1-D100-04 マリヴェラ戦闘中
敵船は既にスパロー号の右舷後方を、横腹をスパロー号に向け、勇壮な姿を晒していた。
まさにあれこそフリゲート艦だ。
総トン数にして、こちらの二倍か三倍はあるだろう。
俺は妙な事に気づいた。
「あれ? ねえ先生、大砲ってご存知です?」
「大砲? もちろん知っていますが、一基で船一艘買える代物ですよ?
魔法の方が簡単で便利ですからねえ」
「一応あるんですね?」
「ええ、随分昔に転生者がこの世界に作成法を持ち込んだので、
ある事はありますが、でも鉄も火薬も高いので、実戦配備となると……」
いやだって、フリゲートなんて大砲載せるの前提で作るんだよね。
大砲の重量は、一トンから三トンにもなる。
フリゲートクラスなら二十基から四十基は搭載する。
従って、それを前提に設計・建造しなくてはならない。
そこらの漁船、もしくはこのスパロー号に搭載したとしても、まず船が持たない。
若しくは搭載しただけでバランスを崩し、転覆するリスクが生じる。
逆に言うと、魔法だけの運用なら、このスパロー号で十分なのだ。
「ポントスって資金潤沢で転生者も多いって、先生が言ったじゃないですか」
「でも、大砲なんて無駄な……」
いや、無駄かどうか決めるのは俺達ではない。
もし俺が向こうさんの立場ならどうする?
この距離で撃ってこないってコトは、近代型の大砲では無い事は確かだ。
しかし、技術力が低くても作れる黒色火薬を使用するとしても、魔法の技術を使えば有効射程距離を伸ばせるだろう。
向こうにしてみれば、わざわざこちらを沈める必要はない。
帆を打ち落とせば、降伏するのが普通であると思われる。
アウトレンジから撃ちかけられるのだから、こちらとしてはどうにもならない。
戦闘は任せてください、っていうロジャースの言葉を真に受けすぎていたのかな?
俺はフリゲートから視線を離さずに言った。
「先生、急ぎ私に魔法を……」
教えてください、と言おうとした。
フリゲート側面に幾つもの暗い穴が一斉にぽっかりと開かれ、火花が散った。
あ、
ちょ、
発射され……!
まっt
やば、
空間だんz
……結かいw
ぅおw
……すみません、結界、張れませんでしたorz
いきなり本番なんて、できるワケねえじゃん!
ふざけんな!
ゲームオーバーになったらどうすんだ!
GM出てこい!
こういう時には「タメ」を作れっての!! 基本だろ!!!
大体、大砲の砲弾って、発射から到達まで一瞬なんだぜ!
そばに着弾しそうな砲弾を二つ、どうにかこうにか、マグロを捕まえた時のように両手を伸ばして消し飛ばせただけだ。
何故それをできたかなんて知らん!
GMに訊け!
熱で両掌を火傷した。
だがそれ処じゃない。
僅かに遅れて轟音がやって来た。
何処かで水兵の悲鳴が上がった。
風が乱されてバランスが崩れ、船体が軋んだ。
幸い他の砲弾は、スパロー号の左右に水柱を上げただけだった。
やはり、帆を狙い足を止める。
手の届かない場所からの絶対的な火力の前に降伏させる。
そういうことだ。
実際、砲弾の飛ぶ音は凄まじい。
震えが止まらない水兵もいる。
「マリヴェラさん!」
ロジャースが上がってきた。
合羽も着ていないので、あっという間に濡れそぼる。
「これは?」
「大砲による砲撃です。しかも、魔法道具化した大砲を積んでます。
射程距離が伸びているので、もう有効射程です。
今のは降伏勧告だったのかもしれません」
座り込んでいたメイナードが声を張り上げた。
「艦長! 無理です! 今だって、お姉さんが守ってくれなかったらここに当たっていましたよ!」
ロジャースが優しく諭すように言った。
「無理ではない。やるのだ。お前の魔法が必要になる。
今のうちに宝珠を用意しろ。いいな?」
メイナードは頷くと、去っていった。
表情を一変させたロジャースが、甲板にいる暮井に吼えた。
「上手回し! やつの後ろにつく!」
つまり、ぐるりと大きく左旋回をするつもりなのだ。
途端にどかどかと水兵が艦尾甲板に登ってきた。
「上手回し!」
号令、号笛と共に、綱を引く掛け声が溢れる。
フリゲートから火花が再度放たれた。
スパロー号の回頭は間に合わなかった。
今回も左右の手で二つまでは処理できた。
しかし、艦首付近に一つ、ミズンの帆に一つ、命中弾を許してしまった。
木材が破砕される音と、帆が破れる音とが響き渡った。
特に前者はヤバい。
破片が飛び散って近くの者の皮膚に刺さるのだ。
木片は皮膚に刺さると取れにくいし、化膿したりする。
とても厄介なものだ……と、海洋冒険小説に書いてあった。
ああ、ナンだよもう!
