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1-D100-57 マリヴェラ切替中



 お祭りが終わった。


 翌日には早速、俺たちは公邸の一室にて、ロンドールにおける俺たちの権利と義務、必要な諸手続きについて説明を受けた。

 おいおい!

 この法関係の書類、一体何千ページあるんだよ!

 頭が破裂しそうだ。

 貴族の家に生まれていれば、こういう事は幼少から教育を受けているのだろうけど。


 王家の生まれであるユキは何故か微妙、いやかなり微妙である。

 勉強嫌いなのでしょうかね。


 反面、ユウカとロジャースは頼もしい。

 結構理解しているように見える。


 人材も何人か王家と公爵家の紹介で付けてもらい、契約した。

 自薦してきた者もいる。

 出自が怪しくても、今は人数が欲しい。

 何しろ、ロンドールの主都イルトゥリルには、人口が千人ちょいしかいないのだと言う。

 衛星都市も無い。

 従ってそれがロンドールの人口全てだ。

 しかも三分の一は囚人だ。流刑地なのである。


 俺は時間を見計らい、ロンドールについての書物を、ヴィオンに一時的に仮設してある王立図書館で漁った。


 書物によると、ロンドールも昔は多少は栄えていた時期があったのだそうだ。

 所が二百年前に隕石が落ちて全域が壊滅してしまったのだという。

 その後は内陸からはドワーフやノーム、コボルドの、外からは西の大陸からの海賊による度重なる襲撃により荒廃したのだった。


 地理書によると、面積にしてグリーンランドよりも広い。

 日本の十倍程度である。

 ただ、殆どが人の住んでいない区域で、ざっと言って岩場と湿原と森林が覆っている。

 東部沿岸は火山地帯であり、居住は不可能だ。


 イルトゥリル周辺にはアーレンフォー平野が広がり、アーレンフォー川と言う大河がその真ん中を貫いている。

 これも、平野とは言うが実際はほぼ湿地なのだそうだ。


 緯度も高い上にアーレンフォー川の水質が酸性なので、耕作も何もできないらしい。

 結論として農業にはあまり向かず、細々と牧畜を営むしかない。


 最近はアーレンフォー川上流付近に亜人による宗教国家が成立している模様で、イルトゥリルの総督の報告によると、どちらかと言うと敵対しているのだとか。


 うわあ、コレ、罰ゲームなんじゃね?


