1-D100-67 マリヴェラ食事中
俺と風間、そしてまだ肩で息をしているユウカがキャビンに居る。
俺は椅子の上で腕を組んでいる。
二人はその向かいで、立ったまま気を付けの姿勢だ。
「まあ、来ちゃったものはしょうがないけどさ。
今更引き返す気はないし。でも、夏になれば
ワクワクに行けるかもしれないって交渉をしてるんだぞ。
なのに、なんでまた今すぐに行きたいナンていうのさ」
ユウカがぽりぽりと頭を掻いて、少し顔を赤らめた。
「いえ、姉上は先日調査隊に加わりましたし……。今度の仕事は私、と言う事で」
「へえ。でも今回は大した用事じゃないぞ? 会いに行くのはお前の親の仇なんだし」
「フロインに会う気はないですが、一の島には
行った事が有りませんので……。
兎に角いろいろな物を見たいのです。
イルトゥリルに居るだけでは、
視野が狭くなる気がするんです」
「ああ、そりゃま、そうだな。分かったよ。でも、現地じゃ勝手に一人でどっかに行くなよ?」
ユウカが口をとんがらせた。
「そんな。私だってもう子供ではありません」
まあ、な。
初めて会った時は、まだひょろりとしていて、実年齢よりもずっと年下に見えたもんなあ。
今じゃ、少しは筋肉もついて、背も伸びた。
俺はついニヤリとした。
「って言っても、お前、まだ女の子と付き合った事もないだろ?」
風間も思わず口元を緩ませ、慌てて横を向いた。
「知ってんだぞ。ユキとルーシにデートのお作法を教えてもらってるの」
口をあんぐり開けたユウカの顔が、みるみる真っ赤になった。
そして頬を膨らませてツンと横を向いた。
こういう所はユキそっくりである。
「い、いいじゃないですか。何事も訓練だってマリさんいつも言ってるじゃないですか」
「まあな。デートだって確かにそうだ。間違っちゃいない」
「もういいです」
ユウカは立ち上がると、足音を響かせて何処かへ行ってしまった。
俺と風間は顔を見合わせて笑ってしまった。
――――――――――――
数日後。
一の島だ。
別名チブ島と言う。
始まりの諸島の西端に位置する。
人間が一番初めにここに出現したと言う伝説がある。
住民の間に伝わっているのは伝説だけで、本当かどうかは分からない。
しかし、遺跡発掘の調査などから、千年以上前から人間がいたのは確実らしい。
初認陸地した時点では、霞の向こうに長々と横たわっており、緑少なく起伏の多い印象だった。
三の島であるワクワク島が、全島を森林におおわれていたのと違う。
地理書によると、大きさは四国程度。
デカいと言えばデカい。
緑が少ないのは、農耕地が多く、限界まで開発が進んでいるせいらしい。
言うまでもなく、酪農と農業が盛んで、主要な輸出品もチーズやワイン、小麦や大豆などであった。
主要航路からは外れているがために、海運や商業は発達していない。
出航直前に読んだ新聞によると、ポントスの主力艦隊は、島の南側にある最大の都市オーツに居るようだ。
俺たちはそこを目指している。
春の日を浴びながら、ミュリエル号は穏やかな海面を進む。
水兵達も、どこかのんびりだ。
やがてオーツが見えた。
錨地にフリゲートが二隻、錨を下している。
相変わらずの威容である。
もしかして、社長に頼めば見学させてくれるだろうか?
胸が躍るが、自重する事にした。
流石にちょっとね?
