1-D100-56 マリヴェラ謁見中
謁見式の前日。
ベルトランの奥さんが主催しての前夜祭パーティだったのだが、主賓の俺は散々だった。
アレだ。
魔王様に拝領した小袖を着て、ミツチヒメやユキに寄ってたかって化粧とかされた「あの時」の十倍増しって感じだ。
ご婦人方がああではないこうでもないと、俺をいじりまくった。
顔は化粧を厚く塗られてゴワゴワする死。
髪は高く結い上げられて色々くっ付けられて、お辞儀すると重くて頭が上がらなそうだ死。
乳は寄せて盛られてドレスの襟からはみ出そうだ死。
どうすんだこれ?
明日もこんなの?
ユキは慣れたもので、借りたドレス等で着飾っても取り澄ました顔をしていられる。
ただ、こっちを見ないのは笑ってしまうって理由だからだろう。
ミツチヒメは会場の隅で俺の恰好をつまみにして酒を飲んでいる。
ユウカですら苦笑している。
どうすんだこれ?
――――――――――――
そして当日。
結局、ご婦人方にお願いして、もう少し軽めの服装で謁見に臨んだ。
魔法道具で明るく照らされた大広間の奥には豪華な玉座があり、そこに別人のようなコンスタンツァが居た。
宝石で飾られた王冠や宝杖がその権威を示す。
ヴォルシヴォ公爵ベルトランを筆頭に、左右を家臣が固めている。
俺の後ろには、俺と同じように借り物で着飾ったユキとユウカが居た。
俺はガチガチなのだが、俺がどう振る舞えば良いかは、部屋の隅に居るベルトランの家宰、あのヘルマンが小声で教えてくれていた。
「そこで三歩前に出てください」
「止まって、跪いて頭を下げてください」
と言う風に彼がささやくのだ。
耳が良いと便利な事もある。
俺はと言えば、脳内は完全にパニック中である。
今ここで剣で斬りかかられたりしたら対応できないと思う。
王宮の召使が、
「三者より、女王陛下に献上品がございます」
と叫んだ。
俺達は平伏したままだったのだが、別の召使があの「ザ・ハート」を手に持ち、コンスタンツァの元へ近づき、恭しく捧げた。
驚嘆のざわめきがさざめく中、コンスタンツァは頷き、
「大儀である」
と答えた。
「面を上げよ」
これはベルトランだ。
顔を上げると、コンスタンツァが玉座の上から見下ろして居る。
その威圧感は、とてもではないが先日砂肝をかじっていた人と同じとは思えない。
コンスタンツァが、広間の四方迄良く通る声で言った。
「マリヴェラ」
俺は一瞬ベルトランの表情を伺った。
普通、一般の身分では王と直接やり取りしてはいけない筈だ。
直接答えていいのだろうか?
彼は僅かに頷いた。
「はっ!」
「此度は甲種封印の大功、見事であった」
「恐悦至極に存じます」
と、俺はまた平伏した。
ヘルマンのガイドの通りに。
少し間が開いた。
「マリヴェラ」
「はっ!」
「お前、姓は無いのか?」
姓?
そういえば考えたことも無かったな。
中村って答えるか?
いや空気を読もう。
「ございません」
「では、ムーランとロンドールの名を与える。以後『マリヴェラ・ムーラ
ン・ロンドール』と名乗れ」
「ははあっ!」
……って。
ムーラン・ロンドールだって?
ヘルマンの解説によると、ムーランは王家のミドルネームである。
コンスタンツァのフルネームは、一般に知られている限りでは『コンスタンツァ・ムーラン・アレキサンドル』なのだ。
そしてロンドールは……。
俺は思わずベルトランの顔を盗み見た。
今度はベルトランではなく、彼の真向かいに居たエッフェイノール公爵がぶっきらぼうに紙を読み上げた。
「マリヴェラ・ロンドール。大功に報いる為、
ロンドール侯爵に封ずる。有難くお受けせよ。
同じくカンナギ・ユキをブラスト伯爵、
カンナギ・ユウカをペイロム子爵に封じ、
ロンドール侯爵の与力とする。
女王陛下への忠誠を期待する」
背後で姉弟が平伏した。
呆然としていた俺も一瞬遅れて同じようにした。
侯爵?
マジで?
「公侯伯子男」の上から二番目じゃないか。
与えるにしても、騎士爵とか勲章の授与とかお金の下賜とかじゃないんだ?
