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1-D100-48 スパロー号転進中


 港に戻ったのは夜だった。

 コッソリ出て行った時と同じように、コッソリと戻ったのだ。


 この世界の衛生観念や医療知識、穢れ等に対するタブーへの意識は、元の世界のそれとは違う。

 例え俺が病原菌など受け付けない神族だとしても、疫病旗を掲げた船と港を自由に行き来していいものでは無い。

 スパロー号上でミツチヒメが唯々右往左往していたのはそのせいだ。


 港から離れた海岸に上陸し、歩いて港近くの宿に戻った。

 そしてお行儀悪く、「冥化」した上で壁から部屋に帰還したのだ。

 そこは、ユキとクーコ、シャロンの部屋だった。

 折悪しく読書をしていたユキが、壁からいきなりにょっきり生えた俺を見つけてびくっと驚いた。

 なるべくカワイイ顔をしての登場だったのに、本が飛んできた。


「イテテッ。なんだよう」


「もう、馬鹿じゃないの? で、どうだったの?」


 寝ていたクーコも起き出した。

 隣の部屋のユウカも呼んだ。

 風間はミュリエル号にいる。


「これ、現状、他の誰にも言わないで。姫様にも言ってないから」


 三人が頷いた。

 そこで、今回の事件は嵐山によるある種の攻撃だったのではないかという仮説を話した。

そもそも嵐山は、政治家に転身する前はそこそこ知られた魔導師で、冒険家としても名声を得ていたのだそうな。

 となると、あのような攻撃方法も、十分知悉していた可能性があると言う訳だ。


「そんな……」


「そう、そんな、だよな。あの時ベルの言う通りに、あのジジイを抹殺しておけば、三人は死なずに済んだわけだ」


 ユキが俺をキッと睨んだ。


「でも、そんな事出来る訳ないでしょ?」


 俺は両手を上げた。


「もちろんさ。未来を予言できる神でもなければ、ね」


 アンガーワールドでの未来予知は余り実用的ではない。

 予知した瞬間に思念場に影響が及び、未来が変わってしまう事が多いからだ。


「ま、とにかく、彼が今後どんな事を仕掛けてくるのか、注意しないとね」


――――――――――――


 スパロー号の検疫保留期間が明けるまで、二週間をディアモルトンの港で過ごした。

 スパロー号の件は重大ではあるが、そもそもこのディアモルトンにやって来たのは、ユキとユウカがディアモルトン男爵トシマの妻サツキに会い、庇護を求める為であった。


 そこでユキはサツキに、贈り物と一緒に手紙を書いて送り到着を知らせたのだったが、結果は捗々しくなかった。

 サツキからの返事も手紙であった。

 二通あったうちの一通は男爵からで、(よんどころ)無き都合にて、庇護を与えることは叶わないと書いてあり、僅かばかりの金銭が添えられていた。


 もう一通はサツキから姉弟に宛てた私的な手紙で、アムニオン侯爵からの圧力が有ったとしたうえで「何れにせよここにはユキらを受け入れる力が無い、申し訳ない」とあった。

 そしてサツキからは、ホーブロの重鎮ヴォルシヴォ公への紹介状が添えられていた。


 ユキは見るからに沈鬱だった。


 叔母とは別に親密ではなかったが、たまに手紙のやり取りはしていて、一族の中では比較的好意を持っていてくれていた筈だったのだ。

