1-D100-63 マリヴェラ追跡中
スィベル川が本流に流れ込む合流点の近くの高台に、二日目のキャンプを張った。
ノームたちの監視の目は相変わらずだ。
距離を取り、様子を伺っている。
そのスィベル川と名付けられている支流は、シルヴェリア山脈を水源としている。
本流のアーレンフォー川に比べると大して大きな川ではない。
ただ、今の季節は雪解け水で水量も多い。
支流の水量が多ければ、アーレンフォー川の河口付近では酸性度も薄まる。
逆に言うと、夏なんかは酸性度が高まるのだ。
イルトゥリルに何本も井戸を掘ってはどうだろうか。
なんて話も出たのだけれど、イルトゥリルとそこから西側の一帯は岩盤むき出しなのである。
「冥化」を使って試掘してみたものの、結果はネガティブ。
少なくとも地下五十メートルまでは水脈がない。
イルトゥリルは、もう、本当に巨大な岩の塊の上にあるのだ。
アーレンフォー川河口周辺なら簡単に水が出るモノの、質の点で議論の余地ありだったりしたのだった。
食事が済み、一番大きなテントの中で土木技師らと翌日の作業の確認をしていると、ルチアナがテントの入り口から顔を出して手招きをした。
テントを出ると、ユキもルンドもいた。
「どうしたのさ」
ルンドが答えた。
「それが、スィベル川の向こう、少し行った所から、大勢の人の気配がします」
「へえ。例の狩猟団かしらね? 夜を超すのにキャンプ張っているんじゃない?」
「でもねえ」
と、ルチアナが頤を撫でた。
「その割には音を立て過ぎよねえ。マリちゃ……マリヴェラ様、聞こえませんか? 今こちらは風下ですから」
言われてみれば、ガチャガチャ音もする。
「ルンド、ウチを見張ってる連中に聞いてみた?」
「はあ、それが」とルンドが頭を掻いた。
「居なくなりました」
俺はルンドの困り顔を見つめた。
マジか。
俺はこれまで控えめにしたままだった結界の範囲を、いきなり最大限に広げた。
……確かにいない。
「こっちに監視をつけるぐらいなんだから、
向こうの狩猟団にだってそれなりの監視は
つくよなあ。こっちを放り出してでも
向こうに行かなきゃならないって、何だ?」
俺は腕を組んで考えた。
これまでの「運命」のセオリーから言っも、シナリオとしてみても、これはフラグだ。
俺は何が起こっているかを調べに行くべきなんだろう。
「怪しいよね。行ってみる?」
ユキが言った。
私も行きたいって言ってるようなもんだ。
俺は渋い顔をして見せた。
しかしお構いなしだ。
「行こう!」
……うーん、まあ、何か有りそうなら後方で待機させればいいか。
「分かったよ。じゃ、ルーシ、こっちの守りはよろしくね」
「えっあたし留守番?」
「うん。じゃないと、誰がこっち守るの?」
「うぇぇ。うー、わかりました。畏まりましたぁ」
ルチアナには毎度貧乏くじを引かせているよな。
しょんぼりしていて本当に申し訳ない。
よし、たまにはご褒美を約束しよう。
「今度ユキ貸してあげるから」
「えっマジ? じゃ頑張る」
「は? マリさん何言ってるの! ルーシも喜ばないの!」
ルンドは三人でぺちゃくちゃしているのをニヤニヤしながら眺めていた。
「おい、お前も行くぞ」
「え、自分も? 自分はあの川渡れませんよ」
「そりゃユキも同じだよ。いいよ船か橋を作るから」
俺たちは準備を済ませ、スィベル川の川岸に立った。
支流とはいえ、本流との合流点だ。
徒歩で渡るには川幅も深さもある。
俺が川の水に手を突っ込むと、水が水面からせり出して、大き目の盥の形になった。
「ほい、じゃ二人ともこれ乗って」
見送りのルチアナが嫌そうに言った。
「うわあ、楽しそう」
「大丈夫だって。水神様のお導きだぞ。
それとも、向こうまで水で出来た橋を作ってほしい?
