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1-D100-71 マリヴェラ懇願中


 結局その後、俺たちは封鎖されていたオーツの港を抜け出し、逃げだすことに成功した。


 港は、フロインの部下だった者達によって封鎖されていた。

 付近では住民の往来が禁止され、ミュリエル号の連中が止まっていた宿舎も、監視下に置かれていた。

 それにも関わらず、俺やフロイン、それに宿舎に閉じ込められていた連中がミュリエル号に乗り込んだ場面は、発見されなかった。


 俺が金の雨と「冥化」を使って地下に通路を作り、ミュリエル号迄つなげたからからだ。

 全員、恙なく乗船完了だ。

 っていうか、地中に降るとか、最早金の雨じゃないよね。

 応用が利きすぎて、もう何ナンだか訳わかんないよな。


 抜錨した際に、桟橋からは幾らかの銃弾が飛んでは来たものの、フリゲートは静かなままだった。

 港を外から見張っていたタグボート数隻が反応したが、ミュリエル号の足には敵わない。


 そのままミュリエル号は、魔道装置をも駆使して、一目散に奔った。


 折よく低気圧が通過中で、俺たちはその低気圧の鼻っ面を抜けるなどと言う無謀な航路を取った。

 無謀……いや、この改造強化されたミュリエル号と、俺の能力あっての無謀だ。


 当たり前だが、風に弄られ波に揉まれたなんて生易しいものじゃなかった。

 次から次へと寄せて来る十数メートルの波を、乗り越えるのではなく断ち割って抜けていくのだ。

 殆ど、海中を進んでいるようなモノだ。

 大雨が降っているが、正直そっちはもう全く気にならない。


 魔道装置のお陰でまともに進んではいるものの、その魔道装置は俺の精神力を動力としている。

 海洋魔導師は今回同行していなかったからだし、どの道人間の手には余っただろう。


 従って、俺は力尽きて寝るわけにもいかなかった。

 水兵達だって殆ど寝られない。

 だがウチの水兵は本当に優秀なのが揃っている。

 頭が下がる。


 マストに登る。

 帆の向きを変える。

 切れた索具を交換する。


 休憩の際には俺が一人ひとりの全身の水気を切ってやったから、幾分かはマシだったかもしれない。

 とは言え、ジェットコースターに乗りながらでは、そう簡単に寝られるものでは無い。


 え? 何?

 俺は高水属性なんだから、波なんかどうにかできないのかだって?

 無理。


 属性値18程度では、追い波を見張り、それを無害な程度に押さえつけるまでだ。

 冥属性を同時に駆使してなお、三角波一つの処理でギリってとこだ。

 嵐の持つエネルギーは、半端ではないのだ。

 俺の如き存在では、天災をどうこうできるものでは無い。


 低気圧を抜け雨が小やみになると、一応の危険は去った。

 全ての精神力を使い果たし、俺は気を失った。


――――――――――――


 目を覚ますと、俺は客室の上下二段ある寝台の内、上に寝かされていた。

 下ではユウカが、船酔いでぐったりしている。


 ……おいおいナンでユウカと相部屋なんだよ?

 普通相部屋なら、女の子同士ジルさんとじゃないのか?


 ぶつぶつ言いながら寝台から降りて窓の外を見ると、まだ雲はあるが所々日差しが見える。

 波も低気圧の中心付近よりははるかにマシだ。


 きっと、普通に航行する場合と比べて、三四倍は距離を稼いだんだろうな。


 どれどれ。

 風間も水兵共もぐったりしているだろう。

 サプリ代わりの「なおす」でもしてやりましょうかね。

 と先ずはキャビンに赴いた。


 キャビンのドアをノックしてからガチャリと開けると、中ではバカップルがいちゃいちゃしていた。


「こりゃ失礼しました」


 と、ドアを閉めた。

 俺は首をひねった。

 あいつら、キャビンで何やってんだ?


 そういやクロディーナは体が大きすぎて客室に入れないってんで、船倉かキャビンにしか居られないんだっけ。

 じゃ、まあ、しょうがないか?


 風間は上かな?

