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1-D100-44 オレサマ蹴撃中


 俺の背筋を冷たいものが走った。

 これは最悪だ。

 掛け値無しに最悪だ。


 何が最悪かって?


 その名は、俺が二年ちょい前に書いた小説に出てくる男の名前なのだ。


 アメリカ合衆国ニューヨーク出身の極悪人で、あらゆる脅迫を自在に使いこなした男だ。

 小説のキャラだぜ?

 同姓同名?

 まさか。

 通り名まで同じとか無いだろ!


 明らかに殺気を放ちだしたグレンヴィルが、のそのそと玉座に戻り、その後ろに立てかけてあった骨董品の大斧を手に取った。

 大きさから言って相当の重さと思えるが、爪楊枝でも持っているかのように軽々と扱っている。


「これはどうにも、そなたから色々聞きださねばならないようだな」


 そう言ってブンと素振りをした。

 大斧の軌跡が光り、残像を残した。

 少なくとも何らかの属性付与があるようだ。


 しかし俺はそれ所ではない。

 混乱していた。

 いや、大混乱だ。 

 こいつが小説のキャラなら、何故ここに居る?

 転生?

 あり得ない。

 転移?

 どこから来るってんだ?

 夢か?

 やはりここは俺の夢の世界なのか?


 いや、事はもっと深刻だ。


 俺は誰だ?


 そういう事になる。

 この世界の在り方に疑問が生じるのなら。


 転生してきた中村賢本人なのか?

 「そういう設定」の神族なのか?

 「更にそういう設定」の「ただのキャラ」なのか?

 それとも……。


 突然、グレンヴィルが吠えた。

 空気がびりびりと震え、埃が舞った。


 すぐに俺の全身を違和感が襲った。

 この感覚は……。

 またもアレだ。

 同じネタはちょっと問題だと思うのだが……。

 お馴染み、反思念場結界。

 当然、金の雨は出てこない。


 そういえば、エルフの一族が全滅したってのはこの部屋なんじゃないか?

 もしかして、言い伝えは事実を正確に伝えていなかったのかもしれない。

 つまり、魔法でも火薬でもなく、エルフの一族はこの結界のせいで無力化され、そのせいで全滅させられたんじゃないのか?


 グレンヴィルが踏み出た。

 大斧が、スローモーションのように動いた。

 真一文字に薙ぎ、今度は逆袈裟に振り上げられた。

 俺は難なく避けた。

 即座にグレンヴィルの懐に潜り込み、体内から取り出した影免をその腹に突き刺した。

 

 ギィン!

 

 刀は金属音を立て弾かれた。火花が散った。

 

 ちっ。

 

 「言霊」か。魔法を使った感じはなかったからね。

 ま、そりゃ一応乙種だもんな。

 二・三は持っているだろう。

 何だ?

 「鉄壁」か?

 「無敵」か?

 通り名そのままに「鋼鉄」か?

 ちなみに、「鉄壁」は地雷「言霊」である。

 只の鉄なんて、そこらの武器と比べても、柔らかいモノだからね。


 アレハンドロに教わったステップを踏んで後退した。

 「カーネッドの王」は相変わらず表情を変えていないが、どこか余裕を感じさせる。


 その彼が吠えた。


「お前ら! やつを取り押さえろ!」


 なんだと?!


 人質たちが殺到してきた。

 むろん、捕まるなんて事はない。


 しかしどうする?


(なあ、オレサマに……)


「却下」


(そんなあ)


 影免がダメなら、なづみしかない。

 なづみなら生物相手に効く。長引かせたくない。

 グレンヴィルのそばにはシャロンが立っている。

 シャロンは強い目つきでこちらを見ている。

 グレンヴィルを守ろうとしているかのように。

 邪魔だが、何とかするしかない。


 人質の群れの第二派が襲ってきた。

 俺は全速でその場から動いた。

 光のない場所を選び、壁を蹴って速度を上げた。

 そしてグレンヴィルの背後を飛びざま、なづみを何度も叩き込んだ。


「……。なんだ、それは? それでもカタナ・ブレードなのか?」


 効いていない。

 俺は舌打ちをしてなづみを仕舞った。


 グレンヴィルが大斧で払った。

 ステップで左に躱し、拳を固めて目の前の膝関節を殴った。


 ガツン!


 音がして、グレンヴィルがグラついた。

 俺は懐から銃を取り出して至近距離から心臓めがけてぶっ放した。

 あのブレイクからもらった銃だ。


 バン!

