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1-D100-59 マリヴェラ建設中


「うわあ。なんにもないねえ!」


 徐々に近づくイルトゥリルをマストの上から眺め、俺は言った。

 横にはカミラと、カミラをちらちら横目で盗み見している風間が居る。

 真冬の風は冷たい。

 風間はセーターの上にターポリンを着こんでいた。

 反対に、カミラの方は、全く寒さを苦にせずに薄着である。

 そのカミラが質問した。


「何も無いと何が悪い?」


「お、カミラ君いい質問だね」


 イルトゥリルは冬の夕日を浴びて、僅かに雪に覆われた煙る黒い大地の高台に、へばりつくようにあった。

 海岸は至る所岩で覆われた島と入り江と岬だ。

 ここ一帯、特に西側沿岸はフィヨルド地形なのである。

 イルトゥリルが面するひと際大きな入り江の奥の方に、アーレンフォー川の河口があるはずだ。


 カミラの質問を置いておいて、俺は風間に問うた。


「風間、どう見える?」


 普通の人間にはまだ遠すぎるが、望遠鏡を構えている風間にはよく見えているだろう。


「そうですねえ。隊長の仰る通り、何もありません。

 岩と草だけです。 ただ、春になれば印象は違う

 と思います。暗礁も多そうですね。港はあの広い

 入り江を少し入った所にあると聞いていますが……。

 最近何度か海賊の襲撃にあったと言う噂は

 本当かもしれませんね」


 その海賊は、カーネッドの連中でもクローリスでもない。

 西の大陸の海賊と、もしかしたら南の帝国の息のかかった海賊のどちらかだ。


 そして風間は俺を隊長と呼び続けている。

 女神さまは論外だが、閣下とか言われても困るのでそのままにしてあるのだ。


「おい、どうなんだよ」


 これはカミラだ。


「ああ、差し当っての問題はだな、すぐにこれだけ

 の人数を収容できる建物が無いって事さ。

 お前にもわかるように言うと、巣が足りないって言えばいいかな」


「ふうん」


 まあ、当初の予想通りではある。

 難民の代表団にも説明済みだ。

 だから当面、多くの人は交代で港に停泊した船を宿舎代わりにしないといけない。

 船の所有者に対しても賃借料の交渉は終えてある。

 かと言って、それで冬を越すのもちょっと怖い。


「どうするんだ?」


「どうにかするさ」


 一度見え始めると、みるみる近くなる。


 船団は危険な岩礁のある河口付近を、慎重に進んだ。

 イルトゥリルから微かにキラリと光が発せられた。

 夕日を反射した望遠鏡のレンズだろう。

 俺のロンドール侯爵への封爵は、船で知らせが行っている事になっている。


 なお、ユウカらはまだ到着していない筈だ。

 彼らがここへやってくるのは、順調でも一週間以上後なのだ。

 

 取り合えず日が落ちつつあるので、船団は港へは入らず、広大な入り江の片隅に錨泊することにした。

 幸い天候も問題ない。


 俺はボートにて先行して上陸した。

 シャロンもいる事だし、ユキには明日迄上陸を我慢してもらう。


 一帯は岩場である。

 ボートを指揮する暮井もかなり慎重に進めた。

 新しい領主サマの乗ったボートがいきなり転覆なんて、面白過ぎるからな。


 無事上陸すると、イルトゥリルからも人数が出て迎えに来ていた。

 護衛だろう。武装している者もいる。


 俺は目立つように、魔王様の小袖に着替えている。

 貴族様用の服も用意しているのだが、何となくこっちの方がしっくりくる。


 そんな俺の前に、一人の正装の男が進み出た。

 男はジョンソンと言う名だった。


「ようこそ、イルトゥリルへ。私は総督のジョンソンと申します」


「ご苦労様です」


「ヴォルシヴォ公爵閣下から知らせが入っておりました。ここでは何ですので、まずはこちらへどうぞ」


 と案内を始めた。


 着いたのは、木造の建物だ。

 門柱にかかっている看板には「政府庁舎」とある。

 盛り土をした土台に、ぐるりと石壁で囲っている所を見ると、一応何かあった際の防御施設にはなるかもしれないが、率直に言ってかなり粗末だ。


 中に入ると、十人ほどの職員が左右に並んで出迎えた。

 うーん、なんだか田舎の村長になった気分だ。


 そして案内された総督室で、暮井が書類を鞄から取りだし、仰々しく読み上げた。


 任命書だ。

 

