1-D100-55 マリヴェラ祭日中
その後、ペンティメンタルに戻り、一人でウォードに拝謁した。
詳細は既にアルヴァレスらペンティメンタル海軍に報告書を渡してあるので、ウォードもその内容を知っている筈だった。
俺は形式的にあらすじを自分の口から言うだけである。
流石にウォードも気落ちしているように見えた。
お気に入りの末息子だったらしい。
それだけに、どう取り扱っていい物かが難しかったのだろう。
関係の無いポップの人達を巻き込んだのは頂けないが、手持ちの戦力が王都に取られている状況では如何ともし難かった。
ペンティメンタル海軍の主力は、先日この母港に帰還したらしい。
お陰で港付近は大賑わいであった。
その海軍をこの件に投入してもよかったのではないか?俺はもう少し待つべきだったか?
昨日、調書を取ったアルヴァレスにそう訊いたのだが、彼は意外にもきっぱりと首を振った。
「いえ……。勝手な話ですが、イーグル号を抹消すると言う事は、身内を抹消すると言う事ですので……」
「ま、そうですよね」
「本当に勝手な事を申し上げているのは
分かっております。しかし、勝手ついでに
もう一つ申し上げますが、これで我が主と
我らペンティメンタル海軍は、
あなたに一つ借りを作りました」
「借り? 別にいいのに」
しかしアルヴァレスはどうしても借りは返すと言って承知しなかった。
じゃあ、ま、その内ね。
と言って海軍の役所を出て、今日ウォードに会いに来たのだった。
「息子は……アーサーは何か言っていましたか?」
ウォードは目線を上げず、俺の足元を見ながらぽつりと言った。
俺は一拍おいて答えた。
「ええ。父上の息子で光栄でした、と」
ウォードは少し驚いた様に顔を上げ、次いで寂しそうに笑った。
「そうですか。マリヴェラ殿、感謝いたします」
ウォードは頭を下げた。
バレたかな?
そう訊かれたらこう答えようと、何度も練習していたセリフだったのだが。
後は女王陛下によろしくなど、当たり障りのないやり取りだけで終わった。
謁見が終わると、佐藤がいた。
佐藤は日焼けした顔をほころばせた。
「マリヴェラ様、色々有難うございました」
「ああ、佐藤さん。どうもです」
「嫌な思いをさせて申し訳なかったです」
「いや、……結局適任者が居合わせたってだけです」
「手柄を吹聴するような人たちなら、断固お止めしたのですけどね」
「でしょうね。ところで、あんな強力な呪いの力を持つ魔法道具なんてあるんですね」
佐藤が顎を撫でた。
「ええ、私も報告書を見ただけなので何とも
言えないですけど……マリヴェラ様が回収して
くださったイーグル号の航海日誌には、
やはり船員がゾンビ化した船を臨検した際
に発見したとだけ書いてありましたよね」
「出自が分からないんですよねえ。それに原子単位でばらばらにしちゃったし」
「まあ、少なくともこれ以上の犠牲者は出なくて済むのです」
「そうですね。そう願いたいです」
「それでは」
「ええ、またそのうち」
俺と佐藤は握手をして別れた。
――――――――――――
ペンティメンタルを出航し、ヴィオンに向かう途上。
ここはスパロー号のキャビン。
皆が集って午後のお茶をしている最中に、ミツチヒメがニヤニヤしだした。
「いやあ、マリヴェラのあの腐れ船に一人突入する雄姿、お前らにも見せたかったな」
「ちょっと待ってください。もしかして姫様はあの船がやばい船だって分かっていたんですか?」
ミツチヒメは美しい眉を大仰にハの字にした。
もうおかしくておかしくて堪らないらしい。
「当たり前だろう? 泳ぎながらでも観察はできる。んんん? もしかしてお主は『水化』の調整にかかりきりで気づかなかったのか?」