マジで?
ってのは、広間に居た連中も感じたらしい。
ざわついている。
「下がるがよい」
もう、誰がそう言ったのかも覚えていなかった。
控室に下がると、呆然としていた俺の両肩をユキがつかんでがくがくと揺らした。
「ねえ、マリさん!凄い!」
「え、う、あ」
と俺は揺られながら声も出ない。
控室で待っていたミツチヒメもロジャースも感無量と言った表情だ。
クーコだけは誰にも聞こえないようにこうつぶやいた。
「怖いわ」
確かに。
地位は人を作ると言うけれど、相応しいかどうかはまたその人次第でもある。
いや、そりゃ最悪の甲種封印したとはいえ、侯爵様ってどんだけだよ?
あのライエの親父アムニオン侯爵と同格だし、ペンティメンタル伯のウォードのおっさんよりも上になっちまった。
確かに俺は乙種の神族ではある。
しかし、普通どんだけ功績を上げた所で、貴族制の大原則である血統の欠片も持っていない者がこういう抜擢をされるなんて、あり得ない気がするんだが。
コンスタンツァとベルトランの考えなんだろうが……。
色々角が立たないか?
そのコンスタンツァ本人が控室に来た。
まだ着替えはしておらず、王の衣装のままであった。
「やあ、お前ら、落ち着いたか?」
俺は恨み言を言った。
「酷いですよ、陛下」
「ん? 何をだ?」
「いきなり侯爵だなんて」
「あっはっは、心配するな。当面は名前だけだ。皆わかっている。なにせ、ロンドールだぞ?」
「はあ」
ユウカが補足した。
「マリさん……あ、ロンドール卿、ロンドールは荒野です。何度も植民に失敗している場所です」
あー……。
なんだか、グリーンの気分が分かった気がする。
俺はユウカを睨んだ。
「その卿とか閣下ってのやめてよね」
ユウカが半泣きになった。
「す、すみません」
コンスタンツァが頷いた。
「そうだ。ブラストもペイロムもその
一地方なんだがな。ま、実効支配すら
していない。悪く言えば何もない。
良く言えば切り取り放題だ。
どうなるかはお前次第になるな」
「はあ」
コンスタンツァが俺のむき出しの肩をバシバシ叩いた。
「まあよいではないか。いずれにせよウチの傘下には居なくてはいけないのだ。それなら、本土の小国より、離れた場所に居る方がいいだろう?」
確かにそれはそうだ。
貴族共の下らん(しかし彼らにとっては重要な)権謀術数の埒外には居たい。
それにもしかしたら、将来的に名実ともに侯爵格と言える国に成長できるかもしれないのだ。
面積の小さな小国ではそれも無い。
コンスタンツァもベルトランも、極力俺の事を思ってくれていたのだ。
「よし、分かったな? 分かったなら行こう」
「ど、何処へですか?」
「忘れたか。レースだ。お前は優勝者を祝福する役目だ」
「そうなんですか?!」
――――――――――――
と、連れられたのは広場で組まれていたあの足場の上に設置された舞台だ。
狡猾なコンスタンツァは、いつの間にか、自分だけさっさと着替えて俺のお付きの人みたいな顔をして横に居る。
俺が舞台上から顔を出すと、気づいた人々が歓声を上げた。かなりの人数である。
「ほら、手を振れ」
コンスタンツァが背中を押した。
手を振った。
司会の人がいて、
「この度目出度くもロンドール侯爵に封爵されました……」
等と言っている。
楽隊が賑やかな音楽を演奏し始め、司会の声ももう良く聞こえない。
声援だ。歓声だ。口笛だ。
建物の階上から花びらがまき散らされてシャワーのようだ。
広場の一角に、馬に跨った男たちがいた。
彼らがこれから走るのだ。
それぞれ男伊達に着飾り、声援にこたえている。
何より、町内会の名誉とメンツがかかっているのだ。
おまけに、優勝した町内にかかる税金が一年間軽減されるんだとか。
税金が軽減されれば、物価も安くなる。
人も集まる。
人が集まれば豊かになる。
だからかなり真剣だ。
「では閣下、スタートの合図を」
「あ? ああ」
この呼称は慣れなければいけないのかな。
俺は手を上げた。
一瞬、静寂が流れた。
手を振り下ろすと、騎手を乗せた馬たちが一斉に走り出した。
