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1-D100-51 マリヴェラ硬直中


 帰国に向けて俄かに活気づいた船着き場を、ミュリエル号は一足先に出航した。

 その狭いキャビンで、俺とユウカ、ロジャースが額を寄せ集めていた。


「ユウカさん、すみません。結局ホーブロに臣従することになりそうです」


「いえ、これで良かったのです。いつまでも船の上では落ち着きませんし」


 ユウカは封蝋をはがし、俺が渡したヴォルシヴォ公爵からの指令書を開いた。


「……これによると、ヴィオンでスパロー号と合流し、

 態勢を整えてからペンティメンタルに向かう。

 現地でペンティメンタル伯の協力を仰ぎ、

 海賊出没の有無を含め調査を遂行する、だそうです」


「細かい指示はないのね。ていうか、調査なんだ」


「確かに、随分大雑把ですね。海賊被害の発生地から近いペンティメンタルからではなく、海洋ギルドからの報告と言うのも引っかかりますし……」


「とにかく、行ってみるしかないよね」


――――――――――――


 ミュリエル号は数日の航海の後、ヴィオンの港でスパロー号と落ち合った。

 二隻は、補給を済ませ、再編成を終えた。


 ミュリエル号の今度の船長はクロスビーだ。

 相棒にはメイナード。

 航海士にはディレイラが任についた。


 俺も風間も、もちろんユウカもスパロー号に戻った。

 ミュリエル号は哨戒と連絡を司ることとなる。


 ペンティメンタルに出港する際、港の埠頭に一人の人影があった。

 ベルがそれを指さした。


「姐さん、あれを……」


 その人影は、杖をついた、吹けば飛ぶような老人だった。


「嵐山じゃないか……」


「手ぇ振ってやがる。今からでも消した方が良くありませんかい?」


 ベルは今にも飛んで行ってドスを一突きしたいって顔をしている。

 彼はササとは仲が良かったのだ。


「……証拠がないじゃん」


「それはそうなんですがね。見てください、あの笑顔。あそこにいるだけで、オレ達が慌てるだろうってわかっていやがるんですぜ」


「まあな」


 補給に関しては、全て俺が監視し、検品した。問題はなかった。

 それでも、何かされたかもしれないという不安は残るのだ。


 さて、そんな不安とは無縁な者がいる。

 シャロンだ。


 彼女は赤ん坊の様な状態から、もうすでに歩いたりできるようになっていた。

 記憶が無くなっただけで、脳の中の構造が消えてしまったわけではなかったらしい。

 言葉を真似し始めてもいるし、あと数日もすれば一人でトイレにも行けるだろう、とユキは喜んでいた。


 すっかりユキママである。


 スパロー号に妻帯者は少ないのだが、少ない妻帯者の子持ちの水兵に、あれこれ質問しまくっているらしかった。

 ただ、苦労も増える。

 目を離すとシャロンは艦の中を歩き回るからだ。

 ユキに全てを任せるのは負担が大きすぎる。

 で、彼女の世話に、俺も加わることになった。

 別に異存はない。

 もう少し俺がうまく立ち回っていたなら、こうはならなかったかもしれないのだ。

 ……その場合には、彼女は永遠の地獄の業火に焼かれ続けることになっていたのかもしれないのだが。


 ペンティメンタルまでは、千五百キロメートルほどの航程である。

 ファーネ大陸の中央部は比較的平地が多いのに対し、ヴォルシヴォ公爵領より東側は山地が多い。

 人口もさほど多くない。


 その東側の諸侯の中でも、ペンティメンタル伯爵は絶好の交通の要地を押える有力者だ。

 政治的には、王家の流れを汲んでおり、比較的王家に近い。

 西側同盟とは距離を置くものの、ヴォルシヴォ公爵とは余り馬が合わないらしい。

 経済的には、豊かでもなく、貧しくもなくと言った所だ。


 すっかり秋の高い空を満喫しつつ、スパロー号は進んだ。

 真冬になれば海は有れるので、スパロー号はまだしも、ミュリエル号は航行が難しくなるかもしれない。