何だったら二人重ねて背負って行ってやってもいいぞ」
それはユキが即刻却下した。
「やです」
その速さに、ルンドが少し傷ついた表情をした。
同じく見送りに来たコボルドのジェイクが首を振った。
「おいルンド、楽しそうだな。達者でいてな」
ルンドは目を剥いたが、もう何も言わない。
「よし、二人とも乗ったな。じゃ、行ってくるよ。ルーシ、ジェイク、よろしくな」
と、震える二人を乗せて、水で出来た大きな盥を曳いて川を渡ったのであった。
――――――――――――
対岸に到着し、本流の川沿いを進んだ。
程なく、川岸に狩猟団の船が三隻、錨を下しているのが見えた。
「少々お待ちください」
とルンドが地中へと姿を消した。
数分で彼は戻って来て報告した。
「兵の殆どは山の方へ向かっております。多数の足音が聞こえますので」
「へえ。夜を越すから上陸したんじゃないのかな」
「そのようで」
「ここら辺って魔獣なんか出ないよねえ?」
「恐らく」
俺はちょっと考えた。
船で留守番してるやつを捕まえて泥吐かそうか?
しかしすぐ首を振った。
それは流石に非合法で短絡的だ。
余りそう言う事をしているとしっぺ返しがあるに決まっている。
「よし、そいつらを追おう。バレないようにな」
「はい」
「畏まりました」
追跡は容易だった。
多数の足跡が残っていたからだ。
俺が先行して、二人に合図をしながら進む。
たまにルンドに地中の様子を探らせる。
狩猟団の行軍は、休憩を挟んで次の日の夜まで続いた。
すでにシルヴェリア山脈地帯に入りつつある。
小高い山がうねうねと続く。
標高が徐々に高くなり、木々の間には時折溶け残る雪も見られる。
俺は周りの自然の豊かさに心を奪われた。
それに、経済的な面からも見落とせない点が有った。
「結構いい木が多いねえ」
「船の建造用ですか、マリヴェラ様」
「うん。まあね。船に向いた木材は産地が
限られているらしいしね。だから結構な
商売になると思う。直ぐには無理だろうけど。
道路を整備できていないと、アーレンフォー川
までの輸送が大変そうだし」
ルンドが周りを見回した。
「自分としては、こういう懐かしさを感じさせる山はそっとしておいて欲しいのですがね」
直ぐに自分が何を言ったのか気が付いて慌てた。
「あ、と、マリヴェラ様、出過ぎた真似を」
俺は手を振った。
「いや、気にすることじゃない。それより、ノームってこういう場所が好きなんだ」
「ええ、この様に山地と森林、麓に湿地や川なんかあると、その場所の土の属性が強くなり、すると自然に湧いて出て来ることもあります」
「湧いてくる?」
「はい。ご存知ではないですか?
