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1-D100-68 マリヴェラ説教中


 迎賓館は、王宮のそばにあった。

 この建物は王宮よりもがっしりしたつくりで、ホーブロの中堅国辺りにあってもおかしくない程だ。

 かつての国王は、迎える客人の安全を保証したいという考えなのだったのであろうか。


 ま、お陰で俺とユウカの二人については、比較的安全に夜を過ごせると言うものだ。


 一人一室、借りられると言う。


 俺はジルにお礼を言い、彼女は鍵を残して帰って行った。

 その後、護衛をしてくれるオーツの兵にあいさつをした。

 ご飯代と称して心付けを渡す。


 ま、一応ね。

 

 まだ寝るには早いし、何よりユウカを探しに行かないといけない。

 ユウカはミュリエル号の連中と、宿舎か若しくはその近くの酒場に居るはずだ。


 このオーツはイルトゥリルより大きいが、それでも人口一万人もいるかどうかだ。

 その代わりこのチブ島は、農村が各地に発達していると聞く。

 だから島全体の人口は多めなのだとか。


 もう眠りについている家も多く、明るいのは港の近くの繁華街だけだ。

 少し路地に入ると、魔法道具の明かりも無い。

 その繁華街にある宿舎に入ると、ロビーの椅子にユウカが一人、ポツンと座って本を読んでいた。


「ようユウカ。何やってんだこんな所で」


 ユウカがこっちを振り向いて笑った。


「いえ、食事をしてから遊びに行ってしまった人たちが多くって……」


「久しぶりにまともな食事できたって、みんな喜んでたんじゃないの?」


 ユウカが苦笑いした。


「ええ。私も涙が出そうになりました。野菜とか、ヤバかったです」


「だよなー。でも今後、ここと食料品を取引できる

 見込みだから、ちょっとはマシになるぞ。

 少なくとも、ジャガイモや玉ねぎは入手しやすくなる」


「みんな喜びますね」


「うん。この時間、こっちに居るのはリベラか?」


「ええ。部屋に居るはずです。どうしました?」


「いやね、迎賓館の部屋を貸してくれること

 になってね。俺とお前と。一応この宿舎よりは

 安全なんだそうだ。見て来たけど、確かにいい建物だよ」


「ああ、そうなんですか。じゃ、部屋を移る用意をしてきます」


「大きな荷物は明日向こうに運ばせておけばいいから。今日の夜の分だけ持ってくればいいよ。それと、リベラにも一言言っておいて」


「わかりました」


 ユウカがスリッパの音をパタパタ立てながら小走りに去っていった。

 戻って来た時には、小さな包みを抱えていた。


「お待たせしました」


 俺も自分の部屋から、魔法道具の湯沸かしポットとコーヒーのセットを持ち出した。


「よし、じゃ行くか」


――――――――――――


 迎賓館の部屋にて。

 夜が更けるまで、コーヒーを片手にユウカと語った。


 彼とこうやって話す機会は今まで余りなかった。

 当たり障りの無い事から始まり、そのうち、話し合わなければならない話題に移った。


「それでお前、『読む』の他にもう一つ身につける『言霊』は決まったのかよ」


「えっ……知ってたのですか?」


「そりゃまあな。フォールス辺りで『読む』

 を使えるようになったのは、憑依したときに

 わかっちゃったんだけどな。

 小生意気に、もう一つスロットが有るって事もな。

 お前、俺との融合にしがみついていたのは、

 俺の記憶を『読む』つもりだったんだろ?」


 ユウカはコーヒーカップを両手できゅっと握り、視線を脇にやった。

 

「で、どうだったね? 確かに俺は元の世界で

 『言霊』について研究したけどさ。

 欲しかったのは俺の聖者としての記憶だったんだろ? 

 目当てだったのは『言霊』と、魔法もそうかな?

 でも結局がっかりしたんじゃないの?」


 ユウカは何も言わない。


「『言霊』はなあ……。俺の場合はたまたま

 強力なんだけど、人間なら技能や願望に

 プラスアルファされる程度だからな。

 工夫次第想像力次第ではそこそこ使えるけれど、

 世界を変えるほどの力はない。

 そんでもって、『復活』や『不死』なんかは

 デメリットの方が大きいと来てる」


「……」


「だからまあ、すぐに決めなくていいんじゃないかな。したい事が有ったら決めればいいさ。ていうか、自然に決まるだろうさ」


「……姉上も同じ考えなんですが、何もできる事が無いのは苦痛なんです」


「おいおい。そんな顔するなって。

 しょうがないだろ。なんだかんだ言って、

 俺はお前らの倍近く生きてるんだし。

 人材がいりゃ、もっと周りにつけてやれるんだけどなあ。

 それとも、ロジャースさんの元で士官やってみるか?

