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1-D100-47 マリヴェラ消毒中

 ディアモルトンまでの航海は、何事もなかった。


 距離にして三百キロメートルちょっと。

 東京名古屋間ってなもんだ。

 難所も無い。

 三百キロメートルは直線距離なので、実際には四百キロメートル位航行する。

 当たり前だが、風が悪ければ風待ちをしなくてはいけない。

 でも今回は風も順調だった。


 二日目の正午には、ディアモルトンの港のタグボートの出迎えを受けていた。

 この港はかなり小さい。

 漁港とまではいわないが、例えばあのポントスのフリゲートは接岸できるかどうか怪しい。


 少し離れた場所にやはり錨地があり、いくつかの船がそこに錨を下していた。

 その中に、見覚えのある船影が有った。

 トライアンフ号である。

 ミュリエル号が港へ向かう際、ユキがぴょんぴょん跳ねて手を振ったのだが、少々遠かったので、トライアンフ号がそれを認めたのかは分からなかった。

 

 トライアンフ号とスパロー号は、例の船団と共にソレイェレを経由してアグイラに戻り、契約の仕事を勤め上げた後、このディアモルトンにやってくる予定だったのだ。


 ミュリエル号は港の桟橋に係留され、港の役人が荷と乗組員のチェックを始めた。

 俺が甲板の手すりにもたれてその様子を見守っていると、


「のどかな所ですね」


 クーコが隣に立った。


「大きな港を見慣れちゃったしねえ。結構これが普通なんじゃない?」


「そうね。……所で、スパロー号はどうしたのでしょうね」


「さあ。どの道、ミヤカ艦長が知ってるんじゃないかな」


「ユウカ様は? 少し心配になってきちゃったのよね。大丈夫?」


「大丈夫だと思うよ。むしろ、シャロンの時の方が上手く行き過ぎていたのかもしれないし」


「ならいいけど」


 そう言って、クーコは俺の瞳を見つめた。

 風間の声がした。


「隊長~、クーコ殿~。名簿のチェックしますからおいで下さい」


「呼ばれたよ」


「うん」


 それからはお決まりの儀式だった。

 そして儀式が終わり、下船した俺たちの耳に飛び込んだのは、とんでもない話だった。

 確かにスパロー号は昨日ここに来た。

 だが、やって来たスパロー号は、疫病旗を上げていたのだそうだ。

 海洋ギルドに居たトライアンフ号の副長荒山からの報告だった。


 疫病旗。


 それは黄色い旗で、文字通り、船内に感染性の病気が発生しているという意味である。

 帆船時代において、疫病は恐怖の対象だった。

 欧州のペスト禍を見ても当然であろう。

 ましてや、船は閉鎖空間だ。


 この世界は、特にこの内海では、通常に暮らしていれば疫病は発生しにくい。

 身辺を清潔に保てる魔法があるからだ。

 しかし、一旦発生してしまうと、民衆は患者を必要以上に遠ざけようとする傾向がある。

 それは、回復の魔法の使い手や医者がいないせいでもある。


 そして、船医のいる船における疫病の発生は、『耐魔法病原体』による疫病かもしれない。

 ここの港湾当局はそう考え、『近づかない・近づけさせない』と言う措置を取ったのだった。

 

 だからスパロー号は、錨地に錨を下すことも許されず、更に沖合を漂っているというのだ。


 俺たちは急いで宿に部屋を取り、ミュリエル号の水夫たちを情報収集にやった。

 風間やリベラは船の諸手続きなどで手が離せなかったのだ。

 

 これはちょっと、ユキやユウカも、ディアモルトンの王城にいる叔母を訪ねる所ではない。

 ひとまず王城へはユキが手紙を書いて送った。


 話を聞いた風間は怒り狂い、ミュリエル号に食料などを積んでスパロー号へ行くと言ってきかなかったが、それはとどまらせた。

 こうなった以上、いつどのような形でミュリエル号が必要になるかわからないからだ。

 スパロー号に接舷した船を、港湾当局が放っておく筈もない。


 だから俺が行く。


 樽詰めした食料をパンドラボックスに入れていくのだ。

 中身が多少異空間に消えても、その分往復すればよい。

 夜間に全身冥化して水中をゆけば、見つかりはしないだろう。

 その前に一つしなくてはいけない事がある。

 ユウカを起こすのだ。


 宿の部屋に一人きりになった。

 シャロンの時には、何も難しさは感じなかった。

 しかし今回は違う。

 何か……そう、癒着してしまったとでもいうか。

 俺一人で手に負える感じではなかった。


「なあオレサマ、ちょっと手伝ってくんない?」


(ああ、いいぜ)


 と、髪が金色になった。


(なあオレサマ、大丈夫なのか? 何か問題があるって事はない?)