ミュリエル号はゆっくりと錨地に向かい、下手回しをした。
今はミュリエル号の副長であるリベラの号令が響いた。
「レッコー!」
すなわち「錨を下せ!」である。
ドボンと大きな水音が鳴った。
ミュリエル号は錨索をピンと張らせ、安定した。
例によってオーツ港の港湾当局のボートがやって来た。
その後、上陸許可が出され、俺たちは上陸した。
侵攻の際に発せられたはずの戒厳令などは、もう解かれているらしく、至って普通の風景が広がっていた。
沖に居る二隻のフリゲート以外は、小さな商船と漁船が幾らかいる程度である。
少し坂道を上ると、旧王宮が見えた。
王宮は石と木でできていて、質素なつくりだ。
どことなく土埃が舞うような、田舎の国である。
ユウカと風間、そして護衛達には、近くの酒場で食事をとらせ、俺は一人で悪魔社長を探しに出た。
旧王宮には居なかったが、そこの守衛によると、政府庁舎の一つに居るらしいと分かった。
彼の居場所は、ここでは秘密でもなんでも無いようだった。
俺はその政府庁舎の前に辿り着くと、建物の入り口を護っている二人の衛兵に取次を頼んだ。
「すいません。マリヴェラってもんなんですが、
フロインさんに会いに来ました。
ここに居らっしゃるとお聞きしたので」
「おお、そうですか。では少々お待ちください」
って感じだ。
直ぐに悪魔社長が(二人で)出て来た。
男の子の方が、
「やあやあ、君の国の旗を掲げた船が来たと聞いていたので待っていたよ」
そして女の子の方が、
「色々しでかしたそうじゃないか。それに随分雰囲気が変わったな」
と言った。
交互に喋るのは相変わらずだ。
「お久しぶりです。お祝いもいただいて、恐縮です」
(男)
「良いのだよ。ここでは何だから、そこのバーに行こう」
二人についてゆくと、小さなバーがあった。
扉を開けると、中に居た主人らしき男が、
「やあ、社長。随分お早い。まだ暗くなりきっていないじゃないですか」
と笑った。
その割には、地元の恐らく漁師が何人か、既にお酒を飲んでいた。
まあ、漁師は朝型だから、この時間飲んでいてもおかしくない。
彼らも、杯を掲げてフロインに敬意を表した。
人望あるなあ。
俺が促されてカウンターに座ると、二人の社長がそれぞれ左右に座った。
(女)
「ではご主人。この方に一番いいワインを。ここのワインがヴェネロと並ぶ味だと知ってもらいたいのだ」
「おや、お言葉ですが、オーツ地方のワインはヴェネロなんかのとは比較になりませんよ?」
(男)
「わかったわかった。これは商談にもつながると思ってくれ」
「ほう、大事なお方なのですか?」
(女)
「ああ、うん。ほら、こちら、ロンドールの太守殿だ」
主人が手を止めて俺を見た。
俺は笑顔を見せて会釈した。
「これはこれは。ようこそオーツへ。さ、特上の赤ワインです。
しかし社長もお知り合いが多いですなあ」
(男)
「付き合いが趣味みたいなものでね」
二人のフロインのグラスにも、それぞれワインが満たされた。
(ハモリ)
「では、君の立身出世を祝して」
俺もお返しした。
「社長の始まりの諸島平定を祝って」
姉弟には悪いが、これによって内海はより安定すると思われた。
南北大陸を結ぶ中継点が、善政を志す一つの勢力に支配される。
その期待は何より、バーの主人やお客の、社長への態度が物語っている。
チーズをちりばめたサラダが出された。
「ああ、新鮮な野菜は久しぶりなんですよねえ」
実際、半年ぶりに近い。
春以降、山菜は幾らか口にしていたが、レタス等は殆どお目にかかっていない。
俺がよだれを垂らさんばかりなのを見て、社長が笑った。
(女)
「ロンドールは不毛の地と聞くが、本当なのかね?」
「そうですよ。酷いんですよ。
土を搔き集めてようやく種を蒔いた所です。
所詮、漁業と交易の国なんですね。……後コレです」
と、俺は懐から金の小粒の入った皮の袋を出した。
「内陸のドワーフやノームが傘下に入りましたんで、
彼らとの交易が上手くいけば、こういうのも手に入りそうです」
(男)
「ほう。金か。金が出るとなると面白いぞ」
「ですよね。だから、このチブ島との交易は重要なんですよね。
欲しいのはずばり食料品とワインです」
(女)
「くっくっく、楽しそうじゃないか。今の生活が」
「どうなんでしょうね。楽しいんですけど。
もしかしたら、発展が目に見える初めの内
だけかもしれませんよね。
自由にあちこち行ける訳じゃないですし」
今度は、鶏モモとマメをトマトで煮、その上にチーズをのっけた料理が出て来た。
肉!
新鮮な肉!
ヤバい。
旨い。
ワインもおいしい。
帰ったらミツチヒメに嫌がらせ食レポしてやる!