 ちらりとそんな考えが頭をよぎったが、それは気のせいだと首を振った。


 俺はそんなロンドリア大陸の一切を自由にできる権利を得たわけだ。

 形式上は、ホーブロ王国の直轄地であったロンドリア大陸すなわちロンドール地方を、俺マリヴェラ・ムーラン・ロンドールに永久貸与すると言う形である。


 そして、軍役を除いての一切の義務を三十年間免除するとの事だ。

 普通なら王室に納税に当たる献上金を収めないといけないらしい。

 ……免除は有り難いけれど、宗教国家とやらの存在も気になるし、一体何年かかれば軌道に乗るのやら。


――――――――――――


 そして貴族様となったからには、それなりの義務も儀式も存在する。


 先ずは授爵記念パーティだ。


 今回も主催はヴォルシヴォ公爵の奥さんなのだから仇や疎かにはできない。


 思えばあのアグイラでの出航団結式のパーティから随分時間がたった。


 今回は改めて冬用の小袖をしつらえた。

 もちろん全員分で、ユウカには男性用の和服を着せたのだった。


 パーティは「ほんの少し」を除いて、穏やかに和やかに進められた。

 「ほんの少し」とは、こういう事だった。


 ヴォルシヴォ公爵の娘の一人で、ショーブ伯爵に嫁いでいるアザレンカも参加していたのだ。

 彼女は偶々里帰りしていて、このパーティを主催している母に呼ばれたのであろう。

 ショーブ伯爵コルティは、「西側同盟」の盟主の一人である。


 そんな彼女が、取り巻き数人を引き連れて、会話をしていた俺とユキの下へやって来た。


 取り巻きの一人が独り言のように言った。

 「知る」によると、彼女の名はショーブ伯爵の部下の奥方の名と一致した。

 一応、こういう知識も頭に入れてあるのである。


「あら、何だか犬の臭いがするわね」 


 そして、鼻をつまんで見せたのだ。


 当然、ユキに対する当てつけである。

 このフレーズは、獣人への差別が強い内海特有の言い方であると言う。

 ユキは今日も、打掛で隠れているとはいえ、尻尾を外に出した格好である。


 俺がじろりと睨むと、その女は「ほほほ」と笑いながらアザレンカの陰に隠れた。

 アザレンカが羽根つきの扇を口元に宛てて言った。


「なぜ陛下は、あなた方のような人外に褒賞など与えられたのでしょうね?」


 直球である。

 ならばこっちも直球で返す。


「徒党を組んでも碌に使えない奴らよりも仕事をしたからでしょうな」


「んまあ」


「なんていう事を」


「獣の一党の癖に」


 と、彼女たちはこそこそ言い合っている。 

 追い打ちをかけた。


「ああ、さっき犬の臭いがどうこう仰っていた奥方様」


 俺が声をかけると、その女はぎくりとした。


「まあ! 何かおっしゃりたい事でも?」


「うん。俺も人外様なだけ有って鼻の性能が良いんだけどさ。アンタ、さっきトイレ行ったろ?」


 女も、流石に答えられずに怪訝な顔をしている。


「臭うぜ? 拭き切って無いだろ。香水でごまかしても駄目だよなあ。もう一回行ってきたら?」


「……!」


 女は、


「ちょっと、失礼いたします」


 と言って去っていった。


 アザレンカたちも、公爵の奥方、つまりアザレンカの母が近寄ってきて咳払いしたので、同様に去っていった。


 俺とユキは、公爵の奥方に目礼して、その場を離れたのであった。


――――――――――――


 会場を見渡すと、とても華やいでいる。

 隣の間では、弦楽器の演奏が響いて、若い男女がダンスに興じている。

 皆、ホーブロ諸侯の身内や、ヴィオンの有力者の子弟たちだ。

 「王都の門」による財政困難など、見る限りでは感じさせない。


 まあなんだ。

 俺は相変わらずこういうのは苦手なので、ロジャースやユウカを隠れ蓑にしてやり過ごした。

 そして最後の方では、会場の中庭に面するテラスに逃げてチビチビと上等なお酒を飲んでいた。


 そんなところに、ユキとミツチヒメがやって来た。


「あら、ロンドール卿がこんな所にいらっしゃるわぁ」


 ユキは酔っ払いと化している。


「ねえ、聞いてマリさん。私、この短時間に

 五人から求婚されたのよぉ。他に恋文も

 渡されそうになったけど、全部断ったわ。

 もう、どうしたらいいのかしら」


 ユキは困ったふうで居ながら、どことなく自慢げである。


「あっはっは。俺は二人だけだからユキさんの勝ち」


「えっ? それって何だか負けた気分……」


「そんな事ないだろ。でも地位の力って凄いよな。

 大体、俺の中の人が男子だってもう皆知ってるよねえ?

 それでも求婚して来るんだから、博打なんだか、

 そう言う性癖なんだか、わかんないよな」

 

