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1-D100-49 マリヴェラ飛行中


 王都行きに当たり、スパロー号はヴィオンに置いていくことにした。


 まだヴォルシヴォ公爵に返す財宝を積んだままだし、王都では何があるか分からない。

 まだ治安の良さそうなヴィオンに錨泊していた方がいいと思われた。

 ただし、ロジャースが一時的にスパロー号を離れ、ミュリエル号の指揮を執ることになった。

 出現する甲種が本当に強力で、一目散に船で逃げなければならなくなった時、船長はロジャースの方がいい。

 風間も若干肩の荷が下りたような顔をしている。


 その代わり、ユキとクーコはシャロンとスパロー号に戻った。

 ぐずるシャロンをなだめすかし、何とか移乗を終えた。

 スパロー号は暮井が指揮を執る。

 嵐山からの攻撃にも注意しなくてはならない大事な仕事だ。

 

 対してミュリエル号は、ロジャースが船長、風間が航海士、他には俺とユウカが乗った。

 ユウカにもヴィオンで待つように勧めたが、どうしても王都の様子を見てみたいというので、連れて行く事になった。


 低気圧と前線が通り過ぎるのを待ち、ミュリエル号は西へと針路を取った。

 西からの風が吹いているので、ジグザグと間切って進むことになる。

 なるべく速く王都に辿り着きたいが、こればかりは仕方がない。


 逸る心を抑え、王都に近づく。

 近づくにつれ、船の数がどんどん増えて行った。

 ディアモルトンからヴィオンに向かった時には、もっと沖を通過したので分からなかったのだが、糧食を運ぶ船、兵を運ぶ船、ありとあらゆるものが船に積まれて集まっていた。


 船も、色んな船が居た。

 ずんぐりしたキャラックから、スマートなスクーナー、小さめのスプールやヨール。

 全体的に大きな船は少ない。


 舷側でそれらの船を眺めていると、ロジャースが横に並んだ。


「ロジャースさん、大きな船って余りないんですか?」


「いえ、もちろんあるにはあるのですが、

 ここに来るのは小さめの船だけです。

 ホーブロ王都は大きな川を少し遡った所に

 あるのです。河口は浅く、喫水の深い船は

 入れません。私がミュリエル号に乗って

 来たのもそういう事情があっての事なのです」


「ふうん。でも、それだと海運の利便性って意味ではイマイチですよね?」


「ええ、ですので、甲種の門が出現する前から、徐々に衰退し始めていた、と言われていました」


 もし甲種が出現して街が破壊されたら、衰退は決定的だろう。

 もちろん、その甲種が退治されたのちの話ではある。


 ちょこまかと動き回るタグボートを雇い、河を遡り始めた。

 付近は一面の扇状地で、殆ど丘も無いような平地が広がっている。

 街の人々は全員疎開したというが、見渡す限りの水田や畑は、今も人の手が入っていて荒れていない。


 ボートに押されて何キロも進むと、海からは朧気だった王都の街並みが段々大きくなってきた。


 そして、その上空に浮いた、光り輝く大きな物。


 ユウカが甲板に登って来た。

 海が荒れない限り、もう船酔いは大丈夫なのだそうだ。


「マリさん、あれなんですね。……『門』」


「うーん、デカいね。ここからでもよく見える。どうすんだ? ありゃ?」


 風間が身軽に静横索を登り、望遠鏡を構えた。


「……何か見える?」


「いえ……大きさは幅百メートルもありますか。

 銀色に輝いているのでちょっと見難いですが。

 ……周りを何人かが飛んでいます。

 魔法で飛んでいる者も、翼で飛んでいる者もいますね」


「警戒しているのかな」


 風間が下りて来た。


「それはそうでしょう。あの門の大きさなら、全長二百メートルの化け物が出てきてもおかしくないですから」


 そしてその下に、各国の軍隊が勢ぞろいしているわけだ。

 いつ訪れるか分からない破局を待ちながら。


 公爵の家宰であるヘルマンがくれた通行許可証を振りかざしながら、ぎゅう詰めの船着き場にミュリエル号をねじ込んだ。


 上陸したのは俺とユウカとロジャースだ。

 軍隊しかいないと聞いてはいたが、そんなことはなかった。

 実際には食料を売りに来る商人や、化粧の濃い女たちが多く、さざめいていた。

 この街中ではもうすぐあの門が開くとは知れ渡っているだろうに、逞しいというか何というか。


 公爵の帷幕は元王宮の一角にあった。

 立派な鎧を着たイトーと言う男が対応した。

 公爵麾下の騎士だと言う。

 少々疲れた感じの彼は、ヘルマンからの手紙を受け取ると、読んだ。

 すると、


「事情は分かりました。取次しますので、少々お待ちください」


 と、奥に消えた。


「そういえば、ロジャースさん」


「何でしょう?」


「行儀作法、どうしましょ?」


 これは常に俺の課題なのだった。


「うーん、ひとまず私の真似をしておいてください」


「了解です」