 統率力はつくぞ?」


 ユウカは首を振った。


「それは……私には向いていない気がします」


 俺はため息をついてからほほ笑んだ。

 まあ、まだ若いからなあ。

 俺がこいつの年の頃、当時は高校生を卒業するかどうかって所だったわけだが。

 同時、何者かに成れていたかっていうと、何処を取ってもただのガキだったしなあ。

 それに比べると、ユキもユウカも大したもんだと思うけど……。


 俺はユウカの隣に移り、身を寄せて、がしっと肩を抱いた。


「いやになったら、やめてもいいんだぞ。いつでも」


 ユウカは驚いて俺の目線を受け止めた。

 そして前を向いた。


「いえ……それは無いです。私は少なくとも、父上や兄上よりもできる所を見せたいのです」


「そうか」


 なるほど。

 それがモチベーションの根源か。

 肩を放し、俺は元の場所に戻った。


「いいじゃん。やればいい。ロンドールは今でこそ俺の比重が大きいけど、そうで無くなる時がきっとくる。そん時は思い切りやってくれ」


「はい」


「よし、じゃそろそろ寝るとしよう。明日はジルさんが、郊外の農村の見学ツアーを組んでくれたからな」


「わかりました」


 ユウカは立ち上がり、部屋を出て行った。


 俺はベッドに転がって考える。

 あいつの「言霊」の「読む」はこの手の「言霊」では鉄板の一つだ。

 自己評価が低いせいか有効活用できていない気がするけれど、慣れると結構便利なはず。

 特に上に立つ者にとっては。


 本を読む。心を読む。潮目を読む。空気を読む。先を読む。


 思考をすればするほど、いい答えを思いつく可能性が常人よりも高いってわけだ。

 だから、今は知識を貯めてかつ人脈を広げておくことだ。

 必ず後につながるだろう。

 例のヴィオンでもらった沢山のラブレターにも、きちんと返事を書いているようだしな。


 そんな事を考えて居ると、睡魔が襲ってきた。

 また今日も死の夢を見るのかな。

 と、目を閉じた。


――――――――――――


 暗闇の中に、人の気配がした。

 俺は目を覚まして目を凝らした。


 いる。

 そこに……。


 そいつの心臓の鼓動が聞こえてくる。

 まるで戦闘準備の際の早鐘のようだ。

 低い声でこちらから呼びかけた。


「おいユウカ。何やってんだそんなとこで」


 俺は上半身を起こした。

 ユウカは何も言わず俺の横に座り、いきなり抱きついてきた。


「うぉい。ちょっと、と、待てい」


 ユウカの体臭と温もりが、俺の上半身にまとわりついた。

 流石の俺もあわてた。


「いやいや、何やってんだお前。ルーシかよ」


 声が外に響いて衛兵に聞かれても面倒だ。

 俺は部屋丸ごとを結界で覆い、音が外に漏れないようにした。


 ユウカの身体を引きはがした。

 小さく、ライトの魔法を使った。

 浮かび上がった目の前の顔は、今にも泣きそうだ。


「なあ、どうしたんだ?」


 ユウカが崩れた。


「すみません。苦しくて……マリさんが好きでもうどうしようもないんです!」


 はーーーーーあ??


 好きと言ったのか?


 俺は開いた口がふさがらなかった。

 全く気付かなかった。

 縋るような視線を受け止めかね、目を逸らせた。


 ……だから夜這いに来たってわけか?


 そういや、「全世界民族学大全」って本のワクワクの項に、ここには夜這いの風習が若干残っているって書いてあったな。


 いや、だからってお前。


 クーコとかじゃなくって、俺んとこ来ちゃう?

 確かにガワは絶世美少女だが、中の人は父親程の年のおっさんじゃねえか。

 ユウカは俺たちの中ではまともな方だって思ってたけれど、意外と馬鹿なんじゃないか?


 俺は首を振った。


 わかった。

 よーく言い聞かせてやらねば。

 その思い違い、正してやろう。

 これは大人としての責務だ。


 俺はベッドを指さした。


「ユウカ。ちょっとそこに正座しろ。説教してやる。朝までたっぷりとな」


2019/9/18 段落など修正。

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