 ミツチヒメが首を振って俺の肩に手を掛けた。


「なあマリヴェラ。言っているだろう。お主はもう……」


「姫様、やめてください」


「マリさんはいいお嫁さんになると思うんだけどな~」


「ユキさんも勘弁してください」


 ここで俺は真顔になった。


「でも正直、重要なのは地位なんだと思うな。問題は、俺は庶民出なんで、この地位と言うものがピンとこないのよね。一体どう振る舞えばいいのか……」


 ミツチヒメがバシンと俺の背中を叩いた。


「お主、ピンとこようが来るまいがどうせ自分勝手に振る舞うであろう」


 ユキも頷いた。

 俺は首をすくめた。


「そ、そうかなー?」


 ミツチヒメの紫に燃える瞳が俺の目を射抜いた。


「恐れるな。お主はお主でしかないのだから、唯々お主を生きればいいのだ」


 ミツチヒメの後ろでユキが再び頷いた。


「まあ、ホーブロの連中に対する振る舞い方は

 学ぶしかないがな。だが幸い、お主よりも

 上の地位にいる人間は、恐らく内海全体でも

 千人おるまい。そしてお主よりも強い存在も同様だ」


「そりゃまそうですが……」


 その時、ユウカがふらふらとテラスにやって来た。どうもお酒を飲まされたらしい。

 ユキが手招きした。


「ユウカー、ちょっといらっしゃい」


「あ、姉上、こんな所に……」


 俺はやって来たユウカの着崩れかかった服を直し、ついでにアルコールを抜いた。


「何だ、ユウカ君、随分飲まされたねえ」


 ユウカは顔を両手でこすり、テラスの手すりにもたれた。


「ええ、もう、沢山の女の人から寄ってたかって……」


 そして袂からかなりの量の紙束を取り出した。


「見てください。交際申し込みと結婚の申し込みがこんなに……私はどうすればいいのでしょう?」


 俺はユキと顔を見合わせた。


「なんか負けた気分すんだけど?」


「うん、私もちょっとだけ」


――――――――――――


 と言う訳で、領主様になるための急ピッチな詰め込み作業をしていたのだが、予定よりも早く動かなくてはいけない事態になった。


「アグイラ失陥」


 この重大ニュースに、ヴォルシヴォ公邸で俺達は、めいめい手にした新聞の号外を見つめながら動くことができなかった。

 戦闘は殆ど起きず、親ポントス派がヴェネロ共和国の軍を迎え入れたのだった。

 危惧した通りになった。


 何やってんだ、親ポントス派は売国だなあ、馬鹿だなあ、とも言い切れない。

 動機は違うかもしれないが、それは無駄な死人を出したくなくて負けを一時的にでも受け入れたユキの選択に似る。


 まあ、こちらの方が動機として強いのだろうが、これで親ポントス派は反ポントス派を蹴落とし、全てのパイを手に入れることができる事になった。

 当然、反ポントス派の人達からすれば言語道断である。


 俺は立ち上がった。


「行こう」


 ユウカが俺を見上げた。


「アグイラですか?」


「うん。トライアンフ号やグリーンさん達は、

 もう脱出しているはず。もしかしたらすぐ

 そこにいるかもしれないけど、迎えに行こう。

 んでさ。グリーンさんはフォールスに戻れば

 いいけれど、ウチが他の反ポントス派の人達の

 受け入れ先になるんだ」


 ロジャースも頷いた。


「艦隊は既に準備が整っております」


「ロジャースさん」


 ロジャースは俺に対し、幾分とがめだてする目つきをした。

 言葉遣いについてだ。

 今や俺が彼の主君なのだ。

 それは彼の選択でもあった。

 正解は「ロジャース艦長」なんだろうが、そんなに直ぐ切り替えられるわけないじゃん。


「もう一つ、今すぐ出来るだけの船をチャーターしよう。食料買い溜めの予定を繰り上げてかつ量を増やすんだ」


「賛成です。当初の予定では足りなくなるかもしれません」


 王都に集結していた大軍の為に集められた物資が、行先を失っているはずだった。

 ミュリエル号とチャーター船をスパロー号よりも先行させ、食料の他に各種資材をも買い集めてイルトゥリルに送る算段だった。


「向こうの状況は見てみないと何とも

 言えないけど、アグイラがこうなるってんだったら、

 今後何があるか分からない。数年分の備蓄はしておかないと」


「木材は王都で需要がありそうなのでちょっと難しいでしょうが、仰せの通りに」


 ユウカも立ち上がった。


「じゃ、それは予定通り私たちが指揮します」


「じゃあ、ユウカさん、お願いします」


 ぽん、と俺は手を叩いた。


「じゃあ、やるとしよう!」



変化を嫌がる自分がいるのですが、それではいけないのです。

変化を嫌がっているだけでは、本人には見えないだけで、環境はどんどん悪くなってゆくだけなのです。

ただし、変化すれば万事解決するわけではなく、変化の為の変化でもダメなのです。

難しい所ではありますが、例えば執筆すると言う行為は、変化そのものであると思うのです。

そう自分に言い聞かせています。

2019/9/18 段落など修正。

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