1-D100-73 マリヴェラ冷却中
イルトゥリルの街の真ん中には広場がある。
広場の真ん中には大きく枝を張った木があり、沢山のセミがたかって合唱をしている。
木の周りには、ぐるりと屋根付きのベンチが幾つも設置されており、自宅にクーラー型魔法道具を持たない者達の、恰好の憩いの場となっていた。
そのベンチの一つに、俺は座っている。
横に居るのはユキである。
今日は珍しく、二人ともお揃いの白いワンピースと麦わら帽子。
そんな俺たち二人の手に有るのは、アイスクリーム。
ユキにせがまれて作った物だ。
彼女には時折、俺がいた「向こうの世界」の話をしている。
その中で出て来た甘い氷菓の話題に、俺に齧りつかんばかりに興味を示したのだった。
当然、俺が作った。
属性効果で気化熱を使えれば、製法自体は訳もない。
ここまでアイスを運んだ容器は、魔法道具であった。
問題は材料で、貴重な牛乳と卵、テンサイから作った砂糖を少々。
砂糖は高いので、水あめを多めに添加。
そして、バニラ。
特にバニラは金と同じ位のお値段であった……。
しかしユキにせがまれ、何処かでその情報を聞きつけたミツチヒメにも強請られては否応も無い。
ミツチヒメは用事があるとの事で、もう少し経ってからここに来るそうだ。
そんなこんなで、クソ熱い中、俺とユキは無言でぺろぺろやっているわけだ。
食べ終わったユキが、大きなため息をついた。
「マリさんって、こんなおいしい物を毎日食べていたワケ?」
「あのう、ユキさん? そんな怒らないでくださいよ」
「別に怒ってないし……」
「毎日食べてたわけじゃないよ? カロリー高いから、食べ過ぎると確実に太るし。憶えておくといいさ。甘い物はデブの元」
「うぐ……」
食べ物の話題で正気を失ったユキを黙らすには、これに限る。
とはいえ、彼女のスタイルは一年前と変わらずスレンダーで美しい。
今では普段から服の外に出している尻尾も、ふさふさで可愛らしい。
俺の視線に気づいて、ユキが尻尾をふわりと揺らした。
「何処見ているんですか? スケベ」
「えっ? 元々そうだよ? それに女の子大好きなのは、今でも変わらないよ?」
俺は、ユキの耳元に口を寄せた。
「特にお前はサイコーだよな」
「は?」
ユキの首筋から上がみるみる赤くなった。
俺はクスクス笑う。
ユキは何やらモゴモゴと何かを言いかけていたが、急に立ち上がって広場の向こうを指さした。
「あ! ネルソンさん達が帰って来た!」
見ると、ネルソン率いる水兵やイルトゥリルの警備隊らが、十人以上の男らを縄で数珠つなぎにして行進してきた。
ネルソンは俺たちの姿に気付くと、隊から離れてやって来た。
「マリヴェラ様、ユキ様、只今戻りました!」
と、敬礼した。
今の彼はスパロー号の副長だ。
スパロー号は、こことソレイェレを結ぶ航路に出没する海賊を討伐するために出撃していたのだ。
俺は立ち上がって麦わら帽を脇に挟み、答礼した。
「ご苦労さん……怪我人はいましたか?」
「いえ、軽傷者のみです。敵の船はスループ二隻で、一隻を沈め、一隻を拿捕しました。こいつらは、拿捕した船の海賊共です」
俺は足を止めている海賊たちを見た。
みすぼらしく、痩せている。
彼らは何を見るでもなく、俺たちを見ていた。
その目はうつろで、憎しみも何も無い。
「分かりました。スパロー号の仕事っぷり、流石ですね」
「いえ、まだまだです」
俺とネルソンは、握手をした。
ネルソンは俺の手を握ったまま、自分が今来た広場の入り口に顔を向けた。
「そういえば、その場に居合わせた巡礼船に、顔なじみが居りました。
我々の後をついてきておりましたので、そろそろ……ほら」
「お?」
入り口には……。
凸と凹。
ギガント族のアレハンドロと、副官の白井がいた。
ポントスではフロインの部下であり、一時期だが俺の師匠をしてくれた二人だ。
二人手をつないで仲良く……。
俺は思わず目を見開いてネルソンの顔を見た。
スパロー号の副官は、大げさに肩をすくめた。
「あの二人、ここに来るのにスパロー号に移乗させたのですが、それはもう……」
「それはもうって……」
絶句した。
特に白井はあんなにあのハゲ親父を嫌がってたじゃないか……。
ユキはユキで、目をキラキラさせて、
「あらあらー」
等と言っている。
その二人がこちらに気付いた。
白井が俺たちに手を振っている。
彼女の姿に違和感を覚えて、俺はネルソンに小声で訊く。
「ねえ。もしかして白井さんって」
「ええ。身籠っております」
「マジ? もしかして?」
「ええ、マジです。もしかします」
「ひええ……」
ネルソンが急に気をつけをした。
「では、私はこれで」
と、敬礼をして去っていった。
海賊達はこれから、警備隊の施設にある牢屋に入れられるのだ。
普通、海賊行為は死刑まである。
それまでには長い取り調べがあり、そして……。
アレハンドロの巨躯が大きな日陰を作った。
俺は笑顔を見せて手を差し出した。
「アレハンドロ先生、白井先生、お久しぶりです」
大きな手が、俺の小さな手を包んだ。
「おお、金目殿も金目卿になってしまったな」
「なんですか。やっぱり金目なんですか」
「致し方なかろう? ユキ様もお元気そうで何より」
「ええ、アレハンドロさんも、白井さんも……」
白井は照れくさいのか、はにかんで会釈をしただけで、アレハンドロの影にいる。
笑顔のユキが、白井に近づいて手を引っ張った。
二人は握手ではなく、ハグを交わした。
「白井さん。おめでとうございます」
「ユキ様、有難うございます」
白井は消え入りそうな声である。
そして白井はアレハンドロを見上げ、二人の視線が絡まった。
やれやれ。
愛だな~w
白井はツンデレだったのかしらね?
