1-D100-65 カンナギ・ユキ憤怒中
金の雨は、もはや轟音を立てながら地面を打ちつけている。
いつの間にか背後に歩み寄って来たお夏の手が、俺の肩に触れた。
「まて、女将。神族が怒りに我を忘れると、『鬼神』となって戻れぬぞ」
俺は振り向いて、お夏の顔をまじまじと見た。
「鬼神?」
「そうじゃ。知らぬか」
「ええ」
「この儂は、イルトゥリルに居た儂の分け御霊なのじゃ。昔な、やはり同じ分け御霊が鬼神と化した事があってな……大変だったのじゃ」
「へえ。そうなんですか」
お夏がほほ笑んだ。
「そなたの料理を食べられなくなるのは、いささか困る」
「解りました。では、一つお願いがあります」
「何ぞ?」
「もしかして、お夏さんは聖国の偉い人ですか? もしかして代表者と言ってもいいのでしょうか?」
「左様である」
「じゃ、やっぱりウチで登録してください」
「……承ろう」
俺は頷き、フレックに言った。
「はい、じゃあそう言う事で、聖国は俺の傘下になりました。
こういうのって、法に依れば口頭でも契約成立だったよね?
聞いてたでしょ? ではどうぞお帰り下さい。お疲れ様」
ライエが喚いた。
「ふざけるな! 子供の使いじゃ……」
「それとも、上陸申請の際に出した名簿の名前と、ここに居る連中の名前の半数ほどが違っている件についてご説明いただこうかしらね」
フレックが手を上げた。
「撤収!」
――――――――――――
後日、居酒屋マリ侯にて。
その日、お夏がやってきて、正式に乙種登録を済ませたのだ。
聖国とは、亜人狩りに対抗したい住民らが、お夏を担ぎ上げて作り上げたネットワークの事だったらしい。
その住民も、準備が整い次第、それぞれ戸籍を作る事となった。
ノームが約八千人、ドワーフが約四千人、コボルドが約五千人と、その他が約三百人。
土地が広大で人口密度は低いものの、結果的にウチの人口と実効支配区域がめちゃくちゃ増えましたとさ。
何か、数字だけ見ると立派な人間亜人の混成国家だよな。
ま、当分は交流なんかも殆ど手探りで、彼らの暮らしには変化はないだろうけどね。
ちなみにあのノームがいた山には、地下にノームの村があった。
所が身重の女がいたがゆえに逃げる事も出来ず、あそこに立てこもる他なかったのだ。
そもそも、地中を自由に移動できるノームは一部に過ぎないらしい。
残りは穴を掘り、その中を移動するしかないのである。
そこにあの超音波のような振動を発信する「新兵器」が投入され、壊滅的な状況に陥ったのだった。
さてさて。
お夏の登録お祝いに、約束通りマリ侯で奢ることになった。
丁度良い鯛が手に入ったので鯛づくしである。
ちゃっかりユキとミツチヒメ、魔王も同席した。
なお、ユキの頭には残念ながらケモミミはない。
クーコの「バトルモード」と同じように、いざと言う時にしか出てこないのだそうだ。
「はい、お夏さん。鯛のお刺身と酒蒸しです」
「おお、旨そうじゃのう。こちらに来てからまともな物を食しておらなんだからな」
「お夏さん」
「何ぞ?」
「すみませんでした、後始末お願いして」
ノームには死者が出ていたのだ。
しかし俺は狩猟団がちゃんと帰るかを監視しなければならなかったので、その場をお夏に任せたのだ。
お夏が首を振った。
「いや、良い。そなたは守ってくれたのじゃ。それで良い」
「でも、あんな事が今まで続いていたなんて、お寒い話ですね」
「左様……。されど、この世界は中々豊かではある」
一同、「えっ」となった。
この世界には、多くの人間を養える力が無いと聞かされているからだ。
現に、自然神であるミツチヒメはそれをよく知っている。
ミツチヒメが興味深そうに訊いた。
「お夏殿。どういう事だ?」
お夏が日本酒をくいっと飲み、つややかな唇からふうっと息を吐いた。
「それは……のう、女将よ。豊穣とは何であろうな?」
えっ?
豊穣って……。
「豊穣の神様」で言う豊穣だよな?
