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1-D100-40 カンナギ・ユキ悶絶中


 フォールスの宿に戻り、クーコの事をユキに任せてからふと気付いた。

 俺、そういえば寝てないじゃん?

 ベッドに倒れこむと、即座に寝てしまった。


――――――――――――


 数時間後。

 起きると、女の体に戻っていた。

 服がだぶだぶである。

 やっぱりデフォはこっちなんだなあ。


 隣のベッドにはクーコとユキがいた。

 クーコは寝ており、ユキはクーコに添い寝をしている。

 ユキは起きていて、目を覚ました俺に気づいてこっちを見ていた。

 風間とユウカはいない。隣の部屋だろう。


「おはよ」


「おはようマリさん」


「二人は隣?」


「うん」


「あの後どうだった?」


 ユキの顔が曇った。


「うーん。結構大変だったの。目を覚ましてすぐ、クーコさん、死にたいって……」


「あー、そうなんだ……」


 まあ、そう言う気になっても仕方がないか。

 もしかしたら、トマックの言う事を聞いていた間の記憶は全部残っているのかも知れない。

 そうなら、主筋のユウカを巻き込んで危険に晒してしまったと思うだろう。

 しかし、彼女に落ち度なんてあったか?

 一人で散歩した位ではないのか?

 それだって言うのは酷であろう。


「今は何とか眠ったけれど、結構暴れたのよね」


 そういえば、よく見るとクーコの手は縛ってあるし、猿轡さえしてあった。

 ユキの顔や腕にも傷やあざができていた。

 クーコはただの女の子ではない。

 ユキや風間だったからこそ何とかなったのだと推察する。

 俺は立ち上がってユキの傷に一つ一つ触れて治療した。


「マリさん、ありがとう」


「こちらこそ」


「どうして?」


「寝ちゃって」


「いいのよ」


 寝ているクーコにも治療を施した。

 しかし「ヒール」も「キュア」も精神面の傷は癒せない。

 「なおす」はどうなのだろうか。

 少しは効いていると良いな、と思う。


 ……もうそろそろ、言霊を組み合わせて「記憶の作り直し」、すなわち改ざんができるようになるかもしれないのだが……。

 流石に、その実験台に身内を使う気にはならない。

 トマックへの人体実験の時も、それはしていない。

 アレだけの事をしておいてなんだが、記憶をいじるのは余りに残酷だろう。


「今、何時かな」


「そろそろ六時過ぎね」


 俺は伸びをした。


「結構寝ちゃったな。じゃ、屋台で何か買って来るよ」


「お願いね。お腹ぺこぺこ」


「それはいつもでしょ。ぎゃ!」


 ぶん殴られた。

 相変わらず遠慮ないよな。


 男子モードの服のままだったので着替えをし、食事を買ってきた。

 その頃ようやく、空が白み始めた。


 クーコが目を覚ました。


「ごめんね」


 と、いましめを解いた。

 その間にも彼女はうつむいたままだ。


 食事をさせると、若干は落ち着いたようだ。

 続いてシャワーも使わせた。

 一人ではアレなので、ユキも一緒にだ。

 二人がシャワー室から出てきて、ドライヤーに似た魔法道具を使っている間にも、俺は考え事をしていた。


 ひとまずクーコ救出の任務は完了した。

 後は南の山脈を越えて、ディアモルトンにたどり着かなくては。

 問題が一つ。

 ユウカが居るという事だ。

 この計画は、俺と風間とクーコだけだという前提で立てた。

 なんせ、神様と忍者とチート猫だ。それに加えて化け狐である。

 だが、ユウカは普通の人間なのだ。


 ユウカの足でついて来れるのか?

