1-D100-53 マリヴェラ待機中
作戦の成否が判明したのは翌日の昼過ぎだった。
重装備の海兵隊の一部が帰還したのだ。
彼らは何人かの捕虜を連れていた。
捕虜?
女子供と老人を捕虜と呼べるなら捕虜だ。
マジシャン号の海兵隊の帰還を、ユキはスパロー号の甲板から眺めていた。
彼女は横に居た俺の腕をぎゅっとつかんだ。
「ねえマリさん。何あれ?人質?」
「いや……俺だってそんなん判んないよ」
しかしどう見ても海兵隊が連れて来たのは戦闘員ではない。
同様に甲板で見守っていたロジャースも坂上も佐藤も、一様に硬い表情であった。
やがて作戦にかかわっていた人員の撤収が終わり、レオーネが報告にやって来た。
彼は肩をすくめて弁解した。
もしかしたら、弁解のリハーサルを心中で何度もしたのかもしれない。
すらすらと言葉を連ねた。
全ては命令の通りであると。
この島はある海賊の一党の根拠地であり、ガレーの造船所がある場所でもあったのだ。
今回はその造船所と居住地を破壊し、構成員を連れ帰り裁判を受けさせるのが目的だったのだ。
「連れて来た者たちは確かに非戦闘員ですが、
彼らの住居からは掠奪された品々が
発見されています。裁判にはなるでしょうが、
その後は本官の知る所ではありません」
坂上がそこで口を挟んだ。
「でも、ここは何とか王国の領地ではないのかしら? 国際法的にどうなの?」
「いえ、周辺に林立している小国家については、
ホーブロ王国は承認していません。
特に我らペンティメンタルはポップ海の殆どを
領有していると宣言しておりますので」
「ふうん、そうなの」
まあ、それなら確かに形の上では問題ないようにも見えるけどね。
こんなペンティメンタルから千キロメートル以上離れた多島海の領有権を、臆面もなく主張できるのならね。
しかし、女王陛下様のコンスタンツァは、なぜこの件を俺に見て来いと言ったのだろう。
王都の件が片付き、各国の、特にペンティメンタルの主力艦隊が帰還すれば、幾ら広大と言えども海賊の出没する海域を哨戒するなど問題はないはず。
マジシャン号もスパロー号も、抜錨して帆を揚げた。
相変わらず風は僅かだ。
ただ、風向きは往路よりはマシなようだ。
それでもやはり魔道装置フル回転で、ノロノロとパポエに向かう。
がんばれ師匠! てなもんだ。
いやあ、俺、魔方陣の事よくわかんないからさあ。
手伝えないんだよねw
ゴメンねwww
そうこうして日没間際の事だった。
再び狼煙が上がった。
もちろん総員呼集となったが、今度は無駄にはならなかった。
見える限りの範囲の島々の影から、わらわらと例のガレーが沢山現れたからだ。
丸木舟や筏などではない。
ヴァイキングの使っていたロングシップですらない。
小さいが、本物のガレーである。
見張り員の緊迫した叫びが甲板に響いた。
「物凄い数でーす。……小さい物も含めると、百隻は有りまーす!」
百。
単純計算で、一隻当たり三十人乗っているとすると三千人だ。
これは困った。
何が困ったかって、完全に戦闘を回避するにはどうしたらいいか、いい方法が見当たらない。
風のある外洋ならばぶっちぎれば良いだけだ。
スパロー号はもちろん、マジシャン号だって足の速いブリガンティンだ。
だが風がない。
どうやったって四方からやってくるガレーを避けられない。
遠距離攻撃魔法の使い手であるメイナード師匠は、魔道装置にかかりきりである。
ヘロヘロの彼を引っ張り出してきても、何かをできるとは思えない。
「どうしましょ、ロジャースさん」
もちろん、ガチで戦うなら俺がやる。
坂上もやるかもしれない。
だからロジャースも焦ってはいない。
そして考えることは同じだった。
「有無を言わさずに包囲攻撃をしてくるならば是非もないでしょう……。ただ、話し合いか、脅かして退かせられればいいのですが」
「話し合いねえ」
その間にも包囲網はどんどん狭まってゆく。
「ま、ちょっとやってみます」
と、俺は身軽に横静索を登り、さらに上のマストのてっぺんに立った。
体を半分冥化させ、バランスをとる。
どう見たって人間業ではない。
お馴染みの観光ガイドブックによると、この諸島の人たちは自然神信仰を持っているらしい。
つまり、彼らの世界には、太陽にも風にも海にも神様がいるのである。
それならば、相手の船にその手の神族が乗っていると知らせてやればいい。
更に最近実感しているのだが、例え神族であっても、人間の成りをして人間としてふるまえば、人間と変わらない扱いを受ける。
逆に言うと、神族として扱われたければ、神族としてふるまわなければならないのだ。
本性はどうあれ、だ。
だからここでは神族に見えるように見せる事にする。
おまけに、目一杯に金の雨を降らせる。
これならどう見ても、この艦にエタイノシレナイナニカが乗っていると分かるだろう。
そして狙い通り、包囲網は動きを留め、こちらの二隻と平行に移動し始めた。
坂上がふわりと飛んできた。
「何やってるの?」
「見ての通り、彼らが近寄ってこないように脅かしているんですよ」