 ガン!

 

 あーあ。弾かれた。

 ……まあ、効かないか。そう甘くないわな。

 

 人質の一人が飛びかかってきた。

 自分がどうなろうと俺の動きを制限できればいいというような行動だ。

 それは当然避けて後退した。

 他の人質たちが、「へたくそ!」などと失敗した人質をなじっている。


 すると、グレンヴィルがその倒れた人質に歩み寄った。

 そして、その人質の足首を握り、持ち上げた。


「おい、まさか」


 そのまさかだった。

 グレンヴィルは人質を俺に向かってぶん投げたのだ。

 人質は投げられた瞬間に足首を折られている。

 そしてそのまま宙をブーメランのように回りながら飛んできた。


 ヤバいよな。


 このまま俺に当たってもヤバい。

 当然、俺が避けたりなんかすれば、後ろの壁にぶち当たる訳で、それも非常にヤバい。


 やむを得ず、とっさに身体で受け止め、即座に地面に降ろした。

 そこで大斧でも飛んでくるかと思いきや、グレンヴィルを見ると、次の人質弾が装てんされていた。


「おいこら、どうせならタイマンで……」


 と言いかけたが、グレンヴィルは無言で人質を投げた。

 信じられないことに、人質たちは自発的に列を作っている。

 全員、投げられる気満々なのだ。


 今回も何とか受け止めて地面に降ろしたのだが、やはり足首は砕け、人質は呻いている。

 思念場が使えないので、治療もできない。


 グレンヴィルがシャロンに命じた。


「あいつを捕まえろ!」


 シャロンは楽しそうに頷き、こちらに走って来た。


 一体何を……。


 三人目が投げられた。

 狙いが外れたのか、今度は少し離れた場所だ。


 マズイ。


「クソ!」


 何とか飛びついてその体を受け止め、これまでと同じように地面に置こうとした。

 そこでシャロンが飛びついてきた。

 彼女は俺の腰に手を回し、精一杯締め付けた。


「ジャスティン様!」


 シャロンが叫んだ。


 そして、三人目の人質を投げると同時に地を蹴って疾走を始めたグレンヴィルが、大斧と一緒に突っ込んできた。


 俺は三人目の人質を放り出した。

 少しばかり痛いのはごめんなさい!

 シャロンは離れない。

 バランスを崩し、一緒になって倒れ掛かる所を、属性付与の大斧が一閃した。

 

 ガっと骨の砕ける音がした。


 俺は斬られた。


 ちょうど胸の辺りを一文字に真っ二つだ。

 ……HP三分の一減少である。

 

 死にはしない。

 神族は、属性付与の武器で斬られた所で、簡単には致命傷を負わないのだ。


 ……しかしシャロンはそうはいかない。


 ガっと音がしたのは、彼女の背骨が砕けた音だ。


 二人とも横ざまに倒れこんだ。

 着地した途端、シャロンの血と内臓が生き物の様に俺の身体を這い流れた。

 グレンヴィルが俺に止めを刺すべく、大斧を振りかぶった。

 だがグレンヴィルはその大斧を振り下ろせなかった。


 一瞬で自分の身体を修復したオレサマが、シャロンの残骸を払いのけ、光速の水面蹴りを放ったのだ。


 影免や銃弾が通らなかった硬い皮膚など全く問題にせず、オレサマの蹴りはグレンヴィルの両脛を、だるま落としのように月の裏側まできれいに吹っ飛ばした。

 オレサマは水面蹴りの動きからコマの様に続けてくるりと廻り、崩れ落ちつつあったグレンヴィルの頭を、今度はハイキックで粉砕した。


 ズバン!


 うひゃあ、これこそ汚い花火ってやつだ。

 足と頭を失った身体が、どさりと落ちた。

 もはや威容も何もない。


 オレサマはもう見向きもしない。

 シャロンを見下ろした。


「おい、今度もやるんだな?」


(ああ、約束だしな。頼む)