そうだろうな、と思っていたが、そうだった。
スループを逃がすのに、スループに乗ったまま一緒についてゆく必要は無い。
スループにスパロー号の居る方向を指示して逃し、後はこっちに加勢すればいいだけなのだ。
それなのに一緒に逃げやがった。
ミツチヒメが鼻をつまんだ。
「のう、お主まだ臭うぞ」
「臭いません」
坂上も顔を近づけ顔をしかめた。
「ああ、これはダメかもしれませんね」
「いや、ダメって何よ? ねえ、ユキさんもユウカさんもほら、臭わないでしょ?」
「え、いや、いいから」
とは隣に居たユキだ。
微妙に距離を取りやがった。
こうなればやむをえん。
「君たち知っているかな? 臭いとは、物質なのだ」
「はぁ?」
と全員が怪訝な顔をした。
「物質であるからには量がある。OK?」
「だから何だ?」
とはミツチヒメだ。
「つまり……他人にその物質を移してしまえば臭いは薄くなる!」
と隣のユキに抱きついて身体をこすりつけた。
「うぎゃ!……や、や、マリさん、やめ……やめて……」
「や・め・て」
その後の光景は言うまでもない。
――――――――――――
ヴィオンに到着した。
街は華やいでいた。
ついこの間に見たヴィオンではない。
年の瀬ではあるが、その賑わいとも違う。
建物をありったけの花で飾っている。
人々はきれいな服で着飾っている。
魔法船のタグボートの力を借り、ロジャース艦隊が桟橋に艦をつける頃には、大勢の人たちが港の岸壁にやってきて手や帽子をこちらに振っていた。
甲板で俺はロジャースに訊いた。
「ロジャースさん、何ですかねこれ」
「何って……マリさんお忘れですか王都の事」
「ああ……。そうか」
これは、王都が解放された祝福のお祭りなんだ。
五年以上も避難生活を強いられた人たち。
それを受け入れ、対応する軍隊を派遣し続けた人たち。
何より、確実な破滅の到来が避けられた喜び。
きっと、ホーブロの各地で同じようなお祭りがおこなわれているのだろう。
「でも、ロジャースさん。嵐山の事お忘れなく」
「ええ。あれだけの目にあわされていますからね。当然念頭にあります」
嵐山はきっとまだここに居るだろう。
そして、スパロー号が絶頂に居ると思われる今が、彼にとっては復讐のし甲斐のある時である。
水兵たちも、声援に驚きながらも浮かれずに警戒を解かないのはそれをわかっているからだ。
当局で入港手続きを済ませ、検疫なども終わらせた。
……俺自身も魔法による検疫を受け、問題なしとされた。
いや、あのゾンビの件があったからさ。ちょっとドキドキだったのさ。
俺やミツチヒメ、それにユキとユウカは、ヴォルシヴォ公爵の公邸に泊まることになった。
そうなると水兵達の宿舎の警備が心配だが、それは事情を知ったヴォルシヴォ公爵ベルトランが、しっかり請け負うと言ってくれた。
公邸の広い一室を与えられ、ようやく人心地ついた。
ベルトランに返還する予定だったあの持参金は、ペンティメンタルに行く前に既に返還してある。
「ザ・ハート」は、数日後に行われるコンスタンツァとの謁見式で献上される運びとなっている。
ユキもユウカも俺も、女王陛下に謁見する時に着る服は流石に持っていないし、どの様な物を着ればいいかもわからない。
出入りの業者に急遽作成させるにも時間が足りないらしい。
そこで、前夜に行われる立食会に集う貴婦人の方々に借りる予定だ。
謁見式で何が行われるのだろうか。
実は聞かされていない。
何かご褒美は有るはずだけれど。
姉弟に良い事が有ればいいと思う。
ついでに俺の安全な居場所も。
コンコン、とドアがノックされた。
ユキかな?
