表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

43/114

1-D100-42 マリヴェラ挨拶中


 北海では風も波も常に強かったが、それでも天候には恵まれ続け、無事ロンドール海峡へと侵入できた。

 ここでも海上は荒れてはいたが、北海ほどではない。

低気圧が来ない限り、何とかなりそうだ。

 一安心である。


 あの肋材の一部の腐食は、俺の手が空いた時間に少しづつ補修していた。

 材木を海から拾って使ったり、あっちの部分から木材を少し取ってきてこっちに……。などという地道な作業であった。


 この頃には、ミュリエル号の水夫たちはすっかり俺を崇拝していた。

 そりゃそうだ。

 調理出来て、大工も出来て、船医もイケる。

 足りない食料を海から採ってきて、しかも大きな波から船を守れる女神さまだ。

 しかも超絶美少女。

 もし俺が彼らの立場だったら間違いなく同じ気分になっただろう。


 だからもっと崇めるのだ諸君!

 なんてな。

 風間みたいなのが増えると困るから、程ほどに、だよな。


 水夫たちがモズレー船長の言うことを聞くのは、今や操船に関する事柄だけだ。

 スパロー号の場合と違い、モズレーと水夫は別に主従関係にあるわけではない。

 この一航海についての契約を結んでいるだけに過ぎない。

 その契約に従い、水夫は水夫の仕事をし、船長は船長の義務を果たす。

 だが義務が履行されないのなら、悪い結果を招く。


 船内の空気は悪い。

 だがモズレーはあまり気にしていないらしい。

 反乱が起こらずに目的地に着けばいいようだった。


 だが、そうもいかなくなりそうな状況が到来した。

 ある時、水夫用の塩漬け肉の入った樽を開けた所、もはや食用に適さない状態になっていたのだ。

 「知る」で探査すると、もはや「肉」ではなかった。

 思わず苦笑いした。食べるなキケンってやつだ。

 乾パンの入っていた箱も、保存が悪くてすっかりカビているという有様である。


 俺たちやモズレーの手持ちからを水夫用に配分しても、元々切り詰めていたのではっきり言って足りない。

 更に、低気圧が接近しつつあった。

 そうなると、嵐の大きさによっては確実に数日分、食料が足らないということになる。

 俺が魚を獲ってきても、二十人近くいる人間の口を満たすには不安がある。

 第一、本当の所、そこまでする義理は無い。どうにかしなければいけないのは、船長の仕事である。


 だから俺はモズレーに掛け合った。


「モズレーさん。大陸西岸のどこかの港で補給をするべきです」


 予想通りモズレーはいやそうな顔をした。

 しかし彼に掛け合うしかないのだ。


「しかし、ご存じだとは思いますが、ロクな港はないんですよ。どの入り江も海賊の巣窟(そうくつ)です」


「ロクでもナナでも、どんな港でもいいじゃないですか。海賊がいれば私が蹴散らします」


「アナタがどれほどの力を持つかは知りませんが、このまま低気圧を抜けて最短で到達すれば何とかなりますよ」


 いったい彼はどうしてこんなに意固地なのだろう。

 俺はわざと少し声を張り上げた。


「他の樽だって、まともじゃないんです。

 一日ならまだしも、三日も四日も食わないで

 航行なんてできるものですか。

 ソレイェレには飢餓旗を高々と掲げて入港するんですか?」


 モズレーも負けていない。

 バン、と机をたたいた。


「一体アナタはどの立場からおっしゃっているのでしょうか。船長は私、アナタは客人だ!」


 俺は口をつぐんだ。

 ま、そういう事だ。

 だがそれを言っちゃおしまいなんだ。

 彼には、正しい批判や要らぬ憎悪を受けるよりも大切なコトがあるらしい。


「分かりました。では船長。運命神のご加護がありますように」


 と、その場を離れた。


 話の内容は水夫たちに聞かれていた。

 直ちに全ての帆が下ろされ、水夫全員が船長に掛け合った。


 水夫の代表はリベラという名だった。

 三十歳位の中々有能な男である。

