1-D100-72 マリヴェラ四六時中
日常に戻った。
後日、海を渡って来た新聞にはこんな記事があった。
アグイラ発行の新聞である。
フォルカーサでポントス武装運輸株式会社の臨時株主総会が開かれ、主要株主である帝国による提案で、フロインら現経営陣の解任が決定したと言う。
理由は、「不行跡」とだけしか指摘されなかったらしい。
解任理由がある程度抑えられた表現だった事に、俺たちは安堵した。
フロインは、忠実とは言えないモノの、帝国の利益をないがしろにしていたわけではないのだ。
もしかしたら、帝国側でも後ろめたく思っているのかもしれない。
俺たちは考えた。
これを利用して、情報を流そう。
フロインは、今回の決定には残念に思っている。
しかし皇帝陛下の決定に逆らうつもりは毛頭も無い。
当面、表舞台での活動は自粛することにする。
その間は、友人のロンドール建設を手伝う事とする。
今はただ、社員たちが罰せられないように願っている。
云々。
こういう話をそれこそ毎週のように、各地の新聞に書いてもらうのだ。
マスコミを通じての世論・印象誘導である。
なるべくフロインが腰を低くしているかのように。
そして、如何にも小さな仕事をしているかのように。
フロインの中の人は、未だ怒り心頭ではあるのだが。
もちろんお金は使う。
帝国がウチに兵を向けるという可能性を減らせるのであれば、それでいい。
――――――――――――
イヌイがイルトゥリルにやって来た。
俺に伝えたい事があるという。
グリーン立会いの下、彼と面談した。
俺は二人にお茶を勧め、いきなり訊いた。
「で、イヌイさん。いつ頃なんですか?」
相変わらず渋い趣味のスーツを着たイヌイが面食らって、横に座っているグリーンの顔色を窺った。
グリーンは微かに眉を動かし、イヌイに手で促した。
「ええと、ですね。マリヴェラ卿は私がなぜ来たのか、ご存知なのですか?」
「そりゃ、まあ。この間『メテオストライク』って魔法を使ったクソ爺ィが居たモノですから」
「魔法、ですか」
「ええ、魔法、です」
イヌイはやり難そうに頭を掻いた。
そして、携えてきたカバンから、何枚かの書類を取り出し、机に並べた。
「ご覧ください。これが、この星と衝突が危惧されている小惑星です」
見ると、この星の軌道が太陽を中心に丸く描かれている。
すぐ横には月があり、遠くには火星があった。
そしてこの星の軌道を斜めに横切る線がある。
線は、ごく最近、不自然な角度で針路を変えたように見える。
もちろんと言っては何だが、その先にはこの星の軌道がある。
「元々は、この星との衝突の確率はほぼ無かった小惑星なのです。
所がご覧の通り、最近、急に角度を変えてこちらに向かっているのです」
俺はため息をついてその星図を眺めた。
余白の部分には、衝突の可能性、90%。
落着予想日時、八月二十三日前後、とある。
ああ……丁度、昨年俺がこの世界に出現した日だな。
もう一年近くになるんだな。
「イヌイさん、この数字は小惑星の大きさですか?」
俺が指さした所には、いくつかの書き込みがある。
「ええ。おおよそですが、直径二千メートルほどかと思われます」
「どこに落ちるかはどうです?」
イヌイが首を傾げた。
「いや、そこまでは流石に直前にならないと分かりません」
ま、そりゃそうだ。
人工衛星の落下だって「何時から何時、どこからどこに何%」とか、確率でしか示せないもんな。
でも、きっとここだ。
確信があった。
ここ以外にあり得ない。
何故なら、ここには運命神がいるからだ。
それに、あの俺が書いた黒歴史の小説。
「マリヴェラ」って名前のキャラが出てくる小説なのだが、あれの最後が、コレなのだ。
いや……、正確には違う。
あの小説では、直径十キロメートルもの大きさの小惑星がやってきたのだった。
そしてそれを、世界中の人たちが力を合わせて何とかしたっていうラストだった。
まあ、小説だから何とかなるのであって、そんなシナリオをプレイさせたら、プレイヤーに白い目で見られるだろう。
流石に少年漫画チックすぎる。
イヌイが何かの説明をしているが、もう頭に入ってこない。
最後に頷いて、イヌイとグリーンと握手をし、別れた。
イヌイは、観測器具も一緒に持ってきていた。
ここはハローラより天気のいい日が若干多いらしいので、観測はしやすくなるのだそうだ。
早速、イルトゥリルから少し離れた山の山頂に、彼の観測所を俺自ら建設した。
報告は毎日上げてもらうようにした。
言うまでもないが、小惑星の件は公表していない。
した所でパニックを引き起こすだけで逃げる場所もないしな。
あの大きさの小惑星が海に落ちれば、百メートル以上の津波が起きる。
陸に落ちれば、燃えて飛び散った大地の破片が世界中に降り注ぎ、地上は焼き払われる。
いずれにせよ粉塵が何年にも渡って大気を覆い、日照不足と強烈な酸性雨を引き起こすだろう。
二百年前にロンドリア大陸に落ちた隕石は、今回の小惑星よりもはるかに小さかった。
前回はこの大陸の繁栄を止め、世界を不作にしただけで済んだらしいが、今回は違う。
もしかしたら生物の大絶滅すら引き起こしかねない。
ただ、直径一万メートルならともかく、直径二千メートルの小惑星なら、何とかできる。
俺ならば、何とかできる方法がある。
だから焦りも無い。
しかし、俺としては出来ればそれはしたくない。
他にいい方法が無いか、考え通しである。
――――――――――――
と言う訳で中々集中できない中、俺は毎日毎日、ひっきりなしに患者を診ている。
俺の治療能力を目当てにやってくる患者たちは、「イルトゥリル巡礼団」などと言われているらしい。
助手はユキとカミラである。
ボランティアとは言えど、寸志は頂いているので、収入的には馬鹿にならない。
それに街に落ちる飲食・宿泊費も重要だ。
イルトゥリルの向かいの岸に、温泉が出たりもしたので、ちょっとした療養用温泉地が出現しかけたりもしている。
おかげで、ある程度お金が回るようになっていた。
しかし、気になる事もある。
イルトゥリルとソレイェレを結ぶ航路に、海賊が出現しているという。
「巡礼団」を標的にしている可能性が高いらしい。
早速ロジャースに調査と討伐を命じた。
彼はスパロー号を筆頭に、スループ二隻を伴って出撃していった。
俺も行きたかったが、我慢した。
俺には俺の仕事がある。
その代わり、最近ロンドール領に出現した乙種や丙種を、実戦訓練がてら送り出した。
面白そうな……いや、実際面白い連中もいる。
例えば、一人は宇宙人。
ええ。まがう事なく宇宙人ですとも。
種族選択テーブルには、犬猫だけではなく、そういうフザケタ種族も載っているのですよ。
俺も自分が作ったシナリオによく登場させていたものだ。
特殊能力は、超能力を使える!
