子とか言われていて……。

 誰も信用できなかったし……」


「ユキさん……」


 涙が落ちた。

 見る見るうちに巫女服にシミを作った。


「そして家出して冒険者を気取った挙句、王位継承権を剥奪されて。私なんか、あのまま死んでしまえば良かったのに」


 声は小さいが、最後は殆ど叫びに近かった。


 死んでしまえば良かった。

 憑依した直後、その感情は何となく俺も彼女から感じていた。

 死にたくないという感情と、やっと死ねる、そんなホッとした感情だ。


 俺はユキに手を伸ばした。

 彼女は身を引いて避けた。

 更に手を伸ばし、腕を掴もうとした。

 俺の腕は一度は払われたが、俺は強引にユキの腕をつかみ、引き寄せてぎゅっと抱きしめた。


「何するの?やめて」


「それは呪いですよ」


「何言っているの?離して」


「呪いって何だか知ってます?それは言葉です」


「どうでも……」


「いや、どうでも良くない。いいですか?

 他人に言われた言葉が君を縛る。

 自分自身に向けた言葉が君を縛る。

 それを繰り返していると、君の中で意味を持ってしまう。

 それが呪いの正体です。

 私の居た世界じゃ魔法も何もないけれど、

 大勢の人が言葉に縛られて、自らの可能性を狭めているんです」


 ユキが離れようとする動きをやめた。


「自分はケモノであるとか、どうせ除け者であるとか、

 それはただの言葉でしかない。気づいてください。

 ここに居るカンナギユキはカンナギユキでしかないのです。

 それ以上でもそれ以下でもありません。

 他人の評価? 一族からの嫌悪? それが何だと言うのです?」


 これは小説家としての俺の追及するテーマでもあった。

 人間は言葉により進化した。

 社会を規定し知識と経験を後代に伝えた。


 しかし言葉には色んな副作用もある。

 個人に関して言えば、正に「どうせ~だから自分は」と自らに枷を嵌めてしまう事がその一つだ。


 それは繰り返すことにより強化されてゆく。

 他人にそう言ったり言われたりする事も、思い込みの強化につながる。


 魔法やオカルトの呪いよりも、身近で確実な呪いなのだ。

 いや、魔法やオカルトだって、これを利用する場合がある。


 ちなみに、逆の効果を持つ言葉の使い方もある。祝いだ。

 ただ、この世界は「本物の」魔法や呪い、言霊なんてものがあり、言葉は具体的な力を持つのだと言える。

 それはそれで、危険な事ではある。


 ユキは少し体を離し、まじまじと俺の顔を見た。


「ふうん。流石小説家さんね」


 小説家。

 先日までの俺の仕事。

 と言っても唯の駄文売りであって、それだけでは食えなかったのだからちょっと気恥ずかしい。


「いやまあ、年の功ってやつですよ」


 と、ユキの身体を解放した。

 ここで初めて、ユキの甘い体臭がふわりと漂い、俺の鼻腔を満たした。

 心臓が有ったらドキンとなっていた所だ。


「ていうか、お互い自己紹介がまだですよね?」


「今更いるかしら?」


「そうですね。もう他人の関係じゃないですもんね」


「そんな言い方やめて。もう。本当にオジサンね」


 と、ユキが笑って俺の背中を叩いた。


「呼び方はマリさんでいいのかしら?」


「まあね。情報収集系の魔法で私を見ると、

 『マリヴェラ』って名前でしょうし。

 何より、このいで立ちで『中村賢』はないでしょう?」


「ええ。確かにとっても可愛いわ。しゃべらなければ、きっとモテると思うな。男の人に」


「やめてください。そもそも、まだ自分の顔を鏡で見た事ないですし」


「あらそう?」


 と、ユキは何事か呟いて左の掌を上に向けた。

 小さな魔方陣が銀色に輝き、丸い二十センチ位の鏡が宙に浮かんだ。


「ほら。見て」


 と鏡をこちらに向けた。


 そこに映っていたのは、言うまでもなく俺だった。


 少し面長で鼻筋の通った美人系のユキとは違い、一言で言うと可愛い感じだ。

 ただ少しだけ、小悪魔っぽいのは気のせいだろうか。


 それより何より、本当に目が金色に光っている。

 猫の様に光を反射しているのではなく、蛍の様に光を発しているのだ。

 思わず鏡に見入っていると、ユキが茶化した。


「ね? モテそうでしょ? 胸も結構ありそうだし。いいわねえ」


 胸?


 俺は自分の胸とユキの胸に交互に視線を送り、キリっと顔を改めて言った。


「とんでもない! 私は貧乳の方が大好きです!」


「ひん……」


 即座にグーでぶん殴られたのは言うまでもなかった。


読んでいただきありがとうございます。

評価もしていただけると嬉しいです。

低評価でも泣きません。

2019/9/3 段落など調整。

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