 功を上げた俺をここら一帯の領主にするっていう内容だ。

 んで、最後は女王陛下万歳で〆る。


 ジョンソンは頭を下げた。

 どことなくほっとした表情だ。

 ジョンソンも俺も、ソファに身を預けた。

 暮井は後ろで気を付けしている。

 楽にしていろって言いたい所なんだけれどね。


「それで、単刀直入に言って、ここの問題は何ですか?」


 ジョンソンは肩をすくめた。


「何もかも、ですな。自給自足ができないのに、本国からの補給は滞りがちです。流刑地にはもってこいなのでしょうが、殆ど見捨てられています」


 魔法道具の明かりに照らされた総督の顔は、疲れて見えた。


「大昔は栄えていたと言いますが、信じられませんよ」


 やっぱり罰ゲームなのかしら、という考えが再び頭をもたげて来たのだった。


――――――――――――


 都市計画は一からやり直しだった。


 上陸して落ち着いてからこっち、連日の会議である。


 今のイルトゥリルは港湾としてはまあまあ優良で、内外からの脅威への対処のしやすい場所にはあるのだが、いかんせん大人数の居住には向かない。

 もっと内陸の、平地……いや、豊かな土壌のある場所を探したい。

 なにせ、殆どむき出しの岩場、さもなくば湿地しかないのだ。


 飲み水にも事欠いている。

 アーレンフォー川の水質が酸性なので、そのまま飲むにも農業にもそのままではイマイチ使えない。

 川の本流上流域には、二百年前に落ちた隕石が造ったクレーターや、その影響で活性化した火山地帯がある。

 水質が酸性なのはそのせいだ。

 温泉地を流れる川が酸性なのと同じである。


 そこそこ降雨があるので何とかなっているが、人口が倍になるとまず足りない。

 農業もしたいならなおさらだ。


「ジョンソンさん、水まわりの現状はいかがですか?」


 元総督のジョンソンが手を上げた。


 俺の任命書が読み上げられた時点で、彼は任を解かれたのだ。

 しかし引継ぎをすると称して、しばらく留まるのだとか。

 単身赴任なのだから、帰ってもいいと言っているのだけどね。


「大昔に作られたダムやため池を改修し騙し騙し

 使っている状況です。アーレンフォー川の上流に

 ある支流から水を引きたいのですが、

 用水路の工事を始めると、すぐにノームや

 ドワーフに壊されてしまうのです」


「ノームにドワーフねえ」


 ノームは土属性を有する妖精に近い亜人、ドワーフは同じく金属性を有するそれだ。

 どちらも比較的穏やかな種族なはずだけれどな。

 宗教国家だなんて面倒なもんがあるって言うじゃないか。

 そのせいか?


「そいつらと話し合いをしたことは?」


 ジョンソンが首を振った。


「もちろん言葉は通じますが、聞く気はないようです。

 交渉するネタもありません。こちらはやられっぱなしです。

 なにせ、ここには武力も殆どありませんでしたから。

 もっとも、ここまで攻め込まれたことも無いのですが」


 嘗められてたのかな。

 まあしょうがないよな。


「ファーガソンさん、どうだろう。俺が出てって睨み利かしちゃまずいですかね?」


 ファーガソンには無理を言って首相兼内相兼外相をお願いしていた。

 俺としても無茶振りは重々承知ではあった。

 本人は「首相はちょっと」等と言っているが、より適任な者が見つかるまで、と言う条件で何とか首を縦に振ってもらったのだ。


 しかしこれには首を横に振った。


「彼らが何を目的に行動しているのかを知るべきでしょうな。ただ抑えるだけでは……」


 そりゃそうか。


 この会議には、ジョンソンとファーガソンの他にも何人かが列席している。

 イルトゥリル政府の実務者数人と、ホーブロから連れて来た数人。

 バイロン伯爵のユキ。

 少し遅れて到着したユウカ。

 ミツチヒメ、ロジャース、そしてグリーン。


 グリーンはすぐに帰るでもなく、まだしばらくいると言うので、アグイラの時と同じように海軍顧問をお願いした。

 ルチアナは喜んだが、まあ、グリーンにとっては予想外の事態を監視していたいのが本音だろう。

 だからついでではあるのだ。

 こっちとしてはせいぜい利用させてもらう。


 ぶっちゃけ、殆どの閣僚ポストは空席だ。

 皆一人で色々しなければならないのだ。


 八島なんかいれば良かったのに、彼は結局アグイラに残ったらしい。

 こっちに来いって手紙を出したけれど、どうかなあ。


 ……そうそうそれに重要人物がいた。

 末席でふんぞり返ってニヤニヤしているピンクの魔王。


 ねえ魔王様。


 何にもないじゃないかここ。

 暇だろ?