 

 甲板に出ると、かなりの強風だ。

 今みたいにヒラヒラした服を着ていると、ぶっとばされそうでヤバい。


 帆が思う存分に風を受け、船体が斜めに傾いでいる。

 このミュリエル号を始め、ロンドールの何隻かの軍艦の帆は、魔法による処理がされている。

 だから通常よりも数倍の強さがある。

 船体もマストもそうだ。

 だから安心して無理ができる。


 少ないお金を、こういう所に掛けていたりするのだ。

 国防費は必要ですよ?


 振り返ると、風間が白い歯を見せていた。


「今、どのへんだ?」


「丁度半分の地点です。この速さは、ロンドール記録どころか、事によると内海新記録かもしれませんよ?」


 俺はウインクで返事をし、金の雨を降らせて艦内を点検した。

 流石に艦体には損傷がない。

 何度か切れた索具も、修復は完璧だ。


 バラストの土は湿っていたのでちょいちょいと乾かした。


 なお、トシカゲはユウカと同様に寝台の住人だ。

 っていうか、ナンでついてきたんだこいつ?

 フロインと働きたいって言ってるけど、ホントか?

 まさか、俺の身体目当てじゃないよな???


 グリフォンの如月も、客室と同じ階層である上層甲板の一角に転がっているし、ジルもダメだな。

 あのスループに居た時には船酔いしているようには見えなかったが、嵐の中の航行は厳しかったらしい。


 全員の状態をよく見ると、水兵が数人、軽傷を負っていた。

 指の爪をはがしたりしている。

 良くある事だ。濡れてふやけた手で、暴れる帆やロープを扱うのだから。

 そこでついでに全員を対象に「ヒール」と「なおす」を使用した。


 グロッギー共への「スタビライズ」は、食事前にかけてやればいいだろう。


 ……アレ? 社長は何処だ?

 再び振り返って風間を見ると、彼は人差し指で上を示した。


 フロインは、それぞれが二本のマストの上に佇んでいた。

 ……さすが悪魔。

 だけど、腕を組んで立っている姿は寂しそうだ。


 彼(彼ら)がポントス武装運輸株式会社の社長の座に就いたのは五年前。

 こちらに来たのは、更に遡る事五年だそうだ。

 つまり十年かけて来たものがフイになったのだ。


 取り合えず掛ける言葉も無い。


 俺は風間に言った。


「そろそろ休んだらどうだ。ここまでくれば俺が見ていても何とかなるだろ」


 風間が苦笑いした。


「ええ、正直もう限界でした。では、お願いします」


 と、フラフラとキャビンに向かった。

 その後姿に声をかけた。


「そういやキャビンは濡れ場真っ最中かもしれんから気をつけてな」


「はぁぁ?」


 と、風間はものすごーくいやそうな顔をしたのであった。


――――――――――――


 ミュリエル号は、イルトゥリルの二つある港の内、軍港の方に帰還した。

 フロインらは、港のそばにある招待所に案内させた。

 他国の使者などが泊まる、宿泊所のような場所だ。

 

 ここは立地的に不便だが、イルトゥリルの街の方の宿泊施設が満員に近いと聞いたからだ。

 どうも不在中、俺の治療ボランティア目当ての団体客が、各地からチャーター船を駆って押し寄せたらしい。


 これまでも移住直後から患者はポツポツ来ていたのだが、その数が急に増えて来たのだ。

 各国でひそかに宣伝していた効果が出てきているようである。


 人助けにもなるし、彼らが滞在中に落とすお金が街を潤す。

 「委員会」なんぞクソくらえだ。


 また忙しくなる。


 だがその前に、フロインらの処遇を決めなくてはいけない。


 招待所の広間で食事会を開き、彼らを招待した。

 流れでユウカも参加した。

 これが終わったらようやく帰宅だ


 まだ船酔いが抜けない連中には、酔い覚ましの「スタビライズ」をプレゼントした。


 イルトゥリル名物(?)の質素な食事がどこか懐かしい。


 帝国の動きは、当然の事ながらまだこちらには伝わっていない。

 どこか、ワクワク陥落直後の時のような雰囲気で食事が進んだ。


 食事が終わり、部屋を移してお茶にした。

 そこで、俺はフロインにある提案をした。


「社長。お願いがあります」


 フロインは若干疲れた顔をしている。


(男)

