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1-D100-46 マリヴェラ商談中


 二日後。

 嵐が止み、ミュリエル号は抜錨した。


 ソウスケ達が海岸で手を振って見送ってくれた。

 あの後、辞退するソウスケに無理やりお金を押し付けたのだ。

 手持ちの殆どだった。

 お金はあっても、彼らの未来は困難な物になると思われる。

 運命神からのせめてもの手向けであった。


 そして今、増えに増えた客がミュリエル号の甲板にまであふれている。

 人質全員を乗せたからだ。

 仕方なく、俺やクーコは甲板を居場所にすることになった。

 寝る時と食べる時、調理場に立つ時だけ下の甲板に降りるのだ。

 日に焼けるとブーたれるクーコの為に、UV遮断結界を張ったりしてやったりもした。

 人質たちは、衰弱しているとまでは言えなくとも、甲板で一日過ごせるほどの体力がないのである。


 そして、シャロン。


 彼女もこの船の客となった。

 ソウスケと相談したのだが、このまま自宅に連れ帰ってもどうか、と言う事だった。

 生贄になった娘がモノ言わぬ人形のようになって帰宅したなど、家族や村にとってつらいだけではないか。

 それに、俺と一緒にいる方が、治る可能性が万一でもあると、ソウスケには思われたのだ。

 その点には俺も同意した。


 今、彼女は赤ん坊のようになっている。

 別に運動機能が失われたわけではないのだ。

 積み重ねてきた記憶が無くなっただけなのだ。


 おしめをして無邪気に泣いたり笑ったりしているシャロンを世話するのは、主にユキだ。

 他の者、特に人質となっていた人たちは、かつてのシャロンを知っているので近寄らない。

 食事は柔らかくしさえすれば乳児用でなくともよさそうだし、学習能力も高い。

 本当の赤ん坊よりも、独り立ちできる日は早く来ると思われた。


 嵐が過ぎた後は晴天で、船は順調に目的地、ソレイェレに到着した。

 モズレーと風間が、港湾当局に人質が解放されたことを伝えた。

 役人がミュリエル号にやってきて人質の名や出身地、襲われたときに乗船していた船の名等を聞き出した。

 それらの情報は、付近の港にも通達されただけではなく、当地の新聞の記事にもなった。


 人質だった人たちは、ソレイェレ市当局が用意した宿舎へと移った。

 これで肩の荷が下りた。後は、国やギルドがやってくれるだろう。


 新聞では、モズレーも功労者の一人として祭り上げられていた。

 記者からのインタビューで得意になって受け答えする彼は、まんざらでもない様子だ。


 ただ、人質の人たちは、実際には俺が解決したと証言した。

 そこで、海洋ギルドが立て替えた人質解放による功労賞金は、俺が七、モズレーが三を受け取ることになった。

 総額にして約三億円だ。

 もちろん、モズレーは大不満だ。

 だが、表立っての抗議はなかった。


 そりゃそうだよな。

 水夫共だって全員、モズレーを立てずに有るがままを証言してたもんな。

 予想通り、モズレーは水夫達に契約通りの賃金しか渡さず、解雇した。

 この点については、一航海当たりの契約だから、まあモズレーに瑕疵はない。


 だが、俺は俺の取り分から一人当たり百万円ずつ、彼らに手渡した。

 まあ、気持ちだ。

 風間に言わせれば、「その半分でも十分ですよ」だそうだけどね。

 もし、彼らがそのお金を有効活用すればよし、金額分飲むだけ飲んで、死んでしまうならそれもよし、だ。


 さらに数日が過ぎた。


 そろそろ俺たちも次の目的地、ディアモルトンへ行かなくては。

 そう思って、海洋ギルドで東へ向かう船がないかを調べた。

 内海のこの辺りは、真冬でもなければ、航行可能だ。だから船便には不足しない。

 海洋ギルドには、乗れる船を探す乗客や、出航の手続きをしに来た船長や代理人の姿が多い。


 そんなギルドのロビーにモズレーの姿があった。

 無精ひげが伸びて、少し酒に酔っている様だった。

 数日前にインタビューを受けていた時の有頂天さはない。


「やあ、モズレーさん。こんな所で何やってるんです?」


「ん?……ああ、アンタか。まだあの青年のままかい?」


 そう。

 身体の治療は終わっている筈なのだが、ユウカは目を覚まさない。

 何故だかわからない。

 血が足りないのか?脳に見えないダメージがあるのか?