マズいだろコレ!
次の瞬間、船体への着弾に気を取られていた俺の目の前に、黒い影が現れた。
「あっっ!くぁwせdrftgyふじこlp;!!!」
ガツン!!
物凄い衝撃が首から上を襲った。
目の前が真っ白になり、金色の光が頭の中を舞った。
吹っ飛ばされ、甲板の上に仰向けに倒れこんだ。
少しして、何処かでドボンと何かが水面に落ちた音がした。
思わず両手に持っていた砲弾を振り落とし、顔を抑えた。
……痛えええ。
……うへえ、ナンだよ。
今の、もしかして砲弾だったのか?
……ああ、よかった。顔はある。
まさか、顔面で砲弾を弾いたとでもいうのかよ。
そういや、金属性が12有ったっけ。
流石に神族だ、と安堵した。
ミズンの帆、つまり俺の真上にある帆が破れ、その切れ端や索具が雨のように落ちて来た。
上にいた水兵が俺のすぐ横に落ちてきて、嫌な音を立てて着地した。
艦首付近でも重傷者が出ているのだろう。
あちらこちらで士官や水兵が怒鳴りあっている。
まずい。まずいまずいまずい。
艦は何とか帆の開きを変えた。
向こうが動かなければ、取り敢えずは射線からは脱したはず。
ロジャースが残骸を避けつつ近寄り、俺の前で片膝をついた。
落ち着いた顔で、座り込んだ俺の肩に手を置く。
「大丈夫ですか、マリヴェラさん。……もし万が一の時には、やはりあなただけでも脱出してください」
俺はパニックに陥った。
脱出?一方的にやられて終わり?
それはイヤダ。
でも何をどうすれば?
(クックック)
ナンだよ。笑うなよ。
(情けねえなあ。おい。それでもお前はオレサマか?)
あ?何言ってるんだ?
(馬鹿。オレサマが見本を見せてやるって言ってるんだ)
見本?一体何の……。
俺の髪が、絵の具を流した様に金色に光り始めた。
光は周囲に零れ、やがて甲板を、艦全体を覆っていった。
雨だ。
見覚えがある。
あの、一番初めに見た金色に光る雨だ。
その雨粒は、どこからかやってきて、甲板に落ちると、消えてなくなる。
ロジャースも水兵達も、余りの異変に周りを見回している。
俺はと言うと、車の後部座席に押し込められたかのように、何もできずに傍観している。
指一本動かせない。
何が起こっているのか、さっぱりわからない。
俺の肩に置かれたままだったロジャースの手に、手が重ねられた。
「初めましてだな。艦長。オレサマも、マリヴェラだ。よろしくな」
ロジャースが目をぱちくりさせている。
「何とかしてやろうじゃあねえか。
艦長殿の為か、この艦の為か、
ワクワクの為かはオレサマにもわかんねえけどな。
砲撃はもう気にすんな」
オレサマのマリヴェラは笑みを浮かべ傲然と言い放つと、そばの破れた帆布から一部を引きちぎって、髪を後ろにまとめ、立ちあがった。
そして手びさしをしてフリゲートを見やった。
「ああ、あいつ等焦って上手回し始めやがった。下手クソだなー」
ロジャースらもフリゲートを見た。
帆がかなりばたついている。
上手回しが難しい横帆のみの艤装とは言え、確かにお世辞にも手馴れた上手回しには見えない。
警告が効かなくて動揺しているのかもしれない。
それとも、仕留めたと思って油断でもしたのか、そもそも訓練が足りていないのか。
ロジャースが獰猛な表情になった。
「暮井!奴らもたついているぞ!分かっているな!」
「アイ、サー!」
暮井の姿は見えないが、大きな声で返事があった。
フォアマストは、既に折れた部分が切り離されて処分されている。
目の前のミズンステイスルも、張り替え始められている。
手早い。
負傷した水兵は、既に下層甲板の船医室に運び込まれているのだろう。
もう甲板に重傷者は居ない。
オレサマは手すりにもたれて敵船を眺めつつ、両手をまるでピアノを弾いているかのように動かしつつ、呟いている。
「魂に『言霊』『なおす』を刻む。
『知る』を全ての怪我人に発動。
続いて『ヒール』は、と……魔法の教科書はどこだ……。
何だ、メイナード先生、初級の教科書持ってねえじゃねえか。
おっと、船医室にあったか。
ふん、コレが『ヒール』の魔方陣ね……。
よし、怪我人全員に『なおす』と『つく』を
重ねた魔法『ヒール』発動っと」
おいおいおい。
ナニやってんだ、コイツ。
勝手に「言霊」を魂に刻むとか……いや、それはいい。
怪我人を治すなら俺でもそうするだろう。
それよりも……オレサマはさっき、「お前はオレサマか?」と言っていた。
……けど、本当に俺か?