広場のぐるりに設置された楕円のコースを一周だけ走り、彼らは街中を走るコースへと姿を消した。
イタリアか何処かにこういうお祭りがあった気がするな。
賑々しく、危険な香りだ。
街のあちこちで、歓声と悲鳴が起こっていた。
落馬したな……。
俺の鋭敏な知覚はそう感じた。
きっと、発生したけが人は俺の下に運び込まれて来るに違いない。
暫くして、先頭の馬が広場に帰って来た。
ボルテージが上がる。
追走が食らいついていて離さない。
広場をあと一周。
そこがゴールだ。
何故かコンスタンツァが舞台から身を乗り出して叫んだ。
「行け! そのまま、そのままー!」
その手には紙が握られている。
うん? ……これはアレだ。
籤だ。馬券だ。
いつの間にか何処かで買ってきていたらしい。
「よし! よーし!」
当たったようだ。
ご満悦である。
「陛下……」
「ん? あの騎手はな、この時の為に『言霊』を習得したと言う秘密情報を得たのでな……」
おいおいインサイダー情報かよ。
まあいいや。
「どうしてこれ程私達に肩入れしていただけるのですか?」
「ああ、勘違いするな。全て我々の利益でもあるのだからな」
「利益?」
「お前は詳しく知ってはおるまいが、
このホーブロと言う大きな傘を取り払って
好きにしたいと言う諸侯が多いのだ。
元々は私の祖先が彼らの祖先を諸侯に
封じたのではあるが、何せ四百年も経つと
その恩も最早無いようなものだからな」
予想通り、何処からか怪我人か急病人がこの舞台の下に運び込まれて来た。
落馬した本人だろうか。
続けざまに何人か運び込まれている。
コンスタンツァは続けた。
「西側同盟は、『ホーブロは形骸化し、
各々が独立するべきだ』と言う考えを
持つ諸侯の集まりだ。
同盟に参加していなくても、
同様に考えている諸侯は多いがな。
だが統制が崩れて好きに争うようになれば、
利する者もいる。実際に焚きつけている者もいる」
彼女は俺の肩に腕を回した。
司会の男らが不審に思ったようだが、肩をすくめあっただけだった。
「奴らの思いのままにさせてはいけない。正直者が馬鹿を見て苦しむ世の中は見たくない」
その言葉は、不思議と胸に響いた。
「諸侯の元には、王都へ派遣していた軍が戻りつつある。今後数年が勝負だ。我々は味方が欲しい」
「味方……ですか?」
「そうか、お前は乙種だったな。ここの状況は後で誰かに聞いてくれ。ただ、王家の本当の味方は、叔父御の他数人いるかいないかなのだよ」
「数人? 何故ですか?」
「先代……つまり私の父が色々やってくれたのでな。まあ、そこも誰かに聞いてくれ」
苦虫をかみつぶしたような顔をした。
コンスタンツァとしても余程思い出したくない事なのだろう。
彼女はポンポンと肩を叩いてから俺を解放した。
「まあ、兎に角頼むぞ」
直後に、舞台を取り仕切っていた男がやって来た。
揉み手をして俺のご機嫌を図っている。
「あの……閣下?」
「どうしましたか?」
「何人か、怪我人が出ております」
どれ……。
誰にも見えない様に手を伸ばし、怪我人たちを診察し、回復させた。
「ああ、……うん、治ったよ。見ておいで」
「へ?」
男はキツネに騙されたような顔をして舞台下に戻っていった。
下では驚きの声が上がっている。
「陛下」
「なんだ」
「二つお聞きしていいですか」
「許す」
「ペンティメンタルの件は何だったのですか?」
「お前を試した。姉弟の性格は分かっていたからな」
その結果がこうなったわけだ。
理由を聞いても答えないだろうな。
「分かりました。では、『委員会』についてですが……」
ああ、とコンスタンツァは複雑な表情をした。
「『委員会』は後回しにしろ。お前の国づくりを優先させるのだ。奴らは簡単な相手ではない。二兎を追う事は許さない」
やはり彼女も知っている。
しかも相当。
その彼女が言うのだ。
表情も物語っている。
「畏まりました」
俺は引き下がった。
実の所、この表彰式の舞台で「委員会」に宣戦布告するつもりだったのだ。
それも暫くはお預けだ。
ま、仕方がない。
2019/9/18 段落など修正。