 そんなユキを、ユウカが励ました。


「姉上、気にすることはありません。私たちを縛る物が減ったと言う事です」


「そうそう。いいこと言うねユウカ君」


「物は言いようよね」


「でもこれで、ここに留まる理由もなくなったのは確かさ」


「じゃあ、次はヴォルシヴォ公爵領へ行くのかしら?」


 ヴォルシヴォ公爵領は、ここから更に東に直線距離で千五百キロメートル程行った所にある。

 アグイラよりも遠いが、大したことはない。


「そうだね。他に行く所も無いしね」


 うっかりそういうと、ユキが再びしょぼんとなった。


「あ、いやいや、取り合えず今度の航海は黒字にしたいから、どうしたらいいか考えようぜ、な!」


 ポン、と手を叩いてその場を(しめ)たのだった。


――――――――――――


 と言う訳でスパロー号の検疫保留期間が明けた。

 亡くなった三人を除いて、全員が健康を取り戻していた。


 担当の役人が赴いて、魔法で様子を探り、問題なしとお墨付きを与えた。

 そのお役人も、内心気が気ではなかったであろう。


 晴れてスパロー号は通常の錨地に移動し、早速ヴォルシヴォへ向かう為の補給を始めた。

 補給物資は俺が「知る」で探査した。

 余りに過剰に疑心暗鬼になっても嵐山が笑うだけだが、手を抜くわけにはいかない。

 そして多少空いている船倉には、交易の為、穀物を積んだ。

 ミュリエル号も、主に食品を積んでいる。

 今のヴォルシヴォ公爵領には、王都から疎開してきた人たちで溢れているからだ。


 半面、ディアモルトン等の西側各国には疎開した人が少ない。

 それは、受け入れ人数を厳しく制限したからだ。

 これ一つとっても、ホーブロが一枚岩でない事がわかる。


 そしてスパロー号艦上で、ユキとユウカがミツチヒメとロジャースとようやく再開を果たした。

 別れてからかれこれ一か月以上も経ってしまっていた。


「ユキ様、ユウカ様、ご無事で何よりです。クーコ殿も、よく戻られた」


 ロジャースが笑顔で迎えた。

 まだ若干頬がこけている。


 ……まあ、「道中万事無事」だったかと言うと微妙な所だ。

 ユウカもクーコも頷きはしたが、鼻や髪の毛をいじったりして落ち着かない。


「ロジャース艦長も、皆さんも、よく危機を持ちこたえてくれました」


 ユキもそう返した。


 お互い、苦労したのだ。


 俺のせいかな?


 また、そんな考えが頭をよぎり、打ち消すために首を振った。


 艦隊。

 あえてそう表現するが、ロジャース艦隊の編成をどうするか、それも考え物だった。

 ちなみにトライアンフ号は、当面アグイラを起点に活動することとなった。


 そして、アグイラで船を降りた者もいた。

 八島と数人の水兵だ。

 八島はアグイラで商売を始めるらしい。

 またアグイラに来たら言ってくれ、とは、俺に当てた伝言だった。


 さて、編成会議だ。

 ミュリエル号の船長は風間でいいと思うが、俺がスパロー号に戻るとなると駄々をこねそうだ。


 いや、こねたのだ。

 俺と一緒に居たいんだと。

 マジ馬鹿だよな。


 それなら、空席となるミュリエル号の船長も任命しなくてはいけない。

 暮井か? ネルソンか?