「アレハンドロ先生。フロインさんにお会いになりますか?」
「おお。正に、社長に会いに来たのだ。しかし、家内の身の事もあるので、先に宿を決めておきたいのだがな」
クスクス。
内心笑ってしまう。「家内」ねえ。
「丁度、この広場に面して立っている宿がここの一番の宿です。……ほら、あそこ。俺が案内しましょうか?」
アレハンドロが慌てて手を振った。
「いやいや。それは流石に辞退させていただこう。私的な訪問だしな」
「ふうん。でも、フロインさんに会ったら、ここに住めって言われますよ?」
「ふーむ。そうかもしれんが……」
「人手がないんですよ。お二人が加わってくれれば、俺としても非常に助かります」
「そうなのか。まあ、その件については社長とも話してみよう」
「ええ。是非よろしくお願いします」
と、二人は宿へ向かった。
フロインのいる役所と、居酒屋マリ侯の場所は教えておいた。
きっと、夕食時になったら三人……じゃない、四人で来るだろう。
再び俺とユキはベンチに座った。
ユキが独り言のように呟いた。
「子供かあ。いいなあ」
「まあ、白井さんに似ていて欲しいけどね」
ユキはプッと噴き出し、俺の肩を軽く叩いた。
「そういう事、言っちゃダメ」
「あっはっはー」
「……」
「……」
「ねえマリさん」
「何だい?」
「アイスクリーム、もうないの?」
「あとは姫様の分だけだよ」
「うう……」
ユキは暑いのか、麦わら帽を手に取り、パタパタと胸元をあおいだ。
「……」
「……」
「ねえ、マリさん」
「何だい?」
「ユウカの事だけど」
「うん」
「付き合っているのは、オレサマさんだけ?」
「ん、ああ。そうだよ」
ユウカとオレサマは、あの時以来、何度か逢瀬を重ねていた。
それが二人の選択だった。
時間が限られているので、毎回慌ただしい事ではある。
「俺自身は、ノータッチだよ。オレサマは結局俺の相棒であって、俺じゃない」
「そう。私、気になっちゃって」
「まあ、姉としてはしょうがないよな。わかるわかる。でも、俺ももう二人が何話しているってのさえ知らないし」
「そうなんだ」
「うん。二人の時間には触れてないよ。寝てる」
「ふうん」
と、ユキが顔を傾けて俺の顔を覗き込んだ。
背筋がチリッとした。
きっと、「どくしん」の「言霊」を使ったのだろう。
抵抗はしているのだが、どうもたまに失敗している気がする。
今回もそうだ。
「ねえ、マリさん」
「何だい?」
「……」
「……」
「他に方法は無いの?」
「無いね」
「本当に?」
「ああ」
『方法』とは、数日後に迫った小惑星落下への対策の事だ。
それは、まだ誰にも話していない。
一か八かの賭けだった。
小惑星を「冥化」させ、この星の深部まで運ぶのだ。
そこに至るまでに熱に耐え切り、かつ地上に帰還できれば俺の勝ち。完全成功。
帰還できなくても、小惑星を深部……少なくとも地下百数十キロ以上まで運べた時点で成功。
恐らく、そのついでに熱に弱いグレイグーも一掃できる。
この星を滅ぼしかねない災厄を二つ纏めて処理できる、一石二鳥の策であった。
大体、このイベントもきっと俺のせいなんだから、俺がケツを拭くべきなのだ。
だから、この星を守れるのなら、後はどうでもいい。
小惑星や地下の熱になんか、耐えられる可能性が無いと分かっていても。
ユキには何が見えているのだろうか。
彼女の双眸から、ポロポロっと涙が落ちた。
「それ、戻ってこれるの?」
「……何とかなるさ」
「本当に?」
「多分ね。大体、俺が戻らなくてもやっていけるでしょ?」
「そんなこと、有る訳ないじゃない!」
立ち上がったユキが叫び、両手で俺の肩を掴んで揺さぶった。
「あなたはもう私たちの家族よ? どうして簡単にそんなこと言えるのよ!」
「……」
「前に私に言ってくれたでしょ。『言葉はお前を縛る呪いにもなる』って。
自分をそんなに軽く言わないで! あなたは私にもユウカにも大事な人なの!
だから必ず……」
言葉は嗚咽に紛れて消えた。
……ああ。
なんて愛らしいケモノなんだろう。
俺は自分の麦わら帽子を脱いでベンチに置いた。
両手をユキの顔にそっと添え、引き寄せた。
唇と唇を重ねた。
向こうの方で、ミツチヒメが物陰に隠れて見ているが、知ったこっちゃない。
軽いキスをしてその目を見つめ、もう一度キスをする。
ユキの涙が混じり、塩気を感じた。
ゆっくりと、唇を放した。
「……俺は必ず戻る。例え死んでも戻る。手は打っているから。約束する」
ユキは泣きながら頷いた。
俺は立ち上がって、ユキを抱きしめた。
彼女の身体がとても熱く感じる。
俺の体温が低すぎるせいだ。
お互いの体温は交換され、混じり合った。
……そうだよな。
俺は絶対にこいつらを守って見せる。
この世界が只の夢であっても、そうで無くとも。