 なるべく早く終わらせたい。

 十日少々をかけ、ロジャース艦隊はペンティメンタルに到着した。


――――――――――――


 ペンティメンタルに到着してまずした事は、ペンティメンタル伯ウォードへの拝謁だった。

 これには、俺と姉弟、ロジャースが赴いた。

 何しろ、直々に命令を受けたのが俺なのだ。

 女王からウォード宛の命令書と、ヴォルシヴォ公爵からの書簡を読み、ウォードは信じられないと言った風な表情で、俺と手元を繰り返し見た。


 ウォードは、四十歳位の背の高い天然パーマの男だ。

 ゆったりとしたガウンを着こんでいる。


「確かに、先日、早馬で甲種が封印されたとの知らせがありました。それをしてのけたのが、あなたの様に美しいお方とは」


 と、彼はお世辞を言った。


「いえ、まあ、たまたまです。それで、海賊の方はいかがでしょう?」


 ふむ、とウォードは命令書と書簡を部下に手渡した。


「いえ、大事にする程の物でもないと考えていたのです。まさか、陛下の御耳に入るとは、お恥ずかしい限りです」


 ウォードはどことなく警戒するような目で俺の表情を探った。


「大部分を王都へ派遣しておりますので小規模ですが、

 既に件の海賊討伐の為に、艦隊を出しております。

 直ぐに結果は出るでしょうから、マリヴェラ殿は

 ここに滞在してお待ち下さい」


 俺はなるべく困ったような顔をした。


「所が、女王陛下直々に、私自身が現場に出るように、と仰せつかっておりまして。申し訳ありませんが、準備が整い次第出港する予定なのです」


 ウォードがにやりとした。


「陛下に脅かされましたかな?」


 俺もにやりとした。


「ほんのちょっとですけどね」


「フフフ、わかりました。では、私の部下を一人つけましょう。海域に詳しい者です。分からない事が有れば、その者に申し付けていただければ」


 その部下は、港で補給物資を積み込んでいる時にスパロー号へやって来た。

 船乗りらしく、黒く焼けているが、水兵のような筋肉はついていない。


「この度、伯爵閣下から水先案内の任務を任されました、佐藤と申します」


 着ている服から見て、士官ではなさそうだ。

 後で聞いた所によると、いわば海軍省の官僚なのだという。

 年齢は風間より上に見える。

 ロジャース艦隊が出港し、頃合いを見計らって、キャビンでロジャースに色々と当該海域の情報を説明したりしていた。

 食事にも呼ばれていたが、口の多い人ではないらしかった。


 海賊が出没している海域は、ペンティメンタル南東の海域である。

 ペンティメンタルの東側には、南北に山脈が横たわっているのだが、その山脈の南半分が、朝鮮半島程の大きさの半島を形成している。

 海賊は、その半島の先から東側で活動しているらしい。

 半島の更に南には、ポップ海と呼ばれる島の多い海域がある。

 あのガレーの本場である。

 むろん、海賊も多いという。


「海賊共は、我が国の海軍主力が王都方面にいる事を良い事に、活動を活発化させているのでしょう」


 と、佐藤は推測した。


 襲われるのは、半島の更に東にある国々とペンティメンタルをつなぐ交易船や、遥か東の大陸からやってくる交易船だ。

 東の大陸には定住する者がいないと聞いたが、「定住していない」者はいるのだそうだ。


 なお、海賊その物を見た者はいない。

 それでも、ペンティメンタルに到着するはずの交易船が、何隻も消息を絶っていた。

 何か、海のモンスターが出没したという話も無かった。

 モンスターなら、幾らかは目撃証言や逃げおおせた船もいそうなものだ。

 いや、海賊であっても同様だ。

 出没しているのが普通の海賊なら、やはり逃走に成功した船もいよう。

 それに、積み荷などを奪われてから解放された船の報告も集まるはずだ。

 あのグレンヴィル海賊団であっても、積み荷と人質と水夫を奪っただけだ。

 それは元の世界の大海賊時代、十八世紀初頭の海賊も変わらない。


「所がさ、どうもその海賊は襲った船を沈めて乗組員は皆殺しにしているって話なんだな」


