1-D100-70 フロイン社長ハモリ中
ミュリエル号に積む交易品は、日を待たずに即座に積み込まれた。
フロインが手を回してくれたのだ。
流石、ここの支配者サマ。
港での人員や施設の使用を、優先的に回してくれたのだ。
積み荷はもちろん主に食料品だ。
日持ちのするジャガイモや玉ねぎの類。
ワインなどのお酒。
個人で積んでいい交易品も、ほぼ似たような物だ。
そしてバラストとして、石だけではなく土を詰めた。
「普通の土」である。
それを土嚢に詰めたのだ。
なんせ、イルトゥリルには土が少ない。
だもんで、ロンドールの全ての交易船には、戻ってくる際に隙間に土を詰めて来るように通達してある。
まだまだ、この程度では家庭菜園も作れないが、これを百年も続ければ形にはなるだろう。
交易の手間が省けたので、ここに滞在するのは後二日だけとなる。
今日は郊外の農地などを視察した。
二日目の明日は、ワイナリーなど造酒関連の企業を視察するのだ。
食事を終え、夜になった。
ユウカとは挨拶を交わし、それぞれの部屋に戻る。
その後、ユウカは俺の部屋には来なかった。
待て。
……俺は少し期待でもしていたのだろうか???
隣の部屋からは寝息が聞こえる。
ま、疲れたのだろう。
昨日は余り寝てないしな。
ぷっ。
と、一人噴き出した。
例によって時間が余るので、自家発電の明かりの中、本を読んでいる。
夜半に、荒々しい気配を感じた。
外だ。
衛兵も何かに気付いたようで、僅かに鎧の音をさせた。
音は徐々に大きくなる。
鳥の羽ばたきの音だ。
ガルーダだろうか?
いや、それよりは小型かな。
そして音はこの迎賓館の中庭に……落下した。
俺は立ち上がって扉を開けた。
中庭に出ると、衛兵たちが武器をそいつに向けている。
叫び声が上がった。
「待て! 私はポントスの如月! 至急社長に会いたい!」
如月はグリフォンだった。
ライオンの下半身に鷲の上半身。
二メートル程もある大きな体ではあるが、
全身血まみれである。
何本か矢が刺さっているし、翼も一部ちぎれかかっていた。
よくこんなので飛んできたのだと思う。
余程弱っているのか、「知る」をもレジストできていない。
名前からして乙種だろうか?
しかし一体どこから?
俺は如月に声をかけた。
「俺はマリヴェラってもんです。社長は向こうの政府関係の建物に住み込んでいますよ」
「そうか、有難い」
と如月は立ち上がろうとしたが、足に力が入らない。
ガクッと尻もちをついた。
「くっ」
俺は如月に何本かの手を伸ばした。
「じっとして。治療するから。受け入れて」
如月は警戒するように身を引いたが、俺は有無を言わさない。
沢山の手で押さえつけて、「ヒール」と「なおす」を叩きこんだ。
金色と青色の光が収まると、如月はペタリと地面に座っていた。
体中をキョロキョロと見回して、何があったんだ、と言った感じだ。
彼は傷が消えているのを確認すると、小さく唸り声を上げた。
抜けてしまっていた羽なんかは、例によって元に戻らないんだけれどね。
ま、そのうち生え変わるでしょ?
衛兵にサムアップして見せると、彼らは笑顔を見せて持ち場に帰って行った。
「よし、じゃ、社長の所に行こうか」
――――――――――――
フロイン社長は起きていた。
俺に呼び出されて建物の入り口から顔を出し、如月の姿を見るや否や眉をひそませた。
(男)
「……どうした如月。お前が来るなんて」
如月は軽く頭を下げた。
「ヴェネロに皇帝軍が来ました。社長。フォルカーサ海軍第一艦隊『疾風迅雷』ほぼ全軍です」
(ハモリ)
「馬鹿な……」
俺も内心驚いた。
帝国軍が事実上子会社であるポントスを攻めるんだ。
内海の諸島を制圧し終えただけで、フロイン社長が帝国に不利な事をし始めたとは俺は聞いていない。
それに第一艦隊「疾風迅雷」は、皇帝直属の部隊だと言う。
皇帝自らの命令なのだろうか?
