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1-D100-60 マリヴェラ転寝中


 今や石造りの、結構立派な建物になった政府庁舎。

 俺の執務室はその二階にある。

 建物自体があまり大きくないので、執務室と応接室、それぞれ十畳程度の広さである。


 俺は、ソファに座ってウトウトしていたらしい。

 横に何か暖かい気配がしてふと目が覚めた。

 隣にはユキが居た。

 桃色の手編みセーターに、白いフェルトのスカート姿だ。

 マフラーとダウンジャケットは、入り口の横に掛けてあった。


「おっとやべ、寝てたか?」


 寝ている時には例によって完全に無防備になる。

 炎属性を持ったナイフ一本でお陀仏なのだから、ウトウトはよろしくない。

 普段は街の郊外にある、俺自身のささやかな一軒家で、護衛付きで寝るのだが。


「うん。珍しいね。こんな時間に」


「あれー? 何だろうね」


「裕子さんは?」


「隣の部屋に居ない?」


 ユキが首を振った。

 裕子は秘書である。

 どこへ行ったのかな? トイレかな?

 この部屋は、その秘書の裕子と姉弟、その他主だったメンバーには自由に出入りを認めている。


「……参ったな。うたたねなんて初めてだ」


「疲れているんでしょ?」


 愁いを含んだ表情のユキが手を伸ばして、俺の髪に触った。

 俺は逆らわない。

 こういう時は逆らっても無駄なのだ。

 ユキは自分の櫛を取り出し、俺の髪を櫛梳り始めた。


「どうかな。高属性値ってのはホント便利で、肉体的な疲労は全然感じないんだけどねえ」


「私にできる事は本当にないの?」


「ナンだよ、ユキ、またそれか。

 いいんだって。ユキは『そこのコーヒー取って』

 ってノリで構えていればいいんだって。

 色々手ずからやってる俺が本当は

 間違っているんだから。

 ファーガソンさんだって言ってたでしょ」


「でも……」


 大体、インフラの工事なんてのは、お金を世の中に回すために必要な事業なのだ。

 政府がお金を出して企業に手渡され、作業員に支払われて彼らは受け取ったお金を使う。

 それがすべてではないけれど、お金は回さなきゃいけない。

 回る場所にはまた人が集まる。

 こうやって俺が何でもやっちゃうと、人の住む場所は確保できるし開拓に集中できる利点はあるけれど、本来生じるはずの雇用を奪ってしまう。

 だから絶対的にいいと言う訳ではない。

 まあ、「政府がお金を出して」のお金がないからやってるんだけどさ。


「最近、白髪が目立つし」


「え? そう?」


 俺はごまかそうとしたが、ユキは悲しそうな顔をして俺の頭を手で触り続けた。

 実際、白髪は出ている。

 いや、正確には銀色に光る髪だ。

 髪の毛の全体の半分は既に金色に変わっていた。

 かなり目立つメッシュである。

 それだけ、『真のマリヴェラ』に近づきつつあるのだろう。

 所がここ最近、パッと見では目立たないものの、銀色の髪が混じってきているのだ。


 一々抜いてはいたのだが……。

 原因?

 オレサマの見立ても、俺の予想も、原因はあの封印したはずの甲種、グレイグーだ。

 もしかしたら、浸食をするのは物質だけではないかもしれない。


 何故分かったかって?


 いやね、こないだパンドラボックスを開けたんだよね。

 異次元断層を使いつつ中身を処理できないかと。

 そしたらさ、銀の砂で満タンだったんだよね。

 びっくりして即座に閉めて、漏れたやつはきっちり処理したんだけどさ。


 ……ヤバいよね?