 所が、ユキもミュリエル号に留まると言い出した。

 世話をしているシャロンが、スパロー号へ移ろうとしないからだった。

 ロジャースの笑顔が引きつった。

 次いで、それなら……と、ユウカも……もちろんクーコもミュリエル号に引き続き乗ると表明した。

 じゃ、俺も。

 おまけで風間も。

 と、結局従来のままの編成でヴォルシヴォへ向かう事となったのだ。


 あーあ、ホント呪われてんな、スパロー号。


 ミュリエル号の乗組員にとっては、大歓迎だった。

 内密にしていたユキとユウカの身分も、既に明かされていた。

 リベラをはじめ、家臣とまではいかないが、既に姉弟のファンと化していたのだ。


 航海は、順調だった。

 途中風が強すぎて速度を落とした事もあったが、事故もなくヴォルシヴォ公爵領の主都、ヴィオンに辿り着いた。


――――――――――――


 早速錨地で検疫を受けるや否や、使者をヴォルシヴォ公爵の元へ遣った。

 サツキからの紹介状と、発見した財宝を返上したいと八島が予め書き記しておいた書簡を持たせてあった。


 さて、今度のヴィオンの港もまた大きい。

 広大な平野の東の端に、ヴィオンはある。

 より東側は、丘陵地帯が続くようになり、やがてより険しい山脈が現れる。


 街については、半分が平地側の商業地区、半分が丘陵側の行政・軍事地区と分けられる。

 特に平地側では、疎開してきた人たちの仮住まいがどこまでも並んでおり、彼らの数を数えるならば、ここは現在ファーネ大陸でも最多の人口を誇るのだ。


 積み荷は、旧ワクワクの商人グループがいたので、一任した。

 彼らも、国が事実上滅んで嘆いていたのだが、姉弟の顔を見て少し元気を出したようだった。


 宿に入るや否や、早速ヴォルシヴォ公爵の元から使者が来た。

 ユキと俺が宿のロビーで出迎えた。

 使者は、灰色のスーツを着こなすナイスミドル。俺たちを認めると、帽子を取って会釈した。

 ユキが挨拶を返した。


「初めてお目にかかります。ワクワク王国のユキと申します。こちらは、友人のマリヴェラです」


「これは、恐れ入ります。私は、公爵家の家宰を務めさせていただいております、ヘルマンと申します」


 と、握手を交わした。

 家宰とは、いわば執事や執事長だ。公爵家の屋敷及び領地を運営する責任者である。重要人物だ。


「到着したばかりで、何もできませんが、宜しければ部屋へ……」


「お気遣いは無用です。何しろ、時が時ですので、ご無礼ながら私が書簡を改めさせていただいて、急ぎやってきました」


 三人ともロビーのソファに座った。

 ヘルマンが公爵宛の紹介状と、八島が書いた書簡を取り出した。


「申し訳ありませんが、この二通はいったんお返しさせていただきます」


 何故、とは聞かなかった。ヘルマンの言葉を待った。

 ヘルマンが身体を乗り出し、小声で言った。


「わが主は、兵を率いて王都へ出向いています」


 王都?

 あの甲種の門が出現しているという。

 しかし、各国が出兵していると聞く。公爵の兵もいるだろう。


「兵の交代か何かですか?」


「いえ、甲種の門が開きそうなのだとか」


「本当ですか!」


 ユキも衝撃を受けたようだ。

 ヘルマンは人差し指で口を押えた。


「無論、他言無用に願います。

 民の不安をあおりたくないのです。

 それに、災厄が下るのであれば、

 慌てようが慌てなかろうが、

 被害は受けざるを得ないのです」


 俺とユキは頷いた。


 ヘルマンがもう一通の手紙を差し出した。


「ぜひ、王都の主を訪ねていただきたい。それが、貴方がたの目的にも繋がりましょう」


 俺がその手紙を受け取ると、ヘルマンは身を乗り出した。苦悩の影が眉間によぎる。


「それと、これは個人的な願いなのですが、どうか主に手を貸して下さい」


「手を?」


「ええ」


「それは、戦力として、と言う意味でしょうか?」


「はい。マリヴェラ様が甲種を撃破したという話は私どもも聞いております」


「でも、閣下程の大身であれば、乙種や魔導師は沢山抱えていそうですが」


 ええ、とヘルマンが頷いた。


「確かに我が方は多くの者を抱えております。戦力はファーネ最高峰と申し上げてもいいでしょう。ですが、対甲種となると話は違います」


「そんなに差がありますか?」


「いえ、差もありますが、相性も問題なのです。

 我が方の戦力は、主に他の国に対抗するために

 養われた物です。あの門が生じて以降、

 甲種に対する戦術も研究されてはきましたが、

 決め手はありませんでした」


 ユキが首を傾げた。


「対甲種の専門傭兵がいると聞き及んでいましたが?」


「それが……。折り悪く、南の大陸に出没した甲種を退治に行っておりまして……もし王都へ来られるとしても、一か月後とか……」


 と、ヘルマンは首を振った。


「そうなんですか」


 俺は隣に座っているユキの手を握った。


「まあ、ユキさん。行ってみましょうよ。何とかできるかもしれないしさ」


 ユキは何か言いかけたが、うん、と頷いた。


運命は寄せて返す波の如し。

2019/9/18 段落など修正。

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