「ヴェネロ島は既に制圧された頃でしょう。
仕事を終えた艦隊の半分以上がこちらに向かっています。
もしかしたらアグイラやワクワクにも兵が向けられて居るかと」
(女)
「ヴェネロに居た社員たちはどうなった!」
グリフォンの如月が、明らかに肩を落とした。
「社長の申し付け通り、抵抗せず降伏しました」
フロインが頷いた。
(男)
「それでいい。殆どが出向だしな。それでいい。
第一、抵抗すればフォルカーサに居る家族に類が及ぶ」
「ですが……首相官邸に立てこもった社員もいます。
私もそこに居たのですが、社長に知らせるように言われて脱出してきました」
(ハモリ)
「馬鹿共が……」
フロインは二人ともにがっくりと両手を膝に当て、項垂れた。
この人、少し部下に優し過ぎないかなあ。
俺が言うのもナンだけれど。
だから慕われるのだけど、それで自ら死地に向かってしまう人もいるのではないかな。
建物の奥から、ジルも姿を現せた。
入り口でのやり取りが聞こえたのかもしれない。
両手を胸の前に組んで、不安そうな顔をして見守っている。
如月が続けた。
「ガルーダ空挺部隊もいくつか、もうこの島に来ています。私のせいで来られなかった奴もいますけどね」
(女)
「お前も馬鹿だな。税務屋が無茶をするんじゃない。だが、ありがとう」
フロインの背中に急に芯が通った。
俺に言った。
(男)
「君は急いでユウカ殿を連れてここを離れるんだ。港に繋いであるフリゲートが乗っ取られると君らにとって厄介だ」
ガルーダ兵は少数でも、皇帝がフロインを排除すると決定したのであれば、帝国から出向している者達はフロインに刃を向けざるを得ない。
俺は港に錨泊している二隻のフリゲートの存在を思い出した。
あのフリゲートの乗員も、状況を知らされれば社長に反旗を翻すかもしれない。
しかし、いきなりミュリエル号に襲い掛かるほどの人数とモチベーションを得られるだろうか?
いや待て。
ガルーダ兵が港に潜入して直接指揮を執るなんてこともある。
どの道急いだほうがいい。
所で、帝国領内に出現した乙種は、どこにも逃げられないように、体のどこかに魔法道具の首輪や腕輪をされるのだと言う。
さっき治療したときには、この如月にはそういった物は無かった。
もしかしたら彼は帝国領では無く、ヴェネロ共和国内に出現した乙種なのかもしれない。
俺はここを去る決断をする前に、フロインに訊く。
「フロインさんはどうされますか? 撤退ですか? それとも、例の約束、今果たしますか?」
それはあの、レンタル移籍の事だ。
「一作戦中」の約束なのだから、その作戦が「帝国軍を滅ぼすまで」だとしてもヤルつもりだ。
だが二人のフロインは首を振った。
(女)
「いや……。あの約束は結局不要になったな。
君は守る物があるのだから帰りなさい。
僕はなるべくあいつらを……道連れにしてやるさ」
そういうフロインの顔は、どことなく冷酷で残忍な香りを漂わせていた。
何処かで、銃声がした。
チッっとフロインが舌打ちした。
(男)
「もう来たか」
そして振り返って衛兵に命じた。
「君らは帝国軍に逆らってはいけない。元々この島の者なんだ。
巻き込まれることはない。建物の中に入って待つんだ。
この建物に居る同僚とウチの社員たちにもちゃんと伝えるんだ。
もう一つ、住民たちにも、同じようになるべく伝えてほしい。
混乱が起こらないようにな。いいね? 頼むぞ」
建物を守っていた二人の衛兵は、真っ青な顔をして頷いた。
(女)
「よし、じゃあユウカ殿には挨拶をしておこうか。ジル。プランZだ。必要な物だけ持ってこい」
ジルは「はい」と答えて建物の奥に走って行った。
又も銃声が聞こえる。