 でもそれは顔には出さなかった。


「大丈夫だってば」


 そう言おうとして言えなかった。

 ユキがふわりと後ろから抱きつき、肩に顔をうずめて泣き始めたからだ。


 ……ああ、「どくしん」か。

 読まれちゃったか。

 レベル上がってるなあ。


 丁度、執務室のドアがノックされた。


「マリヴェラ様いらっしゃいますか?」


 裕子だ。

 年ははっきり聞いていないが、彼女は三十歳前後の黒髪のお姉さんだ。

 ヴェインの企業で秘書や経理をしていたのだが、離婚したのを機に新しい場所で心機一転しようとしたらしい。

 だからってこんなアホみたいな辺境に来なくっても、とは思うが、こちらとしてはそういう変わり者は歓迎であった。

 特に仕事ができるとなればなおのことだ。


 俺は声を張り上げた。


「いるよー。でも三十秒待って」


「畏まりました」


 ユキが慌てて身体を放し、ハンカチで顔を拭った。

 俺はそんなユキに優しく言った。


「大丈夫だってば」


 ユキが頷いた。


「今日はお店に行く日ナンだけど、来るかい?」


「じゃ、掃除してるね。カミラちゃんはもういるかしら?」


「多分。宜しく」


 お店とは、居酒屋の事だ。

 お店の名前を「居酒屋マリ侯」という。

 名の通り、店主は俺だ。

 小さい店だが、役得を生かし、役所の隣に開店させたのだ。


 何故そんな店を開いたのかというと、少し暇になったからだ。

 石材の作成と並行してやって来た、主に水関係のインフラ整備も概ね終わらせた。

 ご存知の通り、俺は一日一時間しか寝ない。

 そうなると、頭脳労働以外の仕事を高効率でこなす身としては、余る時間で何をするかが問題となったのだ。

 ……ま、勉強もいいけれど、流石にね?


 そこで、目の前の海でとれる魚介類を中心としたメニューと、輸入されるお酒を出すお店を開店させた。

 はっきり言ってまだ野菜の類も殆どないし、肉類も塩漬け肉や鶏程度しか無いから本当にささやかな物なのだ。

 それらの食材を、適当に調理して出している。


 大して繁盛もしていないが、息抜きにはなる。

 それに、個人のお小遣いは基本的にはここでの利益から、と決めている。

 だから仕事としては真剣なのだ。


 基本的に仕込みと調理は自分だけでやり、片付けなどはカミラにやらせている。

 ユキはたまに手伝ってくれるのだった。


 裕子が部屋に入ると同時に、ユキが出て行った。

 裕子は会釈しながらも、「あらあらお邪魔いたしました」と言う顔をしているが、毎度の事なので口にはしない。


「マリヴェラ様にお手紙が来ております。開封いたしますか?」


「うんお願い」


「では……」


 裕子は手際よくペーパーナイフで何通かの手紙を開封してゆく。

 大体は他愛のない物だ。

 時には詐欺を目的とした手紙だったりもする。


 今日の手紙は違った。

 送り名は、ポントス武装運輸株式会社代表取締役フロイン。

 ここに腰を据えてから早い時点で俺は彼に手紙を送っている。

 その返事だった。


 俺が手紙に書いた要点は二つ。

 一つは、ここの状況を知らせ、通商を求めたのだ。

 ポントスのヴェネロ共和国にいきなり外交を求めるよりも、先に彼に当たりをつけた方がいいと思ったのだ。

 無論ユキやユウカには図っていない。


 だが、このような地政学上の位置にある以上、貿易の仕事をせざるを得ない。

 せざるを得ないなら、内海のアグイラとワクワク、ヴェネロと言った主要な港を使わずにいられない。

 生きて行くのに必須なのだ。


 もう一つは、姉弟がアグイラに一時帰国して墓参りをする事の許可だ。

 これは事前に二人の意思を確認している。

 俺としても、二人に一区切りしてもらいたかった。


 無論、堂々とワクワクに乗り込む訳にはいかない。

 俺個人はともかく、二人は表面上は敵対中なのだから。


 返事には、どちらも問題無いとあった。


 通商はヴェネロに使者を送ってくれればいいと書いてある。

 特別な待遇なんかは無しで、単に相互の船の出入りと補給、物の売買を認めるだけだ。


 もう一つは、問題ないが少し待ってくれとある。

 特に理由は書いていないが、アグイラにいるブレイクからの情報によると、ワクワク島にてレジスタンスが活動しているとの噂があるらしい。

 もしかしたらそれが理由なのかもしれない。


 手紙の最後に「ロンドール侯爵封爵のお祝いにヴェネロ産のワインを送ります」とあった。

 見た目と相違して社長はマメな所があるらしい。


 裕子の顔を見ると、彼女は顔をほころばせた。


「フロイン様から、ワインを一樽頂いております。お店にお送りしますか?」


 一樽か!


