1-D100-50 マリヴェラ封印中
え?
ちょ?
え?
開いて……いるよね?
え? え?
いきなり開くのは反則だろ?
ほら、こう、物事には順序ってもんが……。
「後退します!」
フェリクスが叫んだ。
彼は同時に、曳光弾のような光を放つ魔法を飛ばした。
俺は命じた。
「ダメだ! 踏みとどまれ! オレサマ、次元断層罠を門の周囲にくまなく配置!」
髪の色が変わった。
「了解! ……完了! 二重三重にやっといたぜ!」
(サンキュ!)
「さあ出てこい出てこい。ライオンだろうが何だろうが、出てきたら最後、膾にしてやるぜ」
オレサマがうずうずしながら待った。
扉は徐々に開いてゆく。
地上からは、おっとり刀で十人以上の武装した者たちが飛び上がって来た。
その地上でも動きがある。
建物から続々と兵士が現れて、整列を始めた。
俺とフェリクスと共に開きかけた門に対峙している者の中には、さっき顔を合わせた坂上もいる。
空挺旅団ら、打撃力を持たない者達は、フェリクスを除いてかなり遠くまで退避済みだ。
基本的に、空での迎撃は想定外なのではなかろうか。
乙種は何人かいるが、天使族の坂上以上に強そうな顔はない。
……地上に被害を与えたくはないなあ。
俺はそう思う。
扉が開き切った。
かたずをのんで見守っていると、中から銀色の光が溢れだした。
そして扉からは、さらさらと銀色の砂のようなものが流れ出した。
それは金の雨の結界の中を落ちて行く。
誰かが誰に言うでも無しに言う。
「なんだありゃ。ただの砂か? 甲種じゃないのか?」
だが俺は「知る」を使って戦慄した。
とっさにオレサマに替わって自身で叫んだ。
「だっ、誰か! 千度以上になる火属性魔法を使える奴いないか?! すべて焼き尽くすんだ!!」
しかし、飛んでいる者達は顔を見合わせるだけだ。
いないとは思ってた。
なぜなら、火系の魔法が得意な奴は、大概「それっぽい」服装をしているのがお約束だからだ。
再度オレサマとバトンタッチした。
(もう仕方がねえ!オレサマ、一粒たりと逃すな! すべて原子単位ですりつぶせ!)
「は? 直ぐには無理だ! 今回の罠はそんな細かく作ってねえ!」
銀色の砂は金の雨の中を落ち、かなりの量は次元断層の罠に飲み込まれていったが、一部は風に吹かれて散らばろうとしていた。
(ダメだ! もういい! 全てパンドラボックスで飲み込め!)
「クソ!よくわかんねえが……!」
オレサマはとっさに影免となづみを取り出した。
金と銀の光はまじりあい、そして消えた。
同時に、あの大きな門も嘘のように消え失せた。
そのまま、時が過ぎた。
(……どう?)
「多分、何とか。オレサマの一部も一緒に入っちまったが……まあ、数日で回復できるだろう。……結局、ありゃ何だ?」
(この星を確実に滅ぼす、特上の甲種さ……)
目を丸くしたままのフェリクスがおずおずと口を開いた。
「あの、何があったんでしょうか?」
オレサマが答えた。
「片付いたって事さ」
――――――――――――
幸い、パンドラボックスの中身は、影免となづみを除いてスパロー号に置いてきたので、実害は身体を触媒としたパンドラボックスを二度と使えないというだけにとどまった。
これまでのパターンからして、いつ何が起きるか分からなかったからな。
段々先の事が読めるようになってきたと言えるかもしれない。
流石にいきなり始まるとは思わなかったが。
誰も彼も半信半疑で、門が消えても甲種が出てこない理由を知りたがった。
俺はまずベルトランの元に一人で出頭した。
彼は誰もが発した問いをまた繰り返した。
「それで、結局どうなったのだね?」
「それは……」
俺はベルトランへは隠さずに説明した。
俺の能力に関してもだ。
門から流れ出た銀色の砂の正体は『グレイ・グー』。
SFではお馴染みの、全てを飲み込み分解し、無限に増殖する死のナノマシン。
あの時、一粒ですら取り逃していたら、数年後にはこの星は銀色の砂の海に取り囲まれてしまっていただろう。
どうしてこの世界であのような代物が出現したのか?