 シャロンの時と違って、離れても大丈夫だという確信が持てないので、未だ俺はユウカの姿のままなのだ。


「まあね。モズレーさんは次はどこへ行くの?」


 すると彼は首を振った。


「次も何も、水夫が集まらないんだ」


 ははあ。

 飢餓旗上等などと言った報いだろう。


 この港にいる水夫全員がそれを知ったのだ。

 彼らは彼らの共同体で、そういう情報を交換し合う。

 酒場はそういう場を提供する典型的な場所だ。

 モズレーの言動は、何よりも嫌われるものだった。

 自業自得だ。


 なんせ、俺が調理や大工で働いた分の賃金も、結局支払われていないのだ。

 そりゃ無償でいいとは言ったものの、少しは出せばいいのにとも思う。


「そうか、ま、頑張ってな」


 そう俺は言い残して、ギルドの受付に向かった。


――――――――――――


 ディアモルトン行きの船を予約し帰ろうとすると、まだモズレーがいた。

 モズレーが思いつめたように言った。


「あの、マリヴェラ殿」


「どうしたんですか。急に『殿』なんてつけて」


「ミュリエル号を買っていただけませんか?」


 俺は目を丸くしてモズレーを見た。


 買うだって?


 ……確かに、目的地で積み荷を降ろして処分した後、役目を終えた船を現地で売るという取引は、アリだ。

 元の世界の帆船時代には、実際にそう言う事があった。


 モズレーが両掌を組んでうつむいた。


「賞金のおかげで、目標額まであと少しなんです。予定では、もう一年かかるかもしれなかったのですが」


 俺はその隣に座った。


「買うったって、一体いくら有ればいいんだい?」


「マリヴェラ殿が今お持ちの分で」


「って、二億円かよ」


 思わず俺は、聞き耳を立てている受付のお姉さんの顔をチラリと見た。

 案の定、彼女は顔をしかめて小さく首を振った。

 ミュリエル号は、結構使い倒した船だ。

 何だかんだで俺が傷んだ所を直しておいたから、ドック入り一回分の維持費は浮いただろうがなあ。

 帆船のオーバーホールはお金がかかる。建造費の数割から半分までだ。

 それを数年から五年ほどおきに実施するのだ。

 とても手がかかり、コストもかかる乗り物なのである。


 ここで、アグイラで船のカタログを見た知識が役に立つ。


「馬鹿言ってんじゃないよ。あんなボロ船、もう耐用年数ギリギリじゃないの?」


 モズレーが慌てて手を振った。


「いや、まだ建造から五年です」


「航行距離が桁違いでしょ? 大体、新品で艤装含め、オプション一つ二つ付けたとしても二億ってトコじゃないか」


「そっそれは……そうですが……結構いい家具もついていますし……」


「どこがだよ。何度もキャビンで拝んだあの家具が良いモノだって??」


 ミュリエル号に乗っている間、俺は船の事なんか分かりませんと言う顔をしていたからな。

 素人だと思っていたのが、意外に反撃されたんで、モズレーは焦ってやがる。


 これは、風間も虐めたがろう。


 俺は風間を呼び、モズレーを酒場に引っ立てて交渉を再開させた。


 結果、三千万で交渉が成立した。


 モズレーは泣いていたが、よくよく聞くと、彼の目標額は残り一千万だったのだ。


「目標達成じゃん! よかったね! 俺の世界の言葉では、ウィンウィンって言うんだよ!」


 と言ってやった。


 決まったからには、色々やることが多い。

 海洋ギルドへの登録。

 船の所有者登録の変更はもちろん、行先なども一々届けなければならない。

 保険だって必須だ。

 水夫は交渉していた酒場で、即座に定員が集まった。

 中にはあのリベラと、ミュリエル号にいた連中もいた。

 彼らはモズレーとの交渉の間、ニヤニヤしながら他のテーブルで聞き耳を立てていたのであった。


「いやあ、姐さんの船にまた乗れるなんて、夢のようでさ!」


 だそうだ。


 先日買った新聞には、次代の「内海七福神」だなんて書いてあったしな。

 どうも俺と一緒にいると『福』を授かるらしい。

 ホントかね?

 確かに『服』なら色んな人に授けている気はするが。

 ちなみにミツチヒメは「内海七美神」なんだそうな。


 へえ~。

 そう。 

 ふうん。


 それはいいとして。


 俺たちは資材を集め、食料を集め、積み荷を集めた。

 積み荷はなんと、先に南下したアグイラの定期船団がもたらした塩漬けの魚肉と、金属製品となった。

 ソレイェレはハブ港の一つなので、それも当然と言えた。


 肝心の船長様は風間だ。


 一応、航海士の資格は持っているからだ。

 もう一人の士官である航海士には、リベラを据えた。彼も経験者なのだそうだ。

 司厨員もきちんと雇った。大工も同じくだ。

 きっちり定員を揃えると、今回積んだ荷物だけではトントンかギリ赤字になる見込みだ。


 本来ならもっときちんと計画を練らないとダメなのだ。

 物品の相場情報を吟味し、仕入れ、より高く売れると見込まれる場所に行かなくてはいけない。

 オーナーとなった今、モズレーのように人件費を削りたい誘惑も少しは理解できなくはないが、ひとまず今は移動しなくては。


 俺たちは意気揚々とソレイェレを後にしたのだった。


ユニークアクセスが1000名様、PVがもうすぐ5000越えとなります。

ありがとうございます。

ありがとうございます。

2019/9/18 段落など修正。

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