 何しに来たんだよ。


 それにやっぱり仕事も何もしやしない。

 変にウロウロするだけに、置き物よりもタチが悪い。

 何故かグリーンと一緒に逃げてきて、この政府庁舎に居座っている。

 職員を召使の如く顎で使い、職員も唯々諾々と従う。

 これじゃ、この人の建物は最優先で作らないと業務に支障が出てしまう。

 困ったもんだ。


 一区切りついた所で俺は政府庁舎を抜け出し、裏山に登った。

 まともな木は一本も生えていない文字通りの岩山である。

 周辺の木々は既に伐採されつくしているのだと言う。

 ただし、山の上から内陸に目を移すと、遥か向こうに黒々とした帯が見える。針葉樹林帯だ。

 木材を手に入れたければ数日間遠征をしないといけないのだ。


 この山を起点にして、南西の沿岸沿いに延々と浸食の進んだ山脈が続く。

 その沿岸は、典型的なフィヨルドが連なっている。

 数えきれないほどの島と入り江と岬である。

 少し暖かい気候のノルウェーなんかをイメージしてもらうといいかもしれない。


 で、周辺ではこのアーレンフォー川の河口付近のみが、まともな平地を形成しているのだ。

 この大陸全体が、以前にあった氷河期に氷河でおおわれていたのだろう。

 岩だらけで土壌が少ないのはそのせいだ。


 土が欲しい。

 岩山のてっぺんに立って、巻きあがる風に吹かれながら思った。

 湿地を埋め立てて、耕作地が欲しい。

 豊穣の土なんてマジックアイテムがあっても、植物を植える場所が無いんじゃ豊穣も何も無い。


 カーネッドだってそうだった。

 氷河の浸食地形と火山地帯という違いは有れど、農業が成り立たないのでは何かと難しい。


 「冥化」を使ってどこからか土を持ってくるか……。

 「冥化」?

 そうか、「冥化」か……。


 ちょっとしたひらめきだった。


 「知る」によると、このシルヴェリア山脈は、一部が石灰岩質なのである。

 土はともかく、こいつを上手く使えば、農業用水まではともかく生活用水はまかなえるようになるかもしれない。


 計画はこうだ。


 この山を「冥化」で切り取り、都市の基盤や建材、港湾施設の護岸にそのまま使うんだ。

 環境破壊の最たる物ではあるので、順序としては利用可能な土地に溜池などを作ってからの話ではある。

 石灰岩は上手く使えば酸性の水を中和できるしね。中和用の溜池を掘るんだ。


 この計画を会議で提案した。

 反対者は居なかった。

 そりゃそうだ。

 領主様自ら働くって言ってるんだしな。


 山から石材を切り取り、街に持って帰る毎日が続いた。

 それをどう積み上げたり敷き詰めるのかは、その手の職人と彼が指図する労働者にお任せしてある。


 港湾については、ペンティメンタルからあの佐藤が公使付き文官として出向してきたので、グリーンとロジャースとで相談して指揮してもらった。

 大型船も安全に航行・入港できるように、危険な岩礁もすべて取り除く。

 防波堤は陸上でこさえたものを、「冥化」してから海中に設置した。

 主な港湾施設は二か所。

 イルトゥリルとその奥までをカバーする港と、西隣のフィヨルドに作られた外港だ。


 後者については主に海軍の施設とし、南西の居留地からやって来たクローリス達に管理を任せる事にした。

 彼らが住むのもそこ。

 イルトゥリルには亜人や妖魔たちに慣れていない人間が多い上に、その逆も同様だ。

 要らぬトラブルを避ける為に、しばらくは分けて様子を見る方針だ。


 ダムを増設し、溜池も増やした。酸性の水を中和する溜池も試験的に作って水を入れた。

 農業用水にするにはまだまだ足りない。

 だから農作物は暫く期待できないが、飲み水には不自由しなくなりそうで安堵した。


 毎日忙しく働き、日々が過ぎた。


 春がやって来た。


2019/9/18 微修正。

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