……です。
触らずにコップを動かせるとか、封筒の中にあるトランプの数字を当てられるとか、凄いよね!
……凄いよね?
で、頭でっかちで目が黒くて、全身銀色なのよね。
昔の写真に「両腕を掴まれた宇宙人」ってのがあったけれど、ホントにアレ。
彼の姿を見るたびにニヤついてしまう。
そんなのに転生した本人にとっては、かなりの災難なんだけれど。
もう一人は竜人。
竜の力を有する人型亜人。
かなり強力な能力の持ち主で、慣れてくればクローリスとも伍せるかもしれないそうなのだ。
中の人は気のいい体育会系のお兄さんだ。
そんな彼らが、短期ながら、地上での訓練と海上での訓練を経て、出撃していった。
彼らだって、乙種だから丙種だからって言っても、やはり働かなくてはいけない。
もちろん無理やりではない。
ユキとユウカに説得してもらうのだ。
別に狡くはない。
――――――――――――
ロンドール侯爵領は広い。
前述したが、日本の十倍ほどの面積がある。
ただしまだまだ、旧聖国を合わせても、全体の半分にも勢力を及ぼせていない。
それでも広い。
広いとどうなるか。
乙種や丙種が多く出現するのだ。
そして甲種も。
先日、イルトゥリルから十キロメートルというド近所に甲種の門が出現した。
報告を受け取り、俺自ら調査に出向いた。
かなりの上空に位置することから、甲種の門ではないかと言う事だ。
乙種や丙種では、門はもっと地上近くに出現するのだそうだ。
ホーブロ王都のアレだって、確かにそうだったな。
困ったもんだ、とは思ったが、焦りはしなかった。
何より俺自身の能力の把握が進んでいたし、いざとなれば社長……いやフロイン首相もミツチヒメもお夏もいる。
どうやら、さほど強い甲種ではないらしく、脈動開始まで数日だったし、実際の出現も日を待たなかった。
しかし、そんな門を上空に眺め、俺は呟いた。
「アレ、ヤバいかな?」
何故かというと、その門は真っ赤に染まっているからだ。
赤い光が、心臓のように脈動している。
俺の両脇を固めているフロインが鼻で笑った。
(女)
「ふん、火が苦手なら下がっていればいい。僕がさっさと消し飛ばしてやるさ」
そして実際に門が開き、甲種が身を現し始めると、俺はたじろいだ。
やはりそれは火の甲種。
ミミズのような姿である。
まだ半身を見せただけなのに、ここまで熱さが伝わる。
体の先端から赤い液体が垂れ、地面に落ちた。
それは灼熱のマグマのような物体だったらしく、周囲の草むらを激しく焦がし、燃やした。
ミツチヒメなどは、
「ああ、あれはわたくしには無理だな。帰るから適当に頼むぞ」
と言って本当に帰ってしまった。
おいおい。
消火作業すらやる気なしかよ。
使えねえ。
お夏は逃げずにいてくれているが、彼女も厳しい顔をしている。
第一、お夏が得意としているのは知性ある者に対する幻惑なのだ。
巨大ミミズ相手には幻惑も意味がない。
フロインだって口ではああ言っているが、風属性の第一撃が効かなかったら打つ手がないはずだ。
俺も自慢ではないが、ペロッと舐められただけでお陀仏だ。
一応、例の如く、次元断層結界をあの門の周りに張り巡らせては有るのだが。
効かなかったらどうしようか。
などと考えていると、
「なんだ貴様ら使い物にならんな」
と、魔王がペタペタと草履の音をさせながら歩いてきた。
そして俺たちが見守る中、懐手にしていた両手を伸ばし、パンっと柏手を打った。
まるで、ミツチヒメの必殺技「抱擁」のようだ。
丁度その時、門から甲種がずるりと落ちた。
甲種は地上に落ちる前にバチンと平たくつぶれ、残骸だけが地上に落ちた。
俺達は開いた口が塞がらない。
今何をやった?
魔王はニヤリと笑い、俺の腕をポンッと叩いた。
「店にツケがたまっていたからな」
と言って一人で帰って行ったのだった。