立て続けに、パン、パン、と。
さっきよりも近づいている気がする。
如月が不安そうに呟いた。
「近いな……」
フロインは笑い飛ばした。
(男)
「居たとしても大した人数ではない。艦隊が来たならともかく。
ここに居る僕らだけでどれだけの戦力があると思っているんだ」
「あの……社長」
(女)
「何だ、如月」
「戦力って……私は数に入っていないですよね?」
(男)
「当たり前だ。へぼ税務屋め。まさか一緒に来たのに聞いていなかったのか? そこに居るのはロンドールのマリヴェラ卿だぞ?」
「あ……」
と、如月は唖然とした。
へえ。顔が鳥なのに、ちゃんと表情が判るもんなんだなあ。
ジルが戻って来た。
着替えも何もしていない。
大きなカバンを抱えている。
「お待たせいたしました」
(女)
「よし、迎賓館へ……いや待て」
すぐそこの路地から、何者かが現れた。
人間ではない。
地面を這う巨大な蛇。
……いや、上半身は人間の女性。
ラミアだ。
続けて一人の軍服を着た男が、マスケット銃を構えつつ後退してきた。
俺は二人の影に見覚えがあった。
ワクワク島でユキが矢に射抜かれた時のラミアと、部隊を指揮していた隊長だ。
ラミアはレジストしたが、隊長の名は見えた。
加賀。
それなら間違いない。
あの時の隊長だ。
加賀がフロインに手を振った。
「空挺隊が何人か街に入り込んでいます!」
二人のフロインが同時に違う事を叫び、言った。
(男)
「加賀、クロディーナ、ちょっと来い!」
(女)
「マリヴェラ君、君は如月を連れてユウカ殿下と合流、港に向かい、そのまま脱出するんだ」
当然、俺も加賀たちもまごついた。
フロインの堪忍袋の緒が切れた。
(ハモリ)
「ええい、そこのバカップル、いいから来い!」
バカップルと呼ばれた二人は急いでやって来た。
そこで光を発している俺に気が付いてギョッとなった。
フロインは構わず言った。
(男)
「加賀、クロウ。お前らも出向組なんだから帝国に戻るんだ。
抵抗してはいけない。特に加賀、お前の実家は騎士の家だろう」
加賀は無精ひげに囲まれた口をへの字に曲げ、少しオーバーに肩をすくめた。
「でも社長、クロウが戻りたくないっていうもんですから」
フロインがクロディーナを見て首を傾げた。
(女)
「そうなのか? だがその首輪はどうする? 確か、次の更新はもうじきだったろう?」
クロディーナは、首に嵌っている太めの首輪に手を掛けた。
これこそ、帝国が乙者に服従を強制する為に課す首輪なのだろう。
「……でも、もう戻りたくはないのです」
「……と言う訳なんです。クロウ一人で行かせるわけにはいきません」
そこへ、トシカゲも建物の中からやって来た。
彼は荷物を抱え、身なりもすっかり旅行用の姿であった。
どこかで俺たちの話を聞いていたのだろうか。
「ああ、社長。攻めて来たのは親父殿ですか? 宰相殿ですか?」
と言うものの、何処かのほほんとしている。
(男)
「さあな。第一艦隊だと言うから……」
「なら親父殿ですね。親父殿、最近年取ったせいか、
やたら短気になって来たって話ですよ。
特にこの半年は、手打ちになった者もかなりいるっていうし」
(女)
「ほう? トシカゲ君。それは初耳なんだが?」
「それはほら、家庭内の秘密ですから。じゃ、行きましょうよ」
まるで隣町にでも行くように軽く言うトシカゲに、全員の目が集まった。
代表してジルが質問した。
「行くってどこへですか?」
トシカゲが何か変な事を聞かれたかのような顔をした。
「え? 決まっているじゃないですか。ロンドールですよね?」
スタコラサッサ!
2019/9/18 段落など修正。