坂上がぐるりと見まわした。
「ふうん。優しいのね。襲ってくるなら遠慮なく叩けばいいのに」
俺は彼女の単純さにある意味羨ましさを感じた。
「まあね。でもほら、何となく引け目があるし」
「捕虜の事? 余り気にしすぎてもどうかしら? ……あら、ガレーが一つ、白旗上げて来たわよ」
坂上の指さす方を見ると、確かに群れの中から一隻の少し大きめのガレーが離れ、こちらに漕ぎ寄せようとしている。
舳先には大きな白旗が翻っている。
これは降伏と言う意味ではなく、使者を意味するのだろう。
ガレーはカーネッドで見たそれとそっくりだ。
ただ、今見えるガレーの漕ぎ手は全員人間だ。
掛け声よろしくガレーはマジシャン号ではなくこちらに漕ぎ寄せて来た。
やがてスパロー号が帆を下し、ガレーがぴったりと船体を寄せた。
スパロー号が縄梯子を下すと、一人の男が登って来て甲板に降り立った。
「ワクワク王国海軍所属スパロー号へようこそ。私は艦長のロジャースです」
ロジャースが決まり文句を口にして手を差し出すと、男は握り返した。
男は大体ロジャースと同じ年代だろう。
上半身は裸だが、真っ黒に焼けて筋肉質で、所々刀痕まである。
余り穏やかではない表情だ。
「私は偉大なる王テスの次男ティート。この海域を取りまとめている。まず訊いて宜しいか?」
「では、ティート様。宜しければキャビンへどうぞ」
「いや、ここでいい。なぜ貴殿らワクワクの船がここにいて、尚且つペンティメンタルの船と共にあるのか。それにあのホーブロ王室の旗を掲げているのはなぜか」
性急に畳みかけようとするティートの質問に、ロジャースは丁寧に答えていった。
ティートは全て納得した訳ではなかったが、説明を聞き、スパロー号の事情と立場については了解したようだ。
そして彼はその間にも、ちらちらと坂上や俺の事を横目で見ていた。
単身乗り込んできただけではなく、こちらの状況を観察しに来たのであろう。
中々肝の座った男である。
彼がロジャースに訴えかけた内容はこうだ。
ペンティメンタルはティート達と長年争っている敵同士である。
確かにティートらはこの海域を支配し、通る船には通行税を要求している。
だがそれは正当な権利である。
ただ、今回北の海域で発生していると言う海賊の件については与り知らない事であり、それはペンティメンタルで処理すればいい話である。
我らの仕業であるとの情報は誤りか、ポップ海で唯一ペンティメンタルに協力的なパポエの連中の策略であろう。
連れ去ったという者たちは無関係であり、即座に解放を要求する。
だそうだ。
鵜呑みにもできないが、まあそんなところだろう。
「しかしティート様。我らにはマジシャン号の行動に関与する事ができませんので」
ロジャースは笑みを崩さずにいう。
しかしティートは信じない。甲板に降り立った坂上や俺を指さし、
「力を持っているのに行使しないのは何故だ」
と言い募った。
結局、ティートは自分のガレーに帰って行った。
「それでは、我らは我らのやり方で解決する」
と言い残して。
戦闘か? と一瞬思ったが、そのやり方がどういうものか、暫くしてようやく判明した。
彼らはついてきたのだ。
航行を再開したマジシャン号とスパロー号の周りと後ろをぞろぞろと。
行先はパポエに決まっているのだから、見失う事も無い。
あからさまな示威行動に、きっとレオーネも今頃苦虫を噛み潰したような顔をしているだろう。
既に日は落ちかかっている。
通常なら島の多い場所での夜間の航行は憚られるので、適当な場所に錨を下したい。
だが、往路でもそうだったのだが、敵地なのでそうもいかない。
レオーネはこのまま走り抜けるつもりだろう。
何より、ガレーに囲まれての休息などしたくない。
しかし壮観ではある。
見渡す限りのガレーなのである。
当座の戦闘はなさそうだというので、ユキもユウカも甲板に登ってきて見物している。
「ねえ、マリさん。これ、一斉に寄せてきたらどうなるのかしら?」
流石にユキは不安を隠せない。
俺は安心させるように言った。
「いや、来ないんじゃないかな?
相手に天使や神族がいるってわかっていても
突貫して来る程アホには見えなかったしねえ。
跳ねっ返りの船長が単独で挑発したりしに
来るってのは想定しているけれどな」
「うーん、大丈夫かな」
「まあね。それに、万一襲ってくるって言っても行くなら向こうでしょ」
と俺はマジシャン号を指さした。
多分間違っていない。
なんせ、スパロー号には化け物が乗っているし、何より奪回すべき人たちも乗っていない。
緊張感の漂う夜が過ぎた。
出ずっぱりの水兵たちにはきつい時間だった。
ペースが遅いとはいえ、ガレーの連中にはもっときつかっただろうに、彼らはめげずにぴったりとついてきた。
そして夜が明ける頃。
パポエに辿り着いた。
小型の高速ガレーは、アドリア海に出没してヴェネチア船を襲ったガレーをイメージしています。
塩野七生先生の著書参考です。
2019/9/18 段落など修正。