ウチのお宝の一つに、「豊穣の土」って言うのもある。
「海の幸山の幸が豊富で、農作物が沢山取れる事ですか?」
カミラが鯛のあら汁をお夏の前に置いた。
お夏が軽く頭を下げてほほ笑んだ。
「それも悪くない。が、その価値観はいささか人間中心では無かろうか?」
「そりゃあそうですが」
俺がお夏の杯に酌をした。
お夏はそれを片手に、俺やミツチヒメを指さした。
「儂らのような存在が闊歩し、ノームやドワーフらが自然に現れる。それは既に十分豊かではないか?」
そうだな。
でも、それは元の世界だってそうだ。
俺は別に特定の宗教を信じていたわけではない。
しかし例えば「あそこを歩いているおねえさんは神様なんだよ」なんて事があったらそれはそれで楽しいじゃないか。
こうも想像できる。
「もしかしたら俺には守護霊がついているかもしれない。
ソレはコトによったら霊ではなく、守護神サマなのかもしれない」
想像は自由だ。
想像力があれば、何時だって何処でだって物事は面白くなる。
世界は、俺たちが普段思っているよりも豊穣なのだ。
鯛めしが最後だった。
皆、喜んで食べてくれた。
お夏は小食で味わいつつ食べる。
ミツチヒメもがっつく割にはさほど量を食べない。
魔王も飲みはするものの、一品当たりは少しづつである。
所が……。
酒を胃に流し込みつつ、豪快に食らっているお方がいらっしゃる。
「なあユキさん」
「何よ?」
「あのう。ちょっと食べ過ぎでは? でなければお酒を控えた方が……」
「何で? いいじゃない」
「だって、今ここに居るの、誰かさん以外はいくら食べても平気な人たちだぜ?」
ぎくりとしてユキが周りを見回した。
ミツチヒメ、お夏、魔王、俺。
全員神族だ。
神族は自分がそうなりたいと思わない限り太らない。
ちなみにカミラには別途まかないを食べさせている。
「だ、大丈夫だもん。運動してるもん。大体、マリさんが料理上手すぎるのよ!」
おやおや。責任転嫁か。
俺は肩をすくめた。
「しょうがないだろ。元本職なんだし」
「本職?」
ユキだけではなく、そのセリフを口にした俺も固まった。
「へえ? 板前さんもしてたんだ」
俺は自分の記憶を探った。
……いや、無い。
板前ドコロか、そんなバイトをしたことも無いよ?
今料理しているのも、頭の中のレシピ本を「知る」で検索しながらだし?
「……あっれー? どうだったかな。まあ、兎に角、飲みすぎ食べすぎ注意だってことさ」
そこでミツチヒメが茶化した。
「そうだな、ユキはもう少し丸くなった方が胸が育つかもしれんしな」
俺は首をすくめた。
……うわあ言っちゃったぁ。
バン、とユキがカウンターを叩いて立ち上がった。
「今の姫様に言われたくありません! 失礼します!」
と、ユキが出て行った。
ミツチヒメが目を丸くしてその後姿を見送った。
しかしすぐに、
「ちょ、おま、ユキ! こら! 待て!」
と喚きながら出て行った。
俺はため息をついた。
ミツチヒメは、きっと今日もこのままバックレてお金を払わない気だ。
こないだだって、「お? そうだったか?」等とぬかしていたし。
魔王も立ち上がって、扇を仰ぎながら、俺を散々褒めてから出て行った。
今日もツケのつもりなんだろう。
お夏はその様子をニコニコしながら眺めていた。
「やれやれ。所でお夏さん、あの狩猟団、今年のアレは半分が帝国の兵隊だったらしいですよ」
「左様か」
帰還後、あのスドーを尋問して吐かせたのだ。
……ご、拷問じゃないし!
今後はもう同様の団体が来ても許可は出さないし、今回の事もコンスタンツァに報告書を送ってある。
ただ、フレックらに何らかの処分が下されるとは思っていない。
「空を飛べるガルーダを使って、ノームの
住処や数を特定していたらしいです。
それと、帝国の方でノームだけに効果の
ある魔法道具を開発したって話です」
「大層なものじゃのう」
彼らがノーム狩りをする理由は、既にお夏から聞いていた。
加えて、スドーによっても裏付けを得たのだ。
つまりこういう事だ。
ノームやドワーフの骨を処理すると、思念石と同様の性質を持つ「素材」になるのだそうだ。
あの魚雷や銃弾に使用されていたのがそれだったのだ。
俺の金の雨の結界を突き抜けたアレだ。
となると、甲種や乙種を殺さなければ手に入らない思念石に比べて、コストパフォーマンスは段違いである。
お夏には、その効果がいまいちピンとこないようだ。
つまりだ、連中はノームを捕まえると殺し、その肉は……。
と言う事になる。
スドーは他にも色々と白状したのだが。
……いや、やめよう。
お夏が目の前で再びニコニコし始めた。
「手を出されよ」
「はあ」
俺が手を出すと、その掌に何かを押し込んだ。
「前回は悪戯してしまったしのう」
見ると、金の粒がいくつか掌の上にあった。
「ほ……本物?」
失礼を承知で「知る」を使うと、本物の自然金だった。
「左様。ノームやドワーフは、そういう物を見つけるのが得意なのじゃそうな。儂には必要ない故、普段は貰っても返すのじゃがな」
それは……そうだ。
設定としては鉄板だ。
コボルドだって鉄関係は強いかもしれない。
彼らと取引ができれば、金や銀が手に入る。
この世界では、元の世界よりも金属や貴金属に価値がある。
……それと交換する商品は、例えばお酒や織物なんかどうだろう?
俺は唾を飲み込んで、その小粒金を魔法道具の明かりに透かして見た。
お夏は相変わらず笑いながら、それを見守り続けた。
ユニークが2000、PVがもう10000超えました。
ここまで読んでくださっている皆様のおかげでございます。
誤字報告等もしていただけて、ワタクシは幸せ者でございます。
御礼申し上げます。
2019/9/18 段落など修正。