 その能力から、元々水夫のリーダー役を担っていた。


「船長、食料が足りないということですが、補給はしないのですか?」


 モズレーは苦々しいという表情を隠しきれない。

 まるで、補給の必要不必要ではなく、部下の提案を聞く事が沽券(こけん)にかかわるかのようだ。

 商談には頭の柔軟さが必要だろうに、この件についての頭の固さは何だろう。


「必要ない。足りなければすれ違う船に分けてもらえばいい」


「そんな、すれ違わなかったら? 近寄ってくれなかったら?」


「そんな仮定の話をしても仕方がない。すぐに仕事に戻り給え!」


「戻りません! 補給なんて一日で終わるじゃないですか」


「海賊の住処で補給? それこそ出来ない話だろう」


 話は平行線だ。

 なんというか、もう面倒くさいや。


 モズレーがその場に崩れ落ちた。

 リベラが慌ててその体を支えた。


 むろん、俺が月属性で眠らせたのだ。


「ああ、モズレー船長は体調不良で指揮が執れないな。こういう場合は次席の航海士が指揮を執るんだよね?」


 と、航海士に目線を送った。

 彼も腐りかけの飯を食わされていたので、反モズレー側であった。


 水夫たちが万歳した。

 俺はそれをやめさせた。

 航海士が再び帆を上げるよう水夫に指示を出した。

 俺と航海士は相談した。


「航海士さん、確かこの東に、小さな港があったように記憶していますが」


「ええ、そうです。カーネッドって場所です。

 大きな船が泊まれる錨地はありませんが、

 ミュリエル号なら大丈夫です。

 ただ、数年前に海賊に滅ぼされて

 それ以来はさびれたままの筈です」


「じゃあ、食料は入手できない?」


「どうでしょうか。海賊の住処だというのはそんなに間違った表現ではないですけど……。姐さんがいるなら何とかなりそうです」


「ま、人間相手ならなんてことはないです。でも、低気圧はどうします?嵐は止められませんよ」


走錨(そうびょう)が怖いですが、錨地でやり過ごそうかと。カーネッドはその点優秀な風よけ地だったと聞いています」


 と言う事で、ミュリエル号は東に進路を変え、大陸西岸に近づいた。


――――――――――――


 大きなうねりを含んだ海面が、徐々に小さな波をも交えるようになり、風もその間を走り抜けるように吹き始めた。

 進む先に、(かすみ)をまとう陸地が見えるようになった。

 陸地は殆どが岩場で、緑が少ない。

 地質学的に比較的最近に、火山活動によって形作られた土地なのだそうだ。


 従って、土地は貧しく、農作物の収穫も少ない。

 ここ一帯を支配している国々は押しなべて貧しく、海賊を取り締まる体力もない。

 そして海賊に荒らされ、更に貧しくなってゆく。


 これから向かう先は、大きな入り江で、その入り口に小さな島があった。

 その島が波よけになるので天然の良港となっていた。

 ただ、産物がなく、風よけ港にはなるものの、補給港にしても位置的に微妙とあっては、発展のしようがなかった。

 しかし、海賊の根拠地としてはうってつけなのであった。

 と、観光案内ブックからの受け売りでした。


 そして案の定、陸の方から一直線に船がやってきた。


 ガレーだ。


 スパロー号やミュリエル号のような純帆船ではない。

 舷側から多数の(かい)が突き出て、一斉にリズムよく回っている。

 あのガレーの場合、マストは一本だ。

 状況にもよるが、事実上人力で推進する船だと思えばいい。

 風が弱かったり一定しないような、かつ大きな波が発生しない、地中海のような海で発達した船だ。


 航海士が怖気づいた。


 「あ……あれは海賊ではないでしょうか? 姐さん、大丈夫ですか?」


 人間相手なら遅れは取らぬと豪語はしたものの、何か乙種や凄い怪物なんかが乗っていたら、やってみないと分からない。


 それでもにやりと笑って見せた。


 「ま、近寄らせませんよ」


 ガレーは湛航(たんこう)性が低い。

 荒れた海は苦手という意味だ。

 そもそも船べりが低くて波が入りやすいし、波が高いとオールも乱れがちになる。