「あ? ああ、無い無い」


(本当に?)


「まあ任せろ」


 オレサマはそういうと寝台に腰かけ、まず右手を伸ばした。

 電気が通ったかの様な刺激が走り、次いで伸ばされているユウカの腕から、半透明な俺の腕が、まるで水が滴るように現れ、形をとった。


「うああっ……!」


 オレサマは呻いた。

 傷みではない。

 痺れにも似た強烈な快感だ。

 シャロンの時など比較にならない。

 俺とユウカの細胞の一つ一つが、引き離される際に気持ちよくなるエキスを放出するかのようだ。

 右腕が終わり、左腕にかかる。


「ああっ……く、キクなあ……これ」


 オレサマはそう言いつつ悶絶している。

 その中にいる俺も悶絶している。


 これは非常にキモチガイイ。


 時間をかけ、腕から足、そして頭と胴体を分離させ、コトは終わった。

 一応結界を張っていたので、喘ぎ声は外に漏れていないはずだった。


「くそ、ユウカ、お前、べったりくっつきやがって!」


 とオレサマは毒づいた。

 ユウカはベッドに横になっている。

 息粗く、汗やらなんやらでドロドロだ。

 彼の意識は戻っているものの、疲労で朦朧状態である。

 オレサマが服を脱がせ、その全身をタオルで拭いてやった。


「なあ、お前も知っているだろう。スパロー号が大変だって」


 ようやくユウカが口を開いた。


「はい、すみません」


「全く。世話が焼けるぜ」


 髪が黒に戻った。

 しかし、金色のままの部分がずいぶん増えた。

 その時は着実に近づいている。


「よし、じゃあ俺はスパロー号の世話をしに行くから、姉上の事はよろしくな」


 と、ユウカを宿に残し、夜の準備を始める為に港へ向かったのであった。


――――――――――――


 スパロー号の状況は凄惨の一言だった。

 俺は夜の海面から飛び上がり、舷側の上に立ったのだが、目を疑った。

 北行船団の任務を終え、その後ここまで来たと言う事は、アグイラ出発までは何事もなかったはずだ。

 と言う事は、数日だ。たった数日でこうなるのか。

 夜の上甲板に病んだ水兵がゴロゴロと転がり、もはや動く気力も体力も無いようだった。

 吐瀉物と便の臭いが立ち込め、これがあのピカピカだった艦なのかと思わざるを得なかった。


 まともに動けるのは何人いるのだろう。

 キャビンに通じる扉が開き、ミツチヒメが姿を現した。


「マリヴェラ! よく来た!」


「姫様! これは……」


 俺が舷側からトンと降りると、ミツチヒメが懐に飛び込んできた。


「すまん、わたくしが居ながら……」


 と泣いた。子供の様に。

 完全にパニックになっている。


 俺はそれをあやしながら、他の船やディアモルトンの港湾当局にばれないように、慎重に金の雨を艦中に広げた。

 それに気づいた水兵のうち、動ける者が歓声を上げた。


「姫様、何の疫病なんですか? コレラ? 赤痢?」


「分からん。それがわからんのだ」


「ロジャースさんは?」


「艦長用の寝室で寝ているが、かなりまずい。もう意識がない。熱もある」


 ナンて事だ。


 その場で、金の雨を通じて船医であるイタバシのおっさんに意見を聞いた。

 船医室にも、例によって俺の影が出現している。


「やあ、元気?」


「ああ、間に合ったか。待っていたよ」


「随分急なダイエットしたね」


「……ああ、クソ。もう話すのもおっくうでね」


「あ、そう。コレ、なんだと思う?」


「……赤痢ではないな。コレラの強毒型か……。

 しかし、『キュア』は全く効かなかったよ。

 『耐魔法病原体』でも、普通そうはならない。

 となると、もしかしたら魔法処理したものか……」


「なるほど、了解」


 魔法処理したもの、か。