 イトーが戻って来た。


「主がお目通りを許すそうです。どうぞ」


 奥の部屋は、がらんとしていた。

 そんな部屋に、どこからか持ってきたのか、建物の雰囲気にはそぐわないような書斎机があり、ヴォルシヴォ公爵はそこに座って何か書き物をしていた。

 公爵は五十歳位で背は低いものの、がっしりとしてまるでエネルギーの塊のように見える。

 髪は赤く、同じく赤い豊かなひげを蓄えていた。


 ソファがあり、彼はそこを指さした。


「お掛け下され」


 俺たちは深く礼をしてから言われたままに腰かけた。


「まあまあ、ここは戦場だから、礼儀などあまり気にしなくてよいですぞ」


 公爵が椅子から立ち上がり、机の前に立った。

 両手には紹介状と書簡、ヘルマンの手紙があった。


「私がヴォルシヴォ公爵ベルトラン。お初にお目にかかります」


 ロジャースとユウカが慌てて立ち上がろうとしたのを、手で制した。


 予想外にベルトランは腰が低く、物言いも穏やかだ。

 王子であるユウカがいるという理由だけではなく、もしかしたら普段からこんな感じなのかもしれない。


「甲種退治のマリヴェラ殿、ロジャース艦長、ユウカ王子ですな。いずれもお噂は聞いております」


「は……」


「それにしても、拾った物を返しに来るとは、物好きですな。このような非常時でなければ、心行くまで歓待できたものを」


 愉快そうに笑うベルトランに、ユウカが聞いた。


「公爵殿。あの門がもうじき開くとか。あとどの位で開くのか、お分かりなのですか?」


 ベルトランが首を振った。


「もうじきとだけ。それは今日かもしれません。明日かもしれません」


 と言う事は、一月後ってコトは無いわけだ。

 この親父も、死がそこまで迫っているかもしれないのに、よくも落ち着いていられるものだ。

 勝算は、ナドと聞いても笑われるだけだろう。

 何が出てくるか分からないのだ。

 一般兵は気が狂わんばかりだろう。


 気づくと、ベルトランが俺の顔を見ていた。


「ヘルマンがマリヴェラ殿に助勢をお願いしたとか。私からもぜひお願いしたい。……非常に危険なお願いではあるが、縋れる藁が少なくてな……」


「公爵閣下……」


「もし、君の力で解決できたなら、

 望みの褒美を取らせることになる。

 私から女王陛下に上奏しよう。

 いや、全国民で異議を唱える者はおるまいて」


 予期していたモノが来た。


 運命と言うやつだ。

 だが相変わらず、左右されるのは俺の運命なのか、他人の運命なのか、分からない。


 しかし、もし功績を挙げられればユキたちの行き場所を見つけられるかもしれない。このチャンスは無駄にできない。


「分かりました。新米神族の力でよろしければ」


「おお、忝い。全てが終われば、あの懐かしき

 嫁入り道具の件も併せて沙汰しましょう。

 ……ではこの後軍議がありまして、席を外します。

 この後の事はイトーに万事任せますので、

 言いつけてください」


 すると、部屋の入り口に立っていたイトーが、


「畏まりました。では皆様、こちらへどうぞ」


 と言った。


――――――――――――


「何年も全く変化のなかった門が脈動を始めたのが、一か月前でした」


 イトーは石畳の道を、歩きながら説明した。

 石造りの建物が、所狭しと並んでいる。

 二階建ては普通で、三階・四階建てまである。


「脈動は段々早くなり、門の輝きがどんどん

 増したのです。この時点で、甲種退治の

 専門集団を呼び寄せようとしたのですが、

 遠方で活動中でしたので、間に合いそうにありません」


 イトーも俺たちも上を見上げた。

 今いる地点が門の真下なのだ。

 確かに、門は銀色に光り輝いている。

 そして、生き物のように脈動している。


「門の周りを飛んでいるのは、大体が王立魔道局

 の者達です。その中でも空挺旅団と呼ばれる

 精鋭ですな。ただ、飛んで様子を見張ることは

 できますが、甲種相手の打撃力となると殆ど

 期待できません」


「イトーさん、味方に強力な乙種はいないのですか?」


「いますが、数はいません。ホーブロの大き目な

 構成国であれば、甲種に伍せるような者が少しはいます。

 しかし、ここに派遣はしたがらないのです。

 もし甲種にやられたら損失ですから」


 衛兵のいるひと際大きな建物の前に着いた。

 衛兵はイトーに敬礼し、ドアを開けた。

 中に入ると異形の姿が何人かいて、円形の机を囲んでカードで遊んでいた。

 イトーに対して軽く会釈をするだけの者も、衛兵と同じように立ち上がって敬礼する者もいた。


「皆さん、彼らは我が公爵領の対甲種部門での主力です」


 イトーは中の連中に、


「ああ、君たち、こちらはワクワク王国のユウカ王子、ロジャース艦長、マリヴェラ殿。アグイラの甲種退治は知っているな?」


 そう言うと、ああ、とか、へえ、とかいう声が返って来た。


 俺たちは一人ひとりと握手を交わした。

 