 それでもあのガレーは異様に速い。

 何か特別な仕掛けでもあるのだろうか。

 一本のマストに掲げられたラテンセールは、確かに風をとらえてはいるように見えるのだが。


 俺は横静索を駆け上ってマストの上から観察した。

 下から風間がのんびりした口調で訊いてきた。


 「隊長~。いかがですか?」


 俺は思わず下を見た。

 どうもあいつは段々緊張感が薄れていくようだな。

 もし俺の能力を過信しているのだとすれば、ちょっとばかし〆ないとダメかもしれない。


 「問題ない」


 そう答えた。


 問題はないが、あのガレーは面白い。

 一本のオールに二人がついている。

 その二人のうちの一人は人間ではない。

 ギガントやオーク等、身体の大きな種族がオールを握っているのだ。


 誰もが逞しい。

 そんな彼らが太鼓の音に合わせて憑かれた様に漕いでいる。

 だから速い。殆ど反則である。


 この間、トライアンフ号が追い払ったのはあのガレーなのであろうか。

 俺はマストの上から海面に飛び降りた。

 ドボンと一度海中に没した後、再び海面に浮上すると、ガレーに向けて走り出した。

 金の雨を出さなくとも、跳ぶように走れる。

 最後に大きな波の頂点を蹴り、ダン! とガレーの甲板に降り立った。


 基本的にガレーの甲板は漕ぎ手座で占められているようなものだが、一本だけあるマストの周辺だけはスペースがある。

 そこに降り立ち、すっと立ち上がった。


 漕ぎ手のリズムを取る太鼓が止まったので、漕ぎ手も皆動きを止めていた。

 周りを見回すと、よくもこんなゴツイ奴らをそろえたものだと感心する。

 オークなんて内海にはいないはずじゃん。

 全員、手かせ足かせはしていないし、血色もいい。

 ここには奴隷はいないようだ、と言いたいが、例によってこの世界には手かせ足かせをつけなくともいい奴隷が存在する。


 船尾にある小さな部屋から女性が出てきた。

 若い。十代半ばだろう。

 短いスカートから惜しげもなく太ももを露わにしている。

 体つきは細目で、気の強そうな顔だ。

 もっと成長すればモデルのような感じになるかもしれない。


 「誰だお前は」


 少女が叫んだ。


 命令し慣れてる、と思った。

 そして、他の連中はこちらを見ているだけで動こうとしていない。


「俺はマリヴェラ。あの船に乗っている水神だよ」


 水神と言う事にした。

 そう名乗っておけば、いかな海賊といえども粗略には扱うまい。

 少女が首を傾げた。


「ふん。ソウスケ、本当か?」


 ソウスケと呼ばれたのは、音頭をとる太鼓を叩いていた中年の男性だ。

 これも体つきががっしりしていている。彼は頷いた。


「はい、シャロン様。人間ではないのは確かです。あいつは海面を飛ぶように走ってきました。まるでペンギンそっくりで」


「ソウスケ。ワタシはペンギンを見た事が無い」


「はあ、申し訳ございません」


 何だろう? ちょっとイラっと来るやりとりだ。


 シャロンが俺に指を突き付けた。


「ワタシはこの船の船長、シャロン! マリヴェラとやら! 一体この船に何の用だ!」


 はあ?

 それはこっちのセリフ。


 だが俺は冷静に答えを返した。


「急接近してくるガレーがいたから、あいさつしに来ただけさ。ここらは海賊が多いっていうからね」


「なるほど、確かに海賊は多いぞ。東に進路をとっているのは何故か?」


「補給がいる。我々はカーネッドに向かっている」


 シャロンが意味ありげにほほ笑んだ。


「ほほう、補給だと。カーネッドにか。宜しい。案内してやろう」


 やれやれ。

 海賊に先導してもらって補給することになるとはな。

 まあいいや。

 いざとなったら全員眠らせてしまえばいいし、どうにもならなかったら「デストロイ」だ。


 俺はミュリエル号に手を振った。


ですとろーい!

2019/9/18 段落など修正。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