ドアを開けると、コンスタンツァその人がいた。
「暇か?」
俺は面食らった。
おいおいおい、この人もフットワーク軽いよな。
安手のコートを羽織った、どこにでも居る様な街娘の恰好をしてニヤニヤしている。
護衛と思われる三十歳程の女性が二人、無表情でその後ろに居た。
彼女たちもパッと見は普通の格好だ。
俺が絶句しているとコンスタンツァが部屋に入って来た。
護衛の内一人が一緒に入り、一人は外で待機した。
「何しろ、五年以上ぶりの祭りだからな。私も待ちきれん。着替えろ。行くぞ」
「わ、私もですか?」
「お前以外に供に相応しい者などいるものか。姉弟とその護衛も待たせてある。ほれ、さっさとしろ」
ユキとユウカもか。
護衛ってのはきっとクーコだ。
しかしアレだ。
この人、ミツチヒメとルチアナを混ぜた感じだな。
否応も無い。
慌てて着替えると、公邸の勝手口に連れて行かれた。
ユキたちが待っていた。彼女は多少寒さに弱い。帽子にジャケットと、かなり着込んでいた。
「待たせたな」
「いえ、とんでもございません」
「行こう」
コンスタンツァを先頭に、一行は公邸を出て街へと繰り出した。
道々コンスタンツァが自ら説明した。
「元々この『花まつり』はだな、四百年前の解放戦争勝利を祝って王都ホーブロで始められた祭りだ。ヴィオンではなく、ホーブロ発祥の祭りなのだ」
彼女は立ち並んでいる石造りの家々のベランダを見上げ、指さした。
「本来は春に行われる祭りなのだが、民たちはどうやら何とか咲いている花をかき集めてきたようだ。春ならばもっと煌びやかになるのだがな」
それでも、若者たちは見栄と瑞々しい若さを競う。
主婦だってここぞとばかりに着飾り、一張羅を着たおっさんたちも負けていない。
素面の者も、こちらの方が多いのだが、ほろ酔い加減の者も肩を組んで何か楽し気な話をしながら歩いている。
子供たちは何が何だかわかっていないまでも、何時もより楽しそうに走り回っている。
食べ物の屋台がいくつかあった。
「焼き鳥か。いいな。ちょっと食べていくとしよう」
コンスタンツァがまず良い匂いに釣られ、ユキも続いた。
俺が思わず護衛のお姉さん達の表情を伺ったが、彼女たちは苦笑もしない。
いつもの事らしい。
念の為、俺はひそかに「知る」でその焼き鳥を検査したが、問題は無かった。
コンスタンツァがもぐもぐ食べながら言った。俺が何をしたか気づいたのだ。
「お前も苦労性だな」
「それはまあ、そうです。でも、陛下を狙う動機を持っている連中は多そうですが」
「まあな。良く襲われる。今後は特にそうなるであろうな」
えっ、とユキが驚いた。
「だ、大丈夫なのですか?」
コンスタンツァが笑った。
「どうかな。今迄は乗り切ったがな。お前たちだって同様だろう。現に監視されているではないか」
「かん……」
とユキが絶句して俺の顔を見た。
俺は顔を逸らした。
まあね。
少なくともヴィオン滞在中は初めからだ。
多分、嵐山か委員会か、それともどちらもか、だ。
俺は気づいていたが、ロジャース以外には打ち明けていない。
ユキたちに余計な重圧を感じてもらいたくなかったからだ。
でもまあこうなってしまっては仕方がない。
「いやまあ、向こうさんもこっちが気づいているって多分知ってるしなあ」
「でも、それならそうと言ってくれても……」
言い募るユキをユウカがなだめた。
「でも姉上、私たちが知っていた所でどうにもなりませんから。マリさんはそれを承知で……」
ユキがため息をついた。
そしてネギ塩にかぶりついた。
一行は賑わっている通りを抜け、街の中心にある広場にやって来た。
「ここではな、祭りの最終日、すなわちお前ら
との謁見式の後にレースが行われる。
町内毎に馬を飼っていてな、それを走らすのだ。
それが祭りのクライマックスだ」
「馬って……町中じゃないですか。石畳ですよ」
「そうだ。たまに騎手や見物人が死ぬ」
コンスタンツァが笑った。
「でも、今年はお前がいるから大丈夫そうだな」
ああもう、エクストリーム競馬かよ。
しょうがないなあ。
花売りの娘が俺たちに気づいて駆け寄って来た。
当然、女王陛下御一行だとは気づく由もない。
相変わらず護衛の二人は何も反応しない。
一目で敵かどうか見分けているとしか思えない。
これだけの大国の王の護衛を二人でやっているのだから余程優秀なんだろうけど。
「お花はいかがですか」
ユウカが受け取り、お金を渡した。
「奇麗な花ですね」
「はい。農家の方の話によると、キンセンカの一種だと言う事です」
「そうなんですか。ありがとう」
「こちらこそ。良い夜を」
花売りの娘は咲き誇る笑顔を残し去っていった。
広場では、足場が組まれつつあった。
エクストリーム競馬の表彰をそこでするんだそうだ。
コンスタンツァはもう何も言わず、その作業をしばらく見守った。
正直、俺にはあの銀色に光っていた甲種の門が、どれだけこの世界の住民に重圧を与えていたのかがわからない。
ぽん、とコンスタンツァが俺の肩を叩いた。
「さて、そろそろ叔父御が気づく頃だ。帰ろう」
白状しますと、祭りの場面はディケンズの「イタリアのおもかげ」に影響されています。
2019/9/18 段落など修正。