 最悪、彼を背負っていけばいいのかもしれないけれど、きっと嫌がられるだろう。

 ディアモルトンへの到着が春になるとなると、スパロー号はそれまで待たなくてはいけなくなる。

 まあ、その時はその時で、使者として風間だけを先に南に遣るプランもある。

 或いは……。


 クーコがベッドに居る俺の前にやってきて、深々と白い頭を下げた。石鹸の匂いがふわりと香った。


「ご迷惑をお掛けしました」


「お、少しは落ち着いた?」


「はい、少しですけど」


「この後、南へ向かって旅をするけど、大丈夫よね?」


「そうですね、スパロー号は行ってしまいましたものね」


「また忙しくなるから覚悟してね?」


「あの……」


「何?」


 次の言葉を待った。

 クーコの目から涙が落ちた。


「アタシ、また皆さんと一緒に行ってもいいのですか?」


 クーコの後ろからユキが近づき、ふわりと抱きしめた。


「良いに決まってるじゃない。置いていくわけ無いでしょ?」


 クーコはユキの腕に触り、頬を寄せた。


 俺はそんな二人に笑いかけたが、つい意地悪の虫が騒ぎ出した。


「ま、どの道クーコ先生救出任務には莫大な経費がかかって居りますのでね。先生には薄給の親衛隊で当面働いてもらわなければなりませんな」


「そんな……」


「ひどーい。マリさんって結構鬼畜な所有るわよね」


「うふふ……」


 クーコの眉間がぱっと跳ねた。


「そうだわ。歌のレッスン、月謝をもらう事にしましょう。超名案」


「あ……」


 絵に描いたような藪蛇。


「えと、隣の二人を呼んでくるね。この後の相談しなきゃね?」


 と、この場を胡麻化したのであった。


――――――――――――


 風間は相変わらず元気一杯であった。

 その代わり、ユウカは憔悴している。

 道すがら本を千切って置いたのはファインプレーだったよ、等と褒めても、「はあ」と言った感じだ。

 ボコボコにやられて簀巻(すま)きにされたのが堪えているのだろう。


 やはり、この状態での山越えはまずいかな。

 なんせ、俺も陸はイマイチ苦手なんだし。

 スパロー号出港直前に酒場などで情報収集をしたのだが、山は季節的にそろそろ危険な上に、山の手前と向こう側の国では、色々問題が生じていて治安が悪いらしい。

 さっき、屋台のお兄さんにも聞いてみたが、同じような返事が戻ってきた。

 ホテルのロビーにあった新聞にも、「初冠雪」という記事が載っていた。


 俺たちは良いが、ユウカは無理だ。

 決断した。


「なあ風間、フォールスレーで船をチャーターして南下しよう」


 風間が即座に同意した。


「その方がよろしいかと。……所で隊長」


「なんだい?」


「今日もお美しいです」


 鳥肌が立った。

 毎回毎回、真面目な顔をして言いやがる。

 どう答えたら良いのか、まだ正解が見つからない。


「五月蝿いボケ」


 ユウカが重い口を開いた。


「あの、マリさん」


 どきんとした。


「なんです?」


「私の為に予定を変えるという事ですか?」


 ああ……、お綺麗ですなんていわれたらどうしようかと思った。


 はっきり答えた。


「そうですよ」


「……余計な事をしてすみません」


 ユウカはそう言ってまた俯いた。

 クーコが心配そうな眼差しをユウカに向けている。


「何、いいってことさ。予定を立てているからと言ってその通りにする事が善だとは限らないしね」


 俺はそう言って、パン!

 と手を叩いた。これはロジャースの癖の真似だ。


「じゃ早速動くとしましょうか」


――――――――――――


 まずは全員でフォールスレーに戻り、酒場で情報を集めた。

 やはり南行定期船のシーズンはもう終わっており、北海とロンドリア海峡は来年の春まで強風と大波、流氷が支配するようになる。

 ただ、全く船が出ないというわけではないのだ。危険覚悟で出港する私的な交易船はいる。

 風間がエージェントを雇って、これから南へ行く船を捜させた。

 すると何隻かの船が見つかったのだが、殆どの船はすでに出港準備を済ませており、五人もの乗客を乗せるゆとりはないと断られてしまった。


 一隻だけ、あった。

 それは全長二十五メートルほどの二本マストのスクーナーだった。

 船名はミュリエル号。

 船長の名はモズレー。

 三十歳にもならない若さで、この船のオーナー船長らしい。


 普通の商船は、数人の商人が権利を何分の一ずつか出し合って一隻の商船を仕立てている事が殆どだ。

 船長もその何分の一を出していることがある。リスク分散の意味合いもある。

 ところが、モズレーがこの船のオーナー船長と言う事は、この船および積荷の権利の多くが彼に所属すると言う事になる。

 儲けはでかいが、危険も大きい。

 シーズンギリギリに出港するのも、休み無くあちこち往復していたからなのだとか。


 ……船のメンテとか大丈夫なのかいな?

 まあ、余り文句は言うまい。お陰で助かりそうだ。

 エージェントの案内で、ミュリエル号が停泊している場所へ赴いた。

 モズレーはそこにいた。帳簿を持って、積み込みを指図している。

 エージェントが近づいて挨拶した。モズレーと握手を交わす。


 ユキがすっと頭を下げた。


「ユキと申します。五人の代表です。この度は無理を聞いていただき、恐れ入ります」


 モズレーがにやっと笑った。

 少し贅肉がついた腹。それを覆う着古した服。軍艦には居ないようなタイプだろう。

 だが、顔は日焼けで真っ黒だ。顔つきも弛んではいない。


「モズレーです。いや、こちらも倍の運賃をいただけるとの事で、有りがたくお受けさせていただきますよ」


 そう言ってユキと握手した。


「出港は明日朝なんですが、できれば食料はなるべくその時までに用意してくださると……。足りない分は有料でお分けできますがね?」


 なるほど。

 お金大好きなんだな。

 まあ、健全と言えば健全か。


 食料はエージェントに頼んだ。彼にも相場の倍以上のお金を支払っているのだ。

 もちろん今回は、俺たちが私的な交易品を積む事は無い。

 食料と若干の手荷物だけだ。


 翌朝、全ての準備が整い、ミュリエル号に乗り込んだ。

 覚悟はしていたが、船が狭ければ、客室も狭い。

 その借りた客室は一つで、寝台は二つしかない。

 二つ?!