(男)
「それで、ここに来たのはそれについてかね?」
「ええ。ちょっと、ご主人、失礼しますね」
と、俺は三人だけを結界で囲って会話が漏れないようにした。
「すみません」
(女)
「いや、いいのだ。しかし便利なものだな。僕にはできない芸当だ」
「それで本題なのですが、相談があるんです。
私の中に封印されている甲種は、
良くSFに出てくるグレイグーなんですね。
一粒からでも外に漏れると、あらゆるものを
分解消化して増殖するナノマシンです」
(男)
「弱点は無いのか?」
俺は肩をすくめた。
「高温で燃やせばいいんですけど……。私、火が苦手で」
(ハモリ)
「うーん、なるほど」
とフロインは二人で同時に腕を組んで考え込んだ。
(女)
「僕にはいい知恵は無いな。正直、SFの類は読んだ事があまり無いんだ。
宰相殿は詳しいだろうが、君は彼に近づかない方がいい」
「どうしてです?」
(男)
「彼は君を人として見ないだろうからさ。
君をどう自分の権力に組み込んで利用
するかしか考えないだろう。僕と彼の間だって、
利害関係が一致するから安定していられるだけだし」
「そうですか……。フロインさんはこういう事に詳しそうな人はご存知ですか?」
二人は首を振った。
(女)
「申し訳ないが……攻撃や防御、統治に関してなら一晩だって話していられるのだがね」
いつの間にかグラスが空になっていた。
主人がそれを満たしてくれた。
そして、マカロニグラタンがやって来た。
結構シリアスな話の途中ではあるけれど、こんな旨そうなものが来てしまうと意識がそっちに行ってしまう。
「……じゃ、もう一つなんですが。フロインさんは間違いなく、
元の世界からこっちに乙種としてやって来た方ですか?
つまり、元の世界での存在と、この世界での存在に
整合性は取れていますか?」
フロインが眉をひそめた。
(男)
「もしかして、君はそうでは無いと言うのか?」
「……正直、わからないんです。死んだときの
記憶は相変わらずありませんし、
逆に夢では何十回もあらゆるシチュエーションで死んでいます。
記憶の中にしかない筈の物事が目の前に現れた事もあります」
もしかしたらフロインは笑い飛ばすかとも思ったが、そうでは無かった。
(女)
「それは……僕はそういう例は知らないが……。余り良い事では無いな。
存在力が意外に薄いのか、思念場とのかかわりに欠陥があるのか……」
二人が同時に俺に向き直った。
俺はどっちに相対すればいいか迷った。
すると、左右から両腕を掴まれた。
(男)
「それも、宰相殿ならわかるかもしれんが、そもそも気にしない方がいいのかもしれないぞ」
「そうですか」
(女)
「思念場は意志が強い者に味方する。
ならば、問題ないと思い込んでいれば
案外大丈夫かもしれない。
そもそも君は、甲種を倒したり
封印できたりするんだ。きっと大丈夫だ」
「はい。変な相談ですみませんでした」
(男)
「いや、僕を信頼してくれて、わざわざここまで来てくれたんだ。
余り力にはなれなくて申し訳ないが」
フロインは、片方がしゃべっている時にはもう片方が食べているので、結果食べるのが速い。
(女)
「そうだ。君はどこに泊まる? 何なら、
迎賓館が使えるので、そこに泊まるか?
港のホテルよりは安全だぞ」
「ホントですか。ありがとうございます。実は、ユウカも来てまして」
(男)
「おや。殿下は今はペイロム子爵だね。僕に会いたいと言う訳ではないだろう?」
「はい。でも、色々見て経験にしたいと」
フロインは笑顔になった。
(女)
「いいじゃないか。若者はそうでなくちゃな」
食事が済み、バーの主人に別れを告げ、一旦元いた建物に戻った。
フロインが衛兵に命じた。
(男)
「ジルを呼んできてくれるか?」
「はっ」
程なく、ジルが建物から出て来た。
相変わらず奇麗な顔をしたダークエルフだ。
仕事が終わった後のせいかすっぴんだし、ごく地味な服を着ている。
(女)
「ああ、ジル。休んでいる所済まなかった。
迎賓館をマリヴェラ卿の宿にしたい。
衛兵の増員と、鍵の用意、それに案内を頼む」
ジルがほほ笑んだ。
「そうおっしゃるかと思い、追加の衛兵は手配済みです。備品などもチェックさせております」
(男)
「おや、流石だな。しかしもう一人、ユウカ殿もいらっしゃってる」
「もちろん存じております。私がご案内させていただきます」
フロインが二人同時に肩をすくめた。
(女)
「どうやら言わずもがなだったようだ。ではマリヴェラ殿。改めて明日会おう」
「はい」
と、俺はフロインと握手をした。
「ではこちらへ」
ジルが軽く会釈をして、歩き出した。
(女)と(男)。
台詞の前か、今回の様に置くのが良いと思うのですが、どうでしょう。
台詞前後の改行については、やはり要修正かな、と。
2019/9/18 段落など修正。