 クランシーと言う名の魔導師。

 他に数人の魔導師がいて、彼の指揮下にある。

 甲種を攻撃するというよりも、魔法で足止めする役割なのだそうだ。


 クラウディアと言う名のハイエルフ。

 ルチアナとは違い、髪に青いメッシュが入っている。

 挨拶しただけで後は何も言わない。


 一人は天使だ。

 大理石の彫刻のような造作である。

 悪魔社長もそうだが、天使も悪魔も単に種族である。

 名は坂上。乙種であった。

 名前と見た目のギャップが半端ないが仕方がない。

 彼は(又は彼女は)強そうだ。

 何かつまらなそうな顔をして果物をつまんでいる。


 他にも乙種の巨人がいるそうだが、この建物には入れないので、広場に陣取っているらしい。


「ねえ、クランシーさん。良かったじゃない。少しは勝算できたのではなくて?」


 と、坂上がクランシーに言った。

 何処か棘がある。

 クランシーが言い返した。


「ふん、不死の身体はいいですな。負けても死なずに済む」


「アナタ、まだ負けるとか言っているワケ? どんな甲種だろうと、私が片づけてやるって言っているじゃない」


 諍いを尻目に、イトーが階段へ向かった。


「上に登りましょう」


 建物はこの街でも高層の部類に入るようで、四階建てだった。

 イトーが登りきる前に謝罪した。


「見苦しい場面をお見せして申し訳ございません。彼らも、いつもは人前でああはならない程度の分別は持っているのですが……」


 ロジャースが頷いた。


「いつ戦いが起こるか分からない極限状態ですから、仕方ありませんよ」


「ええ、そうなんですが、人に勝る能力を持つと、協調性が失われ……マリヴェラ殿、失礼」


 俺は肩をすくめた。


「間違っていません。特にこの様な場面では。ピリピリしない方がおかしいと思いますよ」


 イトーが屋上につながるドアを開けた。

 本来大した面積でない屋上のベランダは、木材による足場の増築がなされ、大きな舞台の様になっていた。


 そこにいた兵士がイトーに敬礼し、イトーは手を挙げて応えた。

 ここからは王都が見渡せる。少し離れた小高い丘に、王城が聳えている。

 中々の壮観だ。

 ほぼ真上にあの光り輝く門がありさえしなければ。


 よく見ると、門は太陽の光を浴びて輝いている他に、自らも輝いていた。

 そして何故か、影を作らずに浮かんでいた。


「凄い……」


 余りの景色に、ユウカが思わずつぶやいた。


 イトーが空挺魔道師の一人に手を振った。


「マリヴェラ殿、近くでご覧になりますか?」


「ええ、ぜひ」


 魔導師がベランダに降り立った。

 灰色のローブに身を包んだ若い男だ。


「フェリクス、このお方を門のそばにお連れし、門をよくお見せするように」


「畏まりました、イトー様」


「アグイラの甲種退治で著名なマリヴェラ殿だ」


 フェリクスが驚いたような顔を見せた。


「これはこれは……」


「頼むぞ」


「はい。ではマリヴェラ様、僕の背にお乗りください」


 と、フェリクスが背中を見せた。

 言われる通りにその華奢な背中に乗り、冥化で体重を減らした。


「うわ!」


「どうした?」


「体重が……なるほど、流石神族と言った所ですね。ではいきます!」


 フェリクスが魔法をつぶやくと、ふわりと体が浮いた。

 セイレーンのミキとも違った浮遊感だ。

 風に乗り、門の近くまでひとっとびだった。


「マリヴェラ様は飛べませんか?」


「ほぼ無理ですねえ」


 フェリクスがクスリと笑った。


「僕は他には何もできませんが、空を飛ぶことができるのは特権だと思っているんですよ」


「そうですね。羨ましいですよ」


「所で、この門なんですが、不謹慎だと言われそうですけど、キレイですよね。見ていて飽きません」


 それは確かにそうだ。

 生き物の心臓の様に脈打つそれは、凶悪な敵が出てくると知っていなければ、とても美しいと言えた。


「ちょっと調べてみますよ」


 俺は金の雨の結界を展開した。


 何とか全体を包み込める。

 「知る」を発動させたが、何も反応がない。レジストでもない。

 影も無いのだから、きっとまだこの世のモノでは無いのだろう。

 ホログラフィーみたいなもんか。

 形そのものは、城の門の様な物だ。

 金属っぽい両開きの扉で、重厚で、頑丈そうである。


 それが今、目の前で「ギギギ」と音を立てながら開いていった。




 ⊂二二二( ^ω^)二⊃ ブーン

2019/9/18 段落など修正。

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