 いやまあ、文句は言うまい。文句は言うまい。

 俺やユキ、クーコはあまり寝なくて済むのが幸いだ。ローテーションでまわせる。


 念の為に毛布なんかも買ってきたのは正解だった。そんな備え付けの物など無かったからだ。

 「毛布が無いのか」と聞けば、きっと、有料でお貸しできますと言われるだけだ。

 どことなく生臭いのは、


「客がいないので、客室にも食料品の樽を置いていたのでね……」


 なんだそうだ。


 「なおす」で消臭だ。


 ミュリエル号はフォールスレーの港を離れ、西風を間切って進み始めた。

 船は酷使されているが為に、古く見える。

 手入れのいいスパロー号に乗っていたせいで、このぼろ船に対しての不安感が感じられてならない。

 それに小さいので良く揺れる。

 ユウカは早速ベッドの住人と化した。


 俺たちは客だから操船などについてはノータッチだ。

 無事ソレイェレに辿り着ければ文句はない。

 だが俺が甲板に出た時に、そこに居た風間に小声で聞いた。


「なあ、この船、乗組員少なすぎないか?」


 何となくそんな気がした。

 スパロー号は軍艦なので、唯操船するよりもはるかに多くの人員が必要だった。商船はそうでもない。

 この百トンちょいの二本マストスクーナーなら、大して人手はいらない。海賊対策をするなら話は別だが。

 それにしても、だ。

 帆の向きを変えるにも一苦労している。もう二・三人いればいいのにな、と思ったのだ。


 風間が凄く嫌そうな顔をして頷いた。


「ええ……。足りませんね。誰かがコックや大工を兼ねているとかならいいのですが。航海士もボンクラな気がします」


「マジか」


 スパロー号では三交代制でそれぞれの当直で指揮する士官が居た。

 この船は二交代制で、四時間ごとの当直の一つは船長が、もう一つの当直は航海士が担当指揮する。

 それが悪いと言うことではない。二直制はむしろ普通ではある。


 だが指揮する士官がボンクラでは……。

 ミュリエル号はなるべく風に向かって開き詰めをしている。

 もし風が変わったのを気がつかずにいたなら……。

 などと悪い想像をしてしまう。


「なあ、って事はさ、そのボンクラが当直の間は、俺かお前が見ていた方が良いんだよな、な?」


「そうですね。残念ですが」


 俺は肩を落とした。どうせこんな事だろうと思ってた。


 風は強く、船は斜めに傾いている。

 灰色の海に、三角形の波が現れては舳先にぶつかり、砕けてゆく。

 索具で風を切る音を盛大に鳴らしつつ、帆はパンパンに膨らんでいる。


 船はぼろいが、遅いわけではない。

 モズレーが甲板に出てきた。舵輪を握っていた男と二言三言交わし、自ら握り始めた。

 途端に船の揺れがさっきよりもマシになった。目一杯に張っているロープやテークルの悲鳴も少し収まった気がする。

 風間も何か感じたらしく、モズレーとペナントが靡いているマストの上とを交互に見た。


 その時、モズレーから声が飛んで来た。


「そこのお二方、旦那さんはともかく、奥さんは下に居てくださいよ。この風だ。落水されても助けられませんよ!」


 旦那さん?

 奥さん?

 そんなん何処にいる?

 風間の顔がでれっとした。


 マジか。


 エージェントは港で俺たちの素性を奴に言っていなかったのか?

 いや、仮に言ったとして、やはり差し障りがあると踏んだのか? それならそうと言ってくれれば良かったのに。

 今、風間も俺も普通の服装なのだ。

 夫婦に間違われても……。


 ない。

 ないよ。

 勘弁してくれ。


「なあ、風間」


「何でしょう?奥さん?」


 どすっ。


 顔は傷がつくと良くないから、腹へのパンチだ。


「ぐえっ……」


「ちょっとあいつに言っておいてくれな。心配無用だって」


「わ、分かりました……」


「それと、今度夫婦だなんて言ったらマストのてっぺんから吊るすってな」


「うう……。了解であります……」


 風間が半泣きで舵輪に取り付いているモズレーの方へ向かった。

 どの道邪魔になるといけないので、俺は下に降りた。

 客室ではユキとクーコが笑い転げている所だった。

 これも予想の範囲内だ。二人共に耳が良いのだから。ユウカはそんな余裕は無く寝たままだ。


「奥様!お帰りなさい!」


 一々そう言わなければ気がすまないのはユキであった。

 俺ももう何も言わずに腕を何本も生やしてユキを寝台に押さえつけ、くすぐりの刑に処した。


目指す場所はまだ遠いのです。

2019/9/18 段落など修正。

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