 つまり、人造病原体ってやつだ。

 言霊の「知る」を発動させた。

 スパロー号の全てをチェックした。


 俺は余りの衝撃で固まった。


 まず飲料水の入った樽だ。

 当然、アグイラで積んだ時にもチェックはしただろう。

 だが、樽の中に有るモノが仕掛けられていて、それがチェックの目をかいくぐったのだ。

 全ての飲料水の樽の内側に、溶けかけの岩塩の塊があった。

 塊は真ん中が中空になっており、溶けると内容物が樽の中に溶ける仕組みだ。


 まずそれが一つ。

 まずそれが一つだ。

 まだある。


 食料品の樽にも、同じような仕掛けがいくつもあった。

 肉にもあったし、お酒もそうだ。

 更に、ペンキやタール、果ては貨幣や新しい衣服などにも毒物が塗り込んであったりした。


 何だこれは?!


 おそらく、アグイラで積んだほぼ全ての物に、毒や病原菌、もしくはその両方が仕掛けられていたのだ。

 即刻、艦の中を「ヒール」「キュア」と「ピュリファイ」そして「つくる」の効果で満たした。

 「ヒール」は乗組員の体内の傷んだ場所の修復、「つくる」の方は、体内に抗体を「つくる」為だ。

 汚染された食べ物等は、全て冥属性効果で「次元裁断」し、海に捨てた。

 分子単位でバラバラにしたから、例え魔法で強化されたモノであっても投棄しても問題ないだろう。

 むろん、手を下したのはオレサマだったんだけどな。

 俺にはまだちょっと細かい部分は無理だった。


 そして改めて俺が持ってきた食料と、海水を淡水化したものを全員に配った。

 非常に残念ながら、それを受け取ることが叶わなかった者が三名いた。

 既に力尽きていたからだ。

 あのササもその一人だ。


 朝には港に帰るつもりでいたのだが、全力での治療や洗浄で力を使いすぎ、スパロー号で昏倒してしまったのだった。


――――――――――――


「マリヴェラ。おい、そろそろ起きんか」


 ……ああ、ミツチヒメに起こされるのは久しぶりだな。

 そんな事を考えながら身を起こした。

 俺はキャビンのベンチで寝ていたらしい。


「ん、何時ですか?」


「そろそろ正午になる」


「皆はどうです? ロジャースさんは?」


 ミツチヒメはにっこり笑い、俺の頭をわしわしと撫でた。


「かなり良くなった。ロジャースの顔色もかなりマシになった。熱も下がった」


「そりゃ良かった」


 ロジャースにとっては運がよかった。

 あと一日遅かったら分からなかった。

 ミツチヒメが自ら淹れた緑茶を啜った。

 その緑茶はアグイラでミツチヒメ自身が購入したもので、検査の結果陰性だったのだ。


「お主も飲むか?」


「ええ、ぜひ」


「結局、何だったのだ?」


 ミツチヒメが緑茶を淹れながら聞いた。

 俺は俺の推測を彼女に話していいものか迷った。

 俺の脳裏に浮かんだのは、あの老人。

 元ポントスの駐アグイラ大使、嵐山。

 スパロー号を息子の仇と吐き捨てた男。


 きっと、意識がありさえすれば、ロジャースも思い当たるかもしれない。

 「知る」を駆使し、オレサマとも検討したのだが、やはりイタバシの示唆した通り、今回の元凶の主因は、魔法で強化された病原菌及び毒物だと結論した。

 敵による攻撃であったのか、単に強烈な食中毒や疫病が発生したのかは全然状況が違う。

 

 それをそのままミツチヒメに話していいものか。


「まだ分かりません」


 と言っておいた。

 追及を受けるかとも思ったが、


「嘘つけ!」


 とケツを蹴り上げられた程度で済んだのだった。


2019/9/18 段落など修正。

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