それは分からない。
が、俺はそういうシナリオを作った事がある。
俺が、だ。
俺だ。
また俺だ。
はいはいすみません。
きっと全部俺のせいです。
他にも同じようなシナリオを作ったバカはいるかもしれないが……。
ってことは、今後もSFネタの宇宙人やらロボットなんかも何処かで出てくるかもしれないってわけだ。
当たり前だが、それはベルトランには言わなかった。
「と言う訳で、封印しました」
ベルトランは肩の荷が下りてほっとした顔をした反面、難しい顔もした。
「なるほど。となると、マリヴェラ殿の中に甲種が眠っておるということになりますか?」
それは、ビッグトラブルをこの身に抱え込んだと同義である。
パンドラボックスは、術者が死ぬと中身が出てくる。
つまり、俺は死んではならない事になったのだ。
そしてそれは、この世の権力者たちによって監視下に置かれねばならなくなったともいえる。
「そう言う事です。公爵閣下。確実に処理できる方法を見つけられれば良いのですが」
ふむ、とベルトランは考え込んだ。
彼の頭脳の中で、色んな思惑が渦巻いているのが手に取るように見える。
西の同盟諸国の連中よりはマシに思えるが、彼とて権力者の一人。
それに、初めて出会ってから二時間しかたっていない。
俺が彼にできうる限りの情報を開示したのは、ある意味賭けだった。
ベルトランが言った。
「公表しましょう」
「公表……ですか?」
「ええ、あなたがその身に甲種を封印した、と。その方が民にとっても分かりやすい。当然、あなたの能力に関しては詳細を伏せます」
……まあ、詳細を伏せて「甲種は退治されました」とするよりも、甲種退治の実績がある俺がどうにかしちゃいましたって方が説得力はあるし、実際そうだし、それはいいのだけれど。
ベルトランが近づいて、肩を叩いた。
「全てを背負わせるのは本意ではありませんが、しかしもはやあなたの身体はあなたの物ではないのです」
「ええ、そうでしょうね」
「もちろん見返りはあります。ユウカ殿下とユキ王女の行く末についても……」
その時、外が騒めいた。
衛兵が「陛下の御成りです!」
と叫んだのと同時に、薄汚れた旅装を纏った若い女が入って来たのが同時だった。
その女性こそ、ホーブロ王国第二十代国王コンスタンツァその人だった。
黒い髪を後ろでまとめ、化粧っ気も無い。
「叔父御、門が消えているぞ! どういうことだ!」
と男のような口調で言いつつ、その顔は笑みにあふれている。
ベルトランは急いで椅子から離れ、跪いた。俺もそれに倣った。
「陛下! 何故ここにおわしますか! 甲種が出現しようと言う時に!」
「ふん、あの大きさの門の甲種が出現すれば、
ここに居ようとヴィオンに居ようと
そう変わらないではないか。せっかくなので、
船と馬でここまで来てやった!」
コンスタンツァが俺の存在に気が付いた。
「誰ぞ?」
「は、この度の甲種を封印した、マリヴェラと申す神族です」
「ふむ? 封印とな。叔父御、聞かせろ」
コンスタンツァはドスンとソファに座り、ベルトランと俺が差し向かいに座るように命じた。
彼女は馬上用の服を着ていた。
ズボンも上着も体の線がはっきり出ている。
贅肉も無い野生動物の様な身体だ。
少し面長な顔は、土埃と汗にまみれたままだ。
汚れを落とし、化粧をすれば、美人の部類に入るだろう。
ただ現状、国王と言うより、田舎の土豪のじゃじゃ馬と言った感じである。
「じゃじゃ馬で悪かったな」
コンスタンツァがぼそりと言った。
俺は冷や汗を流し、ベルトランが横を向いて笑いをこらえた。
うへえ。
思いっきり心を読まれたぞ。
常々抵抗は気にかけていたのだが。
ユキよりも言霊のレベルが高そうだ。
コンスタンツァはにやりとした。
「だが、他言は無用ぞ」
ベルトランが気を取り直して「彼の女王陛下」に状況を説明した。
「……なるほど。それは運が良かった」
「はい。おっしゃる通りです」
「よし、褒美については、ヴィオンに戻ってから沙汰しよう。ひとまず叔父御、これを読んでくれ」
と、コンスタンツァは懐から汗で湿った書簡を取り出した。
ベルトランが押し頂き、読んだ。
その眉間に皺が寄った。
「……海賊、ですか?」
「ああ、ヴィオンの東、ペンティメンタルよりもさらに東の海域だそうだ」
「ペンティメンタル伯からではなく、海洋ギルドからの知らせですか……」
「そうだ。我々や諸侯の海軍は、殆どこちらにいるからな。状況次第では来たついでに抽出して向かわせようと思っていたのだがな……」
コンスタンツァが立ち上がり、ソファに座っている俺の後ろに立った。
そして、両肩をぎゅっとつかんだ。
「マリヴェラ、お前、頼まれてくれ。ちょっと行ってその目で見てこい」
「え?」
「へ、陛下! マリヴェラ殿はまだ臣下となったわけでは……」
「そうなのか?」
コンスタンツァが上から俺の顔を覗いた。
「はい。何れにしても……」
しかしコンスタンツァが被せるように遮った。
「何れにしても必要な事だ。そうなのだろう? 動向は聞いておる。ユキ殿もユウカ殿も、いつまでも漂流しているわけにはいくまい」
彼女は俺の両肩を放し際にポンと叩いた。
「決まりだ。手順は叔父御に任せる。終わったらヴィオンにて会おう」
そう言って、コンスタンツァは部屋から出て行ってしまった。
コンスタンツァさんは好きなキャラです。
2019/9/18 段落など修正。