「うんうん、いいね、お願いね!」


「畏まりました。返書はいかがいたしましょう」


「そうねえ。ワインの御礼と、近いうちに一度お伺いします、と」


 裕子がペンを取ってメモを始めた。


「社長には私的にお会いしたいと。通商締結のための使者はすぐにでも派遣しますので宜しく頼みます、と」


「……畏まりました。書き上げましたらマリヴェラ様にお見せします」


「うん、お願いね」


――――――――――――


 そして仕事が終わってからの「居酒屋マリ候」のカウンター。


 今日のメニューは烏賊(イカ)と里芋の煮物、ワカメの刺身、カニと揚げ豆腐のあんかけ、タラの雑炊である。

 今手元には輸入した焼酎とお米のお酒、つまり日本酒があるのだが、それに合わせたつもりだった。

 頂いた赤ワインが合うかは人それぞれだけれど、ユキは「どっちも試してみる」と言ってもう真っ赤になっている。

 そんなユキがカミラに絡み始めた。


「ねえ、カミラちゃん、ここの生活、慣れて来た?」


 カミラは、ユキ相手にも露骨に迷惑そうな顔をするから面白い。


「いいえ、ユキさん。まだ全然」


「そうなんだ。何か困った事が有ったら言ってよねぇ?」


「大丈夫ですから」


 そんな様子を、魔王が隅の席でニヤニヤしながら眺めている。

 魔王は開店すると大概やってきて、ツケで飲んで帰る。

 そのツケがもう結構な額になってるんですけど、どうしたらいいんでしょうね?

 カミラを解放したユキが俺の方を向いた。


「ねえマリさん」


「なあに?」


「もうそろそろ、アーレンフォー川上流への調査隊が出るでしょ?」


「ああ、それね」


 もう季節は本格的に春になる。

 上流区域は大陸性の気候なので気温が下がる割には大して雪は降らない。

 だからもうそろそろ俺を中心とした調査隊を出す予定だったのだ。


「俺もいくよ。なんせまだここ陸軍も無いしさ」


 陸軍はまだ作っていない。

 軍隊と呼べるものは、海軍と海軍の海兵隊だけなのである。

 強いて言うと警察隊もあるのだが。

 ホーブロへの軍務が発生する可能性があるので、どうしようかとまだ検討している最中なのだが如何せん人材も無いし金も無い。


「私も行っていい?」


「ユキも?」


 俺は大仰に驚いて見せた。

 そう言いだすかも、とは思っていた。

 その話題が出るたびに何か言いたそうにしていたからだ。

 何があるか分からないので、出来れば自重してほしい所だが、本人は自分が何も役に立っていないと気に病んでいるのだ。


「うーん、どうしようかなー」


 と熟考して見せた。

 お酒の力を借りたとはいえ、ようやく言い出せたのだ。

 健気ではないか。

 俺もいる事だし、ユキも一応元冒険者なのだ。


「分かったよ。じゃ、一緒に行こう」


「やったー! じゃマリさん、ワインもう一杯」


「もうダメだよ。飲みすぎだよ」


 ユキがキリリっと(まなじり)を上げた。


「嘘でしょ?」


 やれやれ、これではどっちが上の立場か分かんないよねえ。

 仕方がないので、カミラに目で合図した。

 カミラはユキのグラスに、少しだけワインを注いだのだった。


飲みすぎ注意。

2019/9/18 段落など修正。

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