有能すぎないか?
魔法をこの場で覚えて「言霊」と組み合わせて使うなんて、上級者もいい所じゃないか。
金の雨は、今も降り続いている。
雫がどこから来て何処へ行くのか。
少なくとも甲板は通過して、下層甲板にある船医室の中でも降っている。
そしてこの雨は、俺でもある。
スパロー号は、今や俺の体内に有ると言っても過言ではない。
船医室の本棚を漁れるのはその為だ。
一応オレサマは船医に一言言ったようだ。
傍若無人な言動ではあるが、そういう所はきちんとするタイプらしいな。
「艦長!」
メイナードがドタドタと戻って来た。
「準備、出来ました。距離三百のヒートウェーブ特上です! ……と? お姉さん?」
「おう、少年」
「なんで髪が金色に……それにこの禍々しい気は……」
あっという間も無かった。
オレサマは素早くメイナードの首根っこを捕まえ、二本の指を鼻の孔に突っ込んだ。
「おうおう、お坊ちゃん? 大人のお作法って奴を、今のうちに身体に叩き込んでやろうか? え?」
「ふが!」
現有戦力サマの危機に、ロジャースが慌てて止めに入った。
「申し訳有りません。私からも言っておきますので」
「ふん。まあいいさ。さあ、あちらさんの第三射、来るぜ」
と、オレサマは顎でフリゲートを示した。
フリゲートは体勢を幾分立て直した。
ようやく風を捉え、更にスパロー号を打ちのめすべく、回頭を続ける。
スパロー号は結局360度ぐるりとまわり、敵の後方を伺う位置に付きつつあった。
フリゲートの舷側が三度目の光を放った。
スパロー号の周辺に水柱が上がり、直後に轟音が襲った。
だが命中弾は一つも無かった。
「いけね、衝撃波を飛ばすの忘れたな」
と、オレサマが呟いた。
金の雨が降っている範囲とその外界との境界は、一種の結界となっていた。
俺が一番初めに作り上げたかったものと同じだ。
結界に触れた砲弾は、艦から大きく逸れてゆくのだ。
労力的には、砲弾をわざわざ消し去ったりするよりラクであった。
両者の距離、五百メートル。
もうすぐだ。
オレサマがロジャースに言った。
「言っておくが、オレサマは遠距離攻撃はできねえからよ」
「いえ、これで十分です」
ロジャースが頷いた。
被弾しないだけでも十分だとは、俺も思う。
オレサマは手すりにもたれて、指でトントンと手すりを叩いている。
今も負傷者の治療をしているのだ。
命中した筈の弾がダメージを与えておらず、そのせいでフリゲートの甲板は混乱しているように見える。
距離が縮まる。四百五十、四百メートル。
メイナードが掌に大きな宝石を載せて念じている。
赤く光る魔方陣が宙を踊り始め、膨らんだ。
三百五十、三百メートル。
宝石が、割れた。
「いけぇ熱波! ヒートウェーブ!」
魔方陣が弾け、陽炎が凝縮されたかのように見える空気の塊が、敵の艦尾を襲った。
ミズンマストの帆が煽られ、千切れ、燃え出した。
引き続いて魔法陣を再構築したメイナードが叫んだ。
「それいけっ、お代わり!」
今度は全ての帆が煽られ、焼け始めた。
マストの上にいた水兵達が、熱風に晒されて落下している。
スパロー号は海域から離れ始めた。
爆発音がして、フリゲートの上層甲板中央辺りが吹き飛んだ。
物凄い黒煙が吹きあがり、何人かが海に投げ出された。
焼けた枯れ木のようだったメインマストが、ゆっくり倒れていった。
「おっと、火薬に引火したんじゃねえの? お気の毒サマ!」
オレサマが手を振って言い放った。
同情のかけらも感じられない。
スパロー号は窮地を脱したのだった。
軍艦については「艦」です。普通の船や慣用句は「船」です。
もちろん、「軍艦」や「艦長」は(かん)と読みます。
7/12 間違い発見で修正。
2019/7/26 ナンバリング追加と本文微修正。
2019/8/27 改行など微修正。
2019/9/18 段落など修正。