自分らノームは半分妖精みたいなものです。
亜人と言われているのは形が似ているのと、
何故か人間と交配できるからです。
自分はちゃんとノームの両親から生まれてきてますがね」
これは驚いた。
同じく驚き顔のユキが訊いた。
「ジェイクさんは?」
「ジェイの字も変わりません。ただ、あいつら
コボルドは火山地帯の地熱の高い地域を中心に
生息しますので。この大陸で言えば東側の
火山地帯ですね。だから、今回の調査は殆ど用なしなんです」
「ふうん」
「そうですなあ。もしノームの住処があるとしたら、
ひと際大きななだらかな山の地下なんかにあるはずです。
若しくは平地にポツンとある丘とかです。
少なくとも自分の故郷ではそういう傾向がありました」
「なるほどね」
日が落ちても狩猟団の行軍は続く。
健脚だし、夜間でも行動できる装備か魔法を用意しているのだろう。
夜半になり、ようやくその歩みが止まった。
俺たちは十キロメートル以上間を空けて追跡していた。
狩猟団の装備が良いのだとすると、余り近づくと察知されかねない。
音を聞く限り、彼らは設営をしているようだ。
俺たちも適当な岩と木の間を選んでキャンプを張った。
「結局、ずっと歩きっぱなしだったな」
ユキが虫よけの結界魔法を使い、シートに寝転んだ。
「結構速かったね。まるで本当の軍隊みたい」
「しかし、何処に進んでいるんだろうな?」
ルンドが荷物から地図を取り出した。
「本当ですよね。確かに熊とか鹿の足跡はありましたけど……」
俺たちは地図を覗きこんだ。
ここはシルヴェリア山脈の北東だ。
山容も険しくはない。
言ってしまえば、ここはまだイルトゥリルのすぐそこなのだ。
「魔獣狩りたきゃ、俺ならアーレンフォー川の最上流か、東のクヴェルド山地行くけどな」
ルンドも同意した。
「そうですね。自分でもそうします。もっとも、本当に魔獣狩りがしたいのなら、西の大陸の南部か南の大陸の奥地に行きますけどね」
「まあな」
そこなら狩り放題だ。
ただ、逆に魔獣に狩られる可能性も高くなるんだけどな。
――――――――――――
丑三つ時に、俺は彼らのキャンプに近づき、その様子を伺った。
とんでもなく厳重で、周りには魔法による結界が張られていた。
俺ですら気づかれずに侵入できるとは思えなかった。
やっぱり何かおかしい。
早朝、狩猟団が出立した。
俺たちも後を追う。
森が途絶え、だだっ広い高原に出た。
その向こうに、浸食の進んだ岩山がギザギザと連なっている。
俺は迷った。
森ならともかく、もう少し距離を取った方がいいか?
普通に考えれば、十キロメートルも距離を開けていればそうそうバレないと思うのだが。
しかし、あちらはきっと魔法も魔法道具も万全だ。
「どうするルンド?……」
と言いかけた時、ユキが俺とルンドの袖を引っ張った。
「ね、あれ……」
と彼女は空を指さした。
今日はそこそこ雲が出ている。
灰色ではなく、白い雲だ。
その合間に黒い点が見え隠れしていた。
「ガルーダか?」
「そうなのかな?」
マリヴェラアイで凝視した。
間違いない。
大きな翼を存分に広げ、気流に乗って旋回している。
しかもあれは……野生じゃない。
俺たちは茂みの中に後退した。
「帝国兵だ。ガルーダ兵ってやつだな」
ルンドが顔を曇らせた。
「ガルーダ兵……帝国ですか? なぜこんな所に?」
「さあ。ウチの領土を偵察しているのかな。あり得そうだけど」
ロンドール侯爵領の地盤が固まらないうちに、その地理を調査するのだ。
俺が帝国の中の人だったらむしろするだろうし、これまでもしていただろう。
ガルーダは目がいい。
もしかしたら、俺たちはもう見つかっているかもしれない。
狩猟団は間違いなくその存在を把握されているはずだ。
厄介だな。
ちょっかい掛けられると狩猟団の連中に気づかれちまう。
俺だけなら冥化使いつつ追跡できるけど……。
「あの、ユキさん?」
「なんでしょうマリさん?」
俺は下手に出たのだが、ユキは俺が言いたい事を察知しているのか、返事がとげとげしい。
「申し訳ないですが、ここでルンドと待機していただく他なさそうなのですが……」
「アラそうですか。結構ですわ。何日でも行ってらっしゃいませ」
つん、とユキはそっぽを向いた。
やれやれ。
「じゃ、ルンド頼むぜ」
とこれ以上の面倒は避けるべく、ルンドに後を任せて俺は高原に足を踏み入れた。
2019/9/18 段落など修正。