「何かね? まさかここで働けと?」


 流石鋭い。


「そのまさかです。ポストは首相です。出来れば通商産業相兼任でお願いします」


(女)

「それは……無茶ではないかね? 何より、僕はユキ王女とユウカ王子の家族の仇だ」


「承知の上です」


(男)

「第一、帝国が承知しないだろう。身柄の引き渡しを求められたらどうする?」


「拒否します」


(女)

「攻めてくるかもしれないぞ」


「何とかなります」


 フロインが揃って苦笑した。


(ハモリ)

「話にならないではないか」


 俺は真顔で返す。


「そうでもないと思います。勿論、すぐに公表することはないです。

 しかしオーツでは我々は一緒に居たのを見られてますし、

 社長がここに居るのはすぐわかるでしょう」


 そしてファーガソンが教えてくれたネタを出した。


「老齢の皇帝と例の宰相殿の仲が、最近険悪らしいじゃないですか」


 トシカゲを横目で見ると、うんうんと頷いている。

 ……こいつもしかして、叩くか色気で釣れば色々吐きそうだな。

 今度試してみるか。


「聞く限りでは、社長はどちらかと言うと宰相寄りです。

 それに、変に攻め寄せたら社長は逃げて潜伏するじゃないですか。

 そうなると、明らかに帝国に歯向かう行動に移る可能性が増えます。

 そこまでのコストを掛けるでしょうか」


 社長は腕を組んだまま身じろぎもしない。

 俺はここぞとばかりに身を乗り出した。


「それよりも、潜在的な敵方では有るものの、

 極端に国力の劣るウチに居続けて仕事をしていてくれた方が、

 彼らにとっては得なわけです」


 にわかにフロインが、合計四つの瞳でじっと俺を睨みつけた。

 別の機会であったら寒気を催しかねないほどの鋭さだ。


(男)

「……そう上手くいくかな?」


「そりゃ、他にも手を打ちますけどね。いかがでしょう。お願いします!」


 と、俺は立ち上がって深く頭を下げた。

 数秒が経ち、返事があった。


(女)

「分かった。座りたまえ」


「有難うございます!」


 と、俺はもう一度頭を下げてから椅子に座った。


(男)

「ただし条件がある」


「何なりと!」


(女)

「契約は二年。それ以上はできない」


「承諾します!」


(男)

「年棒は五億。これ以上は負からない」


「承諾します!」


 フロインはここでしまった、と言う顔をした。


(女)

「もっと吹っ掛けておくべきだったか?」


 俺はニヤリと笑った。


「そうですね。現在はどうやっても赤字なんですが、

 内陸からの貴金属の上納が有りそうなのと、

 ヴィオンの銀行からの低利の借款が、

 もうすぐまとまる所なんです。

 アグイラでも似たような話が進んでいたんですが、

 そっちは今回の騒動でダメかもしれませんね」


(男)

「……なるほど」


 俺は手を差し出し、フロインと交互に握手した。


(女)

「では、お世話になろう」


「こちらこそです。宜しくお願いします」


 こうして、事実上空位だった首相に、フロインが就任した。

 これ以上ない人材だ。


 なお、ジルはフロインの秘書に。

 バカップルは警察隊に所属させた。


 なお、クロディーナの首輪は、俺がとってやった。

 首輪は、破壊すると強烈な電撃を発するようになっていた。

 どうやって外したかって?

 聞きたい?

 聞きたい?


 彼女を眠らせておいて、首をちょん切って。

 それで首輪を外し、即座にくっ付けたのさ。

 え? ……ダメ? 何故に!?


 如月は税務の専門家だというので、そっちの仕事を。


 トシカゲは……。

 ちょっと絵を描けるらしいが、その他にイマイチ取り柄がない。

 そもそも領地も持っていないし、皇位継承権も第三十位らしい。

 捨てる物もないから社長についてきたのだそうだが……。


 差し当って親衛隊のクーコに預ける事にした。


 後日聞いた所によると、トシカゲはクーコにも例のネタを披露して、恐ろしい目にあったらしい。


 マジ、馬鹿だよな。

 まあ、そういうの、嫌いではないけどな。


2019/9/18 段落など修正。

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