 シャロンの救命だ。

 彼女は床に倒れている。

 胸から上も腰から下も奇麗なままなのだが。

 もはや意識もなく痙攣して白目をむいている。


 急がなくては。


 幸い、反思念場結界が解けた。

 恐らく、グレンヴィルの「言霊」の支配下にあった者が、「言霊」が解けたために一時的に意識を失ったのだろう。

 何故そう言えるかと言うと、人質が全員ふらふらと意識を失い、その場に横になった為だ。

 結界の装置を操作していた者も同じ様になったに違いない。


 金色の濃密な光が、オレサマの手から流れてシャロンに触れた。

 光はシャロンを包み込み、オレサマは姿を消した。


――――――――――――


 暫くの間、シャロンと化した俺は天井を眺めていた。


 ムカつく。

 非常にむかつく。

 色々な理不尽に。


 しかし、治療はしないと。


 シャロンの状況は、ユキの時よりも遥かに悪い。

 「ヒール」のコツも理解してきたし、「つく」や「なおす」もレベルアップしている。

 それでも、このほぼ即死の状態からシャロンを復活させるのは骨が折れる。

 しばらくは絶対安静だ。

 俺は横たわったまま動けるようになるまで待った。


 部屋の大扉が、音を鳴らして開いた。


「頭領!」


 ソウスケと二人の男だった。

 中の様子を伺い、しばらく足を止めていたが、やがて恐る恐る近寄ってきた。


 ソウスケがグレンヴィルの肩に触り、揺らした。

 グレンヴィルは動かない。


 次いでソウスケは俺の顔を覗いた。


「シャロン様?」


 大の字のままの俺はまだ声すら出せない。

 視線をソウスケに送り、口だけ動かした。


(動かすな)


 身体は黄色い光と青い光に包まれている。

 ソウスケは頷いた。


 ソウスケと一緒に来た男の一人がグレンヴィルの体を触っている。

 やがて呟いた。


「頭領は亡くなられた」


 もう一人がこぶしを握った。

 みるみる内に体を震わせ始めた。


「か……帰れる。これで帰れる!」


――――――――――――


 三人は、部屋の中で横たわっている人質たちをきちんと寝かせた。

 崩れ落ちた時に軽いけがを負った者もいた。

 彼らがその手当などをしている間に、俺は上半身を起こせるようになった。

 まだ全身光に包まれたままだ。


 ソウスケが俺の前に片膝をついた。


「マリヴェラ様、なんですね?」


「ああ。シャロンも何とか生き残ったよ」


 まだきちんと声が出ない。ゴボゴボという音が混じる。

 ソウスケが座り直し、両手を地面について頭を下げた。


「有難うございます」


 ソウスケの話によると、シャロンはこの近くにある村の村長の娘だったのだそうな。

 二年前にグレンヴィルがこの世界にやって来た時に、生贄として差し出されたのだ。


 ソウスケは同じ村の出身で、否が応も無く、村ごと従わされたのだ。

 国の保護はなかった。

 元々非力な国力な上に、ホーブロの「門」への派兵が重なり、討伐する余力がなかったのだ。

 グレンヴィルは周囲の村々を暴力と脅迫で従え、勢力を築いた。

 ただ、豊かでない土地なので、中々富は集まらない。


 次に目を付けたのは、海だった。

 海賊団が襲って根城にしていたカーネッドを蹂躙し、支配下に置いた。

 ガレーと手慣れた海賊達を手に入れたグレンヴィルは、賢かった。

 いきなり大々的に活動すると、大規模な討伐隊がやってくるかもしれない。

 だから派手にならないように、動いたのだ。


 人質を取っては身代金を奪い、その人質だった者たちは「言霊」に操られることとなった。

 彼らは、グレンヴィルの為に情報を流したり物資を送ったりしたのだ。


 時たま、冒険者パーティが噂を聞きつけて討伐しに来たが、その度に返り討ちにした。

 城にあった反思念場結界の装置を作動させたのは、その時捕虜になった元冒険者だ。


 殆どの部下はグレンヴィルの「言霊」「洗脳」の影響下にあったが、自主的に従った者達は、「洗脳」されなかった。

 彼らは重宝された。

 「洗脳」すると、思考能力が落ちるからである。

 主の死と同時に意識を失った者は、「洗脳」されていたのだった。


 ソウスケはシャロンを見守るために、海賊稼業に志願した。 

 彼はシャロンとは血縁関係にあったからだった。


「マリヴェラ様、我々はカーネッド全体を見回ってきます。外で倒れている者達を集めてきます」


「ああ、了解。ソウスケさん、俺、まだしばらく動けないから」


「畏まりました」


 俺はまた横になり、治療に専念する事にした。



もう45話です。

(ナンバーは『1-D100-44』)

文字数にして約24万語。

ここまで読んでいただいた方々には感謝の念を。

まだまだ良くなる。もっと良くなると信じて、続けていきます。

2019/9/18 段落など修正。


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