 ある日の夕方。スパロー号のマスト上にある見張り台の上で、俺とユキが二人で会話していた。


「そんな、酷い……。でも、どうしてそうわかるの?」


「さあ。でも、ロジャースさんがその可能性があるって」


「あり得ませんな。海賊の風上にも置けません」


 と風間が口を挟んだ。


「あ、風間君、居たの?」


「……隊長、最近自分への扱いが酷くないですか?」


「そう? 気のせいだってば」


 ユキがクスクス笑っている。


「気になる人ほど邪険に扱うって事かしら?」


「やめてください。こいつ、本気にしますから。ま、兎に角そうなんだって。一応、他に人には言わないでおいて」


「うん」


「了解です」


 冷気を帯びた一陣の風が通り過ぎ、ユキがぶるっと体を震わした。


「一枚上に羽織ってくればよかったな。シャロンちゃんもそろそろお昼寝から覚めるかもしれないし、私降りるわね」


「じゃ、俺も降りるか」


「ええっ?」


「……何か?」


「いえ、何でもありません」


 風間とのいつもの掛け合いをしたが、視界の隅、上空の一角に何かが見えて動きを止めた。


「……なんだありゃ?」


「はい?」


 と風間も俺の視線の先をたどった。


「……人が飛んできますね。いや、羽が生えて……。剣持ってこっち来ますよ! おおーい、甲板!」


 とっさに風間が下に向かって怒鳴った。

 そうしている間も、そいつは剣を構えて俺めがけて猛スピードで突っ込んでくる。


 このままだと、俺はともかくユキと風間がやばい。

 金の雨を展開し、そいつが侵入した瞬間に影免の千本刃をお見舞いした。


 バシン!


 直撃だった。

 飛距離十分のホームランってやつだ。


 そいつは細切れになって海に向かってバラバラと落ちていく。

 あっけない。

 そう思われたが、みじん切りになった肉片は、海中に沈む前に宙で再び形を取り始め、人の形に戻った。


 キモッ!


 一体何者?

 ……そいつが元の姿に戻った。

 天使だった。天使は不老不死なのだ。


 俺は呆れながら言った。


「おいおい、誰かと思ったら坂上のお姉さんじゃねえか」


「どなたです?」


「公爵さんの部下で、天使の乙種」


「げえ」


 坂上は物凄い形相で羽ばたき、俺たちのいるマスト上へ浮上した。

 剣は取り落として海中に没してしまったらしい。

 ユキは慌てて甲板に逃げていった。

 俺たち二人はその場から動けなかった。


「アンタ。ちょっと、いきなり何て攻撃してくれるのよ。甲種を封印したからってちょっといい気になってない?」


 めっちゃ怒ってる。


「いや、だってお前さんが剣持って突っ込んで来たからじゃないか」


「アンタを試したかっただけよ」


「ホントかよ! すごい勢いだったじゃないか!」


「嘘よ」


「嘘かよ!」


「アンタを倒せば、あの甲種が復活するでしょ。私がそれを倒すの」


 無茶苦茶言ってるぜ。


「あの甲種はお前さんじゃ無理だってば。強い弱いじゃなくて、相性の問題さ」


 チッ、と坂上が舌打ちした。


「ウザったいわね」


 いやいや、ウザいのはお前さんだ。

 と賢い俺は口にはしない。

 風間もそう言いたそうにしていたので、腕を触って真顔で首を振って見せた。


「それで? 本当に俺を倒しに来たの?」

 

 坂上が俺をにらんだ。


「そんな訳ないじゃない!」


 予想外の答えに、俺は見張り台から転がり落ちるかと思った。


「公爵のおっさんから、アンタたちの任務が終わるまで見守る様にって命令があったのよ!ああ、ウザったーい!!」


「……」


「……」


 俺も風間も固まった。


「おおーい、マリさん、大丈夫ですかぁ?」


 暮井ののんびりした声が、甲板から届いた。


副題のネタが尽きて来たなんてこと、あ、有りませんわよ?(*´з`)

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